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運命を操るのは  作者: 安藤真司
本編 運命を操るのは
1/41

代役

 織上(おりかみ)詩織(しおり)とは、例えば誰かが犯した罪を、笑って被るような人だった。


 印象的なのは、みもりと詩織が小学校三年生の頃の話だ。

 偶然、としか言いようがないが、みもりは放課後、たまたま落ちていたクラスメイトの教科書をたまたま踏みつけてしまった。上履きに踏まれ汚れた教科書を見て、当時のみもりは何を思ったか、いや、たくさんの事を思って、その教科書を教室のゴミ箱に捨ててしまう。

 その翌日、犯人探しが始まる。先生が優しく、「誰がやったの?」と問う。

 しかしみもりは答えられない。怒られることに、クラスの皆に嫌われてしまうことに恐怖して。ただ、誰も自分が犯人だと気付きませんように。この嫌な時が終わってくれますように。

 そう念じるみもりの耳に飛び込んできたのは、彼女の声だ。


「ごめんなさい。私がやりました」


 その一言で、犯人は詩織ということになった。

 詩織は先生から叱られたし、クラスの嫌われ者になった。

 その日の帰り、いつものように詩織と下校したみもりは、

「あれ、教科書、私、私がやったのに……どうして詩織が?」

と尋ねてみたのだが。

「あーあれみもりがやっちゃったんだ? 駄目だよ気をつけなきゃ」

などと、詩織は簡単に言ってみせた。

 犯人が誰であろうと関係なく、ただあの場で犯人になってしまうことを恐れた誰かのために詩織は犯人になってみせたのだ。

「ごめん詩織、私、そんなつもりじゃ、ごめん、ごめん、ごめんなさい……」

泣きじゃくるみもりの頭を優しく撫でながら、詩織は思い切り白い歯を見せるように笑った。

「いいって。もしやったのがみもりじゃなくって。皆が私を嫌っても。みもりは私のこと見ていてくれるでしょ? ね?」

「うん。うん!」


 その日を境に、みもりは自分の行為を改めることにした。

 他でもない、誰よりも大切な友人、詩織が誰かの罪を被らなくてすむように。

 自分の罪を被らなくてすむように。

 勉学に励み、品行方正に努め、それでいて。

 必ず詩織のことを見ていた。




 雲一つ見当たらない、晴れた空。

 心地よい風が吹き抜ける教室。

 どこか浮ついた生徒と、穏やかに笑いあう教師。


 現在ここ、幸魂(さきみたま)高校は喧騒の中にある。


 古き良き精神を重んじるにも関わらず生徒からはサキ高などと緩く略される幸魂高校だが、勉学を重んじている地域一の進学校である。進学校であるために学業への取り組み方は真面目そのもので、保護者からも評価が高い。

 また、幸魂高校の特色として、学校行事にも全力で取り組むというものがある。

 進学校といえど、勉強が好きな生徒が多いわけではない。そのために無理やりに何かを詰め込ませたりはせず、オンオフのスイッチをしっかりと付けさせるのが幸魂高校の方針だ。

 さらにこの学校が他の学校と趣を異としているのが、生徒会のありかた、である。


 生徒会。

 どの学校にも設置されており、様々な学校行事や清掃活動地域活動などを精力的に行うものであるが。ここ幸魂高校ではより生徒と教師とを繋ぐ存在としての役割が大きい。具体的には、学校行事、特に一年で二度、体育祭と文化祭において生徒会の持つ決定権は大きいどころか、生徒会が全ての権限を持っているといっても過言ではない。

 なにも教師が楽をして全ての仕事を生徒会に放り投げているわけではなく、意図がある。

 生徒会が運営を全て行う。結果、生徒側からすると、企画を通す相手が明確に目上である"教師"から自分らと同じ"生徒"になる。となれば、教師に話をするよりも活発に、遠慮のない意見を出すことができる。

 教師が行うのは最終的な確認で生徒他誰かに危険が及ぶ可能性の考慮と、求められれば当然助言をするといったところだ。

 このように生徒会が主体となって動くことにより、生徒が自分から行動する意欲を駆り立てている方策は上手く機能しており、生徒からも喜ばれている。


 さて、そんな重大な責務を課されている幸魂高校生徒会は現在七名のメンバーによって構成されている。

 まずは中心を担う二年生の面々が。


 生徒会長の狩野(かのう)奏音(かのん)

 会長補佐の櫛咲(くしざき)櫛夜(くしや)

