演技
「なってない……なってないよみもりちゃん!」
週の半ば、水曜の放課後。
みもりは自身のクラス、一年一組にて、劇の練習を行っていた。
文化祭準備日である来週の水曜になるまでは、舞台や大道具など、通常の授業に支障が出てしまうようなものは用意できないが、役者の練習や小道具、衣装合わせなどはこうして場が整っていなくとも行える。
今日は生徒会長の奏音から、早くにクラスへ行ってきなさいとありがたい気遣いをもらったので、みもりはまたとない機会にしっかり台詞と身振り手振りを確認することにした。
したのだが。
「意地悪な義姉に対してはもっと潤んだ目で! まるで捨てられた子犬のように! 見えない何かに縋るように!」
「王子様が一目惚れするのよ! もっと自分に自信を持って! 現実の男子全員私の虜って勢いが足りない! さぁ、りぴーとあふたーみー! 現実の男子全員私の下僕!」
「もっと恋しなさい! 王子に恋するのよみもり!」
「あ、頭が痛くなってきましたわ……」
「水飲む? みもりちゃん?」
「ありがとう蘭菊。でもあなたがやってくだされば万事解決するんですわよ?」
「やー、捻った足が主役を演じるには耐えられないとぼやいてるナー」
「ほんっと適当ですわね……」
みもりは忘れていたのだ。
この自分のクラス、馬鹿ばっかりであると。
クラスメイト(主に女子)はことあるごとにみもりに文句をつけてくる。それも、必要なんだか不要なんだか分かりづらいから性質が悪い。
とは言いつつ、気のいい仲間に囲まれてみもりも悪い気はしない。
いや、微妙に悪いのでもやもやする、というのが正しい感情表現かもしれない。
「でも実際困っちゃうね。みもりのおかげで私まで変な注文受けてるんだから」
少し椅子に座って休憩していたみもりと蘭菊の隣へ、みもりと同じシンデレラ役の千夏もやってきた。
ショートカットでさっぱりしている千夏の顔がぐいとみもりに近づく。
「現実の男子は全員自分の虜だなんて、無茶言うよね」
と、はにかんでみせる千夏はしかし、この一年の十月という時期に既に一つ上の先輩と付き合っている。
バレー部に所属する彼女は共に体育館を利用するバスケットボール部の先輩から告白されたらしい。
竹を割ったような性格の彼女は男女問わず人気が高い。
「別に千夏はいいじゃないですの。華がありますし」
「そういうことを本気で言うよねみもりは。罪だよね」
「それについては同意見だよ。みもりちゃんは自信を持ちなよー」
千夏と蘭菊の二人から指摘されて、みもりは忸怩たる思いで身を縮ませる。
なんだかシンデレラ役が決まってからというもの、いろんな人に同じ事を言われている気がする。
まったくなんだというのだ。
「自信があるとかないとかではなくて、よく、わからない」
これも、繰り返してきた言葉だ。
陳腐で、誤魔化している。
一体何が正解なのだろう。
自分を可愛いと言ってくれる事は嬉しいが。
自分自身では自分を可愛いだなんて、微塵も思えないのだ。
「重症ですなぁ」
「まったくまったく。私たちの言葉ぜーんぜん信じてくれないもんねー」
と、千夏と蘭菊は何かに思いわずらうみもりの腕を、片方ずつ掴んだ。
ぐい、と優しくも強く、みもりを立ち上がらせるように引っ張る。
「意地悪な継母はいないけど、自分で勝手に心に鍵をかけてるんだから」
「みもりちゃん、いつまでも灰かぶりのままじゃ駄目だよ」
トン、と二人がみもりの背中を押す。
「シンデレラは、可愛かったから幸せになったんじゃないよ。可愛い自分を認めて、願ったから王子様に選ばれたの」
「いくら可愛くても、閉じられた家の中にいたままじゃ誰も見つけてくれないよ」
クラスの男子が、女子が、立ち上がったみもりの方を向く。
