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運命を操るのは  作者: 安藤真司
番外編 誰かの文化祭
39/41

綾文弥々の文化祭

本パートは幸魂高校一年、生徒会副会長の綾文弥々の一人称で進みます。

「櫛夜先輩は私とエッチなことしたいですか?」


 わかったことがある。

 一つ。

 櫛夜先輩は自分から手を繋ごうとしてくれない。でも私が手を出すと、無言で握ってくれる。

 一つ。

 櫛夜先輩は不意に私の事を好きだって言うことがある。タイミングは不明。本人曰く、急に言いたくなるほど可愛く見えるときがあるらしい。恥ずかしい。

 一つ。

 付き合い始めて、んと、別れていた時期もあるのでその期間は当然含めないとして、そろそろ四ヶ月になるんだけど、一向にキスとかハグとか、手を繋ぐ以上のことをしてこない。

 事実一。

 私はあんまり自分のことを可愛いだとか長所がたくさんある人間だとか思っていない。

 事実二。

 私には姉がいて、綾お姉ちゃんって言うんだけど、とにかく綾お姉ちゃんが可愛くて運動も勉強もできて人望もあって、私も大好き。好きで好きで、好きすぎるが故に、相対評価が下がる。自分の。

 事実三。

 櫛夜先輩は、うーんと、滅多なことを言うと秩序が守られないのでちょっとぼかして言うと、そう、櫛夜先輩は私よりも綾お姉ちゃんの事が好き……だった。

 事実じゃなくて、私の予想かもです。

 願望かな。

 自己否定かも。

 櫛夜先輩が私に興味がないんじゃないか、その理由は可愛くて仕方がない綾お姉ちゃんにあるんじゃないかって、そんな感じに理由を他人に求めているんだろう。

 醜いまんまだ私は。

 変わらない。

 変わらず、無知を装って、変わらぬ笑顔を櫛夜先輩に向けている。

 偽りの自分で、当たり障りなく、好きな人が自分の側を離れないようにって、これ以上好きにならないのならせめて嫌いにならないようにって、そんな態度ばかりとっている。

 私は、でも、どうすればいいのか、わっかんないよ。



 わっかんないことが自分の中でどうしようもなくなってくると、さすがにはけ口は欲しくなる。

 ストレスは発散すべきで、溜め込むと碌なことにならない。

 で、今日も今日とて、生徒会役員という立場上あまりよろしくないのは重々承知しながらも、同じく一年で役員のみもりと詩織を学校帰りにカフェに誘おうと思った、ところで。

 私はみもりの事故を知る。

 登校中に倒れたと聞いて私は運び込まれた保健室へと駆けた。もしものことがあってからじゃ遅い。

 側に行きたいと思ったなら、それは既に学校の授業なんかよりもよほど優先順位が高い。

 だから私は誰にも何にも言わず、みもりの元へ行ったんだけど。

 あー。

 でさ。

 申し訳ないことに、この辺りから。

 この辺りっていうのは、具体的にはみもりが登校中、道端で急に倒れたって話を聞いた辺りから、私の記憶がぼんやりとしていて。おかしなことに、みもりと話した内容とかが微妙にぼんやりとしている。

 なんでだろう。

 みもりと重要な話をしている一言一句を私が聞き逃すわけがない。

 それだけは自信を持てる。

 櫛夜先輩に好かれているかどうかは自信が無いけれど、親友のために本気になれる自分がいることくらいは自信がある。

 なのにどうして私の記憶はあやふやなんだろう。

 この際あやふやであることはどうでもいっか。

 ただはっきり覚えているのはみもりが、その、とっても辛く悲しい表情をしているってこと。

 大切な人がどこか遠くに消えてしまったこと。

 それを、私が慰めたこと。

 みもりのために私ができることは、それだけだったんだ。


 それで、私はなんとなく……うん、本当に理由があったとかそういうわけじゃないんだけど、なんとなく、みもりに関わる事件が私にはどうすることもできないことを悟った。

 文字通り。

 どうすることも。

 手伝うことは何もできないって思ったの。

 みもりの悩みを聞くことすらできないんだろうなって。

 なんでそんなことを思ったのかもわからないんだけど、落ち着いて考えると、たぶんみもりの悩みであったり問題であったりってものが、たぶん何かしら時間だとか能力だとかってものに関っていることに気付いたからだと思う。

