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運命を操るのは  作者: 安藤真司
本編 運命を操るのは
10/41

ケーキ屋さん

 幸魂(さきみたま)高校では毎週土曜日、午前のみ授業を行うことにしている。午前授業四時間を終えると、そこからは部活動や委員会、もしくはどこぞやへと遊びに出かけたりと午後の時間の過ごし方は多様である。

 生徒会及び文化祭実行委員会としては、今日は文化祭準備する上で非常に重要な一日だ。

 ちょうど文化祭まで一週間、生徒だけでなく教師陣も来たる文化祭に照準を定めている。

 文化祭前だからと言って特に部活動が休止する制度などはないのだが、例年あまりにも生徒達が文化祭準備を理由に部活動を休むため、文化祭前になると事実上休止期間に入る所は少なくない。

 例えば生徒会二年、広報の友莉は現行の生徒会役員の中では唯一部活動にも所属しており、生徒会の傍ら、陸上部で汗水垂らしてコンマ一秒でもタイムが縮むように鍛錬や技術習得に励んでいる。しかしその陸上部も、この文化祭前は誰も集まらず、各自定められたノルマを必ずこなすことは課せられているが、部活動として足並み揃えて練習はしていない。

 どこもかしこも文化祭ムードに包まれて、年に一度しか見れない学校の姿に誰もが心を躍らせていた。

 


 さて、みもりは今日も今日とてクラスと生徒会を行き来していた。

 さすがに一週間前の土曜日。どちらも土曜日に進めたい事柄はたくさんあり、みもりとしても自分が二人いればいいのに、と思わずにはいられない。

 その忙しさは、普段生徒会と陸上部の両方に所属する友莉をして、

「みもりちゃんはマゾなんだね!」

 と言ってのけた。

 当然みもりはマゾヒストではない。サディストでもないが。

 ともかく、ああ忙しい忙しいと言いながらみもりはてんやわんやしていた。

 生徒会の方ではこの日、文化祭実行委員と共にオープニングセレモニーと後夜祭の流れ確認を、実際にこれらイベントを行う体育館で行っていた。

 文化祭実行委員長の茉莉が舞台に立ち、挨拶をする。

 盛り上げ役のダンスグループが入りのタイミングと音響の確認を済ます。

 文化祭実行委員による小芝居も簡単に流し、証明の具合も調整する。

 リハーサルに関してはおおよそ問題も起こらずに終えることができた。

 強いて挙げれば、開会や閉会の言葉を担当する茉莉の暴走を誰にも止められない、ということくらいで――主にその被害を受けたのは生徒会及び文化祭実行委員の一年生だ――どうにか時間通りに終わるであろう目途がついた。

「はいお疲れ様です。これで今日の簡易リハーサルは終わるのでクラス企画ある人は戻って大丈夫です。また次の水曜に通しのリハーサルをやりますので、その時はよろしくお願いします」

