夏風千夏の文化祭
本パートは幸魂高校一年一組シンデレラ役、夏風千夏の一人称で進みます。
「私、秋山くんに恋したいなぁ」
なんて。
何を言っているんだ私は。
ってか、何を言ってるんだ私は。私は私は。
ほらもー秋山くんなんだか「意味不明!」って顔してる! ついでに可哀想な人を見る目だよ私知ってる! 私がよくしてるから!
いやでも、口にしたことは、たぶん本音の一部だしなぁ。
困っちゃうね。
困っちゃうね。私は私は。
幸魂高校の文化祭はこの土日、なかなかに盛り上がりを見せてる。
なかなかに、と言うのはなかなかにせこい表現で、なかなかに的確なんじゃないかと私は思ってる。
例えば体育祭なんかと比べると、盛り上がりのベクトルがちょっと違うよね。
っていうか、なんで体育祭は必ず皆例外なくスポーツをするのに文化祭は必ずしも文化活動じゃなくても良いんだろう。ほら、喫茶店とか縁日とか、まぁぎりっぎり、ぎーりっぎりそれらを文化活動だとしておっけいなんだとしても、ダンスを披露してたり迷路の要所要所で腕立て伏せ要求してきたりさ。あんねー文化活動なめんな? きょーびダンスは必修の体育だっつの。あとやっぱり縁日も文化祭に相応しくないと思うよ。浴衣が可愛いから容認されてる説を私は提唱するよ。
その点うちのクラスはかなりありがちというか、シンデレラの劇をね、やってるんだけれど。
いや、ありがちだと思うなかれ。
満智が書いた台本はけっこー本読まない私でもくすりとする箇所があったし(台本は本じゃない? 知らない)、あとは、まぁクラスの皆、ノリだけはいいからね。人のこと言えないけど。むしろノリいい代表かもしれないけどね。さすがに蘭菊には負けるけど。
問題らしい問題があるとすれば、シンデレラ役を私が担当しているってことくらいかな。
シンデレラをやること自体は別にどうでもよくって、せっかくの主役だからね、大いに楽しませてもらおうと思ってるし楽しんでやろうと思ってるし。なんか、みもりとか蘭菊とか、可愛いことを自覚してないあやつらと違って、私は私をそれなりに知ってる。
うーん、なんかあの二人は自分が可愛いこと自体はわかっている風なんだけど認識が甘いっていうか、その度合いまでは把握してないっていうか、ねぇ。それが二人のいいとこでもあるとは、思うけど、ねぇ。ねぇねぇ。
それなりに可愛い私たちシンデレラ、それはいいの。いいのよ。いいんだけど、ね。
「ドレスさ、可愛かったな千夏」
あー……これだよー。
……まずは状況確認。
今日は文化祭二日目、その昼過ぎ。
ちょうど担当としてはみもり秋山くんペアがシンデレラと王子様をやっている。
つまり私はフリーな時間。
私、部活はバレーボール部だから、いやだからっていうか招待試合やってるとこあるけど、バレーボール部はないわけで、だから文化祭で特に召集がかかったりはしない。
クラスのお仕事以外は何もない。
あー、だからかなー。
いやね。
うん。
さっき言ったみもりと蘭菊との大きな違いがあるとすれば。
自分って人間を自覚しているかどうかは正直どうでもよくって、大体そんな面白くもない話二人としたことがないし、だからもっと主観に左右されない決定的な差が今のところはありまして。
それが今私の横にいる、とある男子生徒。
男子生徒で、一学年先輩な人。
名前は神山神。
私の彼氏。
そ、私はみもりや蘭菊と違って彼氏がいるのだ。
恐れ入ったか。
恐れ入る前になんの話だ本題に入れって満智なんかに突っ込みをいれられそう。
「ドレスね。ドレスは、うん、可愛いの、よく用意してくれたって思いますね」
たぶん神山先輩が言いたいことはそうじゃあないんだろうけど、とぼけておく。
実際いいものだったし。ドレス。
「そうじゃなくてさ。千夏が」
うわ。
いや、うわっとか思っちゃった。
彼氏にうわっとか思っちゃった。
なんですかねーこういうの。
私は、まぁこれでお付き合いする人は二人目になるんだけど、自分の好みってものがなんか少しわかるようになってきた。ようやくね。
つまり私は。
彼氏にあまり可愛いとか言って欲しくないみたいだ。
「んー、んー……あ、それより演劇部の公演そろそろなんで早く行きましょうか」
「おーし」
