第86話(計)
僕が、杖の実演に立ち会う、だって?
偉い人たちが集まってきそうな場所に、僕が、立ち会う、だって?
過去、何度か感じてきた嫌な予感が、ここにきてひしひしと自己主張し始めてきたのデスガ。
「ちょっと待ってよ! 杖の鑑賞会なんだから僕関係ないじゃん!」
これはマズい。不穏な流れに、食事してる場合じゃないと慌ててお皿から顔を持ち上げる。
全力で拒否しておかないと、フリギアのことだ、絶対良からぬ事に僕を巻き込むに違いない!
「僕は杖を作るだけでしょ! そりゃあ確かに実演は見てみたいけど、それはまた別の機会…」
「杖を作り上げた鍛治が、披露の場にいないのは不自然だということでな」
僕の必死な台詞を、遠慮なくぶった切ってくれたフリギアサン。
さっきまで何かに悩んでたっぽいくせに、妙にすっきりした顔をしてたり。
そのまま、テーブルに手を伸ばして僕の前に何か置いた。フリギアが手をどけると、そこには…
「手紙?」
「そうだ。受け取れ」
並べられたお皿よりも、テーブルクロスよりも、何よりも白い封筒。
表面に何も書かれてないのが、また不吉さを煽ってくる。ただの封筒なのに、この存在感。
気づけば凝視してて、慌てて目を逸らす。
「あのさ、コレ、受け取りたくないんだけど」
受け取ったら良くないことが起きる。これ確実。折角、杖を作り上げて調子が出てきたっていうのに…
流石フリギアだ。いつでも僕の気分を、全力で落としてくれる。
「受け取りたくないと、よく言えるな」
「なんでさ。フリギアがくれるのって、厄介事ばっかじゃん」
「そうだな」
あっさり肯定しながら、良く見ろ、とフリギアはテーブルに滑らせた招待状をひっくり返してみせる。
でもって、指差した先には赤い封蝋印。なんか文字みたいな、紋章みたいな刻印が押されてたり。
「これがなんだって…」
「わあ! 私、初めて見ました! ちょっと感動ですです!」
「うわわっ」
途端、アザレアさんが好奇心に目を輝かせながら、身を乗り出してきて、びっくりした。
あ、危ない危ない。反射的に下がってなきゃ、頭ぶつけるところだった。
「私は二度、三度目でしょうか」
アザレアさんほどじゃないけど、サフォーさんもやっぱり興味ある様子で、赤い蝋印に目を向けてたり。
ふむふむ。どうも、この刻印が珍しいみたいだけど…でも。
「ねえフリギア。これがどうしたのさ?」
僕にはやっぱり分からない。
指差して聞いてみれば、フリギアはお前の無知っぷりは分かってるとばかり、偉そうに頷いてくれた……失敬な!
「サフォー」
「はい。シアム様、それは王族のみに使用が許されている刻印でしてな」
「へえ」
「その意匠は、国を興した際、初代の王が民へ向けた誓いの言葉を表しているとか」
フリギアの指名を受けて、サフォーさんが食後のお茶を啜りながら答えてくれる。
淀みなく答える様は、執事じゃなくてどこかの学者みたいだ。
「ふうん。じゃあこれ、文章になってるってこと?」
「その通りで」
ふむふむ、勉強になったや。
頷きながら、赤い蝋印と、意地悪そうに何かを期待するような表情のフリギアを交互に見やる。
なるほど、王族かあ。それなら確かに偉いし、有名な人だ!
そりゃあ、フリギアも呆れるわけだ。この、ナントカ国にいる王族の名前を知らないとか言われ………………ん?
お、おうぞ……?
