第87話(計)
「何日、か。相変わらずの、予想の斜め上をいく答えだな」
「えっへへ」
呆れた顔はしてるけど、お前は大物だな、と褒めてくれるフリギア。
滅多に褒めてくれないから、なんか面映い。
「この『披露会』が…」
「でへへへへへ」
「…この『披露会』が行われるのは三日後。場所は城の闘技場」
頬を掻いてると、フリギアは頭を振りつつ、教えてくれる。
「三日後かあ」
三日。あと三日。三日待てば、ミノアと、僕の娘の、呪力の結晶たる杖の力を、目の前で見ることが出来る。
そうだ。辺り一面を灰燼にしそうなミノアの魔法を、今まで僕にばっか向けられてた魔法を、しっかり安全な所から見ることが出来るってことだ。
お、おおお…こ、これ実は凄いことじゃ?
「うん! 楽しみだね、フリギア!」
「………」
披露会が待ち遠しくて仕方ない僕の前で、フリギアは、テーブルに置いてた真っ白い紙を拾い上げて懐に入れる。
「先程まで、散々嫌がっていたのはどこのどいつだ…」
「あ、そういや、お城って闘技場があるんだね。僕、初めて知ったや」
「…城から少し離れた場所にな。普段は兵の訓練に使われているが、定期的に開かれる闘技大会などでも使用されている」
「そっかあ。なら、ちょっと派手にやっても大丈夫だね!」
お城から離れた場所にあるなら、ミノアが最大火力で魔法を展開しても安心だ。
「大丈夫ではない。全く、お前は…」
「ほっほっほ。坊ちゃま、まあ良いではないですか。シアム様、楽しみですなあ」
「うん!」
楽しみで仕方ない僕に、呆れるフリギア。サフォーさんはにこやかに相槌を打って。
「ちょっと待って下さい!」
アザレアさんは勢い良く立ち上がる。僕らの視線を受けたアザレアさん、眉と目を吊り上げ……怒ってる?
どうしてか怒りの表情を浮かべたアザレアさんは、テーブルに両手を叩きつけて、音が出そうな勢いで腕を振る。
「どうした、アザレ…」
「三日後だなんて聞いてません!」
「そうだな。俺も昨日知ったばかりで…」
フリギアに最後まで言わさず、アザレアさんは険しい表情で、僕を指差す。
「シアム君の服! 靴! 装飾品! 全部間に合わないじゃないですか!」
「へっ? ふ、服? 別にこれでい…」
「駄目ですっ!」
「ああ、その問題もあるか」
アザレアさん必死の叫びに、フリギアも何かに気づいた様子で、同意を示すように頷く。
僕は一切気にしてないっていうのに、二人して、服をじっと見つめ…睨み付けてきたり。
「これで駄目なの?」
「駄目駄目ですっ!」
「そう、かなあ」
そもそも、今、僕が着てる服ってミノアが用意してくれた物なわけで。
お貴族様っぽい、というか、お貴族様に違いないミノアが選んだ服だから、そんなに外れてるとは思わない…んだけどなあ。
「そもそも大きさが合ってないじゃないですか!」
「ううん……そう、なのかなあ」
アザレアさんの指摘を受けたから、じゃあないけど、自分自身を見下ろして確認しても、僕には何が不都合なのか分からない。
けど、僕と同じように眺めていたフリギアは違うみたいで、もう一度頷くと、口元を吊り上げる。
「没落貴族は流石に不味いな」
「悪かったね! 大体、今まで僕が着てた服を…」
「サフォー、家に予備はあるか?」
僕の抗議を、相変わらず無視するフリギアからの問いかけを受けて、考え込むサフォーさん。
何かを探るように、悩むように眉を寄せて、僕に目を向けた後、ようやく口を開く。
「あるにはあるのですが、シアム様は坊ちゃまたちとは違い、小柄なので手直しが…」
「ちょっと!」
言い辛そうなサフォーさんの語尾に被せるように、目を吊り上げたアザレアさんが、テーブルを凹ませる勢いで叩いて叫ぶ。
それにしても、サフォーさんに向けられた目が、怖すぎる。殺意っぽいものが、漂ってる気がするような、しないような。
そんな鋭い視線を受けたサフォーさん、流石に驚いたみたいで、ちょっと仰け反ってたり。
「どうしましたか、アザレア」
「どうしましたか、じゃないわよ! なにシアム君にお古、着せようとしてるのよ! ちゃんと一から作らないと駄目でしょ!」
「確かにそうですが、時間がありませんよ」
「あのねえ、時間が無い、だなんて…」
「待て、アザレア。サフォーの言う通りだ。加えて、服を着るのはお前ではなくコイツだ。流れの鍛治に、そこまで要求する人間など…」
「シアム君に失礼です! 折角お城に行くんだから、きっちりしていかないと駄目です!」
「だからだな…」
「だからもなにもないです!」
魔物も逃げ出しそうな勢いに、フリギアも若干押されてるような気がする。
だけど、サフォーさんやフリギアが言ってることは、それなりに理解できる。
王族の前だからって、ただの鍛治が注目を浴びる、だなんてことないだろうし、僕は自分の評価が下がろうが上がろうが、気にしないし。
僕はただ、武器を作って、その武器を思う存分使ってくれる人がいればいいだけで。
「え、と、ア、アザレアさ…」
「なんですかっ!」
「ひいいっ?」
というわけで色々覚悟を決めたけど、やっぱり怖い!
