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運命を操るのは  作者: 安藤真司
本編 運命を操るのは
25/41

願いを集めて

 週末とはいつも、妙な高揚感に囚われるものだ。

 今日を越えれば、土日と、休日がやってくる。

 名実共に進学校を謳う幸魂(さきみたま)高校では土曜日にも午前授業を行っているため、実の所土曜日が休日という感覚はさほどないのだが。しかしそれでも普段は六時間目まであるのが四時間で終わるというのは生徒にとっては嬉しいことだ。向上心があり、かつ、有意義な授業であればともかく、高校生にとって授業というものは退屈に感じやすいものである。

 だがそれは常にある金曜日である。

 今は違う。

 非日常の中の金曜日は、妙な高揚感、などといった表現では物足りない。

 発火済み爆発寸前の花火のように。

 重力に従って落ち始めた林檎のように。

 十代という若さの、更に高校生という人生で僅か三年間だけの輝きを全て放たんとして、誰も彼もが心の行くままに身を委ねている。


 今日、金曜日は幸魂高校の文化祭前日である。


 慌しく過ぎる学生生活の中でも、特に高速で過ぎ去っていくのは、やはりこの文化祭準備期間から文化祭当日にかけてであろう。

 特に前日、というのは学生にとって最も異様な一日となる。

 二度とは訪れないこの日を、彼ら彼女らはきっと、死ぬまで忘れないだろう。

 訪れてもいない未来のことを、しかし学生達は確信する。

 忘れない。

 今日という日はきっと。

 特別だから。

 根拠のないその自信は、誰もが持っていて、疑わない。


「でも、結局この特別感って、日本どころか世界中の誰もが持っているもので、全然全くこれっぽっちも特別じゃない、ありふれたものなんだよね。平々凡々なんだよね」

 例えば、綾文弥々はそんなことを云う。

「ちょっと学校が普段のルーチンから外れただけで、特別な日だとか、それはちょっと傲慢すぎるよね。わかってるくせにさ、みーんな、自分が特別だってことを、自分がいる場所が特別だってことを信じていたいんだよ」

 例えば、綾文弥々はそんなことを云う。

「それが、うん、別に悪いことだとは思わないけど、でも、なら、初めからそうだって言えばいいんだよ。自分は、特別になりたいんだって。それって何にも恥ずかしいことじゃないって思う。なのに、意味分かんない矜持だとか偏見だとか、よくわっかんないけどそんなもののために皆平気で嘘ついてる。別に自分は平凡ですけどなにかー? って」

 例えば、綾文弥々はそんなことを云う。

「なのに、なのにだよ、どうでもいい所だけ、いつでもどこでも自慢したがる。自分は特別ですアピール。適当な知識で、私知ってますけどとか。私の友達はこのくらいしてますけどとか。このくらい普通でしょ、とか。文化祭でこんなことしちゃった、とか」

 例えば、綾文弥々はそんなことを云う。

「いやいや、文化祭でこんなことしちゃったとか知らないし、っていうかそれ大体どこでもやってるでしょうが。劇もお化け屋敷も迷路も縁日もスポーツ対決もバンドもどこでもあるよ、何一つ特別なんかじゃない。なのに、なのにどうして、自分達が作ると、それだけで特別なものになっちゃうのかなぁ。外の世界を知らないだけなのかな。それとも、自分達で作った、って時点でそれはもしかして、特別になり得るのかな」

 例えば、綾文弥々はそんなことを云う。

「私にはどうもそうは思えない。特別て、もっと、こう、唯一で、無二のなんか、そういうものだと思ってる、ううん、違うな、そういうものだって思いたいんだけど。私は、なんでかな、自分が作ったものをどうしても特別だって思えたことがないの。いつもいつも特別なのは綾お姉ちゃんで、私のものは酷く、荒んで見えた」

 例えば、綾文弥々はそんなことを云う。

「これって変かな。変じゃないよね。誰もがきっと、口にしないだけで同じ事を思ってるよね。あー、だから私、自分のこういうところ、好きじゃないんだ。誰もが思ってるはずなのに、思って黙って生きているはずなのに、私だけ特別でしょって感じで、口にしちゃうとこ。本当に強い人なら、こんなこと一々口にしないんだよね」

