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運命を操るのは  作者: 安藤真司
本編 運命を操るのは
13/41

実在するの?

 みもりが目を覚ましたのは、どこか見覚えのあるベッドの上だった。きちんと首元まで掛けられた布団が妙に暖かい。

 くらくらとする感覚がどうにかなるまでみもりは大人しくしておく。

 少し安静にしていて、ここがどうやら学校の保健室であることに気づく。

 それで、どうして、自分は、ここに。

「あ、みもり! よかったぁ、目、覚めたんだ?」

 思考を遮るようにすぐ横から声をかけられた。

 寝たまま顔をそちらに向けると安堵した表情の弥々がパイプ椅子からちょうど立ち上がるところであった。そのままみもりの方へ椅子ごと近寄ってくる。

 視界の端に壁に掛けられた時計が映る。午前十時過ぎくらいを指し示している。

「登校中に急に倒れて、ここまで運ばれて来たんだよみもり。もー心配したよー」

 言いながら弥々はみもりに抱きついた。

 案外その力が強く、みもりはどきりとしてしまう。

「だから言ったじゃない、たぶんただの疲労だって。結局綾文さん授業サボってるし」

「授業なんかよりみもりの方が大事ですッ! 親友をほっぽりだして授業とか意味不明です」

「心配はいいけどさ。森崎も目、覚ましたし次の授業からはちゃんと出なよ綾文?」

「はーい」

「んじゃ私はちょっと森崎の担任、ええと、大石先生かな。大石先生のとこ行ってくるから綾文、その間森崎のことお願いね」

「はいはいッ」

 保健室の先生と弥々が簡単にやり取りをする。

 授業を休んでまで、弥々は側にいてくれたみたいだ。

 みもりはそのことを嬉しく思いつつ、先ほどの弥々の言葉を反芻する。

(登校、中に、倒れた……登校中って、確か……!!)


