第44話:秘密すぎる、少女。
もうすぐ春ですね。というとキャンディーズを思い浮かべるあなたは、もう4度目の中二が近いのかもしれません。さて、リーナの幼い時代から始まります。何やらいまの彼女とは違うようで……。
[新地球暦1835年4月13日。アポロニア連邦、チェイニータウン。セント・バーバラ孤児院。]
「おーい、リーナ!今日、俺たちの誰かを里子にする人が来るらしいぞ。」
ルイがリーナたち、女子児童の部屋の扉を勢い良く開け放った。キャー、という女の子たちの悲鳴があがる。
「知っとるわ。はよドアを閉めんかボケ。着替え中やぞ。」
ルイの頭頂部に踵落としを食らわせながら、リーナが答える。
「痛え。⋯⋯な、何すんねん?」
頭をさすりながらルイが抗議する。
「黙れ、ど阿呆。女子の部屋にノックもせんと開ける、ど阿呆には当たり前のことや。」
リーナは下着姿のまま仁王立ちである。
「だから、みんな着替えているんじゃないか。そんなにオッパイに興味があるのか? ルイ。」
からかわれてルイも黙っていない。
「なんだよ。お前のおっぱいなんか、まだ俺と大して変わらないのに、そんなもの見てもしょうがないだろ?」
ルイが加えた余計な一言に、リーナは無言でルイの股間を蹴り上げる。
「痛えよ。ここは攻撃禁止なんだぞ。」
ルイは再び抗議の声を上げる。
「もう一撃ほしくなければさっさと出ていけ。」
二人は再びにらみ合った。
「こら、静かになさい。」
職員が騒ぎを聞きつけてやって来る。
「やばい。」
ルイはそそくさと自分たちの部屋へと帰っていった。
[新地球暦1839年4月17日 惑星ガイア、アポロニア連合国(USA)首都カーライル]
[スフィア時間:星暦1550年7月2日]
アポロニア国家連合。(United States of Apollonian )。
アポロニア国家連合は建国してまだ300年に満たない新興国であるが、ガイアでは最強の軍事国家でもある。もともとは小国がひしめいていた大陸であり、周辺の大陸国家からは半ば植民地のような扱いを受けていた。
やがて、それぞれの国家が形ばかりの独立が認められてはいたものの、宗主国から自主外交権や国防権・警察権を取り上げられていた名目のみの独立であり、軍隊の駐留費と称して徴税権すら侵害されていたため、ほぼ植民地時代と変わらなかった。
しかし、アマレクの圧制から自由を勝ち取ったスフィアの民衆の話がつたわると、完全な独立を果たすためには民衆の心と力を合わせることが必要である、と力説したクリストファー・カーライルを中心に「復権闘争」と呼ばれる合邦運動を始める。しかし、それは新たな超大国の誕生を嫌がった宗主国と独立をかけた戦争を経ねばならなかった。長い戦いを経て、ようやく完全な独立を遂げたのである。
以後、「教育・科学・軍事」の三点に取り分け力を入れ、バラバラだった公用語、通貨を統一して国内の融和を計り、国力を高めて行った。
そのため、独立の契機を与えたスフィア王国に強いシンパシーを持っているのは初代大統領、クリストファー・カーライルがかつて率いた「連合共和党」で、彼らが政権を取るとスフィアに対して国交の樹立を要請するのである。
一方、スフィアが「民主主義国家」ではないことにアレルギーを持っているのが現在下野している「連邦民主党」であり、人類の代表者たるアポロニアは、いつかはスフィアを「民主化」すべき義務を負っている、と主張しているのである。
現在、スフィアとガイア諸国の間の国交は無いのだが、宇宙空間の資源管理に関しては互いの交渉が必要なため、国王が個人的に交渉を騎士団長に依頼することが多い。
しかし、士師が自ら訪れる、ということは史上初めてのことであった。それで、一気に国交にまで持って行きたい、というのが現在の政権与党である連合共和党の思惑であった。
首都カーライルの大統領官邸へ続く道は、野党連邦民主党の支持者によるデモが繰り広げられていた。
「圧制者は出て行け!」
「月に自由を!」
そう記されたプラカードを掲げ、口々にシュプレヒコールを上げる。
「ずいぶんとまあ、熱烈なお出迎えですねえ。」
