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第88話(計)

「坊ちゃんお待たせしました!」


 バドン! と扉にあるまじき音を立ててアザレアさんが帰ってきたのは、あれから数十分後。

 フリギアに、本気でやっているのか? あえて間違えているのか? やはりお前には難易度が高いか、だなんて散々嫌味言われながら『簡単な』礼儀作法を教えてもらってた、その時のこと。

 ちなみに、サフォーさんはアザレアさんの言いつけ通り、食堂の片づけをしてたり。


「な、何事っ?」


 のんびりした空気を払拭するかのように、お屋敷全体に走った物理的な衝撃。慌てて立ち上がる僕。


「ど、どこか避難! フリギア! 避難しないと!」

「落ち着け。アザレアが戻ってきただけだ」

「へっ? あ、本当だ」

「はいっ! アザレア、ただいま戻りました!」


 すわ襲撃かっ? と身構える僕を鼻で笑うフリギアだけど、その手が一瞬、鞘に向かってたのを、見逃しはしない。

 すぐに手を下ろしたけど、フリギア、一体アザレアさんを何だと思ってるんだろう?

 それとも、ただの反射? とか思ってる間に、フリギアは長椅子から立ち上がってアザレアさんを出迎えてるし。


「ああ…しかし早いな」

「はい! 一刻の猶予もないので!」


 フリギアの聞こえるか聞こえないかの呟きを、ばっちり耳に入れてたアザレアさん。

 時間も時間だっていうのに、全然疲れた様子も見えないし、満面の笑みだし。


「いや、こいつの服を新調しなければ、特段急ぐ必要は…」

「さあシアム君!」

「………」


 対するフリギアは、すんごい疲れた顔してるわけだけど。


「な、なにか?」

「ほらほら、シアム君のためのお洋服、作りましょうしょう!」

「う、うん…うん?」


 満足げなアザレアさん、の隣に誰かいるんだけど、全然見覚えがない。

 ふうむ。ということは、この人が服飾の、仕立屋をやってるっていうアザレアさんの旦那さん?

 僕の視線に気付いて…というわけじゃないだろうけど、アザレアさんは目の下に隈をこさえた、心底疲れてるっぽい男性の背中を容赦なく叩いて…すんごい痛そうな音したけど、大丈夫なのかな?


「シオンも連れてきたし、材料も全部揃えてきました! 準備万端ですです!」

「その…夜分…失礼いたします…」

「ああ。シオンか」


 アザレアさんの紹介を受けて、フリギアは痛そうに背中を擦る男性、シオンさんに寄ると…同情を一杯込めた感じで肩を叩く。


「すまんが、頼む」

「い、いえ! とんでもないです! ですが、その…」


 謝るフリギアに対して、激しく首を振るシオンさん。自分の服に目を落として頭を下げる。


「その、寝ていたところをアザレアに叩き起こされまして。大変みっともない格好で失礼します」


 ん? みっともない…格好?