 例えば、綾文弥々はそんなことを云う。

 だから。

「いや、特別って思いたいんならそれでいいんじゃねーか? 平凡と特別って別に、両立しないもんでもないだろ」

 例えば、櫛咲櫛夜はそんなことを云う。

「そうかな。私はでも、特別になれない自分を知っているから、特別になりたい」

 例えば、綾文弥々はそんなことを云う。

「そうか。でも俺にとってはとっくに特別だし、今のままでいいよ。変わりたいなら変わればいい。変わった先でも、俺のこと好きでいてくれたら、まぁ、なんだ」

 例えば、櫛咲櫛夜はそんなことを云う。

「まぁ、なに」

 例えば、綾文弥々はそんなことを云う。

「嬉しい」

 例えば、櫛咲櫛夜はそんなことを云う。

 そんなことを云って。

 特別とはなにかを。

 また間違える。

 間違えたとしても、二人にとっての真実は変わらないけれど。

 変わらないのかも、しれないけれど。



「違うんだよ、ちょっと待って、別に私はね、みもりが既に秋山くんのご家族公認になったって話を聞きたいわけじゃないのむしろそんな事実を認めるつもりは毛頭ないむしろ私の家族にみもりを紹介しようそうしよう」

 まず反応した弥々が言ったのは、返事、というよりは文句に近く、恨み、というよりは個人的なアピールに近いものだった。

 みもりと千晶は生徒会室に来て、これまで行ってきたこと、これから行うことを話していた。

 忙しい中邪魔をするのは忍びなかったのだが、それも今日で終わらせる、とんな意気込みからみもりと千晶も真剣に話をしたのだが。

 みもりに対して並々ならぬ友情とやらを注ぐ弥々は、細かな話などよりもみもりが秋山家を訪れた、その事実に対してのみ反応したらしい。

 とはいえ、その複雑な家庭事情に関しては多少思うところがあったのだろうか、

「そ、そういうコメントしにくい話をするのはよくないと思いますッ」

 などと茶を濁した。

 他の生徒会の面々は弥々と違い、その辺り、触れづらい話題には一切触れなかったが、弥々以外では唯一、友莉がその家庭事情についてコメントしたのだが、それもまたかなり微妙な反応であり、

「なんか私の家みたいだね! 大変だ! でも、幸せそうだ!」

 といったものであった。

 軽く千晶の家の事情を私の家みたい、と言ってのけた友莉の家の事情を、みもりは知りながら、千晶は知らず、それについては何も返事をしなかった。

 千晶としては笑顔いっぱいに自分と似たような境遇だと言ってのける人間がどんな闇を抱えているのだと思ったが、思っただけで口にはしなかった。不躾なことをそうだと知りながら笑ってみせるような器用な真似を出来るとは思っていなかったからだろう。

 みもりはある程度その場の空気が落ち着いてから、ゆっくりと、決意を表明する。

「あの、それで、実は、お願いがありますの(・・・・・)

「うん、いいよ、なに?」

 内容も聞かずに弥々は頷く。

 みもりの口調が元通りになっている、その事実に顔を綻ばせて。

 もしくは、自分の力では変えることができなかった、その事実に顔を歪ませて。

「願いを、集めて欲しいんですの。遠くに行ってしまった、大切な誰かに会いたいって、そんな願いを」

「わかった、け、ど……?」

 今度は、真っ直ぐは、頷かない。

 弥々は不思議そうな目で千晶を見つめる。

 「あれ、何も話してないの?」という顔で、である。

 弥々のその表情に気付いたみもりが千晶を見てみれば、千晶も複雑な顔をしている。と、いうか恥ずかしそうにしている。

「ええと、なにか、した? 千晶?」

「あー、いや、そうだな、詳しいことは生徒会に聞いてくれ」

「いえいえここは発案者であり計画を無理矢理、それはもう文化祭前で忙しくて忙しくてたまらない生徒会に無理難題を押し付けてきた秋山くんから話してもらわないと困りますなぁ」