並んで、手を繋いで、仲良さそうに。
人混みに負けないようにしっかりと、歩いてみる。
さて、こんな私がどうして神山先輩と付き合っているのかと言うと。
んー、まー、あれよ。
顔。
神山先輩、顔、悪くないの。
悪くないから、他の男除けになるのです。
っていうのは半分冗談で、半分本気で。
こう、恋人に夢を見る女の子って、いや男の子もなのかな。結構そういう子ってまだ高校一年生だと多い印象なんだけどさ、そういうのってなんか違うよね。
現実を見てないっていうか、お互い理想的な行動なんか取れっこないよねっていうか。
高校入る前の方が酷かったかもしれないけどね。中学はでも、うん、思春期にもなりきらない感じだから、子どもってだけなのかもしれないけど。
私はなんだか、なんだかでもないか、割と早くからそういう目で見られているって自覚をしていたから。原因は露骨過ぎる男子の視線と同じく露骨過ぎる女子の視線。
男子は男子で、やらしい目で見てくるし。
女子は女子で、まるで目の敵って感じで見てくるし。
困っちゃう。
どっちかと言われたら断然女子の方がね。
あれ、なんなんだろね。
嫉妬、なんだろうけど。嫉妬だけじゃあないんだよね。
別に私が男子に色目使ってるわけでもないし、君の好きな子のことなんて、私は名前も知らないよ。知らないのに向こうが勝手に告白してきて、それで反感を買っちゃうんだから、それで「男子ってしょうがないね」じゃなくて「あの夏風って調子乗ってる」になるんだからうざったいことこの上ない。
気持ちはわかるけど、そっちだって私の気持ちわかってるくせにさ。
と、まぁ恨みつらみはそんなもんにしておいて、そうしたイヤーな気持ちになるのが私は人生において無駄なエネルギー消費であると気付いたので、防護壁を張ることを覚えました。
それはつまり、人を好きになるスイッチを見つけることと、彼氏を作ること。
人のことを好きになることは、意外とできる。
こんなことを言うと、なんだか結婚詐欺みたいに聞こえるけれど、まぁ、遠からず。
例えば、ファーストキスは本当に好きな人としたい、みたいなことを逆転の発想で考えるの。
キスした人のことを好きになれば、それはロマンチックじゃないか、と。
まぁ思うわけです。まぁ自分を騙すわけです。
これがまた意外と騙せるもんなのよ。付き合って、キスとかしてみると、うん。好きになれる。悪い気持ちじゃない。
それで、彼氏を作った。
やっぱり自分から、っていうほどの気持ちは湧かなかったから告白してきた人で私好みの顔だった同級生の彼氏を作ってみた。
彼氏がいるならば、男子からも女子からも面倒がなくて済むだろうと信じて疑わず。
ただ一人目に関しては駄目だった。
すぐ駄目になった。
なんというか、ある種、高校生にとって彼氏とか彼女って存在が自分のステータスになるって感覚に理解は示しているつもりだったんだけど、それがあまりにも酷くて、耐えられなかった。
もー、あっちで「俺の彼女」こっちで「俺の彼女」私の知ってる同級生から私の知らない彼の人間関係まで。連れまわされて連れまわされて、もー無理無理無理って。
ごめんなさいと振りました。
はい。
それで別れてみると、面白いものだよね、また戻ってしまった。
次々に周囲が変わっていってしまう。
彼氏の周りがおかしくなってしまったおかげで、周囲が大人しくなってくれていたかのように、彼氏がいなくなったら周囲はまたおかしくなってしまった。
冷たくて、寒い。
人の悪意なき悪意が、嫌いだ。
とか、落ち込んでいたあるとき。
それは家庭科の授業で調理実習があったときのこと。
普通に男女それぞれの出席番号順の班分けで、私は満智と同じ班になった。女子二人に男子三人の五人班だったけど、私の「な」から満智の「ま」まで女子がいないってちょっぴり珍しいよね、とか考えながら。
高校に入ってから、女子としてはすぐ後ろの出席番号だった満智とは度々同じ班になっていたからそこそこ話すようになってて、だからそれは別に変でもないんだけどね。
満智は、洒落っ気のない感じで、よく言えば真面目そう、悪く言えば地味な印象。でも話してみると、なんだろ、話すたびに印象が変わる印象があって。