 奏音が締めて、一同は解散する。

 ぞろぞろと人が体育館から出て行く様子を見ながら、詩織はみもりに話しかける。

「思ったより早く終わったね。意外と大きな問題もなかったし。みもりはこの後どうする?」

「うーん、この後反省会をしても時間はありそうですわね。そうしたらクラスの方に顔を見せようかしら」

「そうだねー。私もどうしようかなー」

「クラス?」

「うん、メイド服着てこけないように接客する練習」

「……確かに大事ですわね」

「だよね。あの服、舐めてたらこける」

 昨日みもりも衣装合わせで着たドレスが意外と歩きづらかったので、詩織の言いたいことはよくわかる。

 慣れない服というのはそれだけで、案外身のこなし方がわからなくなるものだ。

「弥々はどう? お化け屋敷だよね?」

 詩織が弥々にも話を振ると、弥々は何故か猫の手を作ってにゃーんと答える。

「私は準備万端だにゃーん」

 仕草は可愛いのだが。

 思わず携帯のカメラでその仕草を収めてしまいたくなる。

 というか詩織は何時の間にか構えた携帯で弥々の撮影を終わらせていた。

「はやっ!?」

「ふふ、私はいつ如何なる時も弥々のシャッターチャンスを逃さない。そのためだけに生きてるんだから」

「随分と限定された生き方ですわね……」

「ちょっとちょっと、突っ込みを入れて欲しいよッ!」

 弥々が突っ込んで、ようやくみもりが直前の弥々の仕草を思い出す。

「えと、またなんで、猫?」

 弥々が再び猫のポーズを取る。

 詩織は勿論、今度はすかさずみもりも携帯をカシャカシャ鳴らしながら、質問を重ねる。

「やっぱりわかんない。可愛い」

「うん、なにしてるの弥々? 可愛い」

「質問するか褒めるかどっちかにして二人とも」

「「可愛い」」

「いや聞けよ。なんで猫のポーズってもっかい聞けよ」

「「なんで猫のポーズなの?」」

「いい加減泣くぞおい」

 弥々の口調が完全に崩れている。が、実はよくあることだ。

 一体何に影響を受けたのか、あるいは素がこうなのかは不明だが、シスコンを自称する弥々は姉の綾に近づこうとする男を半ば脅すような形で退治することが多く、その際の口調は大体こんなものらしい。

 みもりも詩織も実際に弥々が誰かを脅すような場面に遭遇していないのでなんとも言えないのだが。

 まぁ恋人である櫛夜に対してたまにこの口調になること、普段人と話すときには決してこんな風にはならないことから、意外と仲の良さを彼女なりに表現しているのかもしれない。素の自分を見せれる仲、だと思ってくれているなら嬉しいが。

「私、化け猫なの。人を誑かしちゃうお化けなのさ」

「あれ、確か綾文先輩は、弥々が悪魔やるとかって言ってた気がしますけど」

 それで、一体誰を誑かすのだ、と憤っていたはずだ。

「や、よく考えたら悪魔ってお化けじゃないよねって変更に」

 なるほど。確かにそうかもしれない。

 宗教的にも文化的にも、悪魔と幽霊の類は別に考えた方がよさそうではある。

「それなら納得ですわ。なんにせよ絶対に行きます」

「なるほどね。そういうことか。暗闇でも撮れるカメラ携えてく」

「からかうな詩織ーッ!!」

 いい加減ぷんすかと怒った弥々が二人に飛びつく。

 きゃーっ、と露骨に嬉しそうな顔をしてみもりと詩織はそれを受け止めて、三人仲良く体を押し付けあう。

「……みんな、反省会、するよ?」

「「「はっ、はい!?」」」

 自分達の世界に入っていた三人は、二年で書記の優芽の言葉で我に返り、慌てて先輩の輪に向かった。



 生徒会とクラスと、どうにか激闘の時間を終えたみもりはうんと伸びをして、帰路につく。

 忙しいながらも、下校時間を厳守するのはさすが幸魂高校の生徒である。

 今日は自然、千晶と口論することもなく、練習を進めることができた。そのことが少しだけ嬉しくもあり、何が嬉しいのだろうと疑問に感じる自分もあり。

 みもりは小走りで駅へ急ぐ。

 今日は詩織も弥々も一緒ではない。

 少し用事があるため、みもりは一人先に帰っている。

 と、いうか実は一人である必要は全くなかったのだが。


 今日は理紗の誕生日なのだ。


 当然プレゼントは既に用意している。可愛い妹の十歳の誕生日、ついに二桁になるのか、という驚きと喜びを、きっと親ほどではなかろうが、みもりなりに感じて、家族みんなで祝うのを楽しみにしている。

 母親が腕を奮ってご馳走を用意しているそうなのですぐにでも帰りたいところなのだが、誕生日当日ならではの一大イベントが理紗を待っている。

 それは理紗の発言で端的に説明がつく。


「ね、姉さま、私、叶うならたくさんケーキが食べたいですっ!」


 そう言われて、みもりが何もしないはずがなく。

 誕生日である今日、帰宅してから一緒にケーキ屋に寄る約束をしている。

 ケーキは予約しようかと提案したのだが、理紗がせっかくなのでその場で選びたいと願ったため、理紗の気持ちを尊重した。

 また、みもりの帰りを待っていると遅くなるとも言ったのだが、これについては強く、

「私は姉さまにも一緒に祝って欲しいです!」

 と、言われてしまった。

 まったくよく出来た妹である。

 ともかく、そんなわけでみもりは気持ち急いで家に向かっていた。

 詩織は詩織で理紗のことを自分の妹のように思っているくらい可愛がっており、やはり当たり前にプレゼントを用意していた。そのためみもりは詩織も一緒にケーキ屋へ赴くものだとばかり思っていたのだ。なんなら弥々も同伴するのではないか、とまで考えていた節がある。