「ってめ、こういう時だけちゃっかりと……」

「えー、なんのことだかちょっと弥々ちゃんわかんないですッ」

 あからさまにふざけてみせる弥々に対して千晶が焦ったように声を荒げていると、そこに闖入(ちんにゅう)者が現れた。


「ハッピーハッピー集めて登場っ、レターレター手紙は手書き派、あなたの私の茉莉ちゃんだよっ!」


 ただし、現れたのは、千晶にとっても誰にとってもあまり会いたくはない人物である。

 突如として生徒会室に入ってきた茉莉はみもりを見るや、すぐに駆け寄ってきた。

「やっほーみもっちゃん元気になった? なってない? とりあえずけろりんっ!」

「あ、えと、一応、その、元気に、なりました、わ?」

「そっかー良かった良かったー! あ、そうだこれ、あきっくんからみもっちゃんに」

「な!?」「ぷぷっ!!」

 その茉莉が手にした紙の束をみもりに手渡した。茉莉の言葉に千晶が驚愕し、弥々が吹き出したのが気になるものの、みもりはそれを受け取る。

 見れば、それはハッピーレターらしい。正確には、ハッピーレター八枚を一枚の紙に印字したものらしい。

 いや、しかし。

「あれ、ハッピーレターって男女の恋の応援だったんじゃあ……んん?」

 不思議に思いつつ眺めていると、そこに不思議な文面が書かれていることに気付く。

「どこか遠くに行ってしまう大切な人に向けてメッセージを?」

 どうしてそんな文面がハッピーレターに。

 と、疑問に思っているみもりに、茉莉があっさりと告げる。

「やーこれ、みもっちゃんが元気ないからって、あきっくんが生徒会に頼んできたのさっ。色んな人の想いを感じればみもっちゃんも元気になるけろっ!」

「へぇ……」

 無表情になったみもりが千晶の顔を覗き込む。

「な、なんだよ」

「いえ……なんでも」

「むしろなんか言えよ」

「驚くタイミングを、少し、逃しまして」

「そ、そうか?」

 なんだそれは、と思いつつも、みもりが意外と突っ込んでこなかったことに内心ほっとして、千晶はこれ以上傷口が広がらないように黙っておく。

 語るに落ちたくはない。

「それにしても……これ、全校生徒に書いてもらったんですのね? すごく、いい言葉がたくさん」

「ね、みもり、それ、さっき言ってた、願いを集めるってことに、なるかな」

 弥々の落ち着いた言葉に、みもりはしっかりと頷く。

「ええ、十分ですわ、ね? 千晶」

「たぶんな」

 千晶もぶっきらぼうながら、肯定する。

 二人が何をしようとしているのか、まだ聞いていない弥々他、生徒会のメンバーはその会話の真意を探る。

「で、どうするつもりだ、森崎」

 代表して、櫛夜が直接聞いてくる。

 特に隠す風でもなく、みもりはあっさりと答えた。

「結局、詩織がどこにいるのか、については、よく、わかりません」

 タイムパラドックスという突拍子もない可能性も出てきたものの、だからと言って詩織の居場所がわかったわけではない。

 そもそも、詩織が二人いるかもしれない、という仮説すらその妥当性を考えることはできていない。

 正直なところ、詩織に関することは何一つわかっていないのだ。

「でも、わからないなら、初めからわからないままで詩織を探してしまいましょう、と」

「わからないまま、探す?」

「はい。要は、詩織に会えれば、私としてどうでもいいんですの。詩織が今、どこにいようが、何をしていようが」

「……まぁそりゃそう、だが」

 そうなるだろうか。

 ただ、まさにそのどこで何をしているかがわからなければ、詩織を連れ戻すようなことはできないのではなかろうか。

 それも今回は、ただ世界中を探せばいい、というわけではない。

 存在が丸ごと消えてしまっているのだ。

 探さなくてはならない対象は、自分達がいるこの世界の外ということになる。

 それを、さも簡単に見つかるかのような口ぶりである。何か秘策でもあるのだろうか。

「そこは、そうですね。私も願っているんです。詩織に会いたいってことを、誰よりも」

「ん、まぁいいだろ。俺達ができることはなんかあるか?」

「はい、一緒に願っていて欲しいんです。詩織にとってここは大切な場所だったから。弥々は勿論、先輩方のことも詩織は大好きでしたから」

「それだけで、大丈夫か?」

「はい、まさにそれが、必要なんです」

 確信を持って答えるみもりに、櫛夜は頷いた。そこまで言うなら、後輩を信じてやらない理由などない。

 変なところでムキになっている弥々にも協力を仰ぐように櫛夜は声をかける。

「おぅわかった。弥々」

「わかってますって。こちらの男子のことは気に喰わないですけど、みもりのお手伝いはいくらでもします」

 弥々は櫛夜の確認するような呼びかけにやや怒ったような口調のまま応えた。

 言葉通り、みもりのためならいくらでも、何でもできる。危うさもあるものの、こうした時の真っ直ぐな弥々ほど心強いものはない。

 みもりは可愛らしい親友の態度に微笑んで、茉莉から受け取ったハッピーレターを大切そうに抱きしめると、

「じゃあ早速もう一つの我が儘、聞いていただけますか?」

 生徒会全員と、茉莉に一つ、願い事をした。



 みもり、千晶と一緒に、生徒会役員の櫛夜、奏音、友莉、優芽、弥々、そして文化祭実行委員長の茉莉はみもりのクラス、一年一組にやってきた。

 ぞろぞろと入ってくる役員を見て、一年一組は担任の大石教諭を含めてフリーズする。

 いったい何事だ、と誰かが言う前に茉莉が先頭のみもりを追い抜いて、教壇に立つ。

 クラス中の注目が茉莉に集まる。

 文化祭実行委員長が一体このクラスに何の用だろう、とまともな疑問を抱いたのは少数派で、大多数は祭林茉莉という先輩に対してよくない噂――決して悪い噂ではないが――による印象が先にあるため、一体何をしでかす気だろうと、むしろ嫌な不安に溢れている。