 書記の夢叶(ゆめかない)優芽(ゆめ)

 広報の侑李(ゆうり)友莉(ゆり)


 以上四名。

 そしてそれに続く一年生が。


 副会長の綾文(あやふみ)弥々(やや)

 会計の森崎(もりさき)みもり。

 庶務の織上(おりかみ)詩織(しおり)


 以上三名。


 七人中一人しか男子生徒がいない現状は特に意図的なものではない。生徒会は完全に立候補制であり、そこに他人の思惑は介在しない。普通は、という注釈を入れる必要があるにはあるのだが。それはさておき。とにかく今は、男子生徒が二年の櫛咲櫛夜ただ一人であるわけだが。

 幸魂高校の生徒会では例年、六月に行われる体育祭で三年生が完全に引退する。勿論三年生は大学受験を控えている者がほとんどのため、三年に上がる前に仕事の引き渡しを終わらせてしまうこともままあるが、大体生徒会長は体育祭の閉会式にて指名するのが恒例となっている。

 今年は二年次に会長であった綾文(あやふみ)(あや)と副会長の光瀬(みつせ)(みつ)が六月まで残り、そして引退している。

 なお、会長の綾文綾は、現在一年で副会長の綾文弥々の姉でもある。

 体育祭の準備で初めて生徒会の仕事に携わった一年の三人はその仕事量に圧倒されつつもどうにか与えられた仕事をこなしてその激務に慣れていったのだった。

 また、当然といえば当然なのか、こうしたイベント時にはトラブルがつきものらしく、割とのっぴきならない事件が起きたりもしていたがそれもどうにかこうにか生徒会全員で解決した。


 皆少しだけ自身の成長を感じ、また、生徒会の居心地もよくなり、夏休みを終えてあっという間に十月を迎えていた。

 この十月の第二週目の土日に幸魂高校では文化祭が開催される。文化祭まであと二週間弱という時節に、生徒達も浮つく気持ちを抑えられずにいた。



 一年生で生徒会会計を務めるみもりはその日、同じく庶務を務める詩織と並んで登校していた。二人はいわゆる幼馴染で、幼い頃からずっと一緒に育ってきた仲だ。

「それでええと、なんでしたかしら、詩織?」

「やーだからさ、そろそろ文化祭じゃん? 楽しみだなーって」

「……一応確認しておきますけれど、熱とかないわよね?」

「ないよ!? 私が文化祭楽しみだとおかしいかい!?」

「いえ、あんまりにも普通すぎて」

「私が普通の会話をすることがおかしいと思ってるんだねみもりは」

「否定はしませんわね」

「否定しようよ……」

 みもりは背中にかかる三つ編みにした髪を右手でさらりと流して肩の前方に寄せた。みもりは女子にしては背の高いのでわかりづらいのだが、胸まで下ろしてある編みこんだ髪は結構な長さと量だったりする。そのためみもりは手入れにしっかりと時間をかけている。

 そしてそのことを知る詩織は、三つ編みは三つ編みで可愛いけれど、せっかくなんだから下ろしたり、もっと色んな髪型にすればいいのに、と不満に思っていたりする。

 それに対するみもりの返事は、生徒会って私の中でこういうイメージなんですの、とのことだが。

 いやいや、と詩織は首を振りたい。

 生徒会に三つ編み一人もいないじゃないかと。

 自他共に認める真面目なみもりなので、その真面目な印象そのままの格好をしているより節度はもちろんあるものの、もう少しお洒落してみてもいいのではないか、という詩織の意見は今のところ受け入れられていない。


 対して詩織は肩に届くか届かないかという長さにある毛先をふわりとカールさせている。また、背丈は女子の平均よりもやや低めだろうか、みもりと並ぶと差が目立つ。少し吊り目で目つきが鋭い、あるいは目力があると言われることの多い詩織だが、彼女の根っからの陽気な雰囲気や純な笑顔から、少し触れ合うとそうした印象はすぐに拭える。

 逆にみもりは、もう少し綺麗におしとやかにすれば詩織はより魅力的になるのではないか、などと思っている。

 今のままでも十分に魅力的である、というのは大前提として、だが。

「そういえばみもり今日、あ――朝のホームルームで話があるみたいだけど、みもりのクラスに男子が転校してくるらしいよ」

「こんな時期に? 珍しいですわね」

「うん。詳しいことはよくわかんないけど、桃ちゃん先生が言ってた」

「へぇ」

 桃ちゃん先生とは、現在詩織のクラスである一年三組の担任で、主に現代文担当の国語教諭だ。桃春桃(ももはるもも)という可愛らしい名前とは裏腹に、それなりに若い男性教師である。

