第99話:とめどなさすぎる、流れのように。
寒さが緩んだり戻ったりと厳しい気候が続きますね。今日はロゼが一皮剥けますよ。
ロゼは割合自分で勝手に動いてくれるキャラなので作者は意外に楽なんです。
[星暦1554年9月14日。法都シャスティフォル.選挙大戦コンクラーベ一次リーグ第5戦。ヘラクレス騎士団対 聖槍騎士団。]
第5戦が始まる。
最初の地上戦は1勝1敗で中堅のロゼとブルースがぶつかることになった。
開始線で礼を交わす。
「アルティメット・フォーム!」
ロゼはパワーモードの「アルティメット・フォーム」からスタートした。凜の「一式」から「三式」のようなフォームもしくはモードチェンジは最初にまとめて発動しておけば、何度でも変更可能である。
ブルースはそのまま構え、代名詞ともいえる「怪鳥音」を発する。
(ふむ、良い眼だ。)
最初の攻防が繰り広げられる。功夫の拳と蹴りによる攻防だ。ロゼの蹴りも拳も先回の対戦よりも鋭くなっている。
(なるほど、よく『地に足が着いている』ようだな。)
昨日、ロゼがアマチュアの女の子を相手に勝ちきれなかったのは身体の芯がぶれていたからだ。重力制御ブーツに安易に頼るようになると、それが基礎鍛錬を怠らせ、結果としてむしろ成長を阻害してしまう。それゆえにブルースは道場を開いて世間に真の強さを求め、また伝えたいと願ったのだ。
しかし、普通に打ち合っていればやはりブルースの方が格上である。ロゼはじりじりと後退させられる。
(アカン、一本調子では打ち負けや。)
「ブラスター・フォーム。」
ロゼはフォームを変える。昨日掴んだイメージを活かして見たい、そんな気持ちが込められていた。
「軒昂新弾!」
鋭いバリア弾が撃ち込まれる。ブルースもヌンチャクを出すとそれを弾き飛ばす。
(お嬢さん、どうやら迷いを乗り越えたようだな。しかし、先達としてはそんなところで満足してもらっては困る。ここは新たな課題を与えるとしよう。)
「三の段、『猛龍過江』!」
ブルースの怪鳥音が響くとロゼは足元がぐらつくのを感じた。
ブルースが自らの周囲の重力を操っているのだ。いわゆる複合技で、重力波を使った直接攻撃ではなく、周囲の重力を不安定にする大技だ。ロゼが前回も苦しめられた技であった。
(あかん、頭がグラグラする。)
ロゼはまるで大きな海の波に巻き込まれたかのように感じる。足元がおぼつかず、跳躍しても、思った方角、思った高さに跳ぶことができない。激しい違和感、倦怠感を覚える。
(まるで渦潮にまきこまれた木の葉のようや)
ロゼは一歩も動けない。そこにつかつかとブルースが近づいて来た。その顔は勝利への確信に満ち溢れていた。
「常人では立ち上がることも困難だろうな。立っているだけでも大したものだ。」
ブルースがとどめを刺そうとロゼに寄った瞬間、ロゼは垂直に跳躍する。
(なに?)
虚をつかれたブルースの延髄にロゼの蹴りが入る。
「このネコ耳は伊達やないで。うちの三半規管はネコ並なんや。」
そう言ったものの、ダメージは深刻だ。
(そう、⋯⋯木の葉は沈んでも、必ず浮上するんや。たとえ倒れようと、また立ち上がれば、それでいい
ロゼの民族カルタゴ人は、宇宙船での船酔い防止のためにネコの遺伝子を組み込んできたのだ。
「クライマックス・フォーム。」
ロゼは最終形態を取る。
「これが今現在のウチの全力や。行くで!『豹の女神』!」
ロゼの必殺技である。変身プラス攻撃強化プラス物質操作の三連コンボの複合技である。解り易く説明すると、豹の形態に変身し、猛スピードで敵の首元に食らいつくのである。
(……速い。)
ブルースの体勢が戻る前にロゼはその首元に食らいつき、豹の鋭い爪の一撃、そして牙による絞撃を加える。
(なんという野性的、そして美しいまでの純一であることか。これこそがこの娘の目指すべき方向性の発露なのだろう⋯⋯などと感心している場合ではないな。)
ブルースは自分のライフゲージが尽きる前に、ロゼが変身した豹の腹部に両の手のひらをあてた。
「最終形態。死亡遊戯。」
ブルースの最終形態である。
「絶技、無間道2。」
前回の凜との敗戦から着想を得た新技である。ロゼの腹部に激しい衝撃が襲った。
「⋯⋯!!!」
ロゼは衝撃のあまり言葉にならない声を上げた。『天使』によって身体へのダメージは遮断されているが、その痛みは信号として脳に伝わってくる。それはロゼの意識を根こそぎ刈り取るのに十分な痛みであった。咆哮ともいうべき声を上げ、ロゼは気を失う。
