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無事なのかどうか、というよくわからない判断はさておき、千晶は寝てしまったみもりのことを教師と、これから迎えに来るであろう家族に任せて真っ先に自分のクラスに戻っていった。
恐らく微妙な雰囲気になっているはずの一年一組のドアを開ける。
「あ……」
期待から落胆に変わる表情に、声。千夏は僅かにみもりが戻ってくることを待っていたのだろう。
千晶はその胸中を察しながらも、事務的に伝えるべきことを伝えてしまう。
「森崎は帰った。あー、まぁ問題ない、と、思う」
「問題、ない?」
千晶の発言に千夏がやや棘のある言い方で聞き返す。あの状態のみもりが、どうすれば問題ないように映るのだ、と言いたげだ。
千晶はあまり口が上手い方ではない、という自覚を持っているが、ここはどうにか嘘を混ぜながらしのぐ必要がある、だろう。
さすがに、自分が信じた話だとはいえ転入してきたばかりの状態で、クラスメイトおよそ三十人を相手に「実は森崎の親友が存在からして消え失せてしまったんだ」などと言えるわけがない。少なくとも千晶にその度胸はない。いや、必要なのが度胸なのかすら微妙なところである。
ここは嘘の混ぜどころが肝心だろう。
一から作り話をできるほど、千晶の想像力は富んでいない。
事実をベースにしつつ、あまりみもりが聞かれたくないであろうという部分、また、教師に話されても困らない程度に嘘を混ぜる。かつ、この場の雰囲気に、何かしらの納得をもたらすような、そんな嘘。
(いや無理か)
当然千晶にそんな高等技術があるはずもなく。
千晶は千晶なりに説明を試みる。
「大丈夫じゃ、なかった。いや大丈夫なわけないだろ、あれ」
「うん、それは知ってる。だから、だから私も、ああやって、さ、追い出すようなこと、言っちゃった」
千夏は顔を俯かせない。
自分の過ち自体は認めても、自分の感情に嘘はつかない。そのような彼女なりの本気が伺える。
「森崎の、大事な奴が、いなくなった、らしい」
これは、事実。
多少、ぼかしてはいるものの。
「大事なって」
「そこまでは知らん。聞いてない。だが、なんだか大切な奴らしい。いなくなったってのも、ただの引っ越しなのか、それとも死別なのか、それも聞いてない」
聞いているが。
みもりと千晶を除いて、記憶から抜け落ちてしまった少女のことを。
だが、みもりにとって大切な人、と聞いてもクラス中がぽかんとしている。
その表情が、みもりの話の裏付けになるとも思えない。だが初めからみもりの話を疑ってもいない。
「それで、不安定になってた。それが原因だった」
「……どうして、それを、そのことをさ」
千夏は、千晶の言うことを信じた。
クラスは千夏に全てを任せているのか、黙ったままだ。
全員が千晶と千夏の話に耳を傾けている。
それだけで、千晶にとっては十分だった。
まだここ幸魂高校に転入してから一週間程度しか経っていない。その僅かな期間は、随分と激動の日々だった。いや、今日とて、激動の日々のまだ中途だ。
大体は、森崎みもりのせい、なのだが。
その、森崎みもりのために、一年一組というクラスは一つになっている。思い合っている。
ひょっとしたら、文化祭というイベントの熱に当てられているだけなのかもしれない。友達のことを想っている自分、というものに酔っているだけなのかもしれない。
それでも、素晴らしいと思えた。
誰かのために、上辺だけでも表面だけでも行動できるなんて。
羨ましい限りだ。
もっとも、現状の自分がまさに、森崎みもりというクラスメイトのために動いているという自覚は、千晶にはない。
「どうして、みもりは、秋山くんには話したのかな」
「他人だからだろ」
千夏の問いは、きっと。
蘭菊も満智も、他のクラスメイトも同じ事を考えただろう。
どうしても、話してくれない。
みもりはどうしても、自分が無理していると話してはくれなかった。