「だえええええええっ? はいっ? な、なんでっ? え、ちょっと待った待った! フリギア、一体これどういうことっ?」
「流石に王族が何かは理解しているようだな」
「当たり前だよ! じゃなくて!」
「先に言ったカトレア様は、このグランカッセの王妃だ」
「と、いうことは…」
嫌な汗が、背中を流れていく。
「ぼ、僕の作った杖、王妃様の前で見せて…」
「ミノアが実演する、というわけだ」
「……………」
「ようやく理解したか」
「…………」
頭が真っ白。何も考えられない。
完全に思考も動きも止まった僕を前に、アザレアさんは嬉しそうに手を打ち合わせる。
「シアム君凄いじゃない! そうとくれば…まずは服ですね! とっとと決めちゃいましょう!」
「しかし、顔も知らない鍛冶を招くとは。並々ならぬ関心をお持ちのようですなあ」
「フォルツァンド経由で伝わったようでな。しかし、それこそ拒否できるはずもない」
…………
「そうそう、シアム君は知らないと思うけど、この国、服の色とか装飾とか、決まりがありまして。色々説明するのも面倒だから、ここは一つ、坊ちゃんのお金で作っちゃいましょう!」
「私もそれが良いかと。装飾に関しては、坊ちゃまお抱えの鍛治という形になりますので、こちらで用意しましょう」
「別に抱えてはおらんのだがな。仕方あるまい」
「またまた照れちゃって! でもでも了解も得たことですし、それじゃあ早速明日、お洋服を買いに行きましょう! 専門のお店も沢山あるから、安心して下さいませませ!」
「いえ。万一のことも考えて、シオン様のお店にしたほうが良いでしょうな」
「シオンの? そうねえ…そうしましょう!」
サフォーさんも嬉しそうにアザレアさんと服の話を始める。
二人とも、僕の服について楽しそうに話して…じゃなくて!
「絶対おかしいって!」
「シアムよ、実感できたようでなにより」
「なんで! どうして! こうなるのさ!」
気づけば、フリギアはいつもの、悪魔の笑みを浮かべて…ああもう駄目だ、逃げられない。
僕の平穏とか空の彼方に吹っ飛んで…い、いや! 落ち着け僕! あの、人を人とも思ってない笑顔に怖気づいちゃいけない!
まだ希望はある! 多分きっと!
「どうもこうもないぞ、シアム。お前はこの招待、受ける以外の選択肢など存在しない」
「だ、か、ら! なんで一択なのさ! いつもそうだ! やっぱりいつものフリギアだ!」
「さあ、シアム。お前はこの招待を受けるか?」
一択だって自分で言ったくせに、楽しそうに目を光らせるフリギア。
もう嫌だ! 絶対に、また不穏なことが起きるんだ! 僕、また囮とか生贄とか碌でもないことに利用されるんだ!
考えろ、考えるんだ! どうにかして、この状況を………よしっ!
「ご、ごほっ、ごほっ! あ、ああ…ええと、あ、頭が! 頭がっ!」
「そうか」
「げ、原因不明の、不治の病で頭がああっ!」
頭を押さえて体をねじって、痛々しさを醸し出す。
これで…どうだ!
「そうか」
よし! これでフリギアは騙されて……
「安心しろ。返事は既に出してある」
「ちょえええええっ?」
事後承諾にも程がある! ていうか、僕の意思とか意見とか!
なのに、フリギアときたら!
「受ける、以外の行動は取れんと言っただろう?」
「じゃあ、この手紙はなんなのさ!」
招待状だと思って、必死に重病人を演じた僕の苦労は!
悪魔を睨みつければ、飄々と言い放ってくれる。
「ああこれか。日時が確定したという知らせだ」
「またこの流れ! 騙したなっ!」
「また、とは人聞きの悪い。それと…いいのか?」
「な、なにがさ」
一転して悪魔フリギアが凄んできて…怖い。
小市民には耐えられない圧力を受けて怯える僕を見て、テーブルを指で叩きつつ、笑いかけてくる。
く、くそっ! 絶対、楽しんでる! この悪魔、僕をいたぶって楽しんでる!
「中身を確認せんでも、いいのか?」
「す、するよ! すればいいんでしょ! 分かったよ! そのお披露目会っぽいのに行くよ!」
「やはり、諦めの良さだけは評価できるな」
「しなくていい! ううっ、なんで僕ばっか、こんな目に……それもこれも全部フリギアのせいだ…この人でなし…鬼…悪魔…」
「舞い上がるのも程ほどにしておけ」
「誰も舞い上がってない!」
やけくそで悪魔に怒鳴り返し、恐る恐る手紙を開ける。視界が霞んでくるのは仕方ないことだ。
なのに、どっかの悪魔は、こんな僕の苦悩を楽しんでるような顔してるんだけどね!
「えっと…」
取り出した便箋は上質な紙で、見れば、整った字が並んでる。
ただ、その中身は悪魔フリギアが言ったように、日時と時間、そして場所だけが書かれてるだけ。目を通すのに数秒も必要ない。
というわけで、すぐさま手紙から顔を上げると、待ち構えてた悪魔と目が合う。
「くれぐれも、日時を間違えるなよ」
「誰が…」
テーブルの上で頬杖ついて、楽しそうに目を細める悪魔フリギア。
誰が間違えるもんか! と言い掛けて、気付いた。
「間違えるもなにも…今日、何日?」
最近、気の赴くままに旅してたから、日にちなんて数えてなかったってことに。