 また、あまり深く関わることは多くないが、生徒会で何か問題があったときや相談があるときの対応としての役割も果たしており、比較的みもりや詩織は話す機会が多い。

 先生だというのにその若さからか、割に大人しい校風に似合わずやや乱暴な話し方からか、生徒からは少し年上の友人のように思われている節がある。

 教鞭を執って長い先生陣や真面目に勉学に励んで欲しいと願う保護者からはやや評判が悪いものの、当の生徒達からは絶大な人気がある。

「桃先生が言っていた、と聞くとその情報があらかじめ知っていて良いものなのかどうか、少し不安になりますわね……」

「いやー、さすがに転入生が来るよってことくらいはいいんじゃないかなー」

「だといいのですけれど」

「みもりのクラスは劇やるんだっけ? ええと、演目は」

「シンデレラ」

「そうそう」

「知ってて言ってるんでしょう。全く」

 みもりのクラス、一年一組が文化祭でシンデレラの劇をやることは六月、つまり夏休み前には既に決まっていたことだ。

 そのこと自体は至って普通であり、全国どこの高校生でも話題にするほどではないが。

 あえてその話題をするとすれば。

 高校生にとって関心があるのはやはり、そのキャスティングだ。

「で、どうなのシンデレラさん?」

「そ、それはもう言わない約束でしょう!?」

「いやいや普通に練習はどう? シンデレラさん」

「し、お、り?」


 言わずもがな、一年一組の演劇、『シンデレラ』にて主人公のシンデレラを演じるのはみもりなのであった。

 もちろんみもり一人、ということはなく、みもりと夏風(なつかぜ)千夏(ちなつ)の二人でローテーションを組んでいる。

 特にみもりは生徒会としての仕事も多分にあるので、半々、よりはやや千夏が多めに入るようにお願いをしている。

 そもそもみもりは当初この文化祭のクラス企画に関して、役者として携わるつもりはなかったのだ。生徒会の仕事ばかりで準備もしっかりとはできないだろうし、そのことで迷惑をかけるわけにもいかない。であれば初めから裏方に回っておけばいいだろうし、何も演劇というのは役者が全てではない。

 素人劇ではあるので役者に負担が大きくかかることは否定できないのだが、観客が見ることのできる部分以外にやらなければならないことは沢山あるものだ。

 だから演目がシンデレラに決まった後に役者を決める時には、もちろんみもりは立候補などせず(そもそも立候補したのは目立ちたがりの男子がいじわるな義姉役に挙手したくらいであった。無論女子によって一蹴された)、場の進行役をただ行っていたのだが。

 立候補がいなければ推薦に移るのは当然のことで、ここでみもりの思惑が外れる。


「シンデレラ役はみもりちゃんがいいと思いマース」


 その言葉がクラスメイトから放たれるのに、さほど時間はかからなかった。全く予想していなかったみもりはすぐには反応できずに間抜けな声を出してしまう。

「ふぇ……え、わ、私ですか!?」

 一人の発言を皮切りに、女子が次々にみもりを推し始める。

「私もみもりちゃんがいーナー」

「みもりちゃんのシンデレラが見たいナー」

「みもりちゃんにドレスを着せたいナー」

「あとちょっぴり小汚いネグリジェを着せたいナー」

「それでちょっぴりいじわるしたいナー」

「理由が最っ悪じゃないですの!?」

 おおよそ目が本気なのが余計に怖い。こういう時の女子の団結力は一体どうやって生まれているのだろうか、と半ば呆れつつみもりはせめて理論的な反論を試みる。

「いえ、あの。参加したい気持ちは山々ですけれど、生徒会の仕事も結構あって、あまりクラスの練習に参加できないと思いますわ。それで迷惑かけたりするのはちょっと」

 しかし、理論的な反論は、感情論によって阻まれる。もしくは、狡猾な罠によって。

「まーそうだよね……うん。忙しいのは皆知ってる。じゃ、気を取り直して決めていこうか」

 やけに聞き分けのいいことに(失礼ながら)不安を覚えつつもみもりはその後の進行をつつがなく進めていった。シンデレラ役には女子バレーボール部の夏風千夏と吹奏楽部の菊池蘭菊(きくちらんぎく)が決まった。