あんなになるまで。
あんなに、なってしまうまで。
それまでにどうして自分に話してくれないのだろう。自分から話しづらくても、こちらから聞いた時くらい答えてくれたっていいじゃないか、と。
なのに、まだ出会ったばかりの千晶には、どうして話したんだろう。
自分じゃあ、駄目だったんだろうか、と。
そんな思いすら乗せた千夏からの言葉に、千晶は何を言ってんだと答える。
どうして自分に話してくれたのか、など。
嘘をつく必要などない。
「他人なら何でも話せる。他人だから何でも話せる。なまじ仲が良い相手だと、大事なことは言いづらいだろ」
例えば。
「自分が死んでしまうってのを、母親が、子に、言いづらかったり」
たぶん、その例えの意味するところは伝わらなかったが。千晶が言いたいことそのものは、恐らく理解されただろう。
みもりが千晶に話した理由が、きっと、ただ、詩織のことを覚えていたから、という理由であることを、千晶はわかっている。
例えば、千晶も詩織のことを忘れていたなら。
きっとあの場でみもりは、屋上から飛び降りていただろう。
けれど、同時に、わかっているのだ。
それでも、自分に話してくれたのは、秋山千晶が森崎みもりのことを知らないからだ。
詩織のことを覚えていた、自分のことをよく知らない人間。
そんな都合の良い人間が、そこにいたから。
みもりは全てを話した。
全てを、伝えてくれた。
いつもの口調も壊れてしまって、性格もなんだか違うような感じがして。
まるで、全然違う人のようで。
そんなみもりのことを、千晶だってまったく知らなかった。
千晶の知っているみもりは。
ですます調で妙な話し方をしていて。
冗談を冗談っぽく喋れて。
妹想いで。
友達想いで。
自分の思ったことを意外とずけずけと言ってきて。
本が好きらしくて。
無理矢理になんて、笑顔を作らない、奴だ。
「森崎、の役、一応、代役で、どうにかできるようにしといてくれ」
「言われなくても、大丈夫」
「そうか」
千夏の心は、晴れただろうか。
きっと、そんなことないだろう。
千晶は、自分が他人だからだと言ったが。
千夏たちは、それでもやはり、みもりと千晶がある種の特別な関係だからだろうと、思っているはずだ。
それはそれで構わないだろう。
彼女らの感情にまで踏み込むつもりは毛頭ない。
この場をどうにか誤魔化すことができれば、千晶にとってはそれでいい。
「きっと、そのうち、話す。森崎から」
だが、何故か、なんとなく。
千晶はフォローに回ってしまった。
「ふふ、なんで秋山くんがそんな保証するのよ」
柄にもないことを言って、そのことを千夏は容赦なく指摘する。
「悪い。知らん。聞いてない。森崎に直接聞け。俺に言えることは何もない。あとはあいつに直接聞いてくれ」
「わかった。そうする」
千夏が頷き、それに釣られるように、クラス中に弛緩した雰囲気が漂う。
皆が皆、何かを抱えているだろうに。
今だけは、誰もが一様に。
森崎みもりに思いを馳せていた。
「まーったく、今よりもう少しだけ素直になれればねぇみもりちゃんは」
「それなら初めから苦労してないでしょ」
蘭菊と満智が次々に軽口を言い合う。
それを皮切りに、皆々言いたいことを好き勝手に喋り出す。
そのほとんどが、まぁ。
みもりへの不満なりなんなりであって。
どこまでも気のいい奴らだな、と千晶はその顔に笑みを浮かべた。
「ね、秋山くんって、笑うんだね」
悪くない喧騒に包まれたクラスの中、千夏が千晶に聞こえるように耳元に近づいて、囁く。
からかっているようにも聞こえるが、どことなく妖美にも聞こえる。
「あ? 笑うぞ。普段は笑顔を絶やさんし、なるべく言葉遣いにも気をつけてる」
「なにそれ、嘘ばっかり」
千晶は嘘などついてはいないのだが。
人によって感じ方は変わる。
真実は変わる。
千夏は、千晶のことを知らない。
知らないからこそ、千晶は冗談を言える。
「あと子どもには特に優しく接してる」