「失礼するよ、後輩諸君……さて、これより『ミッション・ミモッチャン』を開始する」


「……わ、わー、がんばってねーみもっちゃん」

 誰かがこのとき、心の中で茉莉のメンタルを褒め称えたという。誰かはここでは割愛する。

 元より茉莉の悪ふざけに付き合うつもりがない生徒会二年の面々。

 先輩であるためという理由も相まって、ついでに発言にある意味があるのかもしれないなどと深読みを始めた一年一組の面々。

 乾いた声で反応だけはした弥々。

 みもり達生徒会が教室に入ってきたときからずっと疑問符を浮かべたままの大石教諭。

 そんな四者四様の対応が為された中で、唯一、一人だけ。

 菊池蘭菊だけがこの悪ふざけに瞬間的に動いた。

「ミッション・ミモッチャン……ついに動くのですね……神の、(しもべ)が」

「ふふふふっ、さぁみもっちゃん、話してみなさいミッションの内容を! あなたの願い事を!」

「ほらみもりちゃん、これはミッションだよ任務だよ地球の運命が今やみもりちゃんの腕に懸かっているよ断る権利はないよ、一体何が望みなの!?」

「ちょっと菊池ちゃん意味わかんなくなるから悪ノリやめなさい。あと先輩は意味がわかんないのでちょっと黙ってください。で、どうかした森崎ちゃん」

「あれれ、もしかしてこのクラスの突っ込み担当奏音ちゃんを凌駕してるかもかもっ! やー優秀な人材が揃っていますなぁけろけろー」

 何の話なのかも不明であり、ついでにどうして蘭菊が乗っかってしまったのかも不明だが、さすがに満智が制する。

 もっとも茉莉は黙って欲しいと言われて黙るような人間ではなかったが、幸いにも無視して話を進めても問題のない人間だった。

 一先ずみもりは、二人だけの世界に入り込んでしまった二人組みを、物理的に脇に押しやって、クラスの皆に向けて少し声を張って話しかけた。


「あの、突然ごめんなさい。少し、皆に手伝って欲しい、いえ、助けて欲しいことが、あるんですの」


 千夏が、満智が、みもりのその言葉によって、胸のすく思いになる。

 助けて欲しい、と。

 みもりは確かにそう言った。

 千夏が待っていたのはこの言葉だ。

 それも、元通りの、いつも通りのみもりの口調で、だ。

 一人で勝手に苦しんで、一人で勝手に壊れていく友人が。

 恐らくは秋山千晶という男子を巻き込んで。

 そして今、こうして自分のクラス全体や生徒会を巻き込もうとしている。

「上等。巻き込まれてやろうじゃない」

 千夏は満智のことを一瞥する。

 二人して口角がほんの少しだけ上がってしまう。

「ま、今更だよね。助けるよ、森崎ちゃん」

 未だありもしない謎ミッションについて談義を交わしている茉莉と蘭菊は放っておいて。

 みもりは話を続ける。

「あの、私、ちょっと大事な人が遠くに行ってしまって。それで、どうしようもなくて……ちょっとおかしくなっちゃってました」

「うん、ちょっとどころか、ほんとにね」

 今とて、大丈夫そうに見えるが、その内に抱えた問題が解決したわけではないだろう。というか、解決していないからこそこうして助けを求めているはずだ。

 それも、生徒会まで連れてきて、だ。

 みもりと弥々の仲は大体誰でも知っているところだが、それだけではなく、生徒会長を含め全員が集結しているとは、どういうことなのか。

「その、どこに行っちゃったかは、ある程度わかりまして。それで、手紙を送りたいんです」

 やはり具体的な話は、あまりしない。

 大切な人、というのがどういった程度の人間なのか、恐らく気になるところではあるだろうが、それについては説明のしようがないために省略してしまう。

 重要なのはそこではない。

「些か以上に疑問を抱くかもしれないけれど、その大切な人に向けて、文句を言いたいんです。勝手にいなくなって、私がどれだけ苦しんだか、知って欲しいんですの」

 勝手にいなくなって、勝手に消えて。

 意味深な言葉だけ残して。

 一体どうしろと言うのだ。

 一体どうしたらいいのかなんて、わかるわけないではないか。