 千夏は長身でスタイルの良い、運動部らしい快活な女の子であり、蘭菊は対照的にふわりとした優しい印象を受ける女の子だ。どちらにせよ、物語のヒロインとしては申し分なく、想定しているドレス姿は映えることだろう。

 その後も順調にそれなりにぐだぐだしつつ、配役は決まっていった。みもりは既に難を逃れたつもりでいたのだが。そうは問屋が卸さない、とでも言いたげに受難はすぐにやってきた。


 演劇部に所属する生徒による台本が完成し、ようやく稽古を始めることのできる段階になったのが夏休み直前、七月の下旬だ。

 演劇部も演劇部としての活動が文化祭であるだろうにこの早い時期に台本を書き上げてくれたことに全員で感謝の言葉を述べつつ、各キャストは台本を手にしながら読み合わせからスタートしていたのだが。

 その練習初日、生徒会の方が一旦休憩になったタイミングでクラスの様子でも見てみるかとみもりが教室を訪れると、焦った様子のクラスメイトがみもりの肩を掴み、

「た、大変なことになったのみもり!!」

「え、どうしたんですの!?」

 と、誘導されるがままに教室に入ると、シンデレラ役の一人、蘭菊を囲うように皆が座っている。蘭菊はなにか、足を押さえているようだった。

「菊池さん!? 何かあったんですの!?」

「あ、みもりちゃん。ごめん、ちょっと足、挫いちゃって。んーと、しばらくは激しく動いたりとかは難しいかも」

「そんなことより! 病院とか行かなくてもいいんですの!?」

「み、みもりちゃん……」

 文化祭の練習を「そんなこと」と言い、自分の心配をしてくれるみもりに蘭菊は嬉しい気持ちを隠すことなく、やや頬を赤らめる。

「あのね、そしたら、代役、お願いできないかな? もちろん足が治ったら私頑張るけど、ダブルキャストの片方が練習不足になるのなんて、私、やだから」

 蘭菊が戻ってくるまでの間、代役を務める。大事な友人がやむをえない事情でお願いをしてきているのだ。その程度、断る理由などない。

「代役、お願いできる?」

「ええ、ええ。任せてくださいな。菊池さんは気にせず、ちゃんと怪我を治して」

「そっかーみもりちゃんが代役してくれるのかー!」

「え、ん……え?」

「いやー、みもりちゃんなら任せられるよー。じゃ、お願い!」

「え、は? あれ? 菊池さん? どうしてあなた普通に立ち上がったんですの? 怪我は?」

「……」

「ちょ、な、なんですの?」

 カチ。

『代役、お願いできる?』『ええ、ええ。任せてくださいな』

「……」

「……」

 その場にいる誰もが黙り込む。

 蘭菊は立つ。

 みもりは白けた目を蘭菊に向ける。

 蘭菊は手に収まるサイズの機械を弄る。

 カチリ。

『代役、お願いできる?』『ええ、ええ。任せてくださいな』

「……」

「……菊池さん?」

「……言質はとった」

「い、今! 今言質って言いました!? っていうか普通に立ってるじゃないですの!?」

「みもりちゃん」

「な、なに?」

「実は私、下の名前で呼んで欲しいんだ」

「蘭菊さん」

「呼び捨てかちゃん付けでお願い」

「蘭菊」

カチカチ。

『代役、お願いできる?』『ええ、ええ。任せてくださいな』

「代役、お願いできる?」

「……それ、消してくださいね? 蘭菊?」

 と、まぁそんなこんなでみもりは無事、代役として、シンデレラ役に無理やり選ばれたのであった。

 まず蘭菊が足を挫いてなどいないということと、その後脇役で普通に出演することになった、というのは余談。


 詩織は笑いながらみもりをねぎらう。

「でも本当にさ。よくまぁ台詞覚えたりとかをこなしてるよね」

「やるからには本気でやります。それは詩織だって同じでしょう?」

「まぁ、うちのクラスは喫茶店だからね。覚えなきゃいけないこととかは少ないんだよ。接客はノリでできるし」

「衛生面とか、礼儀とかはきっちりしなさいよ?」

「それはもうばっちり」

 いつものように、雑談に興じる二人だったが、そういえば、とみもりが先ほどの詩織の話を思い出す。

 確か、転入生がいる、とかそんなことを言っていたはずだ。

「転入生がいるんなら、これからすぐに文化祭に参加するってことよね。それなら演劇よりもそういう喫茶店とかの方が楽しめたかも」

「なんでも大丈夫じゃない? 大事なのは催しの内容じゃなくて、クラス皆の応対でしょ」

