聞いてもいい?
森崎家は四人家族である。
誇り高きパートの母に、一家の大黒柱である父、真面目な華の女子高生みもり、そして年の離れた妹、理紗。
理紗は現在小学校の四年生になる。現在十六歳のみもりとの年齢差は七で、九歳だ。
みもりが小一のときに生まれたため、当時は単純に小さな体に命が宿っていることが不思議で、ただただ妹が可愛くて特に何も考えたことはなかったが。
改めて考えると、結構な難産だったのではないか。
母親の年齢を考えれば当然だ。
だがしかし、こうして高校一年生になってみたみもりはやはり思うのだ。年の離れた妹は、可愛い、と。シンプルな感想だが、真理である。
「姉さま。見てください、私の絵、修学旅行の表紙に使われたんです」
四人で囲む食卓。
みもりにとっては至福のひと時。
母が作る料理は世界で一番おいしいと思うし、仕事で疲れた父がそれを食べて優しい笑顔を浮かべているのを見るのは何より幸せだし、妹がにこにこその様子を見て笑っているのも心が温かくなる。
「あら、すごいじゃないですの理紗。どれどれ、四年生は修学旅行じゃなくて校外学習って名目でしたわね」
理紗が見せてきた校外学習のしおりの表紙を、みもりはよくよく眺める。
可愛げなショートの女の子と、活発そうな男の子が二人、楽しそうな表情で目の前に浮かぶシャボン玉を見ている。そのシャボン玉の中には、今回の校外学習の目玉である山登りの様子や夜の星空や、夜楽しそうに枕を寄せ合う少年少女の姿が描かれている。単純にイラストとしても小四にしては完成度が高く、さらに表紙としても良い出来だ。
「ふふ、たくさん思い出が出来るといいですわね」
「うん! 帰ってきたら姉さまにたくさんお話するんだ!」
「今から楽しみにしてますわ」
理紗のこの言葉遣いはみもりの影響である。
みもりがやや畏まった口調であるのは、詩織に二度とあんな真似をさせない、と誓った小三のときに自分の姿勢を見直してからだ。
言葉遣いも丁寧にしようとしたみもりが参考にしたのは、当時流行っていた少女漫画のキャラクターだったりする。
そのために妙な丁寧言葉になってしまっており、そのうち直したほうがいいのかもしれない、などとみもり自身も考えていたりはするのだが。
いやしかし、妹がきらりと瞳を輝かせて、「姉さま」と言ってくるという現状は。
悪くない。
「みもり、あなたも最近忙しそうだけど大丈夫?」
気遣うような母親の言葉に、みもりは首を横に振る。
「まぁ、生徒会の会計としての仕事はおおよそ目途がつきましたし。クラスの方もあとは台詞をしっかり覚えればその他は皆がフォローしてくださってますわね」
会計はあくまで予算管理。一度慎重に割り振れば、特殊な場合を除いて文化祭前の仕事はそれほど多くはない。そうは言っても生徒会全体で動いているため余裕が持てるかと問われれば、そんなことはない。
なんとか劇の台詞も覚えつつあるので、あとは細かな演出などをしっかり打ち合わせればどうにかなりそうである。
問題があるとすれば、やはり。
「それよりも転入生の方がいろいろ、大変、かも」
「十月だなんて珍しいわよね。どうなの、仲良くやれそう?」
「た、ぶん。たぶん、ですけれど」
たぶん、以上のことは何も言えないが。
少なくとも、昨日よりは、ずっと仲良くなれそうに思う。
周囲からは変な誤解も受けてしまったが。
「姉さま、変な顔してます」
「へ? 変な?」
理紗がくすりと上品に笑う。
笑い方まで上品なのは、恐らくみもりの持つ少女漫画を理紗も参考にして自分の振る舞いを覚えたからだろう。
変に粗雑な言動を覚えてしまうよりは、今の状態でよかっただろう。
なにより、みもりの精神安定剤としてはこれ以上のものはない。
「なんか姉さま、顔が赤いです」
「あ、赤くないですわ!」
「姉さま、なんだか可愛いです!」