「あ、あー、森崎、あのな?」

 そんなみもりの言葉を、千晶が遮った。つい先ほど、生徒会室でも見た気がする妙に落ち着かない顔だ。

 なんとなくその意味を察しつつも、聞いてみる。

「なに?」

「その、実は、だな?」

「私たち、もう秋山くんから『どこか遠くに行ってしまう大切な人のために悲しむ森崎みもりに向けてメッセージを』って題目で追加のハッピーレター、貰ったんだけど……」

「へ、へ!?」

 千夏がまたあっさりと千晶が裏で動いていたことを暴露し、みもりも驚く。

 生徒会に続いてここ一年一組でも先を見越して動いていたのか。

 これこそ未来予知でもしているのではないかと言いたくなるが、恐らくはそうではないのだろう。

 きっと、彼なりの気遣いで。純粋にみもりのために動いた結果なのだろう。

「い、いや、違うぞ、生徒会のほら、こいつとかも心配してたし」

「誠に遺憾ながらこのアイディアは秋山くんのものです」

「お前本当に正確悪いな綾文っつったか覚えてろよ」


 ちなみに、この千晶の弥々に対する暴言に対して。

 幸魂高校から遠くはなれた予備校にて。

 大学受験に向けて勉学に励むとある女子生徒が「ん、今、弥々がひどいこと言われたような……」と、殺意の衝動に駆られたのだが。

 それは余談。


 照れる千晶に、みもりはまた、素直に礼を言う。

 何度も何度も、挫けそうなみもりを助けてくれたのは千晶で、実際に対処のためあちらこちら、みもりの知らないところでフォローしてくれていたらしい。

「あり、がとう、千晶」

「いい。これから成功するかどうかもわかんねぇだろ」

「うん」

 頬を若干赤らめて、もう少しで泣いてしまいそうな、少しだけ潤んで光る瞳。

 僅かに震えた返答。

 素直すぎるみもりに、千晶の反応も鈍る。

 いやそこはいつも通り「ええ」と返して欲しい、などという千晶の心の叫びが伝わるはずもない。

「とにかくこれ。まとめてもらったもんだからよ」

 千晶から渡されたのは、クラス全員分のハッピーレター。

 どれもがみもりに対して向けられた純なる言葉。

 願いがここに、詰まっている。

 みもりは目を閉じて、深呼吸をする。

 そして、目を開く。


「千晶、お願いっ!!」

「ああ」


 手元にあるのは、学校中のハッピーレター。

 これは、大切な人に向けての言葉。

 もう一つあるのは、一年一組のハッピーレター。

 これは、みもりに向けての言葉。

 そして、生徒会のメンバー。

 誰よりも頼れる先輩たちと、共に歩んできた弥々。

 隣には、秋山千晶。

 目の前で、見えていないところで、自分のことを助けてくれた。


 森崎みもりから、織上詩織に届けられるものは、これで全てだ。


 櫛夜も、優芽も、奏音も、綾も、弥々も、みんな願いを元にした能力を持っていた。

 だから、みもりは信じた。

 事件に関わる誰かに、千晶に、そんな力があるなら、と。

 そして知った。

 千晶には運命を操れる。

 いや、それは正しくなかった。

 千晶自身の不幸に反して、千晶の家族は幸せを、いや、幸せでなくとも、自分達の選択を全て叶えられていた。

 離婚を願った。

 子どもに弱い部分を見せないように願った。

 再婚を願った。

 千晶も混ぜて新しい家庭を願った。

 そして勿論、願いを叶えたのは千晶の家族だけではない。

 なんのことはない、今まさに、みもりは願いを叶えている。

 自分以外で織上詩織を知っている人物を願った。

 詩織に会うため、詩織がどうなったのかを知ることを願った。

 詩織に会うことを、願った。

 それらの全てが千晶の能力のおかげである保証などどこにもない。

 こんな理屈など、付けようと思えばいくらでも付けられる。

 だが。

 みもりは信じたかった。

 これが、これこそがきっと、千晶の力なのだと。

 自分の、彼自身の願いは叶えられないのかもしれない、だが。

 他の誰かの願いを叶えることのできる力、そんな力を千晶は持っているのではないか、と。