 能力。

 この世の理を外れた不思議。

 っていうか、能力、なのかどうかもわからなくて、私たち全員があるものだと勘違いしてるって方がよほど説得力があるんだけどね。

 遥か遠くの未来で人類は新たな力を得ているかもしれないけれど、少なくとも私の知る歴史の流れとしては急速すぎると思うのよね。

 かく言う私も、地味―な能力らしきなにかが一つあるのだけど。


 一日に一度、誰かと目を合わせることのできる能力。


 うん。

 地味すぎる。

 地味すぎて能力だと呼称するのに些か以上に抵抗がある。

 なんでしょうね。

 他の人と比べてさ。あ、他の人っていうのは他の生徒会役員の先輩とかのことね。

 そんな皆様と比べて、私と櫛夜先輩の能力ってどう考えてもしょうもないレベルが低い。

 片や、一日に一度ジャンケンに勝てる。

 片や、一日に一度目を合わせる。

 ひどいよね。

 どうせなら一日に一度ラッキーなことが起きるとか、一日に一度空を飛べるとか、もう少し良い力が欲しかったよ。

 そういえば櫛夜先輩が話してたことがあるな。

 この能力が、なんだか願いに呼応しているんじゃないかって。

 例えば櫛夜先輩は小さな頃に、ジャンケンにどうしても勝ちたいと思ったことがあるらしい。ジャンケンに勝たなければ大切な人を失ってしまうと、事実はどうあれ、櫛夜先輩自身はそういう風に考えた出来事が。どーせ綾お姉ちゃんのことじゃないかなって私は思ってるけどね。

 櫛夜先輩はだから、どうしてもジャンケンに勝ちたかった。

 それでも、勝てなかった。

 勝ちたかった人には、本当に勝ちたかったジャンケンには勝てなかった。

 結果残ったのが、櫛夜先輩の能力。

 あの日のジャンケンに勝ちたかった願いから生まれた、一日一度の奇跡の力。けれど、一対一の、勝ちたかったジャンケンと同じ状況条件では発動しない。勝てない。

 そんな、悲しい力。

 少なくとも櫛夜先輩は自身の能力はそういうものだと認識しているみたい。

 私には本当のところはよくわからないし、櫛夜先輩がどこまで本気で話しているのかだっていまいち伝わってこなかったから微妙な返事をしたけど、意外と納得をした、ような気がする。


 だって、私は、目を見てくれたから櫛夜先輩を好きになったのだから。


 私は何を願って、目を合わせる力なんてものを手に入れたんだろう。

 と、考え始めたのは、確か小学校の高学年の頃だったか、中学に入ってからだったか今ではもう思い出せないけど。

 これってきっかけがあったわけじゃなくて、気付いたらあれ? みたいにね、そんなことがあるのかなって感じで私は自覚をしたんだけど。

 どうもちっぽけなものだったから誰にも話したことはない。櫛夜先輩が初めて。

 でもでも不思議なもので、私、ずっとくすぶってるものがあったの。

 人の目、ね。

 私は話している人の目は見ているほうが安心するんだけど、意外と周りはそうでもないみたいでさ。

 すぐに目を逸らされたり。

 鼻とか口のあたりとか、微妙に目じゃない場所を見られていたり。

 そもそも最初から人を見て話そうって気がなかったり。

 中学は女子校だったから、女の子だけがそういう感じなのかと思いきや、高校に上がって、男子も女子も変わらずそんなもんらしいってことを知って。

 あと、ついでに先生たちとも会話していて知ってしまう。

 人の目を見て話さないと失礼、というのは嘘で。あれは話している人の方向を向け、という以上の意味はないらしく、むしろ人の目を本当に見る人間は少ないらしい。

 直接言われたことはないけれど、むしろ変だと思われてるかもしれない。

 嫌だなぁって思ってしまう。

 目を見てくれないと、嫌。

 私のことを見てくれていないと、不安になる。

 お母さんもお父さんも綾お姉ちゃんも、ちゃんと私のことを見てくれるから、余計に他の人が怖い。

 本当に私のことを見てくれているのかな。

 私じゃない誰かのことを見てやしないだろうか。

 私、ちゃんとうまくやれているのかな。

 このまま孤独になんて、なりたくない。

 なりたくないよ。

 怖いよ。

 少しずつ肥大していった私の不安はついぞ家族以外は自分のことを見てくれていない、というところまで膨れあがって、更には仕事をしている両親は仕方ないけれど、残った綾お姉ちゃんがいなくなったらもう誰も私を見てくれなくなってしまう、綾お姉ちゃんを奪う人間は全員敵だ、みたいなところまでになっていく。

