第85話(計)
「奴等も標的がこれと知れば、黙って引き下がるだろうに」
「えっ? 何だって?」
「こちらの話だ。お前が気にすることはない」
「あ、ごめん」
フリギアが何を呟いてたのかよく聞こえなかったけど、なんだか冴えない表情だ。もしかすると、何か大きな問題でも抱えてたり?
だから、さっきからしきりに嘆息したり、頭押さえてたり、僕の方を見てきた、と。
うん、そうに違いない!
おお、やっぱり今日の僕は一味違う。
「フリギア、色々苦労してるんだね」
「そうだな。どいつもこいつも危機感が欠如しているために、余計な手間が掛かって仕方ない」
「危機感? やっぱり。大変なことが起きてるんでしょ」
「ああ」
ただの問いかけに、フリギアは何か思い出した様子で、なんでか機嫌悪そうに僕を睨み付けてくる。
愚痴を聞くのはいいんだけどさ、僕関係ないんだから、八つ当たりは止めて欲しいかなって思ったり。
「他所から来た、絶望的に察しが悪い男のお陰で、城内が混乱していてな。収拾に手間取っているのだ」
「ふうん。いまいち良く分からないけどさ、でも、なんか、そういう人いると大変そうだよね」
「………」
「そういや、もしかして、フリギアが職務のこと僕に話すの、始めてじゃない?」
「…そうだな。ああ、そうだな」
いっつも色々はぐらかしたり、してなかったりするフリギアだけど、この様子だと、やっぱりお城の方で大事が起きてるんだろうなあ。
「ふうん…あ」
「どうした」
気のせいか、僕に哀れみの視線を向けてるフリギアを見てて、ふと、思い出した。
「いやさ、僕、クラヴィアさんにお礼言わないとって思ってたんだけど…でも、何のお礼だったか…忘れちゃった」
「………」
「………」
「………」
「あれ? おっかしいなあ…」
そうだ。だから、クラヴィアさんに会わないとって思ってたんだけど…
何に対してのお礼だっけ? と、答えを探すように、動きを止めたフリギアたち三人に目を向けても、ううむ、やっぱり思い出せない。
「結構大事なことのお礼だったような気が…」
「………」
「………」
「………」
確か、杖のことだったんだよなあ…杖、杖…
「あっ! 思い出した! いい鉱石店を教えてくれたお礼だ!」
思わず叫ぶと、静寂に包まれてた食堂に音が戻ってくる。
「そうだな、こいつが感付くはずもないか」
「あらま、本当に気付いてなかったのねん。とくれば…もう少し派手に暴れてもいい感じかしら?」
「駄目です。貴方は後片付けのことも考えて行動なさい」
おお…すっきりした!
クラヴィアさんの情報があったから、あのすんばらしい呪鉱石を買うことができたワケで。
だから、お礼はちゃんと言わないと! うん!
三人が食事を再開しだしたのを前に、心も頭がすっきりした僕も食事を続ける。
「だからクラヴィアさんにお礼言いたんだけど、明日もここに来る?」
「ああ。それとだな、言い忘れていたが、お前に朗報がある」
「…朗報?」
全く心辺りのない情報に鸚鵡返しすると、フリギアは今までとは一転して、どこか見覚えがある、悪い大人の笑みを浮かべて頷いてみせる。
「そうだ。シアム、お前に、朗報だ」
「ええ? 僕に? なんだろ…?」
フリギアは嬉しそうだけど、この、名前も知らないナントカ国で、僕が嬉しくなるような事なんて…
「あっ! 鉱山の入山許可証!」
そうだ! 確か、国が所有してる鉱山への入山許可証、くれるって言ってた!
それか! それなんだね!
「違う」
けど、フリギアは即答。違うみたいだ。
僕にとっての朗報だから…まさか、こっそりドゥールと約束してた…
「じゃあ、エルフの里だ!」
「………」
あ、あれ? フリギア、どうして目を逸らしてるのさ?
「お前は本当に、素直というか、単純というか…」
「え? まさか、どっちも違うの?」
「残念ながらな」
「ひ、酷い! 酷いよフリギア! 僕、楽しみにしてたのに!」
すんごく期待した僕の、この胸のときめきを返して欲しい。
というか、違うんだ……鉱山も、エルフの里も。
さようなら、鉱山。さようなら、エルフの里。
「ううううう…」
「………ふ」
しょげてると、なんとフリギアは顔を俯かせ、小さく肩を震わせている。
…まさか、傷心の僕を前にして、笑いを堪えてる、わけないよね? まさか、ね?
「フリギアあ…」
「俺を恨むな。お前が勝手に勘違いしただけだろうが」
「ふん! じゃあ、何が朗報だっていうのさ! 教えてよ!」
「分かった分かった。だから、その不細工な面をなんとかしろ」
「むう…」
むくれると、フリギアは大層失礼なことを言って、大きく咳払いする。
「実は、お前が作った杖に関してのことでな」
「うん」
「カトレア様の前でも披露することになったのだ」
「う……うん? カト、レア様?」
全然知らない人の名前を出されても、反応に困りマス。
誰だろう? フリギアの友達? でも、フリギア、友達が一人もいないとか、聞いたような?