マーリンが感心とも皮肉ともつかないことを呟く。
「ごく一部の『市民』の皆さんですよ。国民とは限りません。」
アシュリーは気にも留めていないようである。
「ようこそ、大統領官邸へ。」
ブラッドフォード大統領は親しみを込めた握手で凜を迎えた。一方、グレイスには前回の交渉の印象があまりにも強かったようで、右手の親指を左胸に突き立てる騎士式の敬礼をしてみせた。
無論、お互いの初めての会談ではあるが、これまで事務方レベルの話がきちんと煮詰められていたので、話は割りとスムーズに行った。
「また9月に訪問させていただきますが、その時には転送技術の検証実験のキットをお持ちいたします。できればそれまでに議会の方に諮っていただければ助かります。是非、議員の皆様方にもご覧いただきたいですし、できれば、ご希望があれば他の国の方にもお目にかけたいですね。」
実は、国王アーサーはここのところ、ラドラーやグレイス、聖堂騎士団長ナルセス・サンダース、衛門府団長カイル・ヨコスカ・ローダンなどをアポロニア以外のガイアの主要5カ国にも遣わして、交渉を繰り返してきたのである。ちなみに、衛門府とは宇宙港とそれに関係する業務を任務とする騎士団で正統十二騎士団の一角である。
ガイア諸国としては概ね好反応であるものの、効果を疑う者、建設費に難色を示す者、技術の移転を要求する者、と様々なリアクションを示している。
いずれにしても、凛が提唱してきたシステムは最も効率的で安上がりなのである。ただ、効果が実証できさえすれば、である。ただ、実証実験のキットの方はようやく完成し、先月初めての実証実験を成功させたばかりであった。その時撮影された動画を今回持っての訪問であった。
ただ、何度も実験を繰り返して効果があることを証明できるようにならなければならない。
凜としてはこれまで構想500年の案件であったこともあり、できればスタッフとして裏方で技術面から支えたかったのだが、今回、自分が交渉役として、表舞台に出る羽目になってしまったのである。
今回、主に凜とグレイスに付いてサポートしてくれたのはロナルド・アシュリー上院議員である。
ロナルドは今年40歳を迎えた壮年の男で、妻のエリザベスと娘のメアリーナ、そして息子のロバートの四人家族であった。
そして、凜はロナルドのカーライルの私邸を宿舎に希望したのである。これはどちらにしてもロナルドと行動を共にすることになっており、翌日の予定の打ち合わせもしやすい、と合理的だったからである。
ただ、ロナルドは非常に恐縮していた。本来なら5つ星ホテルの最高級のスイートルームでも取らねばヘソを曲げる首脳たちの接待とは異なり、極めて質素なものでも二人が文句一つこぼさなかったからである。
(まあ、アイドルの追っかけをしていた前世に比べれば全く問題ないんだけどね。あの硬いバスのシートで寝るなんてざらだったから。それこそベッドが『水平』なだけでもじゅうぶん寝られるだけなんだけど。)
そう、凜は思い、
(やはり、人間は生活に触れてこそ面白いのですよ。)
マーリンも別段ア気にしなかった。
そして、もう一つの理由は、リーナが持つ有人格アプリ、『ティンカーベル』がどうしても気になったからである。
有人格アプリはアザゼルのように一個の人格を持つアプリである。感情や個性を持ち、成長していくためのプログラミングシステムは極めて高度であり、想定外の問題が生じやすい外宇宙航海において必要不可欠なものであった。そして、多くの場合、有人格プログラムは人間と同じく、二親、つまり二つの有人格アプリのスタートプログラムを掛け合わせることによって生まれるのである。
そのような技術はガイアにはまだ無いはずのものであったからだ。
「幻想月世界旅行記」ールーク・ハミルトン・ジャンセン著より。
「リン。お願いがあるの? 兄と私は龍眼石、という石を探しているの。それは、地球にいるパパの病気の薬の材料に、どうしても必要なものなの。」
アブリルはリンドブルムに必死になって懇願する。
「龍眼石⋯⋯? ああ、魔竜の化石のことだね。」
リンは聞き返した。
