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運命を操るのは  作者: 安藤真司
本編 運命を操るのは
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元生徒会長

 水曜、劇の朝練を行うとのことで、みもりは詩織に断って先に学校へ向かっていた。

 一人で歩く通学路は、何故かいつもと違うように見える。

 きっと、普段は詩織の顔を見て歩いているからだろう。もう半年も通っているというのに、初めて見る景色がそこには広がっている。

 何の変哲もないコンクリートの車道。それに面し、ガードレールによって保護されている歩道。

 早朝ながら行き交う人の数は少なくない。自分と同じく幸魂(さきみたま)高校の制服に身を包んだ者がいれば、これから仕事に向かうのであろう者もいる。

 最寄り駅から住宅街を這うように進んでしばらくすれば高校へは辿り着くのだが、そこまでの道のりに大して特筆するようなものは何もない。

 特徴的な外観をした建物はないし、一体何屋さんなのだと首を傾げてしまう店もないし、橋やトンネルなどもない。

 強いて言えば校門に辿り着くためにはやや斜面が急な坂を上る必要があったりするのだが、これは全国の高校で割に見られるらしい。

 全国の高校は坂の上に作らねばならない理由でもあるのだろうか。

 以前気になってみもりは調べたことがあるのだが、まずは坂の上にない高校も普通にあること、そして災害時の避難所としての機能を持つ高校という機関は例えば津波の影響を受けないようにしているらしいこと、という二つの事柄を発見することができた。

 後者については事実なのかどうか、結局よくわからなかったのだが、しかしそれっぽい理由ではあるように思う。

 逆に坂の上で地盤緩かったりしないだろうか、ともみもりは勘繰ったものだが。

 ともかく、多分に漏れず坂を登らねば到達できない幸魂高校に毎朝、特に夏などは恨み言を零して歩いていくのが生徒達の常である。


「あら、みもりちゃん? 早いわね」

 と、不意に後ろから声をかけられたみもりが振り向くと、ポニーテールの格好良いお姉さんが立っていた。

「綾文かい……綾文先輩、おはようございます」

「うん。会長は奏音ちゃんに任せたからね。先輩でお願い」

「ふふ、すみません」

 話しかけてきたのはみもりの二つ先輩、三年生の綾文綾(あやふみあや)だ。

 弥々の実の姉であり、昨年度の生徒会長でもあった綾は、四ヶ月ほど前に行われた体育祭の閉会式にて奏音に生徒会長の座を引き渡している。

 髪を染めヘアピンを付けスカート丈を攻める弥々と違い、綾は一度も染めたことのない黒の髪は飾り気のないヘアゴムで結びお手本のようなスカート丈と生徒の模範らしい佇まいである。

 確実に『可愛い』に分類される弥々に対して、『格好良い』に区分されるであろう顔立ちであることも特徴である。

「今日は早いんだね。生徒会?」

「いえ、今日はクラスの方です。朝練です」

「あら。青春ねぇ」

「青春ですかね……」

 

 高校三年生はこの十月、まさに受験勉強が本格化してきた頃合である。

 みもり達一年生に対しても諸先生方は口うるさく言ったものだ。

 曰く、『夏休みは受験の登竜門』と。

 実際に先生方の言いたい意味合いと、登竜門という言葉の意味合いとに差異があるようなのだが、しかし言葉はニュアンスが伝わればいい、というのはそれこそ当流だろう。

 ついでに詳しく話すならば、みもりが夏休み前に言われたことは、『高三の夏休みは頑張らない人間などいない。いたとして、君らが競争するのは頑張った者たちだ』というものである。