 元々シスコンを自称するくらいには綾お姉ちゃんのことが好きだったんだけどね、もう暴走しちゃってさ。

 だから最初は櫛夜先輩のことも、そういう私の綾お姉ちゃんを奪う輩の一人だと思ってたんだけど。

 でも、櫛夜先輩は、目を見てくれた。

 話を聞いてくれた。

 逃げなかった。

 それどころか、綾文弥々のためを思って意見をしてくれた。

 嬉しかった、と思う。

 嬉しくて、それで勘違いなんかもあったけれど、私は一日中ずっと櫛夜先輩のことを考えるようになって、私はそんな感情に好き、だとか、恋、だとかなんかそんな辺りの名称を与えた。

 たぶん、間違ってないと思う。

 私は自覚してから、一度しか櫛夜先輩に自分の能力を使ったことがない。

 その一度は、恥ずかしくて恥ずかしくて、でもどうしても目を見ていて欲しかったから。

 でもそんなことしなくても櫛夜先輩は私の目を見て話をしてくれる。

 やましいことがない限りはね。

 だから、私のこれまでの悩みもそうそう無駄じゃあなかったのかなって。こうして櫛夜先輩に出会えたんだからね。

 綾お姉ちゃんの、ことは、まだ、うん、たまに、悩むけど。



 みもりのことはどうしようもないってわかって、それを確かにみもりに伝えた。

 結局、私はみもりが何に悩んでいたのかも知らないし、どうやって解決へと走ったのかもしれないし、どんな終わりを迎えたのかも知らない。

 ただ、一言、終わった、という話だけは、された。

 それが今朝のこと。

 文化祭二日目のことだ。

 終わった、という以上にみもりは言葉を続けようとはしなかったから、私からは何も聞かなかった。

 たぶんいつか、話してくれると思う。

 そういえば私がみもりに、正確には私から直接話したのはみもりじゃなくて詩織だったけど、二人に体育祭の事件について話したのも、結局体育祭が終わってから一ヶ月くらい後のことだったはず。

 うんうん、そういう心構えって意外と時間がかかるもの。

 みもりがいつか話してくれるまでは、私が急かすわけにはいかない。私は結局何もしなかったんだから。

 だから私が考えるべきことは今、みもりのことじゃない。

 みもりのことは、うん、気になって気になって仕方ないけど、でも解決したらしいみもりのことを私が気にしても無駄になるし迷惑になるし、だからだから私は私のことをちゃんと考えなければならない。

 つまり。


 櫛夜先輩との今後について、ちゃんと考えなければならない。



 お化け屋敷をやっている私のクラスは割と緩いシフトなので、元々櫛夜先輩との時間のために空けるつもりだった時間はたっぷりと取れた。

 どころか、昨日もみもりに詩織、ついでにみもりのクラスのお友達、蘭菊ちゃんを加えて櫛夜先輩のクラスに遊びにも行けたりしたので結構私は文化祭を堪能できてる。

 あぁ、そういえばそこでみもりから恋愛相談されたなぁ。

 まさかねー、みもりがねー、ほんっといけ好かない転入生ごときに心奪われている現状には文句しかないんだけど。

 文句文句。

 あんっなに可愛いみもりとつりあってないと思う!