「あはは、そうかそうか冗談も言えるのか。そっかー、みもりはいい人に出会えてるなぁ」
「……ああ?」
だがそれは、千夏も同じことだ。
千晶は、千夏のことを知らない。
知らないからこそ、千夏は冗談を言える。
「私、秋山くんに恋したいなぁ」
「……は?」
他人の考えることはわからない。
他人の話す言葉はわからない。
わかる努力をしなければ。
伝える努力をしなければ。
何一つ。
伝わらない。
本来王子役でかつ台本や打ち合わせの数が圧倒的に足りていない千晶はクラスの練習に最優先で参加すべきであったが、千晶はクラスを後にして、別の場所に向かっていた。
その辺りはノリのいいクラスである。
千晶が「行きたいところがある」と言うだけでおおよその事情を、把握せずとも何か事情があるという事実だけで千晶の不参加を容認してくれた。
千晶としては無駄に言葉を重ねなくて済んだので楽でいいのだが、果たしてこんなで劇本当に大丈夫なのだろうか本当に自分王子役やるんだろうかなどと疑念を胸に抱く形になっている。
だが、今は、今だけはクラスにいるわけにもいかない。
行くべき場所がある。
話すべき相手がいる。
目的の場所に到着し、躊躇うことなくノックを二回、返事を待たずに中に入る。
その場所とは、生徒会室。
生徒会役員が集まり、仕事を主に行う部屋。
そこに千晶は一人、やってきた。
突然の見知らぬ訪問者に生徒会役員の面々も疑問符を浮かべて首を傾げている。
「俺、秋山千晶って言って、一年生で転入してきたんすけど」
まずは手短に自己紹介をしておく。希望的観測だが、みもりが自分の事を話してくれていればこの自己紹介でも十分に何者なのかは伝わるだろう。
その千晶の読み通り、名前と転入生という情報だけで理解してもらえたようだ。
「あぁ、あなたが秋山くん? みもりのクラスの」
そう言って最初に返事をしてきたのは少し髪を染めた、生徒会役員のイメージ――というよりは千晶がみもりの雰囲気から勝手に想像した生徒会役員のイメージ――とは若干離れているような少女。
みもり、という名前を呼び捨てにしているが、それだけでは同級生なのか上級生なのかは微妙なところだ。
「私、綾文弥々。同じ一年生。もしかして、みもりから聞いてたりする?」
こいつが綾文弥々なのか、脳内の弥々像に修正を加える。
昨日の時点でみもりをどうにか家に帰すよう気を遣ったらしい少女に、もう少し生真面目な印象を受けていたが、少なくとも見た目上はそういう感じではないらしい。見た目などあまり、その人柄を判断する材料にならないこともよく知っているが。
「あぁ、よく聞いてる。その、織上詩織の件で」
「どうしてそれを知ってるのッ!?」
どうでもいい世間話に花を咲かせに来たわけではない千晶はすぐに本題の一つ目に入る。
みもりの話だと、弥々と生徒会の全員に、自分の状況は伝えてあるそうだ。
ならば織上詩織の名を出せば、一瞬でみもりの遭遇している事件に関わっていると伝えることができる。
「森崎から今日聞いた。今日はもう、森崎は帰ったんだ、が」
「一人で帰った? それは自分の意思で? それとも秋山くんが無理矢理?」
弥々が矢継ぎ早に質問を飛ばしてくる。
まず気になるのはみもりがきちんと休んでくれているかどうか、という点なのだろう。クラスに引き続き、なんとも良い人に囲まれているんだ、と余計みもりの馬鹿らしさを呆れながらも、千晶の知る範囲内で答えられるものは答えてしまう。
「森崎から織上の話を聞いて、その上で休めっつったら、疲れかなんかで気付いたら寝てて、それで今さっきあいつの家族が迎えに来るよう先生に手配してもらったとこだ」
もうすぐにでも親が来れるのかどうか、そこまでは把握していないので答えられないが、それで十分だったらしい。露骨に安堵した顔で弥々がほっと息を吐いた。
「そか。なんにしても、無理矢理動いてるよりはいいかな……」
「話は、まぁいいんだ」