「もう。理紗の方が可愛いですわ」
みもりはそう言って頭を優しく撫でてやる。柔らかな髪の感触がふわりと手から伝わってくる。
そうすると理紗は決まってくしゃっと気持ち良さそうに目を瞑る。
なお、みもり自身は変な顔をしているつもりはない。
と、一家団欒の最中であった森崎家の呼び鈴が鳴った。
「あら、誰かしら。はーい」
母がさっと玄関へ向かう。するとすぐに、快く迎え入れる声が聞こえてきた。
「ああ、詩織ちゃんかな」
父がさも当然、という表情で呟くと、その読み通り来訪者は詩織だった。
小さな頃から家がすぐ近く、というか同じマンションにある織上家と森崎家はほとんど家族ぐるみで付き合いがあり、こうして家に訪れることはよくある。
「おじさん、こんばんは。それに理紗ちゃんも」
「しお姉さま、こんばんは」
「うん、今日も可愛いなー理紗ちゃんは」
言って、詩織は近づいてきた理紗の頭を軽く撫で、そしてぎゅうとその肩から上を抱きしめた。
驚いた様子でぱたぱたと腕を動かす理紗の動きが、年相応のもので微笑ましい。
「しお姉さま、少し苦しいですー」
「あはは、ごめんごめん」
笑ってすぐに詩織は理紗を離してやる。
理紗の髪にくしゃと癖がついて、少しぼさぼさになったのを詩織は丁寧に直す。
その間にみもりは尋ねる。
「ところで、何か用で?」
「あ、ううん。ただのおすそ分け」
「あら、いつも美味しくいただいてますわ。おばさまにも伝えておいてくださいな」
「いえいえこちらこそこの間のキムチ、お母さんたちおいしかったって」
森崎家では、というよりみもりの両親は辛いものにはまっており、先日旅行先で大量に買ってきたキムチを織上家にプレゼントしている。
その代わりに、今日はきんぴらごぼうを持ってきてくれたらしい。
まったくありがたい話である。
「詩織ちゃんなにか食べてく?」
「あ、いえ、今日は大丈夫です! ありがとうおばさん。それじゃみもり」
「ええ、また明日」
「しお姉さま、おやすみなさい」
「ん。夜更かしは駄目だぞ理紗。おやすみ」
そう言って詩織は最後にぺこりと挨拶をして帰ろうとする。
その詩織を見送ると言って、みもりは外向き用でないサンダルを履いて玄関の外へ出る。
秋になり日が落ちるのは早くなり、やや厚めの上着を羽織っていないと朝や夜は身が凍えてしまう。
冷たい風に吹かれて、詩織とみもりはマンション内の通路に立つ。
「詩織」
「なに? みもり?」
風で周囲の木々が揺れる音が聞こえる。まるで命が宿っているかのように、リズム良く、それでいて不定期に音の波が耳を抜ける。
今日は晴れているのか、星がよく見える。
星にあまり詳しくないみもりは秋の星座の知識がさほどないのだが、ぎりぎり夏の大三角も冬の大三角も見えるのかもしれない。
少し探すと、三つの星が一列に並び、そこからやや離れた位置には赤みがかった星が見える。これはきっとオリオン座だろうから、やはり見える位置に冬の大三角はあるのだろう。
星を見ながら、みもりはどうして自分も外に出てきたのかを考える。言葉にする。
ゆっくりと。
「あの、詩織」
「うん。なーに?」
詩織はみもりを焦らせない。いつまでも待ってるよ、と目で語る。
だからみもりも焦らずに、誤魔化さずに、きちんと自分の気持ちを話す。
「私、その、千晶……秋山くんと仲良く、なれそうですわ」
「うん、それは聞いたよ? 帰り道にさ」
今日も詩織と一緒に帰ったみもりは、ある程度内緒にしておかなければならない部分はぼかして、一応今日起きたことを話している。
どうやら秋山千晶が勝手に荷物を持っていってしまうのは、彼が女子に荷物を持たせたくなかったから、という割と残念だが殊勝な考えの下だったらしい、ということ。
少しだけお互い素直に話が出来た気がする、ということ。