 そして、自分の最後の記憶を思い出す。


「ね、ねぇっ!? し、詩織、詩織!? 詩織が、詩織がぁっ!?」

 突然起き上がって叫びだしたみもりに、弥々は驚きを隠さない。

「弥々、詩織、詩織は!? 詩織は、どこ!? 私、私、目の前でっ、詩織がっ!?」

「お、落ち着いてみもり!! ちょっと、あばれっ、ないでっ!!」

 落ち着けと言われて落ち着くはずがない。

 目の前で詩織がバスに撥ねられた。

 そうだ。

 撥ねられた。

 ぐしゃと。

 嫌な音が聞こえた。

 飛び散った血が、自分の顔にもかかった。

 嫌な熱さだった。

「ねぇ、詩織は、詩織はどうなったの!? 詩織はどこっ!?」

 実はわかっている。

 あんな風に人間が原型を失ってしまうところを、みもりは初めて見た。

 きっと、きっと。

「詩織は! 詩織は……詩織は、死んじゃった、の?」

 自然と涙が零れる。

 嗚咽が止まらない。

 息も上手く吸えない。

 勇気を出して発したみもりの、その言葉は。

 ほとんど自分自身の心に整理をつけるためだった。


 だが。

 そんなみもりの目論みは、脆くも崩れ去る。

「大丈夫、大丈夫だから落ち着いてみもり。大丈夫、大丈夫だよ」

 みもりを強く抱きしめた弥々が。

「……ねぇ、みもり、聞いても、いい?」

 震えるみもりの耳元で、囁くのだ。


「その……『しおり』さん、って……みもりの、大切な人?」


 みもりは弥々を乱暴に突き放す。

 弥々の顔を、目を、じっと見つめる。

 悲しい気持ちが、一気に怒りに変わっていくのをみもりは感じて尋ねる。

「ふ、ざけてる、の?」

「みもり……?」

「私のこと気遣ってるの? それとも落ち着かせるために冗談でも言ってるの? ならやめて。私の親友をそんな風に馬鹿に、しないで」

「待って待ってよみもり。ほんとに、落ち着いてってば。わかんないよ」

「わからない!? っ、詩織を馬鹿にするな!! 本当のこと言ってよ!! 私、目の前で見たんだから、詩織が、バスに轢かれて、それで、それで……」

「みもり、ごめん」

 激昂するみもりに対して、弥々は一言そう呟いて、思い切りみもりの頬を叩いた。

 一切の遠慮のない、本気の平手。

 痛い、とかそういった感覚がやってくる前に襲ってきた撃力によってみもりの半身はベッドへ押し戻される。

「なに、するの……!」

 痛む頬に手を添えながら、みもりは怒り、以上の感情を込めて弥々を睨む。

 対して弥々は、無表情のまま、淡々と語る。


「話を聞いて。じゃあ正直に言うけど、私はその『しおり』って人を知らない」


「なに、言って」

「話聞けって。黙れ」

 感情も、起伏もない弥々の声。

 初めて見る弥々の雰囲気。

 初めてのことだらけで、みもりの頭はもう機能してくれていない。

 思わずフリーズしてしまい、その間に弥々はきちんと言いたいことをまとめた。

「私はその人を知らない。みもりから聞いたこともない。だけど、あんまりみもりを刺激したくなかったから少し言葉を選んだ。正直な質問をする。『しおり』って誰? みもりの目の前でバスに轢かれた? それはいつの話? 昔そういうことがあったの? それともまだ寝ぼけてるの? ならいいんだけど。私もその人知ってるの? 私その人にどこかで会ったことがあるの?」

 弥々はあくまで落ち着いて言葉を繋げた。

 だから、みもりは混乱しながらも、弥々が嘘を吐いていないことは、わかった。

 わかったが、理解が出来ない。

「ふざ、けて、ない?」

「信じてくれない? しおりさんのことは知らないけど、私、みもりのこと親友だと思ってたんだけどな。そか、とても残念」

「あ、ちが……」

「いいよ別に。みもりと私は、ただの一年も一緒にいない赤の他人だもんね」

 弥々はここで、初めて悲しそうな表情を浮かべた。

 仮面が壊れたかのように。

 あぁ、そうだった。

 みもりは思い出す。

 弥々といえば、考えていることがそのまま表情や行動に現れる、裏表のない子だ。

 だからこそ、今の無表情の間は、きっと。

 みもりのために無理矢理作ったはずで。

 そのことを考えて、ようやくみもりは冷静になる。

 大事な親友がおかしいと感じたときに、綾文弥々は。

 嘘を吐かない。

 冗談を言わない。

 そう、弥々のことなら、信じれる。

「私! 弥々のこと親友だと思ってる! 大好きな親友で、いつも私のこと心から案じてくれて、いつも言いづらいことを、ちゃんと言ってくれる、大事な、大事な私の親友なの……」