身の上の話、つまり、自分にも織上詩織の記憶が残っていることについては伏せた。
話しても仕方がないだろうし、その話をして幾らか意見を貰うことも悪い選択ではないように思えたが、みもりを家に帰した手前、千晶としては当然気になることがあり。
「森崎がやるはずだった仕事、少しでも手伝えたらって思って、来たんすけど」
千晶の言葉に、今度は純粋に驚きから弥々が短く息を吐く。同じ行動なのにその意味が違うようだというのがわかるのは、弥々の表情の豊かさのためだろう。
たまたま入り口近くにいた友莉が、弥々に変わって答える
「とはいっても昨日からみもりちゃんいない前提で動き始めたから結構こっちは問題ないよ! や、問題はあるんだけどさ!」
「そう、っすか。や、それならそれでいいんすけど。やっぱり、いざ復活した時に、森崎が自分を責めないように、文化祭の運営はきっちりやっておくべきかと、思いまして」
千晶が生徒会室に来たのは、みもりの代役をするためだ。
クラスの方では既に元々シンデレラ役であった蘭菊が動いてくれている。王子役も元の二人がいる。そのため、全体としては大きな変更や大幅なクオリティダウンなどをすることなく準備が進んでいる。
しかし、いまいちどういった形態で動いているのかが他からはわかりづらい生徒会の方は、その少数精鋭という特殊性から、みもりがいなくなった穴を埋めようとかなり忙しいのではないか、と千晶は思い、ここへやってきたのだが。
意外と対応が早い。
「それに、一応、桃春先生も、手伝ってくれてる」
友莉に続いて優芽も現状を伝える。
なるほど、みもりが抜けそうだということを予期したわけもないだろうが、みもりが危険な状態になってすぐに教師に頼んでいたようだ。
確かにそのほとんどが生徒会役員及び文化祭実行委員が自分たちで作り上げていく文化祭なのだが、それは何も先生の力を借りてはいけないということとはまったく違う。
「過去にこういう経験、あるか?」
次に千晶に話しかけてきたのは、ぱっと見唯一の男だった。櫛夜だ。
「こういう経験ってのは、生徒会のってことすか?」
女だらけの中に一人混じっていても特に違和感がない。よほど真面目な人なのだろうか、と千晶は適当な感想を抱く。
櫛夜に関してその感想を抱くのは、櫛夜をよく知る人物から言わせれば誤った印象だと口を揃えることだろう。
如何せん、普通とは程遠い性格をしている。
真面目な雰囲気のときにふざけるようなことは勿論しないが。
「いいや、事件のほうだ。織上詩織が消えた事件。前にも似たようなことが?」
「ねぇ、と、思います」
「おぅ、だよな」
あってたまるか、と千晶も櫛夜も笑いすらしない。
即座に答えようとして、千晶も元の乱暴な口調が出そうになり、語尾を正すことで無理矢理それっぽい敬語に仕立て上げる。
「でも、先輩たちにはあるって話も、森崎から聞いてます」
「そうか。森崎と仲良いんだな」
「「そんなことない」」
櫛夜の何気ない言葉に反応したのは、言われた本人である千晶と、そして何故か櫛夜の隣にいた弥々。
なんだ、と思って千晶が弥々を見ると、弥々が分かりやすく、『私怒っています』という顔をしている。
一体何を怒っているんだ、と千晶が聞く前に弥々が憤怒、を超えた怨念じみた呪いを千晶に向ける。
「私の方が先にみもりに話してもらったんだから」
「……」
なにやら、嫉妬しているらしかった。
千晶は心底どうでもいい弥々の言動を無視したくなる。
「私の方がみもりに頼られてるんだから」
「……だろうよ」
「私の方がみもりのこと好きなんだから」
「別に俺は好きじゃねぇよあんな面倒な奴」
「みもりが可愛くないとかお前目ぇ腐ってんのかおい」
「おい先輩こいつ口悪いぞ」
「二人とも悪くなってるよ!?」
小気味よく進んだ挙句言葉遣いが乱れ先輩にタメ口を利き始めた弥々と櫛夜を友莉が止める。が、二人はそのくらいで止まらない。
素の状態だと割合と治安が悪そうな二人である。会話のテンポのみに注目したら仲も良さそうだ。