そんな辺りについては話してある。
「あ、あの。その。詩織、どうして、家に来たんですの?」
「ん? んん? おすそ分けって言ったでしょ?」
「え、ええ。そう、ですわよね」
「うーん? 変だなー。っていうか、最近のみもりやっぱりなんか変だよ?」
変だ、と言われてみもりは少し体を強張らせる。
何故か汗を掻いている。自然と握り拳を作った手に嫌な感触が伝わる。寒いくらいの風に当たっているのに、額に汗が浮かぶ。
どうしてこんなことになっているのだろうか。
どうしてこんなにも言い出しにくいのか。
今詩織が言ってみせたのと全く同じことじゃないか。
みもりはようやく決意して、詩織の目を見る。
「詩織あなた、最近変ですわ」
みもりが思ったよりも、その声は震えてしまっていた。
どうだろうか。
正しく発音できていただろうか。
ちゃんと、言葉として詩織に伝わっただろうか。
「変? みもりじゃなくて? 私が?」
相変わらずすっとぼけている詩織だが、みもりはその目が少し泳いだのをしっかりと確認した。
「ええ。何が、と言われても難しいけど、何か変ですわ」
「そうかなぁ。変? 変なのはみもりだと思うけどなぁ」
確かに、とみもりは自分のことを考える。
確かに自分の言動は最近、常とは違うものだったのかもしれない。
そうだ。
弥々が言っていた通りだ。
優しいかどうかは関係ないが。
弥々は、『秋山千晶に何かがあるらしいけれど、それを理解できない自分に腹を立てている』とみもりに対して言っていた。
なるほど、どうやらそうらしい、と今更ながら、思わず納得してしまう。
正しくは、こうだ。
「詩織が何かを隠しているかもしれないけれど、その内容を理解できない自分に腹が立っているんですの」
「え、あー、そっか……」
みもりの素直な物言いに、詩織はただ溜息を長めに吐いた。
その瞳が何を映しているのかは、わからない。
「そうだね。やっぱりみもりにはばれちゃうよね」
「……やっぱり、何かあったんですの?」
「うん、私。みもりに隠してること、ある」
「そう……ですの」
この先を、聞いてもいいのだろうか。
千晶には、聞かなかった。
聞けなかった。
まだ出会って二日目だ。そんな赤の他人に、自分のプライベートの、それも重要なことなんて話す義理はないだろうし、話したくないだろう。
だから、千晶に対しては、何かがあるということの先までは、聞かなかった。
けれど。
けれどどうだろう。
詩織なら。
織上詩織なら、聞いてもいいのだろうか。
これまでの人生、決して大人と比べたら長くはないけれど、それでも十六年近く一緒にいたのだ。
いつから一緒にいるのか、それはもう記憶にはなくて、写真などの記録にしか残っていないからわからないけれど。けれど、一番初めの記憶から既に一緒にいたし、きっと家族よりも一緒にいた時間は長いだろう。
他の誰よりも詩織のことをよく知っているだろうし、他の誰よりも自分のことを理解してくれているだろう。
そう信じることができるくらいには、一緒にいるのだ。
ならば、聞いてもいいのだろうか。
誰もが秘密を持っている。
そんなことはみもりとてよく知っている。
誰にだって言いたくないことの一つや二つはあって、そしてそれは結構深い根を張って、少しずつ自分を蝕んでいる。
みもりにとっては例えば、詩織に庇われたときのことが、何よりの秘密だ。
そのエピソード自体、というよりは、そのとき感じた自分自身の心の変化が、誰にも話していない自分だけの秘密。
それは、詩織にも話したことがない。
聞かれたら、どうだろう。
答えるだろうか。
黙るだろうか。
きっと詩織はそんなことを聞かないから、想像ができない。
今、この先のことを聞いたら、答えてくれるだろうか。
それとも、黙るだろうか。
どうだろう。