「正確には先のメテオ・インパクトの際に、急な温度変化により氷漬けにされた魔竜の体のことだっちゃ。見つけるのはさほど難しくはないっちゃ。惑星北極圏の黒い森にむき出しになった氷漬けの状態でもって、そこかしこに転がっているはずだっちゃ。」
妖精ゼルフォートが付け加えた。
「しかし、ここからはずいぶんと離れたところだね、夏場のうちに一気に往復しなければ難しいと思うよ。秋になってしまっては人間にとってはとても厳しい環境だからね。それに、 今日のような魔獣が多く棲息している地域を通らねば辿りつけないんだ。そして、高値で取引されているものだから、悪い人間にも狙われるだろう。……しかし、お父上へも気持ちが本物であれば、きっと神のご加護があるでしょう。」
凜の説明にアブリルは一層熱心に懇願する。
「お願いです。リン。私たちをそこへ連れて行って欲しいの。お礼ならなんでもしますから。」
アブリルは祈るような気持ちでリンに縋った。その真剣さにリンは降参でもしたかのように両手を挙げた。
「解った解った。僕も同じような方向に任務があるから、手伝ってあげてもいいよ。わざわざ宇宙を超えて来た君たちを空し手で帰すわけにもいかないか。」
「方向は同じっちゃけど、大分足を延ばすっちゃねえ。」
ゼルがため息をついた。
「このお人好しのええかっこしいめ。」
[新地球暦1839年4月27日 惑星ガイア、アポロニア連合国(USA)首都カーライル]
[スフィア時間:星暦1550年7月12日]
引っ込み思案でおとなしいリーナは、当初は凜に接するときにおずおずととしていたが、徐々に凜に心を開いていき、一週間も経つ頃には、すっかり彼にべったりになっていた。
凜としばらくおしゃべりをした後は、凜の膝に座るか膝枕をしてもらって本を読んでいるのである。
凜も仕事の準備が必要なため、過度に注意を引こうとしないリーナの相手はさほど苦にはならなkった。
リーナの愛読書は「幻想月世界旅行記」というファンタジーの古典で、ルーク・ハミルトン・ジャンセンという人が書いた本である。
「へえ、月の世界がまるでファンタジー世界みたいなんだねえ。」
きっと小説というよりはラノベにカテゴライズされるような物語である。
「ねえ、こういう物語が好きな私って、やっぱり幼稚なのかな?」
本から目をあげ、凜の反応を見ているリーナは可愛かった。
「そんなことはないよ。本は良いよ。様々な人々人の中にある様々な世界を自由に旅行することができるのだから。ただ、僕の住む月はこの作者の月とは少し違うけどね。
でもそれは嘘、という意味じゃない。この本の中では、この世界は本物なのだから。」
一方、ゼルはティンクと会話を楽しんでいる。ガイアの情報をいろいろとネットワークの中で探しているようである。
「私と違ってティンクは社交的な性格なの。だから、ゼルとお友達になれて喜んでいるのよ。」
リーナも嬉しそうだ。
「でも、お友達が有人格アプリでなくてもいいんじゃないの?」
凜が尋ねるとリーナは寂しそうな顔を見せた。
「パパがね、絶対にティンクの存在を他の人に教えてはいけない、て言うの。悪者が私を攫いに来るから、だって。」
「ふーん。で、僕は良いの?」
凜が意地悪く聞くとリーナは真顔で答えた。
「だって、凜は竜騎士リンドブルム様だもの。正義の味方よ。」
[新地球暦1839年4月29日 惑星ガイア、アポロニア連合国(USA)首都カーライル]
[スフィア時間:星暦1550年7月14日]
メアリーナは天才で、10歳でありながらすでに大学受験資格を得ていたのである。凜はリーナについてロナルドに尋ねた。
「あの子は超記憶症候群なんですよ。」
ロナルドは少し悲しそうな顔をしながら娘について語るのであった。
超記憶症候群とは見た事象全てを記憶してしまうという、超能力とも障害とも言われる能力である。しかし、リーナの場合はきちんと、能力の発動をコントロールできているようであった。
「それは、リーナの飼っている『妖精さん』のせいなのかな?」
凜がそう切り出すとロナルドはギョッとしたような表情を浮かべた。
「凜にはあれが見えるのかい?」
「ええ、『あれ』、つまりティンカーベルは有人格アプリですね。彼女の能力と関連性が高いと思いますが?」