 高三の夏休みとはおよそ四十日間、朝から夜まで勉強に時間を割くことができる。

 これは貴重な時間であることは言うまでもない。

 おおよそ多くの生徒たちは部活動に所属しているが、部活動の引退時期というのは大半が夏休み前である。

 そうすると、丁度本腰を入れて勉強を始められ、時間をきっちりと使うことができる夏休みは頑張らない理由がみつからないくらいだ。

 しかし、受験勉強というシステム上、考えなければならないのは、絶対評価ではなく、相対評価なのだ。

 自分と同じ学校を志望する人が世の中には沢山いるわけで、その人たちよりも一点でも多くテストで点を取らなければならない。取らなければ、合格することができない。

 だから例えば、夏休み一日十時間勉強することをノルマにしたとして。

 そのノルマを無事達成することができたとして。

 受験に合格するわけではない。

 仮に他の受験者が皆、一日十一時間勉強しているのならば、合計で四十時間も勉強時間が少ないのだ。

 さらに、時間だけ長くとも、結果テストで使える知識を蓄えていかなければそれに意味はない。

 このように考えると、やはり受験勉強とは早い時期に始めれば始めるほど、有利になる確率が高くなる、というのは嘘ではないだろう。

 さらりと教科書をなぞれば大体解ける、などという規格外に頭の良い者であれば別だが、普通は繰り返し、反復の中で式や用語を覚えていくのだ。

 反復の回数は多ければ多いほど忘れない。

 また、日頃からやっておけばやらなければならない量も一気にまとめてやるよりも少なくて済むし、少ないからこそより記憶に残りやすい。

 尤も、それができていれば人類誰しも勉強に困ることはなく。

 それができないからこそ、夏休みに頑張るしかない受験生が後を絶たないのだろう。

 みもりはそうはなりたくないので、別段今から行きたい大学が固まっているわけではないのだが、こつこつと復習することを続けている。

 どんなに忙しい日々でも、最低限英単語もしくは古文単語の暗記、数学の問題集の復習は欠かさない。

 むしろ疲れている時こそ、手を動かして公式を上手に当てはめる、授業中に解いたやり方を別の問題に適用してみる、といった作業を、手を動かして行える理数系の復習はやりやすいと言える。