 やんわりと断られたので、恐らくは変に気遣いせずに姉妹水入らず、二人で行って来い、という詩織と弥々のメッセージなのだろう。

 今更二人を相手に気遣うことも大してないんだけどな、と思いつつも、二人の優しさ自体は有難く受け取り、みもりは一人家へと急ぐ。



 みもりが玄関に駆け込むと、既に準備が万端になった理紗がみもりを出迎えた。

「お帰りなさい、姉さま」

「お待たせ、すぐに着替えてきますわ」

 手短に答えて、みもりは姉妹共同の子ども部屋でせかせかと着替えてしまう。

 さすがに駅から小走りで来たため、汗でYシャツが身体に吸い付いて気持ち悪い。

 欲を言えばシャワーを浴びたいくらいなのだが、ただでさえ理紗を待たせてしまっているので制汗シートでどうにかしてしまう。

 箪笥から白の半袖シャツと、黒のサスペンダー付きキュロットを取り出してすぐに着替える。鏡を見ながらサスペンダーの位置を調整する。足を隠すやや長めの丈が秋の雰囲気を醸し出している。

 三つ編みを解いて、量のある髪を単にシュシュで一つにまとめる。未だ汗ばむ首元が少しだけ涼しく感じる。

 あまり雑な格好で外にでるわけにもいかないが、とびきりのおしゃれも必要ないので、さらりと変なところがないかを確認だけして理紗の待つ玄関へと戻る。

「ふぅ、行きましょうか理紗」

「はい、姉さま!」

 元気良く返事が返ってくる。楽しみで仕方がない、といった表情の理紗を見ると、心が和らいでくるのがよくわかるものだ。


 二人仲良く手を繋いで、歩くこと二十分と少し。

 既に暗くなってしまっている道を、人工的な光が照らし出している。

 自然の光、太陽であったり夜に輝く星であったり、そういったものはやはり温かさを感じて好きなみもりだが、実は蛍光灯などの人工物も嫌いではない。

 きっと昔は誰もが暗い夜闇に不安を抱き、夜という時間に光を求めたのだ。

 そんな人々の想いがあったのだろうと思うと、世界は不思議と感動に溢れている。

「今日は何が欲しいんですの?」

「うーん。モンブランとチーズケーキと、あとはあのお店、最近新しいケーキを幾つか出していて」

「もう、予習済みなんですわね?」

「えへへ、先走ってしまいました」

 話しながら、ようやく目的のケーキ屋に到着した。

 可愛らしい、赤とピンクの看板が何もない路地に華を添えている。

 店の名前は『ピース・メイカー』。

 幸せを作っているらしい。

 ケーキ屋事情に詳しくないみもりなどは、ケーキ屋さんてフランス語の名前をつけたりしないのかしら、と変なことを考えてしまったりする。

 小さな店ではあるが、地域住民にはそれなりに人気がある。頻繁に新作コーナーが入れ替わることでも地域では有名で、ここのパティシエは意欲作から怪作まで日々研究に余念がないらしい。