 みもりも、素直に、まずは目の前の弥々を、信じてみる。

 弥々が、ようやく笑ってくれた。

「良かった。嫌われたかと思って、涙出てきちゃった。良かった。良かったぁ」

 弥々は涙声でそう言うと、自分が叩いたみもりの頬に触れた。

 じんじんと赤く、少し腫れている。

「ごめん。痛かったね」

「いいの。私、叩かれるようなことを、言ったから」

「うん。そうだね。叩かれるようなこと言った。ね、みもり、話して、その、しおりさんのこと」

「……え、と」

 弥々に対する怒りや不信感は消えた。

 が、状況が飲み込めたわけではない。

 みもりは少しだけ悩み、なるべく平静を装って尋ねる。

「詩織のこと、本当に知らない?」

「えと、まぁ小学生の頃の同級生に一人いたような気もするけど……今身の回りにはいないかな」

「私の口から話したこともない?」

「うん、知らない」

「……今、生徒会の一年生って」

「私と、みもり」

 そのどれにも、弥々が嘘を吐いているようには見えない。

 見えないからこそ、一体何が起きているのかが分からない。

 みもりはベッドから起き上がり、足をベッドの横に下ろした。

 自分の服装はちゃんと制服のままであることを確認する。

「少し、整理をしたいのだけど、一緒に来てくれる?」

「わかった」

 みもりは側の椅子に置いてあった自分の鞄を掴んで、外へ出る準備をする。

「まず一年三組をこの目で見たい」

「一年三組? 授業中だけど」

「一瞬でいいから」


 みもりと弥々は保健室を出ると、すぐに一年三組の教室へ向かった。

 静寂に包まれた教室のドアがいきなり開けられ、教師を含め全員の目がそちらを向く。

 みもりはその顔を見渡して、すぐに確認を終える。

 いない。

 織上詩織が、いない。

「家、は」

 みもりはひとりごちて勝手に次の場所へ移動し始める。

「え、あ!? し、失礼しました!」

 弥々がフォローをいれて、ドアを閉める。

 廊下を早足でぐんぐん進むみもりの隣に追いつくと、弥々呆れた風に話しかける。

「っていうか家って言った? じゃ学校出るんだよね? あーもー元に戻ったと思ったらこれだもんなーみもりは」

「私、ちょっと、うん」

「いいよ、付き合う。私、バッグだけちょっと取ってくるね」

「……うん、ありがと弥々」

 弥々は走って、来た道を戻る。みもりは止まらず進み、後ろでざわめく誰かの声を聞いた。

 一年三組に、織上詩織はいなかった。

 ただそれだけが、繰り返し繰り返し脳を支配していた。


 二人して学校を出たみもりと弥々。

 みもりが呟いた通り、家へ向かっているようだ。電車に乗り、みもりが降りたのは弥々も訪れたことが数度ある、みもりの家の最寄り駅だった。

 そのまま無言で歩くこと十数分。

 やはり目の前にはみもりの住まう、マンション。

 比較的新しく、建物も綺麗なものだ。

 入り口には防犯のためロックされたドアが配置されている。鍵を持つ住人以外はここで部屋の番号を直接コールして、建物の中にいる者にドアのロックを解除してもらわなければ入ることができない。