 ちぇー。

 私がみもりだったら優しくて厳しくて面倒見の良い女の子と付き合うね。詩織と付き合うね。それか櫛夜先輩と付き合うね。それ私か。

 でも、うーん、真剣に悩んでるみもりにアドバイスしないわけにもいかないからね。

 できる限りのことは話してみたけど、参考になったかな。

 それに、昨日のあの時点で全部が終わってたのかどうか、よく、わからなかったしね。

 悩みってのも秋山くんが関わってるのかどうかもわからなかったし。

 一歩でも、みもりが前に進む手助けになったなら、それはそれでいいかな。

 私自身の気持ちの整理にもなったしね。

 我が儘になればいいって、自分の言葉に私も納得しちゃった。

 そうだよね。

 恋人関係って、別に。

 永遠の契約だとか呪いだとかそんな難しく考える必要なんか、ないんだよね。

 好き同士が一緒にいたいって思う形が、付き合うってだけで。

 付き合ってるから何かをするだとか、付き合ってないから何かをしないだとか、そんな関係はおかしいよね。

 だから、そう。

 好き合ってないなら。

 付き合う必要なんて……ない。


「せーんぱい。お疲れ様でした。似合ってましたよ和服」

「おぅ……そっか」

 シフトが終わった先輩を出迎えて、私は楽しみにしていた櫛夜先輩とのデートタイムに突入。

 櫛夜先輩のクラスは和風喫茶をやっていて、櫛夜先輩もいい感じの和服を召して、接客をしていた。接客とかできるんだこの人、とか思ったのは内緒。

 あ、櫛夜先輩と接客していたたまちゃんはとっても可愛かった。たまちゃんは、えーっと、説明がまた面倒だな……櫛夜先輩と一緒で私の一つ年上の先輩だけど昔からのお友達で、あだ名で呼び合ってる人。可愛いのです。

「まずどこ行く?」

「うーん、色々見たいとこはあるんですけど……結構昨日の時点で目星をつけてたとこは見ちゃってるんですよね」

「そうか」

「櫛夜先輩も意外でした。男友達と一緒にいるんでしたもんッ」

「おまっ、俺のことなんだと思ってんだよ……」

「櫛咲ハーレムの首領。私、櫛咲ハーレムの一員ですので」

「なんだその呼称」

「え、知らないんですか? 最近櫛夜先輩がなにやら後輩に止まらず生徒会その他でハーレムを築いているという噂があちらこちらで」

「はぁ。初耳なんだが」

「そりゃそうでしょ。私以外に櫛夜先輩にそんなこと言える人そうそういないですッ」

「しかし、汚名は返上したいところだな……」

 汚名かな?

 むしろ誇らしいと思う。

 このご時勢、そんな奇妙なあだ名がついたり噂になる人ってそうそういないし。

 いや誇らしくはないかな。

 でも私も誰のことを指してハーレムって呼んでるのかいまいちよく知らないんだよね。

 たぶん、今の生徒会、去年の光瀬先輩が抜けたことで男が櫛夜先輩一人だし、それも含めてハーレムって呼ばれてるんだろうとは思うんだけどね。

 奏音先輩が聞いたら怒りそうだ。

 あー、優芽先輩も怒りそう。

 ついでに友莉先輩の耳には入らないように絶対に注意しなくてはならない。

 もしかするともう知っているのかもしれないけど、私の口から絶対に零さないようには気をつけないとね。

「とりあえず、んー、そうだなー、人があんまりいないとこ行きたいですねー」

「こんなにごった返してる校内にそんな場所あるか?」

「や、さすがにないですよね」

 文化祭はなかなか盛況でして。

 校内は真っ直ぐ歩くのも難しいし、外でも模擬店だったり招待試合だったり普通に校内を見学していたりでかなり人は多い。

 二人きりになれる場所はたぶん、なさそう。

 でもこんな時こそ逆転の発想よ綾文弥々。

「じゃ外出ましょう」

「はぁ……は?」

「はい櫛夜先輩『はぁ』禁止」

「おぅ」

「よろしい。じゃ行きましょッ?」

「え、おい、本気か」

 私が本気じゃなかったことなんて今まで一度もないでしょ、と言いたいけれど。

 言う前に行動してしまうのが私なのです。

 そうそう。

 校内でゆっくり話ができないなら外出ればいいじゃーんって、なんて天才なのかしら私。

 綾お姉ちゃんに知られたら滅茶苦茶怒られそう。

 でも、うん、今じゃなきゃ駄目な、気がするんだ。

 私は櫛夜先輩の手を引いて外へ出る。

 そのくらいは全然問題ない。

 模擬店が出てるからね。食堂もかなり混雑してるけど、同じくらい模擬店も大変そうだ。特にラーメンを出しているとこはたぶん提供に時間がかかるからだと思うけどすごい行列になってる。