そこには純真な笑顔と、輝く期待の眼差し。
虚偽や欺瞞は、その表情には微塵も含まれていない。
「お、休憩は終了か?」
「んじゃ森崎のチームの練習再開するか。生徒会であんまし森崎いれるときないしなー」
「だねー。じゃみもり組もう一回通していこうか。台本無くても行ける人は台本無しで!」
「よし、ほら千夏組は早く掃けた掃けた!」
自分では自分のことをよくわからない。
だから、今朝綾が言っていたように、自分のことを好きだと言う人のことはよくわからない。
自分でさほど自分が好きでもないのに、どうしてこの人は自分を好きなのだろう、と考えずにはいられない。
けれど、彼女らの言うとおり。
多少は信じてもいいのかもしれない。
(だから結局、考えすぎ、なんでしょうね。あるいは、不安、なのかしら)
そんな自分が、やはり、嫌いだ。
「そこまで言うのなら、やってみましょうか」
みもりはわざとらしく立てた人差し指を唇にあてて、千夏と蘭菊に向けてウィンクをしてみせた。
「「はぅっ……!!」」
それを真正面から喰らった千夏と蘭菊が呆けた声を漏らす。
ついでにみもりが顔を見せた方向にいたクラスメイト全員が顔を紅潮させる。
「くぁ、くぁいい……」
「天使、天使がいた……私今度、みもりちゃんをイメージしてクラリネットを奏でるよ」
やってみる、というのはどうやら子悪魔的な何からしい。
同性の千夏や蘭菊ですら心を奪われてしまうようなその仕草はしかし。
((シンデレラにはやって欲しくないかも))
方向性が若干危なげなみもりを見守りつつ、練習は始まった。
「嗚呼っ、お義姉様どうしてこんなひどいことを!」
「……」
「えぇっ!? これが、私!? 嘘みたい、すごく綺麗なドレス……」
「……」
「ごめんなさい……私、帰らなきゃ……十二時になったら魔法が解けちゃうから」
「……うぜぇ」
「お、王子様。本当に、私を探しに?」
「……なわけあるか」
「こうして、シンデレラと王子様は末永く幸せに暮らしましたとさ……」
「カーット!!」
脚本兼監督を担う女生徒、町田満智の掛け声で、ひとまずの通し稽古が終わる。
もちろん脚本と言っても普通にある物語を台本形式に書き直した、というくらいだ。誰にでもできる仕事ではないが、もてはやされるほどのことではない、とは本人談である。ちなみにみもりはそれを謙遜だと受け取っている。
その満智が全体に声をかける。
「じゃー早速、千夏組に大小道具班その他、今のについて意見、提案、指摘事項!」
「はい! みもりちゃんが小悪魔で可愛かったです!」
「うむ、その意見次同じこと言ったらぶっとばすわよー、はい他には?」
「はい! 僕と秋山が役を交換することを希望します」
「希望は聞いてない」
「はい! 俺森崎の回で王子やりたいです! 秋山とチームを交換することを希望します!」
「器が小さな王子とか地に堕ちろ」
「はい! いっそ私が王子様役を!」
「うちは百合お断りデース」
「ならいっそ俺がシンデレラを!」
「灰かぶるかおい」
「……俺王子やめたいんだが」
「おいこら王子」
「……奇遇ですわね。私もこの王子取り替えて欲しいんですけれど」
「おいこらシンデレラ」
「あぁ? 森崎の相手が嫌だっつったんだよこっちから願い下げだ」
「口悪いな王子」
「ふ、ならやはりこの僕が! 森崎とペアを組もうじゃないか!」
「王子その二、それ以上発言したらあんたの役を馬にするわ」
「第一千晶あなた私にしか聞こえないような声でぶつぶつ言うのやめてくださる!?」
「いや普通に皆聞こえてたけどね? あえて突っ込まない私たち。優しいでしょ?」
「森崎が急に気持ち悪くなったから仕方ねぇだろなんだあの動き」