「勝者、ブルース・リー人位。」
ブルースが気を失ったロゼを横たえると、ジェシカが駆け寄った。人体は完全に守られているため、けがの心配はないが、駆け寄らずにはいられない、それがジェシカとロゼの絆のほどを表していた。ジェシカにお姫様抱っこでダグアウトまで運ばれる。
「お母ちゃん……。」
うわごとのように呟いてゆっくりと目を開けたロゼをジェシカが心配そうに覗き込んでいた。
「良かった。気が付いたのね。」
ロゼは慌てて起きようとするが、重力に引っ張られるように再びあおむけに寝ころんだ。
「うわ、ジェシカやん。……そうか、ほな、負けたんはウチの方か……。なんとか引き分けくらいにに持ち込めたかと思うたんにな。⋯⋯しかし、目がさめたらここで凜の顔やったらうれしかったんやけどな。空気読んでんか。」
母を呼んでしまったことを知ってか知らずかロゼは恥ずかしそうにクレームをつけた。
「せや、ジェシカ。うちの必殺技、どうやった?考えるより感じたとおりにやったら、あんなんなったわ。」
ジェシカは答えた。
「ロゼらしくていいんじゃないかしら。ただ、『野性に還る』というなら、もう少し、恰好をつけようという理性は飛ばしていいかもしれないわね。ただ、旦那様がこれをご覧になったらなんとおっしゃられることやら。」
(嫁の貰い手がなくなる……かな)
みなの脳裏に同じフレーズが浮かんだが、あえてそれを口に出していうものはいなかった。
試合は両チームが2セットずつ取り合い、勝負は最後のトーナメントに持ち込まれ、再び凜とブルースが相まみえることになったのだ。
ブルースは凜に言い放つ。
「どれだけ進歩しようとも、武の本質は変わらん。ただ、どうそれを導き出すか、その技は日々刻刻と変わっていくのだろう。君には最新版の私をお見せしようじゃないか。」
ヘラクレス騎士団のホームゲームのため、地上戦となった。ブルースは上半身裸となる。無論、『天使』で加護されているのだが、彼の精神を表しているのだろう。
「龍之王国。」
ブルースが最初に使用した技はまさに「庭園技」であった。それはエスニック、いやアジアンテイストのごたごたしたもので、とても洗練されたものとは言い難い。しかし仏像や石柱、様々なオブジェが立ち並ぶ複雑な地形は、地上戦に空戦技術を練りこんだ凜の特徴をつぶすには充分であった。
「なるほど。挑戦状、というわけですか?これは光栄なことですね。」
凜はため息をついた。
「無効化するかね?わたしとしては天使に自由にはばたかれてはやりにくいのだよ。」
ブルースが愉快そうに尋ねた。
「確かに、いきなり無効化も無粋でしょう。」
(まあこれで屠龍と月光のコンビネーションは封じられたも同然だからな。)
「一式、隼。」
凜は防御・旋回重視のフォームチェンジする。
「受けて立つ……か。その意気や好し!」
ただしジェシカの「庭園」シリーズとは異なり、その物理形状はブルースにも有効に働くようだ。
「ゼル、ブルースが建てた構造物の座標の解析を頼む。」
がきん、という鈍い音がして、ブルースの鋭い蹴りを持ち上げた仏像で止める。
「罰当たりな。」
にやりと笑うブルースに、
「実家は円環教徒ではないのでね。」
余談だが、大和国に円環教徒が多かったのは江戸時代に幕府によって導入された檀家制度によるところが大きい。それは国民を支配するツールであると共に、寺院の安定的な経営を保証するものとなった。しかし、第三次世界大戦に伴った核攻撃によって、国土とともに完全に檀家制度は崩壊してしまった。そのため、楽に稼げなくなった僧侶をするものは激減してしまったのだ。しかもキリスト教圏の国々にみなが集団移民したことから、ごく少数派の宗教になってしまったのである。
僧侶のほとんどは布教の訓練も受けていないしノウハウもなかった。それで、裸一貫で外国に渡った人たちに寄付を強いようとして反発されたり、断られれば断られたで今こんな目に遭っているのはおまえたちが前世で悪行をしたからだ、と罵るほどプライドが高い連中に布教は向いていなかったのだ。結局、その土地にいない先祖を供養をしてもご利益はない、ということになってしまったのである。
凜がさらに転移を使い、ブルースの作った構造物を使った防壁を張る。
「ちなみに転移は技のうちかね?」
ブルースが不満そうに尋ねる。
「いいえ、これは私の標準装備ですよ。これはあなたに武の天凛があるのと一緒です。あなたの持つ技術も自分で磨いたとはいえ、十分にチートですよ。」