 うーん。

 せっかくだから模擬店を全部制覇したかった気もするなぁ。

 今更だけどね。

 後ろ髪を引かれつつ、私と櫛夜先輩は校門を出る。

 校門のとこに立って来客に挨拶をする先生がこちらを見たけれど、堂々と「後夜祭について必要なものがあるので少し買出し行って参りますですッ! デートも混みで」って伝えたらすごーく苦笑いで送り出してくれた。気をつけてね、って添えてもくれた。優しい。


 とまぁあっさり私と櫛夜先輩学校外に出てきた。

 通学路も幸魂高校に向かっていく人たちと、そして帰る人たちがいて、普段はあんまり見られない光景になってる。

 でも、皆良い顔をしている。

 これから向かう人は皆、楽しそうな顔で、ワクワクしていて。

 帰っていく人たちも、そう。幸魂高校の熱気だとかをちゃんと受け取って、余韻に浸るようなドキドキした表情をしている。

 うん。

 綺麗な緋色だ。

 熱いね。

 さて、途中までは流れに沿っていた私たちだけど、そこはさすがにカップル特有のというか、ならではというか、大体カップルとは帰り道を遠回りしたい生命体でして。あとは先生と、他のカップルに見つからないようなルート開拓にも余念がないのです。

 と、自慢にもならない自慢を空気に対して行って、私と櫛夜先輩は道を外れる。

 外れて、住宅地の中の小さな公園に辿り着く。

 坂の上にある幸魂高校だけど、そのために帰りは下り坂になっていて、遠回りしたがる多くのカップルもさすがにもう一度登るような真似はあまりしない。だから一旦ある程度坂を下ったあとに階段を登ったりして到着するこの公園にはほぼ人は来ない。

 たまに近くの子どもとかが遊びに来ることはあるけど、如何せんベンチと砂場、それに鉄棒が申し訳程度にあるような小さな小さな公園だ。ほとんど遊ぶほど遊べないので、子どもも少ない。ひょっとしたら少子化の影響がこうしたところにも少しずつ出始めているのかもしれないけどね。

 ベンチに腰掛けて、まだ陽が登る世界を捉えて、大きく深呼吸をする。

 言いたくないことを言うには、勇気が要る。

「で、なんだよ。何か悩みでもあるのか。森崎のことか」

「……いえ、みもりのことじゃ、ないです」

 櫛夜先輩も、さすがに私の行動を不審に思ってか、何か用があってここに連れ出してることくらいは察してくれているみたい。

 うん、鈍い人だけど成長が見られるね。

 ちゃんと女の子のことを見ようって意識があることはいいことです櫛夜先輩。

 でも、もう少し、もう一歩踏み込んで欲しいかな。

 今は、そう。

 みもりとか、詩織とか、誰かの話をしたいんじゃない。

 私と櫛夜先輩のことを、私たちのことを話したいんだ。


「櫛夜先輩は私とエッチなことしたいですか?」


「…………」

「…………」

「…………」

「…………何か、言ってくださいよ」

「返答に困るようなこと言う方が悪い」

「どうですか。言っておきますけど、真剣です」

 目を見る。

 覗きこむ。

 さすがに逸らされるかな。

「本気か?」

「はい」

 あ、ちゃんと見てくれてる。

 嬉しいな。

 櫛夜先輩に見てもらってる、って思うと、こう、胸がほっとする。

 熱くて、温かくて、じんじんする。

 嬉しいのに、同じくらい切なくなる。

「したくない」

「そーですか」

 したくないって言われた。

 んー。

 そっか。

「別れましょうか、私たち」

「……お、おぅ。なんだ、好きじゃなくなったか」

 はぁ?

 何言ってるんだろうこの人?

「こっちの台詞です。櫛夜先輩、私のこと好きじゃないですよね」

「どうしてそうなる!? いやとにかく……好きじゃないなんてことない。すげぇ好きで、なんだその、付き合い始めた頃より、ずっと好きだ」

 本当かな。

 嘘かな。

 わかんないな。

「でも櫛夜先輩は、私に何にもしてくれない、です」

「何にもって」

「手も自分から繋いでくれないし手以外のとこ一切触ろうとしないしたまーに頭を撫でてくれることはあったけどあれも私自分からだったし腕組んだりもしてくれないし連絡取るのも大体私からだし私のどこが好きかも言ってくれないし抱きしめてもくれないしキスもしてくれないし私に興味ないのかなってもう好きじゃなくなったのかなって思うの自然ですよねなんなら櫛夜先輩が体目当てで付き合ってくれるならそれはそれでもういいのかなとかそんなことも思ったんですけどそもそも私別に体だって貧相で綺麗じゃないしもう櫛夜先輩を引き止めるものなんて私何もないんだよなってずっと思ってるんです」