 疲れている時に英単語の暗記などは、さすがのみもりもやれたことがない。英単語帳に睡魔が宿っているかの如し、である。


「私はそれほど毎日精神をすり減らして勉強しているわけじゃあないけれど。やっぱり楽しそうに文化祭の話をしている後輩を見れば羨ましくもなるのよ」

「あはは。お疲れ様です」

 明らかに冗談を言っている雰囲気を綾が出しているので、みもりは安心して笑ってみせる。

 言っている胸中は事実だろうが、受験生と言う微妙な状況をみもりに気遣いさせないためであろう。

 こうしたさり気ない言動が、生徒会長としての人気を支えていたのかもしれない。

「クラスの方も初めてでしょう? 順調?」

「なんとか劇も形になってきた、といったところでしょうか」

「それは良かった。うちの文化祭はどこも人気投票一番を狙ってるからね。劇やるのね? 頑張って」

「そう言われると、少しプレッシャーを感じるのですけれど……」

「そう? 楽しめばいいのよ。みもりちゃんはなに担当するの?」

 言われて、若干言葉につまる。

 あまり嬉々として話したいことではないのだが、今更先輩に対して黙っているようなことでもない。

 ついでに、恐らくはこうした与太話こそ、綾にとっては気分転換になるのだろう。

 この朝の時間とて、文化祭のために言ってみれば遊びの練習に行くみもりに対して、恐らく綾は自習か講習かのために早くに学校へ向かっているはずだ。

 せめて笑い話になればいいだろう、とみもりは軽く話してしまう。

「実は私、シンデレラ役なんですの」

「へぇ、主役じゃない! じゃあ大変だ」

「生徒会の方もクラスの方も、皆にお世話になりっぱなしですわ」

「いいのよ。文化祭なんてみーんなが自己満足しちゃえば」

「自己満足、ですか?」

 自己満足なのは確かだが、全員がそんなつもりじゃあ、上手くいかないのではないか。

 最低限、人に見せるものなのだという自覚はあるべきだろうし、共に文化祭を作っていく友人や先輩達に迷惑をかけるのもいかがなものかという気がする。

「自己満足って言葉がまずければ、自分が一番楽しむつもりでいなさい、とかでどうかしら」

「そういうことですか。そうですね、それが一番大事、ですね」

 迷惑をかけていい、と言っているわけではなく。

 誰も彼もが一番に楽しんでいるならば、きっと自分でない誰かのフォローに回る事だって、文化祭の一部として、楽しいこととして感じることができるはずだ。

 みもりが大変であることは、綾は誰よりも理解している。

 生徒会長を務めた綾は、文化祭の裏で動く生徒会がどれだけハードだったかを一番よく知っている。

 それに加えてクラスの劇で主役を演じるというのだから、クラスと生徒会と板ばさみでどっちつかずになってしまうこともあるだろう。

 だが、まずこれは文化祭、自分達が楽しむための行事であることを忘れてはいけない。

 そして、楽しむための行事なのだから、迷惑をかけている、だなんて後ろ向きに思う必要はないのだ。

 人付き合いにおけるマナー、礼儀。それらがきちんとしていることは大前提だが、そうでない部分で相手の作業を増やしてしまうことを気に病んでいては、お互い楽しめなくなってしまうではないか。

 その気持ちを忘れてはいけない、と綾はそう言っているのだ。

「みもりちゃんがシンデレラかー。ドレス姿、きっと映えるわね」

「ありがたいことに、被服部の子と漫画研究部の子を中心に女子はシンデレラと王子の衣装だけは本気で製作してくれてます。と言っても元は安いドレスを購入していたのですけれど」

「文化祭のために衣装買ったの?」

 衣装は大体、クラスメイトが自分や親戚の家からそれっぽいものを持ってくるところが多い。

 衣装というのはやはり値が張るので、文化祭の限られたクラス予算をそこに割り振ることはかなり難しいのだ。

 もちろんみもりのクラスでもそのようなことはしていない。

「いいえ、漫画研究部の子が元々持っていたみたいです。趣味で」

「あぁ、道理で購入していた、だなんて過去形だったわけね。趣味でドレスかぁ。すごいなぁ」

 世界は広い。

 高校生くらいにもなると、趣味の幅は広くなり、全く同じ趣味を持っている人に巡り会うのは難しくなってくるものだ。

 なるほど、そうした趣味の女子がいると、随分と見栄えの良い装いとなるだろう。

 ちなみに喫茶店を開く詩織のクラスでは、どういう経緯でか、何着かはメイドの衣装が用意できたらしい。詳しくは聞いていない。聞かないほうがいいような気がする。

「じゃ、みもりちゃんのこと男子が放っておかないねー」

「いっ、いえ、そんなことありませんわ!」

 全く同じことを詩織をはじめクラスメイトにさんざん言われたみもりである。

 もはやからかっているのか本気なのか、いまいちよくわからないのだが。

 大体そんなことを言っている詩織こそ、メイドの装いをしたら男子が放ってはおかないのではないかと思うのだが。

「いやいや。結構あなどれないわよ。文化祭って。やっぱり高校生にとっては修学旅行に並んで一番のイベントだし。それに、一年生はようやく環境に慣れてきて、クラスメイトのことをよく知ってきて、可愛い女の子の内面を知ってきてる」