「それは思った。ほんと可愛すぎてシンデレラいっそ苛められろとか思ったわ」
「気持ち悪い? あら、もしかして千晶も私の虜になってたのかしら?」
「やめてそれシンデレラのイメージ崩れるのはもう千歩譲るけど森崎ちゃんのイメージまで崩れる。それだけは、私、耐えられない……!」
「仕方ない。ここは私、夏風千夏が王子になりましょう!」
「うわーよりによってシンデレラ×シンデレラかー。厳しいなー。それR指定受けない? もしくはPG」
「そしたら私がシンデレラになるね!」
「菊池ちゃんは足捻ったから森崎ちゃんにシンデレラ譲ったんでしょーが」
「虜とか本気で言ってんのか森崎。お前自分が可愛いとか思ってんの?」
「森崎ちゃんはかわいいぞー。朝の占いでテンションが変わっちゃうとことか」
「思ってませんわよ! 役になりきってるんですの! 千晶あなたも王子ならちゃんと王子らしく演技したらどうなの?」
「そうなの。秋山くんには急に出演をお願いしたからね。台本覚えてもらったりとか結構大変だよねぇ」
「今日初めて台本見たんだよ演技とかできるわけねーだろ」
「いや昨日台本渡しただろさらっとくらい眺めろや」
「シンデレラの話くらいおおよそ知ってますわよね!? 王子様がどんな感じかも知らないんですの!?」
「いやまぁその割に上手かったけどね? やる気は無いけど滑舌は良かったもの。でもやる気は無かった。ついでにやる気は無かった」
「知らねーよ名前も知らん」
「それは確かに知らない王子って名前あんの?」
「プリンス・チャーミング! チャーミング王子ですわよ! 常識でしょう!」
「常識なんだー私は森崎ちゃんの常識を疑うよ。非常識な常識が現れる瞬間を目撃したよ私は今」
「誰だそれは。俺は今からチャーミングって名乗りゃいいのか? シンデレラ姫」
「やめて欲しいなーたぶん『俺、チャーミング!』って言われてもたぶん誰もわかんないよー? 『そうかあいつは可憐なのか』とか言い出すよー?」
「やめておきなさいな。一応今回はある映画作品を基にした台本ですから、その映画作品上ではシンデレラの王子様は確かにチャーミングと名付けられているのだけれど、氏名の不明な王子様の方が伝承では多いですわ。つまり王子様は観る人皆の理想を具現化した存在であって物語のヒロインのためだけの王子様であってはならない、って考えなわけです。堂々と名乗らないのが正解な気がしますわ」
「詳しすぎるでしょ!? え、なに? もしかして民話伝承の研究されてるんですか!?」
「詳しすぎるだろ!? 何だお前、辞書か!?」
「期せずして反応が被ったー! まさかの一致! だがしかし辞書に王子の名前は書いてないと思うぞーっ!」
「いえ王子の名前とかどうでもいいですわ。ともかく少しはやる気を出しなさいな」
「どうでもいいとか言わない! どうでもいいけどさ。どうでもいいけどね!」
「つーか元々王子役二人いんだろが。練習的にも分担的にも俺やんねー方が上手くいくだろ」
「それが二人とも役に立たんのですわ。いや、見てくれはいいんだけどね? 片や女子の目を気にしすぎのお調子者片やナルシストとか手に負えないんですわ。ついでに秋山くんも手に負えないがな!」
「それを上手くいかせるための練習ですわよ! 実は文句言ってるの怖いんじゃないですの? 舞台に立つの。それか恥ずかしいか」
「そういえば王子もそうだけどシンデレラって本名知らないわ私。なんて言うのかしら」
「ぐ……」
「黙ったーっ!! 意外とピュアかよ!! 演技するの恥ずかしいのかよ!?」
「図星なんですのね……いえ、なら余計に役になりきったほうがいっそ恥ずかしくないですわよ?」
「でも高校生が王子になりきってるのもどうかと思うよ。少女漫画に出てくるような男の子現実にいたら私病気だと思うもん。もしくは夢遊病」