 それは的を得ているかもしれない。何があって高校一年の秋に転入してくるのかはわからないが、初めての場所で自分を置き去りにされた文化祭など楽しめるはずもない。

 であれば、こちらからしっかりと巻き込んでやらねばならないだろう。

「ちゃんと、引き込んであげてね。みもり」

「ええ。と言っても、男子なら男子同士で上手くやってくれるとは思いますけどね。大体ノリだけは皆いい人たちですし」

「あはは、ノリだけとか言ったら泣いちゃうよ。聞いたよ? みもりのシンデレラの相手役が今巷で殺意の目を向けられているって」

 そんなことはないだろう、と本気で思うみもりの顔を見て、詩織は駄目だなぁと溜息をつく。

 詩織は常々言っているのだが。みもりが人気なくて、誰が人気あるのだ、と。

 真面目で堅い雰囲気のあるみもりではあるが、別に冗談が通じないわけではない。むしろ見た目に似合わずお笑いなんかはよく見るほうで、ノリはいい。顔も綺麗だし、三つ編みにしている髪も艶のある柔らかな黒髪だ。ついでに同性としては羨ましいことに、女性としての魅力に富んでいる。具体的には出るところが出ている。

 そんなみもりだ、強いて言うならば運動が苦手だったりするのだが、むしろみもりの場合はそれがプラスに働いているといえる。息を切らしてノロノロと走るみもりと、強調するかのように動く胸部。男子の邪な気持ちが揺れ動かないほうがおかしかった。

「もう少し自信を持ちなよ。可愛いのは私が保証したげるって。華の高校一年生、弥々と櫛咲先輩みたいに好きな人と過ごす日々は悪くないと思うよ」

 詩織は本心から言っているのだろうが、みもりとしても言い分がある。

 とは言っても詩織の言葉そのものに対する言い分ではないが。

「恋する相手ができたらもちろん考えますけど。そんなこと言ってる詩織こそどうなの? 私と同じで彼氏がいたことなんてないでしょう」

「私は、うーん……まぁ、いいんだよ」

 何がいいのかはよくわからない。

 詩織は何かを誤魔化すときには適当なことを言う。

 そのくらいは長年の付き合いであるみもりにはよくわかった。追撃とばかりに自分の事を棚に上げて話す詩織を小突く。

「そんなこと言って、この間告白してきたサッカー部の山村くんのこと振っていたじゃない」

 詩織がむむむ、と唸る。

「そ、そんなこともあったような、なかったような」

「私が知らないとでも思いまして?」

 詩織の情報なら、どこからでもみもりには伝わってくる。大体の女子は二人の関係をよく知っているのだ。

 稀に、みもりと詩織は付き合っている、とかからかわれることもあるくらいには仲の良さを理解されている。理解されているのかそれ、とみもりは内心で突っ込むことを忘れなかったが。

「で、でもみもりだって先輩からラブレター貰ってたし!」

「なんで知ってるんですの!?」

「私が知らないとでも思ったか!」

 みもりの情報なら、どこからでも詩織には伝わってくる。以下略。

 妙な空気になりつつある二人だったが、そこで突然詩織が大声を出した。

「あーっ、私クラスに今日は早く来て欲しいって言われてたんだ!」

「え、何かありまして?」

「一時間目の課題を見せて欲しいって」

「文化祭全く関係ないんですのね……」

「お礼に空のカセットテープくれるって」

「なんですのそのお礼は」

「えー知らないなんか昔余ってたの見つけたからって言ってたよ?」

「それ貰ってどうするんですの」

「そうだなー、私のみもりの華麗な歌声吹き込んで、文化祭お疲れさまでしたって奏音先輩にあげるのはどう?」

「それただの嫌がらせ」

「じゃー嫌がらせに使おう! それじゃ私走ってくから! またあとでね!」

 詩織は後ろを向きながら駆け出した。大きく手を振っている。

 悠々自適すぎるだろう、とみもりは詩織の未来が若干心配になりつつも軽く手を振り返した。

「危ないから、前見なさい!」

「はーい!」

 みもりとは違い中学時代バスケットボール部に所属していた詩織は運動が得意であり、あっという間にその姿が見えなくなった。

 みもりは消えたその姿を見つめるように遠くをじっと眺め。

 そして、生徒会、クラスの劇、転入生と、これから起こることへの期待に胸を膨らませ、

「よし、頑張りましょう」

 と、自分を鼓舞した。

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