「まるで経験してきたかのようですね……」

「それについてはノーコメントで」

 綾はぺろっと舌を出してウィンクをして見せた。

 綾は、というか妹の弥々も含めて綾文姉妹は、考えていることがそのまま表情に出るのが特徴的だ。

 意図的に本当の事を話さないことはあっても、嘘をつくことはあまりない。

 これもまた、みもりには見たことがないというだけで、人間である以上は切羽詰まった状況などでは嘘も普通につくだろうが。

 話していて裏がない、というのは安心するものなのだな、とみもりは勝手なことを考えたりもしている。

 まぁ、つまり、今の綾の表情が物語るのは。

 そのまま奇を衒わず『内緒だよ』といったところだろう。

 なんともわかりやすい。

「まぁよくわからないものよね。実際」

「ええ、と。何が、ですか?」

「別に半年でも一年でも二年でもいいけれど。顔しか知らないような人が告白してくるって、変な感じがするのよ。みもりちゃんに経験があるのかどうかわからないけれど」

「あぁ……ええと。なくは、ないです」

 ここで遠慮してしまうのは、一応は本気で想いを伝えてくれたであろう相手に申し訳ないので肯定しておく。

 ついこの間も恋文を貰い、その指定された場所で初対面の先輩から告白されたばかりなのだ。

 丁寧に断ったわけだが、後から周囲に聞けば、二年生の間では結構な人気のある人物だったらしい。少々女たらしでもある、という女子には聞き逃せない情報も一緒に知ることとなったが、それは余談。

「気持ち自体はありがたい、っていうのも本当。でも正直、顔しか見てないような人の相手をしなくちゃいけないのは億劫。でも、顔しか見られてない、なんて、言えない。言えば、自分が嫌な奴になっちゃうから……違うんだけどね」

「綾文、先輩」

「なに、わかってくれる友達がいればなんてことないでしょ? みもりちゃんなら、詩織ちゃんと弥々がいる」

 綾は軽い言葉で流したが。

 綾の言うとおり、告白される、というのは中々怖いことだ。

 人が関わるから当然なのだが、しかし怖いのは当事者二人だけで話が終わらない、という部分にある。

 告白された側について考えれば、綾が不満気に零したように、どういう経緯であれ何かしらの好意を持った相手のことを振る、ということは、自分基準で、相手がつりあっていないと宣言していることと見なされる。