凜に見抜かれ、ロナルドは頭をかいた。
「しかし、あれは国家機密でね。凜と言えども教えるわけには……。」
ロナルドが渋ると、ゼルがその姿を現した。
「だ、誰だ?」
突然の闖入者にロナルドが驚く。
「私の名はアザゼル。凜に宿る有人格アプリです。あなたには見えないのでしょう? ティンカーベルの姿を。」
ロナルドは頷いた。
「なるほど。スフィアではすでに知られていた技術なわけだ。それなら、私にも有用な情報を提供してもらえる、ということかな?」
ロナルドは語り始めた。
「実はリーナと私たちは遺伝子上の繋がりは無いんだ。」
「そうだったんですか。」
凜は驚いた。
「友人のフランクはライフワークで孤児院の支援のボランティアをしていてね。当時子供の無かった私たち夫婦に、養子を取ってはどうかと勧めてくれたんだ。
その孤児院ではリーナとルイスという名物コンビがいてね。とかく暗くなりがちな孤児院の雰囲気を明るくしていたんだ。私は痛く感動してね。リーナを養女にすることを決めたんだ。
妻のリズも全く同意見でね。こうしてリーナはウチの子になったんだ。
それが今から4年前のことかな。
……そして、今から2年前のことだ。僕らは家族でフェニキアの商船の船上パーティに招かれたんだ。」
「惑星間通商国家フェニキア連邦」は、銀河系を股にかけて通商で身を立てる国家である。知的生命体の住む惑星に植民都市を作り、そこをネットワークで結んで物流や文化の交流を促して来た。
スフィアでもガイアでもフェニキアは宇宙港を租借している。
それで現在、スフィアとガイアの間には国交はないものの、フェニキアを通して物流や文化の交流は存在しているのである。そして、若干の人の行き来も存在している。
さて、彼らの持つ星系外航行宇宙船は巨大な物が多い。大気圏内には降下出来ないレベルの巨大さなのである。今回は、その中でもとりわけ大型な商船メルカルト級の最新鋭船「ファビュラス・トレジャー」の処女航海であった。そのため、寄港先の宇宙港ごとにお披露目のパーティが行われていたのである。
それにロナルドとその家族が招かれたのである。
「大きい⋯⋯まるで宇宙の海を泳ぐクジラさんみたい!」
リーナは船を眺め、子供らしくはしゃいでいた。案内嬢がロナルドたちを案内していた。
「お嬢さん、こんにちは?」
妖精のようなホログラムがリーナの周りを飛び回る。
「妖精さんだ!」
物語を読むのが大好きなリーナは大喜びだった。
「私はティンカーベル。この船の『妖精』です。あなたは?」
「私はメアリーナ。みんなはリーナ、って呼んでいるわ。ティンカーベル、ぜひ私のお友達になってくれる?」
養女になって、いきなり上流家庭の子弟が通う学校に入れられたにも関わらず、あっという間に友達でいっぱいにしたメアリーナの面目躍如である。ティンカーベルも嬉しそうに答えた。
「では、私のこともティンク、って呼んで。」
微笑みながらも何のアトラクションなのか考えあぐねているロナルドと妻のエリザベスに案内嬢は説明した。
「あれが『有人格アプリ』ティンカーベルです。この宇宙船『ファビュラス・トレジャー』のすべての業務を一手に統括しているんですよ。」
有人格アプリは自力で星系外航行が出来ない第2種文明圏惑星のガイアには無いものであった。これを自力で開発できることが銀河系でも『先進国』と見なされる最低条件の一つなのである。
三人が船橋(操舵室)を見学していたその時だった。
突然、操舵室に警報が鳴り響く。
「大変です。何者かが船内に侵入しました。」
オペレーターが声を上げる。
「すみません、どうやら緊急事態のようです。お三人はこちらに避難していてください。」
船長は操舵室に隣接する船長室に三人を案内すると施錠した。
やがてモニター上には覆面をして武装した男たちが船内で行われていたパーティ会場に乱入してきたのである。
「我々は『ノアの箱船』である。」
世間では「短剣党」と呼ばれるテロ組織で、宇宙船を奪うことで知られているグループであった。
次回、「苛烈すぎる、記憶。」襲われた貨物船。その時、リーナは。