 みもりがそのドアを開け、二人は中へ進む。

「ここ、みもりの家だよね?」

「私の家で、詩織の家」

「ふ、ん?」

 それ以上追求することなく、弥々は黙ってみもりの後ろを付いていく。

 そして辿り着いたのは。

 弥々の記憶では確かに、森崎家とは別の戸口だった。

 表札には『織上』と書かれている。

 織上。

「ここが、しおりさんの、家?」

「の、はず」

 みもりはその呼び鈴を鳴らそうとして、何かを思い出したかのように携帯を取り出した。

「弥々も、その、一応電話帳に詩織、織上詩織がいないか見てもらえる?」

「へ? あ、うん、まぁ、うん。SNSの友達アカウントとかも見てみるね」

「お願い」

 みもりは自分のスマートフォンを操る。

 電話帳に『詩織』は、ない。

 次にあ行を確認すると、『おばさま』という登録がある。

 そこには織上家の固定電話と、詩織の母の携帯の番号が登録されていた。

「どうして……」

 続いて携帯に保存している画像も見てみるが、やはりそこに詩織が映っているものは一つもない。みもりはあまり積極的ではないが、SNSの方も芳しくない。

「えっと、私の方も、ない、けど」

 弥々が恐る恐る伝える言葉も、耳をすり抜けていく。

 みもりは意を決し、織上家の呼び鈴を鳴らす。

 カメラでみもりの顔を確認したのか、よく聞く詩織の母の声が「あら、みもりちゃん? ちょっと待ってて」とインターフォンから鳴り響く。

 ドアを開けられたそこには何一つ変わらぬ、よくお惣菜を分けてくれる、みもりにとっては第二の母とも言うべき存在が立っていた。

「あら、どうしたの? 学校は? そちらは……」

 そういえば森崎家か綾文家に集まることはあっても、織上家に集まることはなかったか。

 詩織の部屋は、あまり三人集まって遊んだり勉強したりするのに向いていなかったためだ。つまり綺麗ではなかった。

 詩織の母と弥々はそうなると、初対面になるのだろうか。

 本当だろうか。

「こちら、弥々です」

「あぁ、弥々ちゃん! みもりちゃんがよく話してくれる、生徒会の子ね? こんにちは」

「あ、は、はい。綾文弥々です。こんにちは、です」

 みもりの検証したいこと、がなんなのか分からないので弥々は大人しめに挨拶を済ませた。

 すぐにみもりは本題に入る。

「すみません。少しお聞きしたいことがあって」

「え、えぇ、いいけど」

「むす、いえ、詩織は……いえそうでもなくて、詩織って子を、知って、いますか?」

 あなたの、娘です。

 知らない、わけがない。

 ここに、つい昨日まで、いや。

 今日の朝までいた女の子です。

 そんなみもりの思いはしかし、当然の如く打ち砕かれる。

「詩織……? うーん、ごめんなさい、ちょっと聞き覚えないわねぇ」

「そう……ですか。いえ、ありがとうございました。あの、きんぴら、美味しかったです」

「あらそう? なんか相談あったら話聞くからね?」

「はい、ありがとうございます」

 みもりは頭を下げて、また駆け出した。

「ちょっとみもり?」

 なんとなくそうするのではないか、と予想してた弥々はなんとか振り切られずに付いていく。

 今度はどうやらみもりは自分の家に向かっているらしい。

(織上、しおりさん、とやらの情報を集めてるん、だよね? さっき娘って言いかけてたし)

 と、弥々はみもりの行動を正しく推測しているが。

 しかし、その意味が分からない。

(私にまずぶち切れて、今度は一年三組に寄って、携帯を見て、織上さんの自宅に行って……しおりさんって何者?)

 どうやらのっぴきならない事態が発生しているらしいということは分かるが。

 どうしてみもりがこうなってしまっているのかが分からない。

 弥々は考えながら、みもりは無心で、十数秒。すぐに二人は森崎家に着く。

「お、じゃましまーす」

 鍵を開けると一目散にどこかへ向かったみもりに対して、一応礼儀として挨拶をしながらそっと入る弥々。

 しかし家の中には誰もいないようだった。

 それがいいことなのかどうか、現状判断がつかない。

 弥々は数度来たことのある森崎家をじっくり眺めて、特段自分が気付くような変化がないことを確認して、みもりがいるであろう、がさごそ音がする部屋へ足を運んだ。

「ええと、確かこの辺に……あった!」

 みもりは声が漏れていることも気にせずに親の寝室にもなっている和室にある大きな収納スペースからダンボール箱を引っ張り出した。中には沢山のアルバムが入っていた。

 それを無差別に手にして、みもりはその少女の存在を求める。

 だが。

 それでも。

「いな……い……?」

 いない。

 いない。

 どこにも、いない。

「みもり……?」

 弥々の心配する声。

 それを皮切りに、どうにかぎりぎりの所で保たれていたみもりの精神が、ぼきりと折れた。

 自分の中に押しやっていた感情の奔流がみもりを蝕む。

「いない、いないの、いないっ、詩織がっ、どこにもっ!! 詩織がいないのっ、弥々ぁ!! 詩織、詩織ぃ、どこ、どこ行っちゃったの!? 詩織が、詩織、詩織が、私、詩織が、ああっ、なんで、なんでよぉっ!?」

