第90話(計)
とっても集中してるみたいで、顔真っ赤にして一生懸命手を動かしてるシオンさんの横で、僕は続きを聞く。
「うん? アザレアさん、そんなの注文したんだ。でもさ、竜鱗の服って作れるの? 鎧なら普通にあるっぽいけど」
「………」
「フリギアの家に? え、お給料で貰えるものなの?」
さっきシオンさんに怒られたから小声で返しつつ、彼らの、針達の話に耳を傾ける。
「さっすがフリギア。鬼っぽいだけあるや」
「シ、シアムさん…?」
「あ。僕のことは気にしないで、どうぞどうぞ続けて続けて」
「気にしないで、と言われましても…」
「そりゃあそうだよ。竜鱗に君たち使えば折れるよ、うん」
「………」
主にアザレアさんから随分な目に遭ってるらしい彼らは、それでも嬉しそうに、誇らしげに、『ご主人様』について話し続ける。
「作った? 君たち使って? うっはあ、凄いや! うんうん、アザレアさんも感激するよねえ」
「あ、あの…?」
「えっ? アザレアさん、裁縫からきしなの? 意外だあ。お掃除とか料理とかやってたからさ、何でもできるんじゃないかって…それで服をシオンさんに頼んだんだ、と。ふむふむ」
「そ、その…?」
「あ、邪魔してごめんなさい」
「はあ…」
物言いたげなシオンさんに、視線は針達に固定したまま、裁縫箱を差し出す。
と、顔を赤くしたまま、遠慮がちに手を伸ばして針山を持っていく。
「服だけじゃない? 家具…家具も? シオンさん、とっても器用なんだね! うっはあ、料理まで?」
「この針……」
「ご、ごめん。そうだよね、アザレアさんと一緒にいられなくて……え、僕のせいじゃなくて? 襲撃? 一体何の話?」
「………」
「ちょ、ちょっと待った! 僕、そんなの聞いてな……へ? アザレアさんが? ここで? 戦って? 確かに、そんな話も聞いたけど…」
「………」
「ナルホドナルホド。それなら僕、黙ってた方がいいかな? 誰も教えてくれなかったし、それってそういうことじゃないかなあって……うん、だよね。そうしよっと」
彼らは僕が知らないことまで、教えてくれる。
例えば、最初は針で自分の指を突き刺して怪我塗れだった、シオンさんが成功するまでの苦労話。
例えば、今までシオンさんが訪れたお貴族様達の、立ち振る舞いや性格。シオンさんが開いてるお店についての話。
でもって、ある日、シオンさんがお金目当ての暴漢に襲われそうになったところを、忘れ物を届けに追いかけてたアザレアさんが、素手で完膚なきまでに叩きのめした話、とか。
そして、僕が杖を作ってる間に、ここで連日襲撃があった話などなど。
特に、襲撃に関しては全く気づかなかったし、皆平然としてたから、そんな物騒なことが起きてただなんて想像もしてなかったり。
「…さん! シアムさん!」
「はっ、はいっ? な、なんでございましょうかっ?」
「すいませんがシアムさん、そこに立っていただいても…」
「う、うん」
会話の途中で、シオンさんが怒ったように声をかけてきて、驚いた。
何か僕が悪いことでもしたのかと、ここ数分間を回想して…うん、特にないや。
「ううむ…なんで怒ってるんだろ…っと」
特にない。けど、シオンさんが怒ってるっぽいのは事実。
慌てて持ってた針を戻して、言われた通り立ち上がると、シオンさんが僕の背中やら腕やらに布を当てていく。
「………」
「………」
何かの調整をしてるシオンさんも、されるがままの僕も。お互いに無言のまま、数分経って。
作業が終わったみたいで、シオンさんが後ろから声をかけてくる。
「あの…シアムさん。一つ伺ってもよろしいでしょうか」
「ど、どうぞ?」
もう怒ってはないみたいだけど、なんとなく身構える…はて、シオンさんは僕に、一体何を訊きたいんだろ?
「その、ですね。先程から、お一人で、何を呟いて…?」
「え、っと。シオンさんはとってもいい人で、何でも出来て、アザレアさんと息子さんが好きだって…」
「そっ、それはどういうっ?」
「そんな話を聞いてただけだけど…」
僕の答えを聞き終わる前に、シオンさんが驚きの声を上げたり。
どうかしたのかと振り向けば、そこには顔を引き攣らせたシオンさんが。もしかして、また僕、怒らせた……?
動きが止まったシオンさんは、強く強く布を握り締めて。でも、どこか怯えた様子で、僕を見上げておずおずと口を開く。
「すいませんが……どなたと?」
「ああっ! そっか!」
僕には当たり前すぎて、すっかり説明し忘れてた。
怯えから、疑問の表情へと変化したシオンさんへ、いつもしてる説明をっと。
「実は僕、武器っぽい物の記憶を読み取れたりするわけで。魔法じゃなくて、元々そういう体質で…こう、まあ、こんな感じで」
「はあ…」
「あは、あはははは…」
実際には会話してるけど、こう言った方が良いのは今までの経験だ。
昔々、つい、何度か正直に答えて、不審者め! 詐欺師め! って言われてとっ捕まえられて、留置所入れられたことがあったり。
何も悪いことしてないのに、無実の罪で牢屋に何度ぶちこまれたことやら。
お陰で、留置所の常連者とか、本当の犯罪者っぽい人とかと交流できて、結構面白い話聞けたりして、役に立ったりして、それはそれで楽しかった思い出が。
……ん? ということは、普通に、正直に言って良かったような?
「嘘っぽいと思うけど、本当にアレでソレで…」
「なるほど、そういうことで。納得できました」
過去を懐かしみつつ、シオンさんに返事してると…今、納得したって聞こえたんだけど?
「コレで…ってあれ? そなの?」
「ええ」
「ほ、本当に納得、しちゃったり?」
「はい」
さっきの説明しても、胡散臭そうに見られることがほとんどなのに。
実際、こういうことが出来る魔法もあったりするのに、疑いの眼差し向けてくる人が多いのに。
シオンさんは赤い顔のまま、それでも確かに頷いてくれていた。