すると凜が盾で使った大きめの仏像が真っ二つに切り裂かれる。
「罰当たりな。」
凜が言い返すとブルースもみやりとする。
「うちの実家も円環教徒ではないのでね。⋯⋯『唐山大兄』。」
ブルースは「舞台技」で凜の「足」を封じるつもりだったが、当てが外れていくのを感じていた。
(自分だけでなく、指定した空間も移動可能なのか⋯⋯)
凜の動画は見て研究していたが、ダジャレを言うつもりはないが、「転移」は『天位』以上の騎士相手にしか使っていないのだ。凜は天位騎士との対戦が少ないため驚くほど資料が少ない。ヒントが少ない中、有効な攻撃を編み出していかねばならないのだ。
そのことをルイに抗議した事があった。ルイは意地悪そうにその美しい顔を歪めて言った。
「それはね。彼が天位騎士たちを次々に倒して彼が早々に昇格してしまったら困るだろ?だからお偉いさんたちは敢えて彼を『干して』しまった、という訳だ。ま、それが刃となってお偉いさんがたの喉元に帰って来た、と言うことだろうね。
まあ、男の嫉妬ってやつさ。女のものよりはるかに醜くて、はるかに厄介なものだがね。」
「世界の行く末を託された少年」。羨ましいなんて微塵も思わない。そして、ブルースにとっても関係のない事だった。あの日、彼は気を失って倒れた。それは自分が精力を注ぎ込んだ映画の製作の途上だった。それは彼にとっては道半ば、黄色人種が最も地位が低い国で成り上がっていく途中のことだった。
確かに、自分は死んだからこそ「英雄」となり「伝説」となった。また、自分の背中を追っていた若者たちに機会の扉を開くこともできた。
「蘇った」今でもやるべきことはやった。そして今、ここにいいる。この少年の道を塞ぎたいのではない。ただ、今人類が手にした新しい力、その強さを模索してみたい、それが今の彼の関心事であった。そして、それを追求するのに挑まなければならないのが今、目の前にいる、この少年なのである。
ー出し惜しみする必要はない。ー
「『精武門』。」
これまでとは段違いにブルースのスピードが上がる。怪鳥音の雄叫びと共に拳が突き出される。凜は手に次々とブルースが構築した構造物を転移させ、その攻撃を防ぐ。しかし、そのスピードは凜の手に追えないほどの速さになる。
(凜、この手数、捌ききれますか?)
ゼルの求めに凜は最終形態をとる。
「四式・疾風。」
凜の場合、一式から三式はフォームチェンジ、四式は別のスキルにカウントされる。凜は熾天使を天使として使うため、多くの能力を封印しているのだ。四式とは、一時的に「智天使」並みの能力を解放する、ということである。
(凜、恐らくブルースは技にカウントされないフォーム・チェンジではなく、個別に技として重ねていると思われます。)
「猛龍過江。」
重力が波のように凜を襲う。凜はそれをスレスレで転移で躱していく。もちろん、ブルースは凜の仕様については情報を得ていた。
(無限に広がる空間であれば、彼は一瞬にして私を屠るだろう。しかし、ここは限定された空間なのだ。)
「龍争虎闘。」
焔の柱が立ち上り、徐々に凜が自由に動ける空間を狭めていく。凜の持ち味である瞬間移動の能力を潰すには空間を限定することが重要なのだ。
「⋯⋯死亡遊戯。」
ブルースが宣告する。怪鳥音と共に繰り出される拳はかつてないほどに重く、速い。
(これは⋯⋯やばい。)
凜はガードごと飛ばされる。割り当てられたライフゲージが一気にレッドゾーンまで減らされた。
ブルースの両手に柳葉刀、つまり短めの青龍刀が現れる。
(凜、ブルースの武術は詠春拳の流れを組んでいます。彼らの武術は大抵、拳術は剣術の応用であることが多いです。つまり⋯⋯)
「剣術使いととしても一流、ということか。」
凜はゼルの問いに答えただけだが、それを耳にしたブルースはにやりと笑う。
「私の武術にはあらゆる武術の粋を集めて来た。そして、今は、この世界で学んだことも取り入れているよ。わたしはね、進化し続けるのだよ。」
「天衣無縫」。
凜が刀を構えるとブルースの持つ両刀が振られ、衝撃波が凜を襲う。なんとか「天衣無縫」で振り払う。
「なるほど、今度は僕の『月光』の応用ですか。さすがと言うかなんというか。」
(Game Of Death……略せばGOD(神)、ですからね。まさに神技。凜、残り時間はわずかです。)
ゼルの警句に凜もうなずいた。
(制限時間が尽きればこのままでは僕の負けか⋯⋯。さて、これは出し惜しみしている場合ではないか。)
「絶技、『零式』。」