友莉が優しく止めようとしており、櫛夜と奏音はほぼ静観、優芽は目の前の口論にあたふたするだけ、とそれぞれの反応がよく性格を表しているだろう。
「世界三大可愛い子って知らないの。綾お姉ちゃんとみもりとクレオパトラ」
「いや誰だよ綾お姉ちゃん。ついでに森崎とクレオパトラよく並列にしたなおい、クレオパトラとか現代の可愛いの定義に逆立ちしても入んねぇだろ」
「綾お姉ちゃん知らないとかゴミだろ」
「あ? 今ゴミっつったか」
「転入生のくせにみもりに頼られて非常に不愉快ッ!」
「急に本音混ぜてくんな。こちとら森崎のせいで転入生のくせに文化祭もろくに楽しめやしねぇよ」
「あんな可愛い子に頼られて男としての欲求はもう満たされまくりでしょこれ以上何か必要?」
「どうしてお前は森崎をそこまでベタ褒めできんだよ……」
「じゃ逆にあんた誰なら可愛いって思えるのよ」
「霧島紀璃」
「く……櫛夜先輩ッ」
千晶の返答に弥々が何故か櫛夜を呼ぶ。
「ど、どうした?」
「こ、この子……可愛い基準が一、二世代前の女優さんなんだよーう」
「はぁ、あ、いや、おぅ」
霧島紀璃とは弥々が言ったとおり、現在もう齢六十になる女優である。十代の頃から活躍しており、当時は可憐な外見と仕草から絶大な人気を誇っていたらしい。
さすがに当時の映画を観たことのある若者は、弥々や櫛夜の周りにはそういない。
千晶が例に挙げたのはそうした人物だ。
「なんか文句あんのか」
「言いたいことは二つだよッ。一つはどうして今を生きる若者の可愛い基準がかつてのトップスターなのさ!」
「可愛いだろ」
「可愛いけどもッ! もう一つは私たち庶民目線で物事を語ってもらいたい! 女優さんとかじゃなくて今ここ幸魂高校の女の子で例をあげなさいよ」
「悪いまだ分かるの森崎と夏風、あとは、町田に菊池くらいだ」
「四人かよっ!? 櫛夜先輩ッ!」
千晶の返答に弥々が何故か櫛夜を呼ぶ。
「ど、どうした?」
「こ、この子……幸魂高校に来て一週間経ってるのに同じクラスの女子の名前を四人しか把握してないんだよーう」
「はぁ、あ、いや、おぅ」
櫛夜は本気で困惑しているからか、もしくは弥々の話を碌に聞いていないのか、先ほどと全く同じ受け答えをしている。
なんだか奇妙なやりとりを聞いて、千晶は疑問を口にする。
ちなみに、この時点でいつの間にか険悪なやりとり自体はなくなっているから驚きである。
「なんで一々この男の先輩に話を振るんだよ」
「彼氏だからです」
弥々がしれっと答えて、千晶は櫛夜に同情の念と畏怖の念を同時に抱く。
こんなのに振り回されているんですね、と。
こんなのと付き合ってるんですか、の二種類の思考が呻く。
ここにきてようやく落ち着いたと判断したのか、ほとんど黙っていた奏音がまとめとばかりに口を開いた。
実務的な内容だ。
「とにかく、みもりちゃんのことはこちらでも考えていることが色々あるし、秋山くんも考えていることがあると思う。私たちが織上詩織さんのことを忘れている以上は、まずは文化祭成功に向けて動かないと」
生徒会長としての立場と、一先輩として、愛すべき後輩の力になりたいという気持ちはどちらも大きい。
一高校生にとっては許容容量を超えてしまっているくらいに。
しかし、奏音はそのどちらだって、諦めるつもりは毛頭ない。
後輩という一生徒のために、自分の手の届く範囲の誰かのために動けない人間が学校全体をなんて動かせやしない。
「じゃあ弥々ちゃんと秋山くんはみもりのことを話し合いながら仕事をして。秋山くんについては櫛咲くんが資料の整理を割り振って。優芽は予定通り。友莉も予定通り、これから私と一緒に祭林さんのところに行きましょう」
アクの強い生徒会をまとめるのは、より個性の光る人間か、もしくは奏音のように誰からも信頼される常識人なのだろう。
千晶はそのまま、弥々と時折意味のない口論を繰り広げつつ、みもりの穴を埋めるべく、生徒会の仕事に一日参加したのだった。