 信じたかった。

 駄目元ではあるが、試してみる価値はある。

 だからこそ、みもりはここ、一年一組に生徒会の面々まで巻き込んで来たのだ。

 最も森崎みもりに、近い場所で。

 自分が今、最も長い時間を過ごすここで。

 自分の願いを、叶えてもらうために。

 みもりを心配する全員の願いを、叶えてもらうために。


 みもりは教卓の上に、沢山のハッピーレターを並べる。

 どれもこれも、拙い言葉だけれど。

 確かに願いが込められている。

 特に一年一組の皆が書いてくれたものは、直接みもりに向けて書いてくれたものだ。


「森崎 頑張れ 何かあったら言えよ」

「泣きたいときはちゃんと泣いてね シンデレラ待ってるよ」

「大切な人のこととかよくわからないけど元気だせ!」

「森崎さんはもっと子どもに、わがままになっていいと思うよ」

「会えないなら忘れちゃえ! 会えるなら会いにいっちゃえ!」

「みもりが元気ないとなんかクラスが元気でなくなっちゃうね 早くいつものみもりに戻ってね」

「シンデレラがいないと文化祭盛り上がらんぞー」


 そして、優芽は言う。

「あの、みもりちゃんが、願うなら、きっと、なんだってできると思うよ」


 そして、友莉は言う。

「そうだね! どうにもならなかった私だって、どうにかできたからね! みもりちゃんならきっと会えるよ、詩織ちゃんにさ!」


 そして、奏音は言う。

「会えなくても、またすぐ次のことを考えましょう。なんでも相談して」


 そして、櫛夜は言う。

「それに森崎がそうだとな、弥々もすごく寂しそうなんで困る」


 そして、弥々は言う。

「寂しそうじゃなくて寂しいですッ……うん、みもり。皆がついてるなんて言わないけど、でも、私たちがいるんだって、信じて欲しい」


 そして、茉莉は言う。

「ふむむ? よっくわっかんないけど、願えばいいんだよねっ? みもっちゃん水臭いからにゃー。ちゃんとお姉さんになんでも言うんだぞっ?」


 そして、蘭菊は言う。

「私、まだみもりちゃんのシンデレラ諦めてないからね。どこかにいるなら、そりゃあ大切な人に文句を言いに行かなきゃね」


 そして、満智は言う。

「私としては森崎ちゃんのしたいようにすればいいと思うけどね。早く天然さんに戻ってくれるなら何でもいいかな。ただやっぱり、せっかく書いた台本だし、蘭菊の言うように森崎ちゃんに演じてみて欲しいとは思うかな」


 そして、千夏は言う。

「馬鹿。秋山くんにばっかり相談して、結構寂しかったんだからね。まだ今だって、何しようとしてるのか全然言ってくれないし。明日には戻ってきてよ、シンデレラ」


 そして、みもりは願う。

「私は、会いたいっ! もう一度、詩織にっ!!」


 どこにいるのか、わからない。

 どこかにいるのかどうかも、わからない。

 ひょっとしたら、本当に、織上詩織なんて存在は、初めから全部妄想なのかもしれない。

 でも。

 もしも、そうじゃないなら。

 どこかにいてくれているなら。

 世界だとか時間だとか記憶だとか、なんだかよくわからないものを超えたその先にいるのなら。

 みもりは何度だって叫ぶ。

 何度だって願う。

 自分にとってたった一人の大切な存在を取り戻すためなら、なんだって願う。


「お願い、叶えて、千晶!!」


 みもりは手を伸ばす。

 千晶に。

 千晶のいる、空間に。


「任せろ」


 みもりから願いを、受け取るために。

 千晶もまた、みもりに手を伸ばす。

 その、手と手が触れた、瞬間に。


 みもりの願いは形となって千晶へと流れ。

 千晶の不思議な力によって、その願いは。

 みもりの願いは。

 叶えられる。


 みもりは出会う。

 織上詩織の、止まってしまった世界に。


 みもりは出会う。

 織上詩織の犯した、その罪に。

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