きっと普段の森崎みもりはそんなことを聞かないから、想像ができない。
「聞い、ても……いい?」
「……」
結局出てきたのは、確認の言葉だ。
違う、とみもりはすぐに感じた。
こうではないだろう。
自分と詩織の関係を考えれば、こんな言い方じゃ駄目だろう。
感じた心はすぐに言葉になってくれた。
「ごめんなさい。違います。私が言いたいのは、そうじゃありませんわ。そうじゃなくて」
もっと、自分に素直になるんだ。
我が儘になれ。
誰よりも一緒にいたからこそ。
誰よりもその内面を知っているからこそ。
知らない詩織が目の前にいることが、怖いんだ。
自分の知らない詩織が、自分の知らないところへ行ってしまうかも知れない。
そう思うと、いてもたってもいられない。
だから、ちゃんとしなければならない。
ちゃんと。
「私、詩織のこと、知りたい。知りたいです。何を隠してるのか、私の知らない詩織を、知りたい」
ちゃんと、自分が、どうしたいのか、伝えなければ。
誰よりも大切な人を相手にするなら、まずそうしなければ、スタート地点にも立てやしない。
詩織の話を聞く資格なんて、ない。
「ふふ、ふふふ」
「……?」
突然笑い始めた詩織が、耐え切れない、というように今度は大きく口を開いて腹を抱えた。
「あっははは! へっ、変なのみもり!」
「なっ、なんですの急に!?」
「私のこと知りたいです、だなんて、変なこと言うみもり!」
「んなっ……」
こちらは詩織の秘密に迫るのだから本気でぶつからねば、と思って素直に気持ちを言葉にしたのに、なんという対応か。
端的に言って、恥ずかしい。
すぐに耳まで真っ赤にしたみもりは羞恥心から、もう家に帰るかとも思ったが。
途端、笑い止んだ詩織が、みもりから目線を外して、空を見上げているのに気付く。
どことも知れぬ空を見る詩織は、何故か大人びて見えた。
「私のこと知りたいだなんて、そんなに改まることないのに。親友なんだから」
「あ……」
さっきまでの自分の思考が、また恥ずかしくなるみもり。
あれこれ考えていたが、詩織にとってはどうやらそんなに難しいことではないらしい。
大切な秘密であろうが。
大切な親友よりも大切なものなんて、ない。
そう言われたようで、みもりは顔を綻ばせる。
「ありがとう。詩織」
「いいよ。そう言ってくれて、でも、さ。私も嬉しいよ、みもり」
詩織は照れたように頭を軽く掻いた。
みもりは、その詩織の優しさに甘えて、その優しさを信じて、口にする。
「そうですわね。私も、詩織がそう思ってくれてて、なんだか嬉しいですわ」
「ひどいなー。さっきまで疑ってたでしょー」
「何だか隠し事してる詩織が変だから私、不安になってしまっただけですわ」
「むー。私が悪いのー?」
そうして二人は笑い合う。
なんだか久し振りに詩織とこういう話をした気がするな、とみもりはここ最近の自分達の様子を思い出す。
文化祭の準備の話ばかりしていたので、こういった、自分達自身の話はあまりしていなかったように思う。
いや、違うのだろう。
ここ最近に限らず、自分達の話なんて、もうしばらくしていなかったのかもしれない。
気付いたら一緒にいて、気付いたら一番仲が良くて、気付いたら一緒であることが当たり前で。
そんな相手の事を深く考えること自体、もうずっとしてこなかったのかもしれない。
「こんな話するの、体育祭のとき以来だね」
「……体育祭のとき、こんな話しましたっけ?」
懐かしむ詩織の言葉に、みもりは記憶を呼び覚ます。
幸魂高校の体育祭は、六月に開催される。年度初めの一大イベントは、一年生は新しいクラスメイトとの絆を深め、二年生は優勝を目指し、三年生は高校最後の行事としてそれぞれ励むのが毎年恒例である。
みもりも他に漏れず、初めての体育祭への参加ということで友人を多く作ったし、生徒会としてもあれこれ動いてその作業をしっかりと身につけた。