凜の動きがぴたりと止まる。二人の息遣いだけが聞こえるかのような静けさだ。
それを破ったのはブルースの怪鳥音である。観客からは二人の姿が同時に消えたように見えただろう。
がきん、という鉄骨が軋んだような鈍い音が響く。二人の姿が再び現れた時、ブルースは信じられない、という表情で膝をついた。
ブルースのライフゲージが一気に0になる。
「勝者、棗凜太朗=トリスタン。この試合、聖槍騎士団の勝利。ノーサイド。」
ホームの観客は静まりかえる。まさに空気が凍りついたかのようだ。
凜が手を差し伸べるとブルースも無言でそれを握る。悔しさで滲んだブルースの表情に凜はそれ以上かける言葉がなかった。
「今回もロゼがお世話になったようで⋯⋯。よかったら、またアドバイスをしていただけませんか?」
凜のその言葉に初めてブルースの表情が和らいだ
「ええ、ぜひ。」
二人は踵を返しそれぞれの陣営に戻っていった。
「次勝ったら1位通過は確実やね。」
ロゼの声が弾む。凜は微笑むと高く出された彼女の手とハイタッチを交わした。
「そうだね。」
一方、コーディネーターとして来ていたルイにブルースは再び迎えられた。
「やられたよ。」
ベンチに深々と腰掛けたブルースにドリンクを手渡す。
「彼のあの技は?」
ブルースの問いに、ルイは首を一つかしげてから答えた。
「恐らく、あの形態で出せる最強の技らしい。ただし、僕も彼が本気でこの技を出したのを見たのは今日が初めてだ。あのスピードからして、鎧が量子変換されている可能性が高いね。どうやら決勝トーナメントであたる連中に研究させる必要があるね。」
[星暦1544年9月18日。聖都アヴァロン]
「さあみんな、今日も気い張って行くで。」
ロゼが道場で檄を飛ばす。
「さあ、ヘソから声を出すんや!リリー、脇締めや。そう、ええやん。」
シャスティフォルから帰って来たロゼは「指導者」としては見違えるようになっていた。
ロゼはシャスティフォルの街を離れる前にもう一度ブルースの道場を訪れたのだ。修練に励んでいたのは女性クラスであったため、子どもたちに絡まれずに済んだ。
ロゼはブルースに色紙を渡し、サインをねだったのだ。
「実はジェシカの兄やんはうちの最初の師匠やねん。そして、兄やんはブルースさんの大ファンやってん。」
ブルースは少し考えてから自分のサインと共に「温故知新」と書き添えたのだ。
じいっと書かれた漢字と睨めっこをしているロゼにブルースは笑って解説を加えた。
「古きを温めて新しきを知る。標準語だと『今日という日は昨日の弟子』と言ったかな?
ロゼ、キミの持つ型は先人から受け継いで来たものだ。古臭いと笑わずにそこから学ぶといい。そこにキミしかできない発想が生まれるはずだ。そして、キミが編み出した技はまた『古き』物として次の世代へと受け継がれて行く。そう、それは雄大な大河の流れのように連綿と続いて行くんだよ。僕は、そうすることに誇りを持っているんだ。キミはどうかな?」
(「人を教えることは自分を教えること」⋯⋯凜の言う通りや。先人から受け継ぎ、後の世代にそれを伝える過程に新しいものが生まれる。なぜこうするのか、なぜ必要なのか。その『なぜ』を考えることが大事やったんや。)
ショーンやジェシカから学んだ型が自分の拳に、そして足に宿っている。それはショーンやジェシカが彼らの師匠から、そしてその師匠もその師匠の師匠から受け継いだものだ。それはまるでとうとうと流れ、たゆとう大河のようだ。
(これが『水』……、そうウチにとっての水の流れなんや。やっと光が見えてきた気がすんねん。今は底に沈んでおっても、きらきら光る水面に向かって泳いでいけばええんや。そして、ウチが見つけた型もまた受け継がれていく。)
「ロゼ師匠、すごく綺麗な『型』なんですね。」
生徒に模範演武をして見せていたところ、若い男性騎士に声をかけられ、ロゼは思わず照れる。
「そんな『綺麗』やなんて……。『かわいい』とはよう言われますけど……。」
いや、節子、それ綺麗な『型』ちゃうで。綺麗な『方』や。
ちなみに凜の技は「旧帝国軍戦闘機」の「愛称」に連合国側の「識別コード」をルビしています。作者のお気に入りです。
次回、一次リーグ最終戦。まだやっていない「殲滅戦」を実況します。
次回「第100話:めでたすぎる、トップ通過。」。100話通過はめでたいが、広げすぎた風呂敷をどう畳んで行くのか、作者の力量が問われますねえ。
最近ようやく体調が戻り、スランプから這い出しつつあり⋯⋯。