ただ声をかけただけなのに、心臓鷲掴みにされた気分にナリマシタ。このまま、謎の力で握り潰されても不思議じゃない。
「そ、そのさ! フリギアの言い方は棘塗れでアレだけど! 僕、気にしないし!」
アザレアさんの顔がそれはもう怖すぎて、直視できないからと、床を見ながら叫ぶ僕。
「だから、服なんて何でも…」
「良くありません!」
「ひいいいいっ?」
途端、全身に何か色々篭った凄まじい眼光を浴びて。気付いたら、椅子から立ち上がって逃げようとしてた僕。
けど、無意識に動いてた僕の腕を、いつの間にかがっちり掴むアザレアさん。
顔が、ち、近い! 目! その目! 怖…ひいっ!
「シアム君!」
「はいいいっ!」
「こうなったら作るわよ! そうよ! 丁度いいのがいるじゃない!」
「は、はいい?」
「待ちなさい。アザレア、まさか彼を呼ぶつもりですか」
このような時間に、というサフォーさんの言葉に被せる勢いで、当然です! と切り返すアザレアさん。
テーブルに両手を叩きつけて僕らを睥睨し、誰にも逆らえない、逆らわせようとさせない、圧力を醸し出す。
その目が、僕、サフォーさんときて、フリギアに…って、なんでフリギア、剣の柄、握ってるのさ。
「坊ちゃん! 今から外出します! すぐ戻ります!」
「あ、ああ、分かった。そのだな、何か用意すべき…」
「一切! 必要ありません!」
「そう、か」
人懐こい笑顔が嘘のように、血に飢えた獣っぽい何かに豹変したアザレアさん。
あの、人でなしで悪魔の化身みたいなフリギアが気圧され、素直に首を縦に振る…うん、分かる、分かるよその気持ち。
今のアザレアさん、本当に怖いし。
「全部外で調達します! では失礼!」
片付けはお爺ちゃんがして! と鬼の形相で屋敷を飛び出していくアザレアさん。続いて、扉が閉まる音がしたと思ったら、その勢いで屋敷全体が揺れる。
僕らがいる食堂でも、衝撃を受けてテーブルに置かれたお皿や何やらが、一斉に音を立てたりして。
「………」
「………」
「………」
アザレアさんがいなくなって、奇妙なほど静かになった食堂。
残された僕らは、誰となく顔を見合わせる。フリギアとサフォーさん、二人ともどこか似たような顔をしてる。
「……どゆこと?」
「実はですね、アザレアのご主人が服飾の店を開いていまして。恐らく、披露会に間に合わせようと、彼を呼びに行ったのでしょう」
食堂の入り口に目を向けつつ答えてくれる、困惑ぎみのサフォーさん。なるほど、アザレアさんが何をしたいのかは、分かった。
多分、普通のお店で一から服を作るのは、時間が掛かるだろうから…って。
「あのさ、それ迷惑だったりしない? だってもう夜だし、お店も閉まってるんじゃ?」
「ええ、そうですな…」
食堂に入った時にちらっと外を見たけど、完全に暗くなってたし。
素朴な疑問をぶつけると、サフォーさんもフリギアも、目を逸らす。
「この時間だ、恐らく寝ているだろう。だがあのアザレアのことだ、それを叩き起こすのだろう」
「うわあ」
アザレアさんには悪いけど、物凄く想像できる。
鬼の形相で、旦那さんを叩き起こすアザレアさんの姿が。
「そして、材料を集めるために寝起きのご主人と共に店を回るのでしょう」
「どの店も、遅くまで開いているからな…」
「うわあ…ってでもさ、フリギア、お古あるんでしょ? なら、それ着ればいいような?」
「ああ、そうだな」
「それに古着といいましても、ほとんど袖を通していないものばかりで」
思わず零れた感想に、サフォーさんは頷いてから、首を振る。
「しかし、女性は色々と拘りますからな。特にアザレアは、ご主人のこともあるから尚更なのでしょう」
「それでも、だ。主目的は杖の鑑賞だぞ。コイツに目をくれる者などおらん」
「じゃあ僕いらなくない?」
「ははは、冗談を言うな」
なんとなく聞いてみれば、棒読みなフリギアの声が返ってきたり。
それが途切れた後は、僕もサフォーさんも、フリギアも無言になって。
「……」
「……」
「……」
また静かになった食堂で、誰ともなく顔を見合わせると、僕らは揃って溜息を吐いたのであったとさ。
またまた遅くなり、申し訳ないです。
もう何度目か分からない「申し訳ない」ですが、続きを期待している奇特なお方々お待たせいたしました。そして、またお待たせすることになるでしょう。
以上。