「到着しました」

「ですね」

 一言理紗が言って、店に入る。

 高揚を抑えきれずに、気持ち駆け足で理紗はすぐにショーケースの物色を始める。

 するといかにも、という白の制服に身を包んだ男性店員が元気良く挨拶をしてきた――


「いらっしゃいま……!?」


 ――のだが何故かその途中で言葉を切った。

 初めは爽やかに始まった挨拶が急に途切れたことに、妙な違和感を覚えてみもりはちらりと店員に目を向ける。

 やはり風貌はそのままパティシエのそれだ。

 清潔感のある白のシャツに、赤のスカーフと帽子が添えられている。

 だが、そんなことが気になったわけではない。

 問題は、問題なのは。

 目の前にいる人物、つまり、店員が、だ。


 どう見ても秋山千晶であることだ。


「……?」

 ぴょんぴょんと跳ねながらケーキを前に悩み続ける理紗の独り言だけが店内に響く。

 みもりは一瞬真っ白になった頭をどうにか回転させることに成功し、ようやく言葉を紡ぐ。

「え、ええと、何、してるんですの? あー、いえ、バイト、ですよね」

「バイト、だな」

 千晶も歯切れが悪い。

 少し顔が赤いのは、先ほど爽やかな笑顔をみもりに向けたことを今更恥じているのだろうか。

「お前こそ、なんで、っていや、家この辺だからに決まってるか……」

「まぁ、そうですわね。すぐ近くではないですけど、歩いて来れるくらいの場所で……。ええと、あ、そうだ、こちら、妹なの。理紗」

 どうにか会話を続けようと、みもりは隣の理紗を手で示す。

 うん、とみもりの言葉に反応して、理紗が姿勢を正して挨拶をする。

「はじめまして、森崎理紗です。ええと、この店員さんは」

「私のクラスメイト、秋山くんですわ」

「あー、おぅ……秋山千晶って言うんだ。よろしく。今日はなに買いに来たんだ?」

 少し悩んだような顔を浮かべた千晶だったが、まるで普通のケーキ屋の店員のように優しい笑顔と口調で理紗に話しかけた。

 みもりがその姿に唖然としているのも無視して、子どもを怖がらせないような配慮すら感じさせる態度で理紗に接する。

「実は今日、私の誕生日なんです」

「そうか、めでたいな。何歳になったんだ?」

「ようやく十歳です」

「おお、ついに二桁か。んー、ってことは、小五か?」

「あはは、お兄さん小四ですよ」

「そかそか、悪いな計算苦手でよ」

「いえ。でも、姉さま、あんまり男性の友達って珍しいから驚きました」

「まぁ、友達っつーか、ついこの間転校してきたばっかでな。たまたま席が隣になったんだ。ん、つーか普段から姉さまって呼んでるのか?」

「はい、姉さまは姉さまです。とっても優しくて可愛くて、自慢の姉さまなんです!」

「へえ、今日も誕生日のケーキ、一緒に買いに来たんだろ? いい姉ちゃんだな」

「はい! 一緒においしいケーキたくさん食べるんです!」

「おう。ここのはどれも美味しいから、目いっぱい悩んでくれ」

「そ、そうなんですよー、決まりきらなくて……えへへ」


(誰ですのあれ。え、なんで理紗とあんな打ち解けてるんですの。なんであんな優しい顔してるんですの。なんなんですのなんなんですのなんなんですの)