 よくよく見てみると、シオンさんは完全に寝巻き姿で、上に青いローブを羽織っただけ。

 外に出歩くには寒そうな格好で、仕事道具っぽい木製の巨大な裁縫箱を引っさげてたり。

 そんな姿でひたすら謝るシオンさん、をフリギアは手で制する。


「シオン、お前が気に病む必要は一片もない。これは我らの、いや、アザレアの個人的な事情だ」

「やはり…やはりそうでしたか。すいません、アザレアが皆様にご迷惑をおかけして…」


 それでも謝るシオンさんは、布やら装飾品やら片手に抱え込んだアザレアさんへ目を向ける。

 シオンさんの物言いたげな視線。けど、アザレアさんは気付かないみたいで、再度、ちょっと猫背になってる背中を叩いてみせる。


「ほら! さっきも言ったけど、時間ないの! シオン、やるわよ!」

「分かっているよ。でも…」

「でもも、なにもないでしょ! とっととやる!」

「分かったよ…」


 二回も勢い良く背中を叩かれたのに、まだ眠そうなシオンさん。

 若干怒ってるっぽいアザレアさんを前にしても、背中を擦りつつ、欠伸を噛み殺してたり。

 本当に眠いのか、こういったやり取りに慣れてるのか分からないけど、シオンさんの精神力って凄い…関係ない僕が、怖気づいてフリギアに笑われてるっていうのに。


 一方、アザレアさんは、そんなシオンさんの態度なんて知ったこっちゃないとばかり、僕の手を引っこ抜きそうな勢いで引っ張る。


「あででででっ? ちょ、ちょっとアザレアさ…」

「さあ、シアム君! お洋服を作るわよ!」

「あだだだだだっ?」

「ア、アザレア! 彼、痛がってるじゃないか! 手を離して…」 

「だ、大丈夫でっす! シ、シオンさん! よろしくお願いしまっだだだだだだだ!」


 こうなったら、シオンさんが可及的速やかに休めるよう、協力した方がいいに違いない。ていうか、そうしないと僕の腕が! 腕がもげる!

 腕がもがれないように押さえながら頭を下げれば、シオンさんは僕を助けようとしてか、半分手を伸ばした状態で会釈を返してくれる。


「さあさあ! シアム君、シオン、部屋に行くわよ!」

「は、はいいいっだだだ!」

「フリギア様、申し訳ないですが、部屋を一つ借ります…」


 僕を見て顔を引きつらせるシオンさんへ、分かっている、とばかり頷くフリギア。

 その視線は僕らに向けられ……って。


「…サフォー、案内を頼む」

「はい」

「わわっ、サフォーさんっ?」

「い、いつの間に…?」


 いつからいたのか、僕らの背後には、しれっとした顔してサフォーさんが立ってたり。シオンさんも気付かなかったみたいで、勢い良く振り返って驚いてるし。

 驚く僕らを横に、フリギアからの指示を受けたサフォーさんは、一歩前に出て頭を下げる。


「それではシオン様、シアム様こちらへ」

「はい」

「あだだ…だだ」


 よ、ようやくアザレアさんから開放された…よし! 腕はもげてない!

 僕の腕から手を離したアザレアさん、不思議そうに首を傾げてみせる。


「じゃあ、私は?」

「アザレアは屋敷の見回りを頼む」


 途端、アザレアさんは勢い良く拳を振り上げて、胸を叩く。


「了解ですっ! 虫一匹寄せ付けませんよっ! あそうそう、サフォー、これ運んどいて頂戴ね」

「分かりました」


 気付いたように、片手で持っていた布やら何やらをサフォーさんに渡すアザレアさん。

 結構な重量がありそうだけど、二人とも涼しい顔して持ってるなあ…

 二人のやり取りを見ていたフリギアが、シオンさんに目を向ける。


「俺は部屋にいる。シオン、悪いが頼む。何かあればサフォーに伝えてくれ」

「お任せ下さい」


 シオンさんの返事を聞いたフリギアは、僕らに背を向ける。

 一方、シオンさんと僕はサフォーさんに連れられて、お屋敷の奥にある部屋へと案内される。

 扉を開いて部屋の灯りを点けてから、サフォーさんは振り返って口を開く。


「私はこのまま外で待機しておりますので、入用な物がありましたら遠慮なくおっしゃって下さい」

「いえ、大丈夫です。アザレアと一緒に…必要な物は揃えたので」


 サフォーさんにそう返したシオンさん、その時のことを思い出してか、身を震わせる。

 一気に顔色も悪くなったし、よっぽど恐ろしいことがあったに違いない。そっとしておいた方がいいよね、うん。


「布などはこちらに置いておきますので」

「はい。有難うございます」


 それでは、と室内に布やらを置いたサフォーさんは静かに退室していく。

 寝台とか棚とか、調度品が一つも無い部屋に、僕とシオンさんだけが取り残される。


「………」

「………」


 なんとなく、お互い目を合わせて無言のひと時…じゃなくて。


「えっと。シオンさん、お願いします」

「はい。シアムさん、ですね。アザレアから聞きましたが、とても優秀な鍛治で、今回は王妃様からの招待があったとか」

「……ん?」


 んん?