本人にそう言ってみたら満足気に笑っていた。
彼女が小学生の頃から演劇に興味があって、話す人話す人が自分に対して抱く感情を見るのが楽しみらしい、ってことは後から知った。
なんだか不思議な女の子。
だからなのか、満智は一度も私に対して羨ましいって目を向けなかった。
そのことが少し嬉しくて、私はかなり満智のことが好きだった。
で、その調理実習なんだけど。
普通に皆でお肉をこねてハンバーグを作る授業だったわけだけど。
「ちょっ!? 菊池さん!? それ調味料じゃないって!」
「おい待て菊池それ以上お前は余計な真似をするな!! 頼む、後生だ! それ俺のハンバーグなんだっ!」
とか、およそ家庭科の授業中に聞こえてくるはずがない叫びを耳にして、さすがに私も気になって、きちんとガスの元栓を閉じて。
それで声のする方向を見てみると、蘭菊(当時は菊池さんって苗字を覚えてただけだけどね)が、何故かフライパンに向けて、お砂糖と小麦粉を投入しようとしていた。
ふむ。お砂糖と小麦粉ね。お砂糖と小麦粉……。
「アホかぁああああああああああああああああああああああああっ!!??」
とか叫んですぐに駆け出して(これも誇張。さすがに火を使ってる場で走ったりしない)、私は蘭菊の両腕をがしっと掴んだ。
蘭菊が驚いた顔で、本当に何事だ、という風に言ってきたものだよ。
「んなっ、何をするんだい千夏ちゃん!?」
「それはこっちの台詞だあんた何を作ってるの!? パンケーキか何かかっ!?」
「ハンバーグに決まってるじゃん今ハンバーグ実習だよ!?」
「菊池家はハンバーグに砂糖と小麦粉を入れるの!? 入れないでしょ!!」
「キッチン立たせてもらえないから知らない!!」
という実に実に不毛なやりとりをして。
ついでに蘭菊に料理のセンスがないことはこれから先何度も痛感することになるんだけど。具体的には調理実習の数だけ痛感することになるんだけど。
「あの、二人とも、刃物や火の元が近くにある場でふざけないでください」
まず来たのはみもり。
「二人ともふざけてないのがふざけてるよね」
それに軽快に突っ込みを入れたのが満智。
「全員席に戻りなさい」
ちょいと怒ったのが家庭科の吉山先生。可愛い。怖い。
この家庭科のやりとりとも言えないやりとりが私と皆の交流の始まり。
まず満智は私たちの反応を楽しんで過ごしているみたいで、私自身がどうこうとかは全然思っていなくて。それに満智は自分てものをあえて持たずに自分を常に変えたがっているみたいだし。
で、蘭菊は、うん。恋愛ってものに興味がないみたい、かな。ホントのところはよくわかんないけど、少なくとも男子も女子も同じように、誰に対しても同じように接している。当然、私に対しても。
みもりは言わずもがな、なのかな。私がどんなに言葉を並べてもみもりのことを全て説明することなんてできっこない気がする。うーん、みもりはなんか凄いよね。本当に同い年なのかと疑っちゃうくらい。
生徒会役員で、真面目で、勤勉で、可愛くて、口調もですわで可愛い。なのにこう、普通にしてると普通なのよね。いや意味わかんない日本語になったけど。
まーみもりはなんていうか、あれだね。相手のことをそのまま認めちゃうよね。良いところも悪いところもそういう人なんですのね、とか言って、簡単に。そんなみもりだから、私のことを変な目で見ることなんて一切なく。
とまぁ、高校で私にとってすごく居心地のいい場所ができてさ。
気分も良い方向に向かっていたから。
バスケ部の先輩で、なかなか格好いい先輩に告白されたので。
これはキタッ!
ってね。
うんまぁそんなことを考えたのです。
今かなり人間関係も調子いいし、彼氏いたら余計な呼び出し喰らわないし、先輩だから妙な同級生の小競り合いとか関係ないし、むしろ年上の余裕って私の好みなんじゃ、とかとか。
考えた時期が私にもありました。
いやまだそんな長いこと付き合ってないけどさ。
人となりを理解するほど一緒にいないけどさ。
神山先輩の良いところは捻り出しても三個くらいしか出てこないけど、満智に蘭菊にみもりの良いところは語り出したら止まらないみたいなとこあるけどさ。
神山先輩のこと、うん、いや、好きなんだよ?