 一気に吐き出す。

 思ってること、思ってきたこと。

 全部。

 その間も、私は櫛夜先輩の目を逸らさない。

 櫛夜先輩もずっと、私を見ていてくれた。

 受け止めて、くれるかな。

 今度こそ、面倒だって、いなくなっちゃうかな。

 実は好きじゃないんだって、言ったりしないかな。

 不安。


「弥々」


 櫛夜先輩の優しい声。

 優しい表情。

 思わず見惚れ、そうになった私は、急に櫛夜先輩に腕を引っ張られた。

 予想外の行動に私は座ったまま上半身のバランスを崩して、櫛夜先輩の胸の中にすっぽりと収まる。と同時に、櫛夜先輩の両の手が私の背中を強く抱きしめてきた。

 ちょっぴり、痛い。

 けど、すごく、嬉しい。

 っていうか、あれ。どうしてこんなことになってるんだっけ。

 あ、うわ。櫛夜先輩の体、思ったよりも大きいな。

 それに、抱きしめられてると、首筋くらいしか見えないんだけど、なんでかな、目を見ている時とおなじくらい……か、それ以上に安心する。

 なんでだろ。

 好きだからか。

 私もそう考える余裕が出てきたところで、櫛夜先輩の背中に手を回す。

 負けないくらい、強い力で。離さないように。離れていかないように。

 どれくらいの時間か、しばらくそのまま抱き合って、櫛夜先輩の腕から少しずつ力が抜けてくのがわかったので、私も力を緩めた。

 ゆっくりと離れていく温度。

 でも、その代わりに櫛夜先輩の顔がすぐ近くに見える。

 鼻が触れそう。

 っていうかちょんって、たまに触れててくすぐったい。

 まるで吐息を交換しているみたいだ。櫛夜先輩が吐いた息を私が吸って、私が吐いた息を櫛夜先輩が吸っているみたい。漂う空気の何パーセントかはそうかもしれない。

 背中から離した手をいつの間にか握られていた。両手とも、掌を合わせるみたいに。

「弥々」

 また名前を呼ばれた。

「は、はいッ」

 声が裏返った。恥ずかしいな。

 っていうか、櫛夜先輩、顔が真っ赤だ。たぶん、私も。

 恥ずかしいな、うん。

「弥々さ……馬鹿だろ」

「け……けっこう」

「同じくらい、俺も阿呆なのかもしんないが」

「う、うん。櫛夜先輩も、私とそんなに変わらないと、思う」

「言い訳、してもいいか?」

「うん、して?」

「俺、弥々のことが好きなんだ」

「聞きました」

「でも、体育祭のことが、全く気にならないかって言われれば、そんなことなくてさ。情けないことに」

「……それって、綾お姉ちゃんの、こと?」

「いや、そうじゃない。俺はちゃんと今を生きてるし、今の俺はちゃんと弥々のことが好きだって言えるさ。でも、なんつーか、それをどう表現すべきかってのが、よくわかんないなと」

「どういう、こと……?」

「手を繋ぎたいし、さっきみたいに抱きしめてやりたいとも、思う。でも、弥々は嫌がるかなって。なんか、弥々以外の人に見せ付けるみたいで」

「別に人に見られるわけじゃ、ないし」

「だよな、気持ちの問題。今の(・・)俺は一応、なんだ、ずっと弥々のこと好きなんだけど。やっぱ体育祭の事件のときって俺がふらふらしていた……ように見えただろ? その俺が付き合ってすぐに色々手を出すのは、なんだ、いかがなものかと」

「そう、かもですね」

「他の人がどう思おうがいいんだけどな。そういうの弥々は嫌うだろ」

「嫌い……ますね」

「ごめん。何も言わなかったから不安にさせたよな。ごめん」

 二回謝って、櫛夜先輩はもう一度私の体を抱き寄せてくれた。

 うん。

 伝わるよ。

 ちゃんと。

 私こそ、ごめんなさい。

 本当は、櫛夜先輩が言葉なんか使わずに伝えてくれていたものを受け取るべきだったんだよね。

 わざわざ言葉にさせて、ごめんなさい。

「ううん。私の方こそごめんなさい。私、ちゃんと櫛夜先輩と進みたいって、その気持ちを大事にしてるつもりだったのに……肝心の櫛夜先輩のこと、なんにも考えてなかった、です」