「シアムさん? どうかしましたか?」

「いや、ちょっと…なんだろ…」


 なんかちょっと違うような気がするんだけど、何が違うのか分からない…確か、王妃様が杖の出来が良さそうってお披露目会の招待があって、優秀なミノアが魔法を実演して、鍛治の僕が招待を受けたのは…あれ…あれ?

 なんだかこんがらがってきた。ただ、なんにせよ、僕がお城に行くのは間違いない。


 ということで、考えるのを止めて、シオンさんの動きに目を向ける。

 裁縫箱を床に置いたシオンさん、そこから巻尺を取り出すと、立ち上がって近づいてくる。


「では、採寸するので失礼しますね」

「うん」


 頷くと、肩幅や、首、胸、手首に巻尺が当てられる。腕やお腹、頭回りまで…


「あの、頭って? 服には関係ないような?」

「念のために、ですね。必要はないと思うのですが、後でアザレアが…」

「アザレアさんが?」

「いえ、なんでも…ありません」


 なんでか口篭ったシオンさん。その後は無言で、手際よく採寸しては、紙に数字を書き付けていく。


「…よし。これで、採寸は終わりです」

「うん。それで、次は僕、どうすればいいの?」

「次は…」


 数分して測定が終わり、巻尺を片付けたシオンさん。

 今度は、サフォーさんが置いていった布を取り上げる。はて、何をするんだろ?

 僕に巻き付けて簀巻きにでもするのかな、とか思えば、シオンさんはそれを広げるだけで、何もしない。


「ええと、シオンさん?」

「シアムさん、服の色はこちらなりますが、よいでしょうか?」

「え?」


 い、色? 僕を簀巻きにするんじゃなくて?


「…僕は別に…なんでも…着れるなら…」


 予想外の問いかけに、困るしかない。何分、僕は服の色とか頓着しないし、聞かれても頷くしかないわけで。

 ぎこちなく頷く僕を前に、シオンさんは広げた布を畳みながら小さく笑う。


「すいません、困らせてしまいましたね。今、この布地しかないので一応確認を、と」

「いやいや! 僕、色とか気にしないから! あ、でも何かお城って色々決まりがあるってフリギアが言ってたような?」


 慌てて首を振ってる最中に、フリギアから教えてもらったことを思い出す。

 確か、何色だかが王族だけに許された色で、なんか職業とかによって使える色があるとか、ないとか……確かそんな感じだった。多分、そんな感じだった。

 ちら、と見ればシオンさんは頷いてて、僕の発言が正しかったことを確認。ふふん。


 物覚えが悪過ぎる、余計なことを喋る分壁に話すより性質が悪い、だなんて散々言ってくれたフリギアは反省して欲しい。


「無論、不敬にあたる色ではないので、その点は安心して下さい」

「シオンさんがそういうならお任せで…って色々押し付けてごめん」

「構いませんよ。アザレアと打ち合わせはしているので、採寸さえ終われば後は楽なものですよ」

「んん? 打ち合わせ? いつの間に?」

「…これらを購入している最中に」


 買い物しながら打ち合わせをしているとは。さすが職人は違うや、と感心してると、シオンさんは裁縫箱から道具を取り出しつつ見上げてくる。

 なんだろう、と目を向ければ、シオンさんは微笑んで扉を指差す。


「それからシアムさん、採寸は終わったので、もう自由にしていただいて構いませんよ」

「…えっ? もう終わり?」

「はい。退室しても平気ですよ」


 てっきりまだ何かあるかと思えば、あっさり開放される。


「僕、もう何もしなくていいの?」

「ええ。後は私の仕事ですので」


 だなんて言われても、このままシオンさんに全部お任せするのも、なんだか据わりが悪い…けど、服のことなんて何も知らない僕に、手伝えることなんて無いだろうし…


「ううむ…」

「………」


 悶々とする僕をよそに、シオンさんは真剣な表情で作業に取り掛かり…気付いたら、声をかけ辛い状況になっていて。


 何か、シオンさんの邪魔をしない範囲で、手伝えることがあればいいんだけどなあ、だなんて悩む悩む。

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