好きになったのさ。
キスくらい普通に出来るし、なんならキスしてると気持ちいいなとかこの人の事やっぱり好きだなとかもっと体温を感じてたいなとか思うんだよ。
思うんだけど、なんか違う。
なんか違うっていうか、その、とにかく神山先輩って私のこと「可愛い」って言ってくるんだけど、それが、嫌。
なんでかは私もよくわかんないんだけど、嫌。
うんっとね。
なんとか言葉にしてみるなら。
私は自分の外見にそれなりに妥当な評価を下しているわけだけど、親とか友達から言われるのは置いといて、私を可愛いって本当に思う人はちょっと感性が合わないと思う。
私は私だから。
自分の事は可愛いけど。
そう思うのは、どうなの、みたいな。
難しいな。
全然違うかも。
合ってるかも。
かもかもだ。
自分の考えてることはよくわっかんないね。
とにかく、私は神山先輩が好きで付き合ってるんだけど、どうやら神山先輩とは趣味が合わないらしい。
それでも別に問題なく、いや問題ありありだけど問題なくお付き合いはしていたんだけど。
「森崎を見てる奴らからすれば変わるだろうが! なんでそれがわっかんねぇんだよ!?」
と、いう。
秋山千晶の言葉を聞いてしまった。
というか、本気の熱量ってものを感じてしまった。
秋山くんてのはクラスの転校生。
どっかだか、あれ、どこから来たのかそういえば知らないけど、とにかくどっかから来て、まだ少ししか経ってないんだけどすぐにみもりの仲良くなって、その矢先。
私はその時の話の流れを直接聞いたわけじゃなくて、後から伝え聞きしたんだけど。
満智がみもりに無理してないか尋ねて、それに対していつものようにみもりが無理してないって答えて。それで、秋山くんのあの言葉。
全然わかんない、全然意味はわかんないんだけど、秋山くんが本気だってこと、秋山くんがみもりのために本気で怒ってるってことだけはちゃんと伝わってきて。
胸がすごく、高鳴った。
すごいな。
誰かのために、恥とかなんだとか投げ捨てて、本気で想いをぶつけることができる人がいるだなんて、すごいなって。
率直に、そう思った。
するとさ、もう世界が一変しちゃって。
私から神山先輩へ、神山先輩から私へ、あれほどの想いのやりとりってあるんだろうかって考えるようになって。
なんか付き合ってるって世間が思う枠組みに収まる遊びみたいで。
付き合ってるって事実を、好きだって感情を、まるで演じてるみたいで。
空虚な世界だ。
空虚な私だ。
私の世界はこんなもんか。
とかね。
秋山くんのせいで思うようになっちゃったわけだ。
第一、文化祭が始まる前のみもりはどう考えてもおかしかった。
考えなくてもおかしかった。
まずは無理矢理シンデレラ役に仕立て上げたことは、悪いと思ってるんだけどさ。ただでさえ生徒会が忙しいことはよく知ってて、でも理解はしてなくて。きっとみもりの負担になってたと思う。
満智が無理してないか聞いたのもよくわかるし、みもりが表に出すようなことはよほどのことがなければないんだと思うけど、絶対にあれは無理してた。
でも、明らかにおかしいっていうのが、文化祭まで残り一週間を切ったあの月曜から表に出てきた。
みもりは登校中、学校近くで倒れてすぐ保健室に運ばれたみたい。どうして救急車で病院とかじゃなく保健室なのかはよく知らないけど。
で、戻ってきたみもりはなんか、もう、見てられない、感じで。
ひどい顔してた。
みもりじゃないみたい。
目にクマがあって、髪も手入れがちゃんとされてないみたいで、でも、なにより、その、みもりの悲痛な顔が表情が、一つ一つの弱々しい仕草が、もう全部、辛そうで。
どうしてこんなことになっちゃんだろう。
私が無理させたせい?
それとも何か悲しいことがあったの?
どうしたの、みもり?
どうして何も話してくれないの?
ねぇ。
悩みがあるんなら何でも言ってよ。
秋山くんが本気でぶつかったように、みもりも私に本気でぶつかってきていいんだよ。
なんだって受け止めるよ。
ねぇ、みもり、私を頼って。私たちを頼って。
一人で抱え込まないで。
ねぇ、教えて。
何があったの?