「だ、誰もできねぇとは言ってねぇだろ! 台詞覚えりゃこんなもん余裕でできるっての!」
「まぁ逞しい。秋山くんあなたは今全国の演劇部を敵に回したわ。そして是非余裕でやって欲しいわ」
「ならちゃんとしなさい。ほら、また初めから通しますよ」
「よしきた! はい、じゃあ初めから練習するよ! って違う!! もう誰も意見言わないしとりあえず私が気になったとこだけ先に言うからね!」
まったくもってノリの良いクラスである。
どこまでがわざとでどこからが天然なのか、その判断は難しいが、誰も彼も冗談交じりにこんな会話を繰り広げているので、あまりその判断に意味は無いだろう。
突っ込み役に徹していた満智が既にふざけているという混沌ぶりで、しかしどうにか統制が取れているのだから高校生とは不思議なものである。
本気でいがみ合っているみもりと千晶のことを微笑ましく見守るのは優しさ半分、面白半分だろうが。
兎にも角にも、千晶は本番まで残り十日、という切羽詰っているはずの時期に。
正式に、王子役を頑張ることになっていたのだった。
それから数回、各チームがそれぞれ順番に練習をしていった。
その都度残りの面子が野次……ならぬ指摘をしていく。
生徒会で忙しくしているみもりも今日は長く一緒にやれたため、大分感覚を掴めてきた。
後は台詞を完全に頭に入れれば問題なくこなせそうではある。
衣装合わせなど、若干心配な要素はまだあるものの、どうにかなりそうで少しだけ肩の荷が降りつつある。
「いやー、今日は大分練習できたね。森崎ちゃん良くなってたよ!」
まだ下校時刻ぎりぎりではないが、もう一度通しで練習するほどの時間は残ってない、ということで全体としては解散となった一年一組。
少しだけ生徒会に寄るか、せっかくの機会なのでもう少しだけ劇の練習をするか悩んでいたみもりの所へ満智が労いに来た。
ふざけている時には軽快な突っ込みを見せる満智だが、実際このシンデレラの劇で一番の功績は彼女だろう。
「でも大丈夫? 今日ずっとこっちいて」
「ええ、先輩達には話してますわ」
「そっかぁ。生徒会的にはどうなの? 問題ない?」
「うーん。文化祭って一大イベントを相手にして、何も問題なく進むほうが問題、みたいなところはありますわよね」
「あはは……問題、あるんだね?」
と、言っても今のところはそれほど致命傷となりうる問題は起きていない。
いや、致命傷でなければ問題ない、という話でもないのだが。
「秋山くんの方は、どうかな。クラスに強引に馴染ませるために無理矢理王子役にしちゃったけど」
「どう、でしょうね」
みもりが横を見ると、椅子に座って気怠そうな顔で台本を眺める千晶の姿があった。
下校時刻までそうしているつもりだろうか、帰る素振りを見せていない。
「でも、たぶん大丈夫だと思いますわ。なんだかんだ、途中でやめたりは、しないかと」
「……森崎ちゃんさ」
「はい?」
満智が少し言葉を選ぶように神妙な顔をする。
そのような雰囲気に思い当たる節もないので、みもりは素直に疑問符を浮かべてみせる。
「無理、してない?」
慎重に、恐る恐る発せれられたのは、みもりを心配する声だ。
千夏や蘭菊のように、みもりの精神的な部分がどうこう、というより、単純に今現在のことを指してのことだろう。
ノリで決めたこととはいえ、いざ文化祭が目の前になってきて、クラスと生徒会で動き回っているみもりを見て、申し訳ない気持ちが前面に出てきたようだ。
「無理してない、と言えば嘘になるでしょうね。たぶん」
これに対し、みもりは正直に答えた。
ここで嘘を吐けば、きっとそれはばれると思ったからだ。