 そんなつもりがあろうとなかろうと、だ。

 そのため同性から嫌われやすいのは事実である。

 ただでさえそんな状況だというのに、「私は顔しか見られていないんだ」などとのたまえば、顔だけで異性が寄ってくるなんて人生楽でいいね、と嫌われるに違いない。

 贅沢な悩みらしいことはよくわかるが。

 だからと言って、悩んでいる以上は悩みに優劣なんてなく。

 ついでに言えば悩みを暴露したときにその相手から嫌われることも含めて悩んでいるのに、どうにもそれは伝わらないらしい。

 そのまま綾の言葉を使うならば、伝わる相手にだけ伝わればそれで十分、ではあるのだが。

「はい。詩織にも弥々にも、いつも助けられています」

「うんうん。弥々はよく二人のこと話してくれるのよ。仲良くしてくれてありがとう」

「いえ、振り回されはしますけれど、私から仲良くなりたいって、心からそう思います」

 みもりは、これについては断言できた。

 心からの言葉に、綾はまるで自分のことのように嬉しそうにする。

 姉とはそういうものなのだろうか。

 みもりは自分のことを考え、例えば妹の理紗について、その友人が仲良くなりたいんだと笑って言ってくれたなら。

 考えるまでもない。

 嬉しい。

「最近の弥々、本当に楽しそうにみもりちゃんと詩織ちゃんのこと話すのよ」

「そ、そうですか……!」

 綾文姉妹の仲は良好、を越して異常、と言える。

 二人してシスコンを自称するほどで、いまだに一緒の布団で寝たり風呂に入ることがしばしばあるらしい。

 果たして、改めると相当に恥ずかしい内容であるはずの日常会話のどれだけを綾に話してしまっているのか、みもりには想像もつかないし想像したくもない。


「あとはそうね。櫛咲くんの話が多いわね」


「……ぁ」

「文化祭。一緒に回るんですってね」

「……」

「昨日行けなかったぶん、今日はどこだかに寄るんですってね」

「……あの」

「弥々は文化祭、お化け屋敷やるそうね。そこで弥々は悪魔に扮するようだけど……一体誰を誑かすのかしらね?」

「……あー、綾文先輩?」

「櫛咲櫛夜……許さない……未来永劫に……」

「怖い怖い怖いですわ!?」

 急に目から光を失った綾が恨みを延々と繰り返す。

 わかりやすい表情だとは言ったが、かのように狂気まで表に出てくるのはいかがなものかとみもりは冷や汗を浮かべつつ。

 相変わらずな綾の態度に一安心する気持ちもありつつ。

 一応冷静さを取り戻してもらうべく対処にあたる。

「逆に、弥々に変な男は寄りつかないですわ!」

「櫛咲くんがまさに変な虫なのだけど」

「んー、ほら! 文化祭でちょっぴりテンションが上がっているだけかも!」

「文化祭でちょっぴりテンション上がって一線越えそうなのだけど」

「んー……ほ、ほら! 弥々は、可愛い!」

「弥々が全宇宙の全歴史において最も可愛い生物であることは自明よ。自ずから明らかなの。それはつまり弥々という天使がこの地に舞い降りた奇跡を私たちは幸せに思わなくてはならないということで天使はあくまでそっと近くで見守ってくれる存在でこちらから触れていい存在じゃないのよなんなのあのゴミは私の妹に触れるなよ穢れたらどう責任とるつもりなのよあいつ」

(よし、諦めましょう)

 僅か数回のやり取りでみもりは綾の対応を諦める。

 異常なほどの仲、とは言うが。

 妹を溺愛する綾は、弥々と櫛夜の交際をよく思っていないらしい。

 とはいえ、思っていない割には文句を言う以上に邪魔をしたりはしないので弥々の気持ちは尊重しているようだ。

 しばし綾が落ち着くまでみもりは作った笑顔で待機する。

「あ、ごめんなさい取り乱したわ」

「いえ。慣れてます」

 主に妹さんが同じことをよくするので、とは言わない。


 一度話を切り替えんとばかりに綾は大きく伸びをした。

 道端で突然手を上げるので周囲からやや奇異の視線が向けられるが、綾は気にしない。

「文化祭かぁ。また変なこと、起きないといいんだけど……そういう心配はないわよね?」

 変なこと。そういう心配。

 それは恐らく、体育祭での事件を受けてのことだろう。

「今の所は、特に。と言っても、あんなことはそうそう起きないとは思いますけれど」

「人のこと言えないけど、確かに色々と重なった結果がああなったわけだしね。そりゃ全く同じ事件は起きない、と思いたいけどね」

「そもそもあのレベルの事件が起きているとして、私に気付けるかどうか、わかりませんわ」

 実際、体育祭のとき、みもりはほとんど起きていることにも気付かなかったし、その解決にも乗り出してはいなかった。

 そんなみもりの逡巡を見抜いたのか、綾はみもりと腕を組んで、さらに肩に顔を預けた。

 遠くから見れば、寄り添って歩く恋人のようだ。

 綾のこうしたスキンシップも、やはり姉妹、弥々がよくそういった行為をするため、そこまでみもりは驚かずに済んだ。

 だが、やはり妙に胸がどきどきする感覚があるのはどうしようもない。

「ありがとう。あのとき、みもりちゃんがしっかりしてくれていなかったら、きっと体育祭は上手くいかなかったわ」

「そ、んなこと」

 気持ち、綾と組んだ腕に加わる力が強まる。

 だが、それに合わせて綾から伝わる力も大きくなった。

 たったそれだけで、ちゃんと自分がここにいるんだと証明してくれている気がして、心地良い。

「何かあったら相談してね。私たちはまだ、ほんの子どもなんだから。無理なんてするだけ、駄目」

「無理、ですか」

「うん。人は誰かと話さないと、自分一人じゃ、悪い方向にしか考えが纏まらない。自分一人で抱えて、無理して、だからどうにもできなくて、って」

 ふぅ、と一息つき、綾は続ける。

「自分を殺しちゃうことなんか、ないんだから」

「はい……はい!」

 みもりは顔を上げる。

 そこには、どこまでも広がる蒼の空。

 優しく差し込む日の光。

 大丈夫、きっと、悲しいことなんて起きてやいない。

「にしても、なにかあったの? なんだか雰囲気がちょーっと不思議な感じがするけど」

「あー……実は、詩織がですね」



 大丈夫。

 なんて。

 保証はどこにもないというのに。

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