って、ずっと心配してた。
それで直接聞いても、みもりは話してくれなくて。
全然大丈夫じゃないのに、大丈夫って言い出して。
だから、思わず叫んじゃった。
「大丈夫なんかに見えないよっ!!?」
「ねぇ、何があったの!? 昨日? それとも土曜の夜? 日曜? ねぇみもり、言ってくれなきゃわかんないよ!! 今のみもり、ひどいよ、ひどい顔してる!!」
「先週までだって、すごく疲れてて、無理してるのかなって思ってたよ!! 生徒会とクラスとで、無理矢理主役に仕立て上げちゃって、本当によかったのかなって、もし駄目そうだったらやっぱり蘭菊にやってもらおうって話にはしてた!! でも、今日のみもりは、そんなんじゃない、慢性的な疲れなんかに見えない!!」
「何があったの、何がみもりをこんなに無理させてるの、具体的にそれがなんなのか、言えないなら言えないでいいよ。でも、どうして頑なに無理してることを隠そうとしてるの? どうして、休もうとしないの? どうして、自分を偽ってるの?」
あぁ、こんなことが言いたいんじゃないのに。
みもりを責めたいんじゃないのに。
どうして私は叫んでいるんだろう。
どうして私は、こんなに怒ってるんだろう。
みもりはなんて言うかな。
こんな醜い私に。
「話したって!! 私の感情なんて!! 誰にもわからないじゃないっ!!」
そっか。
わかんないか。
うん。
わかんないよ。
わかんないよ、みもり。
きっとみもりが全部を話してくれても、みもりのことなんてわかんないよ。
それでも理解したいって、そう思ったんだよ?
私、間違ったのかな。
間違ったんだよねきっと。
それで。
私にできなかったことを、秋山くんはやってのけたんだよね。
あーあ。
羨ましいな。
どっちがって聞かれると難しいけど、やっぱりみもりかな。
みもりの心を開いてみせた秋山くんも羨ましいけれど、それよりもやっぱりやっぱり心を開く相手がこうして現れたみもりのことが羨ましい。
本気で思ってくれる秋山くんに理解されているみもりのことが羨ましい。
いいなぁ。
私のことも、理解してはくれないだろうか。
私のことも、本気で怒ってくれないだろうか。
私は、そんな風に思われたい。
私は、そんな人と恋をしたい。
で、うん。
言ってしまったわけだ。
秋山くんに恋がしたいーってね。
うーん、我ながらなんだか面倒なことになってきたなぁと思うよ。
今はこうして、彼氏である神山先輩と一緒に仲良く演劇部、満智の劇を見ているわけで。
一体この感情をどうしたらいいんだろうね。
悩ましい。
とか、言って。
実はもう心が決まっていることに気付いてる。
あーもう。
ほんと嫌になっちゃうね。
だってさ。
私の出番が終わって、みもりと秋山くんのターンになって、私はお休みって言われた途端にさ。
私は、やった文化祭満喫するぞーじゃなくて。
秋山くんのシンデレラに私がなりたいなって。
まずそんなことを考えちゃったのさ。
残念残念。
私の好きになるスイッチは残念ながら正常に働いてないみたい。
恋愛に対して大人になったつもりだったけれど、結局私も素敵な出会いに、本気で好きになれる人に出会いたかった。
そう思ってしまった。
より、正確には。
出会ってしまった。
本気で好きになれそうな人に。
秋山くんに。
秋山くんがみもりに本気で叫んだその時から、もう私の心は奪われてしまったのだ。
やーごめんねみもり。
うん。
誰がどう見ても、少なくとも仲良しの私がどう見ても、みもりは秋山くんが好きそうだし、友人としてはうまくいって欲しいなとも思うんだけど。
私も好きになっちゃったんだよ。
と、満智の劇を見ながら心を固めて。
見終わると同時に別れを告げる。
「いやぁ面白かったな。さすが演劇部っていうか」
「神山先輩ごめんなさい私、他に好きな人ができたので、別れましょう!」
申し訳ない。
し、きっとまた色々と嫌な噂を立てられるんだろう。
嫌な視線もたくさんいただくことになるだろう。
けど、自分の心に嘘はつけない。
つきたくない。
私だって、王子様を待つシンデレラに、王子様に会いに行くシンデレラに、なりたい。
たった一度の高校生活なんだから。
遠慮なんかで空しく過ごすつもりは、ない。
「それじゃ、少しの間でしたが、結構楽しかったです。ごめんなさい!」
唖然とする先輩と周囲を他所に、私はくるりと踵を返す。
行きたい場所がある。
すぐに何かをするわけじゃあなくたって、決意した直後は会いたくなってしまう。
会いたいなら、うん、会いに行こう。
会いに行けばいい。
小さな世界、その気になれば、いつだって、どこだって、自分の進みたい道へ進めるんだから。
さぁ。
なんて。
勢いよく歩き出したはいいけど。
うーん。
みもりへはなんて話そうかなー。
怒るかなー。それとも妙な笑顔でも浮かべるかなー。
怖いなー。
あはは。
それはまた、後で考えよう。
ちなみに。
神山神が夏風千夏に文化祭デート中、突如振られた、って噂は瞬く間に広がって。
私はともかく、神山先輩はしばし辱めを受けることになってしまいました。
うーんと。
はい。
ごめんなさい。