「いいって、言わないで勝手に決めてたのは俺のほうだし」

「わかってますけど、でも! でも、悔しい、です……私、櫛夜先輩のこと、全部知ってる、つもりだったのに」

「まだたったの四ヶ月だろ。これから幾らでも知るチャンスはあるさ。お互い、な?」

「……はい」

「俺のことを知る助けが必要なら、言ってくれよ。俺も、弥々にはもっと知っていて欲しい」

「はいッ」

 嬉しいな。

 それしか言葉が出てこないくらい。

 すごくすごく嬉しい。

 なんでかな。

 嬉しくて、涙が出てきた。

 視界が滲んでくる。

 私の体の震えを感じてか、また櫛夜先輩は抱きしめていた手を解いて、私の顔を覗き込んできた。

「な、泣くなよ」

「ご、ごめんなさ、い……」

 涙を拭おうと思ったら、櫛夜先輩が優しく指を当ててくれた。

 その行為が、なんだかとっても可笑しくて、私も櫛夜先輩も頬が緩む。

「そういえば……なら、さっきの質問、どうしてノーだったんですか?」

「さっきのって……あぁ、なに、あの変な質問か?」

「へ、変じゃないです乙女のデリケートな悩みです。ですです」

 どこが変だと言うのだ。

 失礼しちゃう。

「おぅ、そ、そうか」

「で、どうなんですか」

 気になる。

 私のことを想って手を出さなかったのは、うん、まぁしょうもない理由だとは思うけどいいとして、さっき櫛夜先輩、「したくない」って言ってたよね。

 したくないんですか。

「し、したくない」

「なぜ」

「と、言うくらい強い意思を持っていないと、流されそうで怖い」

「へたれてる……」

 想像以上にしょーもない理由だったよ!

 へたれだよこの先輩!

 えーなになに、それってつまりこういうことッ?


「もし私が本気でしたい、って言ったら……流される?」


「ごめんなさい弥々さんこれ以上は無理」

 あ、ダメージ受けてる。

 なんのダメージかな。

 だっさいなー。

 ま。

 大事にしてくれてるなら……いっかな。

「あはは、櫛夜先輩さっきより顔赤いですッ」

「はぁ、お前なぁ」

 よしよし。

 なんか結局私の独りよがりだっただけってわかって、一気に心が晴れちゃった。

 私は面倒くさいね。

 あんなに悩んで、優しくされてすぐ気分を良くして。

 こんな私でいいのかな、櫛夜先輩は。

 いいよね。

 こんな私でも好きだって、そう言ってくれたんですよね。

 信じてるよ。

「まぁとにかくさ。弥々のこと、好きじゃなくなったりなんかしてないから、本当に」

 また言ってくれた。

 うん。

「私も、あの時よりずっと、櫛夜先輩のこと好きです。大好きです」

「おぅ。嬉しいよ」

「ふふ、私もですッ。じゃ、戻りますか。先生対策に適当になんかコンビニで買って」

 よいしょっ、と。

 私はベンチから立ち上が、ろうとしたけど、あれれ。

 まだ櫛夜先輩に手を掴まれてる。

 んーと。

 これは何のサインかしら。

 まだもう少し一緒に話をしてようってことかな。

 わかんないけど、一応座る。

「櫛夜先輩?」

 なんですか?

「大事には、してるけど……四ヶ月経ったし」

「……へ?」

「俺、弥々のことすげぇ好きなんだからな」

「……ぁ」


 またしても好きだって言われて。

 手を握ったまま。

 櫛夜先輩が私にしてくれたのは――。



 ――まぁプライベートなので、内緒。

 私と櫛夜先輩だけのメモリアルってことで。



 ただ、わかったことがある。

 一つ。

 櫛夜先輩は私のことが大好きらしい。

 一つ。

 櫛夜先輩は思ったよりへたれ。

 一つ。

 櫛夜先輩、下っ手くそ。

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