 目の前の俄かには信じがたい光景にみもりは立ち尽くすことしかできない。

 なにより。

「普通に喋れるんじゃないですのーっ!?」

「ね、姉さま、どうしましたか」

「あぁなんだようっせぇな近所迷惑だぞ森崎」

「それ! それですわ! つい二秒前までの優しい好青年はどこへ行ったんですの!?」

 ちなみに店内にはみもりと理紗の他に客はいない。

 それがせめてもの救いだろうか、みもりの大声も千晶と理紗以外には聞かれていない。

「つーか、どういうことだよ森崎」

「ひゃっ!?」

 千晶がこの一週間みもりが見たことのない笑顔をしていたことに対して憤っていたみもりだったが、急に千晶が顔を近づけてきたので少し身をぴくりと震わせてしまう。

 しかしそんなみもりの反応を意に介さず、千晶はみもりの耳元で、理紗に聞こえないくらいの小さな声でみもりに尋ねてきた。

「え、と、どういうことって、何が?」

「だから、誕生日なんだろ? 今日誕生日ケーキの予約なんて入ってねーぞ。さっきの口ぶりからして、ホールケーキじゃなくて幾つか種類買うみたいだが」

「えと、沢山味を楽しみたいって言うから……誕生日ケーキって、こう、ホール丸ごとなんじゃないですの?」

「ったく、じゃあちょっと待ってろ三分でいい」

「え、は、はい」

 よくわからないが千晶に待てと言われたので大人しく従うことにする。どうせあと三分くらいは理紗も迷っていることだろう。

 千晶はちらりと理紗を一瞥してから、店の奥へ入っていく。何かを取りにいってくれているのだろうか。

「姉さま、姉さま」

「うん、どうしたの理紗?」

「あの格好いい人とお知り合いだなんて驚きました」

「格好、いい?」

 妹が日本語の使い方を忘れてしまったのかもしれない。

 と、みもりが嘆く暇もなく。

「背も高いですし、顔も爽やかだったじゃないですか! それに姉さまも仲良さそうでした」

「仲良く、いえ、悪くはないと思いますけれど」

 少なくとも、互いに素直にお礼を言えるくらいには、仲良くなったのかもしれない。

 みもりから、知りたいと思えるくらいには仲良くなったのかもしれない。

 だが、それとこれとは別だ。

「理紗、悪いことは言いません。あんな口の悪い男の人、好きになっては駄目よ。人は見た目じゃないですわ」

 この言い方だと、まるで見た目が精悍であることは認めているように聞こえないだろうか。などと言ってからみもりはどうでもいいことを不安に思う。

「好きとは言ってないです姉さま」

「ならいいです」

「ふふっ」

 突然理紗が笑い出した。可笑しくて仕方がない、という風に。

 そうして笑っている様自体は可愛くて堪らないが、理由がどうやら自分にあるらしいことを考えると若干居心地が悪い。

「どう、したの?」

「姉さま、可愛いです」

「……? 理紗のほうが可愛いですわよ?」

「そうじゃないです。でも、姉さまもそういう顔をするんですね」

「そういうって、どういう?」

「内緒ですっ」

 妙にはぐらかされてしまい、それ以上聞けなくなってしまう。

 楽しそうな理紗を見て、少しだけみもりは膨れる。

 十歳になった理紗は、少しだけ大人になってきたようだ。

 こうして、妹が成長する姿を見るたびに、嬉しさと等分の寂しさを覚えていくのだろう。

「よっと、おう、ケーキ決まったかちびっ子」

「ちびっ子じゃなくて理紗です秋山さん。これ、これ、そしてこれにこれにこれ! ください!」

「お、五つか、贅沢にいったな理紗」

「はい、誕生日なので」

「よし、会計は森崎だろ?」

 千晶がちらりとみもりに目を向ける。

「はい、そうですわ」

「ん、んーと」

 千晶は、理紗が指差したものを丁寧にショーケースから取り出して箱の中に配置していく。

 五つのケーキを上手に入れきると、千晶は片手に持った何かをひょいと理紗に見せた。

 その手にあるのは、小さな板のようなもの。

 白いその板には『Happy Birthday Risa』と書かれている。

 どうやらホワイトチョコの上にやはりチョコで字を書いたらしい。

「ほれ、これは俺からのプレゼントだ。ささやかで悪いが」

「い、いえ! とっても嬉しいです。ありがとうございます秋山さん!」

「おう。夜も遅いし、早く帰って早く祝ってもらえ。今日は理紗が主役だろ?」

「はい、ありがとうございます!」

 千晶がそのチョコを箱の中のショートケーキに添えて、箱を閉じてビニール袋をそっと理紗に持たせる。

 その間にみもりはレジでお金を用意していたが。

 千晶から目が離せない。

「……で、会計は、ああなんだ払ってるな。んじゃ丁度頂きますと」

 地味に店員らしい言葉遣いを混ぜた千晶の目を、みもりはじっと見つめる。

「……なんだよ。俺がバイトしてるのがそんなに変か」

「あなたは、優しいのね」

「は?」

「理紗のために、作ってくれたんですわね。ありがとう」

「礼を言われるようなことじゃねぇよ。それに優しくもねぇ」

「私に席を持ってきてくれました。自分の非を認めたときは私に謝ってくれました。私に荷物を持たせないように動いてくれました。私が名前で呼んで欲しいって言ったら、ちゃんと名前で呼んでくれました」