どちらか片方だけだって、十分疲れるくらいの作業量があるのだ。両方をこなすのが平気なはずがない。
なんでも出来るエリートなどといった幻想に、みもりは近づくことが出来ない。
知っていたはずのその事実に日々打ちのめされる毎日である。
「でも、それ以上に充実してますわ。だって、このクラスも生徒会も、私にとって大好きで大切な皆と一緒に文化祭を作っているんですもの」
これもまた、正直なみもりの心情だ。
毎日毎日やることが多くて、一日は短くて。やりたいことの全てが出来るわけではない。
それでも、目まぐるしく動き続ける日々にどうにかしがみついて、振り落とされないようにしている今は、嫌いじゃない。
「そっかぁ……うーん。まぁ、千夏とか蘭菊は勿論、私達は皆森崎ちゃんのこと結構心配してる子多いんだよ。なんでかわかる?」
「へ、ええと、いえ、よく、わかりませんけれど」
確かに最近やたらと人に心配されているようだが。
何かそういった雰囲気を出してしまっていたりするのだろうか。
無意識にそんな態度を取ってはいないだろうかと自分の身の振り方を思い出すみもりだったが、自分で言うのもなんだがあまり人に弱みを見せたような記憶が無い。
詩織に見せることはあっても、クラスでそんな姿を見せればきっと、それこそ心配をかけてしまうだろうから。
「そういう時にも笑ってっからだろ、森崎が」
続く言葉は意外にも、満智からではなく、いつの間にか近くまで来ていた千晶から放たれた。
満智は千晶の発言を聞いて、微妙に俯いている。その反応を見るに、恐らく満智が言おうとしていたことと千晶の言ったこととは同じなのだろう。
しかし、そういう時、とは。
「どういう、こと、ですか?」
「無理してないと言えば嘘になる、でも忙しい日々は充実している。そりゃ結構なこった。だが森崎お前、それを聞く側のこと考えたことあんのか?」
「聞く、側?」
今で言えば、満智のことを。
考えたこと。
あるだろう。
自分のことを案じてくれる友人のことを考えないわけがない。
何を言っているんだ、と言い返そうと思うと、先に千晶が言葉を続けた。
「無理してる。きつい。助けて欲しい。手伝って欲しい。なんでそれが言えねぇんだ、なんでそれを言おうとしねぇんだよ」
「それ、は。別に、そこまで苦しんでるわけでもありませんし、言って変わるわけでも」
「森崎を見てる奴らからすれば変わるだろうが! なんでそれがわっかんねぇんだよ!?」
突然の大声にクラスが一斉に千晶とみもりの方へ目線を向ける。
千晶は発言してから、はっとした表情になり、一歩、二歩と後ろへ下がっていく。
「ち、千晶……? ええと、ごめんなさい、よく、わからない、のですけれど……」
どうして怒られたのだろう。
わからない。
自分の口からこんなにも震えた声が出る、ということをみもりは初めて知った。
だが、どうしてこんなにも震えてしまっているのか、それはわからない。
静寂に包まれた教室の中、千晶は自分が声を荒げたことに気付き、居心地の悪そうな顔をしている。
そんな千晶の顔を見つめるみもりもまた、困惑をその顔に貼り付けている。
「あ……悪い。別に、怒ってるわけじゃ……ない」
消え入るような声で千晶は謝り、そしてすぐに鞄を手にして教室から出て行った。
駆けて行った千晶を誰も止めることはできず、呆然としたまま、沈黙の空間がしばし続く。
みもりもまた、千晶が走って出て行ってしまった教室の出入り口を見つめたまま固まってしまう。
頭の中では千晶の言葉が何度も何度も繰り返し響いている。
その言葉をなぞる度に、
「わから、ない」
と、そう呟いて。
何がわからないのか曖昧なままで。
けれど、何かがわからない自分がいることを、痛感してしまっていた。