 みもりはそのまま崩れ落ちて、泣き喚いた。

 どうして。

 いない。

 どこにも、いない。

 詩織が、織上詩織が。

 今朝まで一緒にいて。

 これまでの人生だって、ずっと一緒にいて。

 今朝、バスに撥ねられたかと思えば。

 いなくなってしまった。

 記憶からも。

 記録からも。

 存在そのものがなくなってしまったかのように。

 元から、そんな人物なんていなかったかのように。

 そんな、そんなことって。

「あああ、しっ、詩織ぃいい……!! あ、会いたいよぉ、詩織ぃ……!!」

 弥々はすぐにみもりを正面から受け止めて、その背中をさすってやる。

 弥々に比べて背の高いみもりの背中は、とても小さかった。

 事情は今のところ、まったく分からない。

 果たして織上しおりさん、という存在がなんなのか、理解はできなかった。

 けれど。

 目の前で壊れそうな親友を見て、事情なんてものを考えるようなことを、弥々はしない。

 ただ、黙って。

 受け入れる。

 受け止める。

 内から外へ溢れ出てくる悲しみを、少しでも分かち合うように。

 みもりが泣き止むまで、ずっと、ずっと。

 弥々は何も言わずに、みもりを抱きしめた。



 それからどれだけの時間が経ったか、みもりにはよくわからない。

 でも、優しく弥々が受け止めてくれたこともあり、泣き止んだみもりは少しだけ気持ちが落ち着くのを感じた。

 依然、混乱の最中ではあるが。

 弥々がコーヒーを用意してくれたので、みもりはそれを口にする。

 熱い。

 苦い。ブラックだから当然か。

 だが、不思議と安心する。

「そ、の、弥々……ありがとう」

「いいよ。んー、ちょっとまだ色々とわかんない部分はあるけど、大体の状況は、そうだね。なんとなく理解できた、かな」

 軽く言ってみせたが、みもりからはまだ何も話していない。

 弥々はみもりを落ち着かせるように笑顔を絶やさずに続ける。

「織上、しおり、さん。えと、しおりってどういう字書くのかな」

(うた)を織るで詩織」

「いい名前だね。その、詩織さんは、さっきの織上さんの、娘さんで、たぶん一年三組で、たぶんたぶん、私のよく知る、違うかな。私の、私とみもりの、親友? とか、そんな人、なのかな」

「え……もしかして思い出して」

「ごめん、思い出してたりはしない。ただの推測」

「そ、う」

 みもりは露骨に肩を落とす。

「みもりの行動を見てれば、まぁ、なんとなくね。みもりが本気で怒るとこ、初めて見たくらいだし」

「う……その、私も、弥々が本気で怒るとこ、初めて、だった……」

「うん、仲直りできてよかった。それで、さっきの推測はどう、あってる?」

 間違っていない。

 詩織はあの家に住んでいたはずだし。

 詩織は一年三組に在籍していたはずだし。

 詩織はみもりにとっても弥々にとっても親友のはずだし。

 詩織は生徒会役員で庶務を務めているはずだし。

 詩織はみもりと弥々の携帯に、彼女のアドレスや画像やSNSのアカウントがあるはずだし。

 詩織は森崎家のアルバムに何百枚も写真が残っているはずだし。

 弥々が、おばさまが、忘れているはずが、ない。

 なのに、いない。

「うん。生徒会役員で、庶務をしてて、私と弥々の親友。私にとっては、生まれてからずっと一緒の、そんな大切な人」

「でも、そんな大切な人のことを、私は忘れてる?」

 弥々は首を傾げる。

 自分で自分に疑問を投げかけて、自答する。

「ありえないね」

「ありえないと思って、さっき私は怒った」

「そうだね。そうだったね。ふむ」

 ついでに、と。

 弥々はもう一つ、確認の意味も込めて、疑問を口にしてみる。

「私が忘れているどころか、いるはずの教室にいない、いるはずの家にいない、あるはずの登録がない、あるはずの写真がない。けれど、みもりの記憶にはちゃんと存在している、と」

 その通り。

 きっと記憶があるみもりに比べて、現状を把握するのは難しいだろうに、きちんとみもりのために真剣に考えている。

 こうした事態に慣れているからなのか、それとも地頭がいいからなのか、弥々の頭の回転は早い。

 だから、みもりを疑うつもりだとかそういったことはなく、単に。

「それさ、言いにくいんだけど」

 一つの可能性として、自分が辿り着いた結論を、みもりのためを思うからこそ、はっきりと。

 言ってしまう。


「織上詩織って人、実在するの?」


 現状揃えられる証拠を並べた結果から言えば。

 みもりには、自分の記憶以外に証明できるものが何一つなく。

 それはつまり。

 織上詩織が自分の妄想であると。

 否定できない、ということと、同義であった。

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