あの頃はあの頃なりに色々と目まぐるしい毎日を送っていた、とたった三、四ヶ月前のことを遠い過去のように懐かしむ。
「ほら、体育祭の事件が全部終わってから、私がちょっと悩んでた、っていうか妙な感じだったでしょ?」
「え、ええ。妙だった」
体育祭の事件。
様々な思いが交錯し、様々な思いによって何もかもが捻じ曲げられてしまった、悲しい事件。
生徒会全員で乗り越えた事件。
しかし、みもりと詩織には結局どうすることもできずに、二人の知らないところで収束してしまった事件。
全てが終わってから、その事件のことを話す人は生徒会の中に誰もいなかったが、確かに全員の胸に刻まれたであろう。人の心が、感情が、どこまでも不安定なものであるのだと。
事件が終わったのだということを弥々から聞いた詩織はそのことをみもりに話したのだが、その際詩織は自分の胸の内を吐露している。
確かにあのときの自分達は、いや、あのときの詩織は、自分のことを話してくれていた。
「何もできなかった自分を、責めてました、わね」
「うん。責めてたし、責めてるよ」
そうなのか。
みもりは詩織のその言葉に驚きを隠せない。
何も、とはいかないまでも、あれはあれで過去の事件だと割り切っているのかと思っていたが。
どうやらそんなことはなく、まだわだかまっていたらしい。
「私、確か詩織に、許す、とか、今を生きなさいとか。そんなことを言ったわね」
「言われたね。いやー、まったくの正論だったねあれは」
正論だったのだろうか。
現に、まだ詩織は自分を責めているのだと言ったではないか。
あのときの自分の言葉は、本当に正しかったのだろうか。
もっと、詩織の言葉を聞くべきだったのではないだろうか。
どうせ自分達には何もできなかったのだろうけれど。
「隠してること、教えて、詩織」
今度こそ、聞きたい。
知りたい。
体育祭の事件では、何もできなかった自分だ。
みもりはそのこと自体をあまり深く考えてはいない。
体育祭の事件とは、簡単に言ってしまえば。
生徒会二年、櫛咲櫛夜の物語であり、狩野奏音の物語であり、侑李友莉の物語であり、夢叶優芽の物語であり。
生徒会三年、綾文綾の物語であり、光瀬光の物語であり。
生徒会一年、綾文弥々の物語であり。
そこにもう一人くらい別な主人公を付け加えることはあっても、森崎みもりと織上詩織の入る余地はなかった。
だから、みもりは別に、自分が主人公でなかったその物語について悩んだりはしなかった。
けれど、詩織はまさにそのことを悩んだ、悔やんだ。
どうしてこんなにも大変なことが起きているのに、自分は主人公でないんだ、と。
誰も彼もが物語を紡いでいるのに、どうして自分は何もできないのだろう、と。
今もそう思っているのなら、きっと、どうしてあのとき自分は何もできなかったのだろう、という表現に変わるのかもしれないが。
詩織のその気持ちがわかる、とはみもりには言えない。
けれど、詩織が体育祭の事件に対して、何かを思うと言うのなら。
みもりはまさに、詩織の問題になら、何だって思うのだ、と言ってみせる。
だから、知りたい。
「……実はね、みもり」
みもりの内心に気付いたからなのかはわからない。
しかし、詩織はみもりの言葉をしっかりと聞いて、しっかりとその言葉を噛みしめてから口を開いた。
みもりが自分のことを真剣に考えて聞いてくれていることくらいはすぐにわかったのだろうが、それ以上にそのことを言葉に、行動に示してくれたことが嬉しい様子だ。
そんな詩織から放たれた言葉は。
「……好きな人ができたんだ」
案外反応に困るものだった。
今回の話に登場した『体育祭の事件』とは、前作『確率を操るのは』で描かれた内容です。特に知らなくても問題なく本作をお楽しみいただけるかと思います。