「……そんなもん、優しさでもなんでもねぇだろ」

 結局、優しさなんて目に見えないものは、自分で思っているのと相手が思っているので形が変わってしまうらしい。

 詩織や弥々も、自分に対してこんな気持ちだったのだろうか、とみもりは考えてしまう。

 なら、もしかすると、自分もまた、優しいのかもしれない。

 自分では気付かないだけで。

「それを、優しさって呼ぶんですわよ。千晶」

「そうかよ。ほれ、理紗が待ってるぞ早く帰れ」

「ええ、わかりました」

 言われた通りみもりは理紗の手を取り、千晶に背を向ける。

 帰ろっか、と理紗に声をかけて一歩二歩と、進んでから。

 頭だけ振り返って、みもりは笑う。


「私、そういう優しさ、好きですわ」


 そう言われた千晶もまた、みもりと同じように、屈託のない笑顔を浮かべる。


「またのお越しを、お待ちしております」


 


 すっかり暗くなった道を二人、みもりと理紗は仲良く体を寄せ合って歩く。

 寒さを感じさせる風が進行を邪魔してくるかのようだ。

「姉さま」

「なぁに、理紗」

 理紗はみもりのことを見上げることなく、ただ真っ直ぐに前を向きながら声をかけた。

 みもりは逆に、そんな理紗のことをしっかりと見て、応える。

「秋山さん、いい人、でしたね」

「まぁ……そう、ね」

「私、また来年も、こうして誕生日を迎えたいです」

「どうしたの急に?」

「姉さまがいて、母さまと父さまがいて。しお姉さまがいて、最近はやや姉さまも会いに来てくれて。もちろん、りりちゃんとななちゃんがいて」

 りりちゃんとななちゃん、というのは理紗の小学校の友人だ。よく三人一緒に行動している。

「きっとまた、こうして大きくなっていきたいです」

「……理紗?」

「姉さまが遠いです。私、やっと十歳になって、なのに、姉さまはまた、私より先にいます」

「そりゃあ、私も高校一年生ですし」

「私の知らない姉さまの方が、多いんだって、なんだか最近強く思うんです」

「理紗……」

 理紗はまだ小学四年生だ。

 だからまだまだ子どもだろうと、そんなことを思っていたが。

 どうやら妹の成長は随分と早いらしい。

 だが確かに小五、六くらいから女子は大きく変わっていく。それはみもりもなんとなく経験済みだ。

 それが多少早ければ理紗くらいの年齢でも、変わっていくものだろう。

「大丈夫。きっとなんて言わず、必ず同じように誕生日を祝えますわ。なんなら、千晶も来年はもっとサービスしてくれるかもしれません」

 理紗は聡明だ。だから、漠然とした不安に対して、漠然とした答えを返しても仕方がない。

 なら、何が言えるだろうか。

 今の自分に。

「理紗、まだまだ先の話ですけれど、幸魂高校、受けてみなさい」

「姉さまの高校ですか?」

「そう、不思議なことにね、幸魂高校に来て、生徒会に入ると、不思議な力を手にできるんですのよ」

「不思議な、力?」

「ええ。あなたが本当に欲しいものを、きっと叶えてくれる」

「どんな力が、入るんですか」

「例えば、一日に一度ジャンケンに勝てる力。例えば、未来を予知する力。例えば、一日に一度目を合わせる力。例えば、時間を巻き戻す力。選り取りみどりですわ」

「なら、姉さまも不思議な力を持っているんですか?」

「私と理紗だけの内緒よ? 私、実は、一日に一度だけ、人の感情を操れるんですの」

「本当に?」

「ええ、その証拠に、ほら。理紗のさっきまでの不安は、どっかへ飛んでいきましたわ」

「……姉、さまは」

「うん、なに、理紗」

「姉さまは、ずるい、です」

「あら、そんなこと誰よりも知っているでしょう。私の、たった一人の妹なんですから」


「姉さま、私、十歳になりました」

「ええ、誕生日、おめでとう。理紗」


 少女は成長していく。

 少しずつ、少しずつ。

 不安と、喜びを胸に抱いて。

 家族と友人と、大切な誰かの明日を願って。

 少しずつ。

 少しずつ。

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