それに、様ってフリギアが付けるぐらいだから、偉そうだけど…一体、誰?
「あのさフリギア」
「なんだ」
「そのさ、カトレア様って…誰?」
「………」
分からないから聞き返してるのに、聞き覚えない名前を呟いたフリギアは、難しい顔をして答えてくれやしない。
けども。
「ええと、坊ちゃん。聞き間違えじゃなくて、本当に…本当に、カトレア様ですか?」
「ああ」
「ほほう、それはまた」
カトレア様って、結構有名な人っぽい。
なにせ、アザレアさんは目を見開いて、サフォーさんは眉を持ち上げたまま、動きを止めてるわけで。
二人とも、その名前を耳にして相当驚いてるっていうのが、僕にも伝わってくる。
でも。
「なんか偉い人っぽいのは分かったんだけどさ…」
アザレアさんとサフォーさんの反応を前にしても、こんな感想しか出ない僕。
だって、他に言いようもないし。
「本当に武器以外のことは、何も知らんのだな」
「そりゃそうだよ。ここに来たの初めてなのに、偉い人の名前なんて知ってるわけないじゃん」
「胸を張って答えるな」
当然のことを言っただけなのに、呆れたと言わんばかりの眼差しが、理解できない。
「お前のことだから、と危惧していたが…」
「なんだろう、すんごい貶されてる気がするんだけど。そんなにカトレア様って人、有名なの?」
「ああ。聞き覚えがない、と答える人間がいたことに、俺も驚いている」
「驚かれても、知らないんだから仕方ないじゃん」
フリギアがここまで言うんだから、カトレア様って人、有名なだけじゃなくて、とっても有名で偉い人っぽい。
そんな有名で偉い人の前で、杖を披露する……のは、別に構わないんだけど。
「でさ、フリギア。杖、ただ見せるだけ?」
「どういうことだ」
「いやさ、ミノアに実演させたりしないの?」
「実は…その予定もある」
「よっし! だよね! そうこなくちゃ!」
そうそう! そうしてくれないと!
杖の外見だけ見て、はい終わり、だなんて有り得ない。杖だって武器なんだから、使ってもらわないと!
ミノアだって、新品の杖もらったら思う存分使ってみたいだろうしね!
「ええっ?」
「それほどとは…」
何度も頷く僕の横で、アザレアさんたちは驚いた様子で、フリギアに目を向けてたり。
「あの杖とミノアなら、ドラゴンだって燃やし尽くせるよ!」
「嬉しそうだな」
「当たり前じゃん! だってミノア用に一生懸命調整した杖なんだよ! どんな風に使ってくれるのかとか、展開する魔法の限界とかさ、見てみたいじゃん!」
と、ここまで言ってふと思ったけど、実際、それやったら危ない気がする。
どこで実演するのか僕は知らないけど、これ、屋内だったら危険過ぎる。
なにせ、単体でもドラゴン楽々倒せそうなミノアが、あの杖装備した状態で、しかも全力で魔法を展開した日には、周囲の建物が諸々の余波に耐え切れずに崩壊する。
うん、これは…間違いない。
「馬鹿を言うな」
見れば、同じことを、いや、それ以上を思ったみたいで、フリギアは眉を顰めて僕を強く窘める。
「危険どころの話ではない。死人がでる」
「うんまあそうだけどさあ…ミノアなら、一人でドラゴンぐらい余裕で倒せるのに」
そう断言できる、自信ある一品なのに。
「倒さんでいい」
こうくるし。
「絶対実演じゃ物足りないって。その、カトレア様? にさ、実戦薦めた方がいいって」
「お前、冗談でもそういうことを言うな」
「ええ? 本気だよ」
「本気ならなおさらだ」
うん? なんかフリギアの様子がおかしい。上手く言えないけど、なんかおかしい。
「まあ、いいんだけどさ」
ここまで言ってなんだけど、僕はミノアの勇姿を見ることは出来ないわけで。
ただの小市民、ただの鍛治が、偉そうな人が来るような、お披露目会っぽいものに呼ばれるわけもないからね。
完成したあの杖をフリギアに預けて、それで僕の仕事は終わりっと。
だから、ミノアが実演する場面を見ることはないわけだ。
「あ、アザレアさん。お代わりお願いしてもいい?」
気付けばお皿が空になってたから、アザレアさんへお代わりを頼んでみる。
途端、アザレアさんは嬉しそうに立ち上がって、僕のところまで来てくれたり。
「はいはい! どんどんどうぞ!」
「うん! 有難う!」
「シアム君は美味しそうに食べてくれるから、ワタクシ、嬉しいでございますですよん」
アザレアさんの作った料理なんだけど、本当に美味しくてどこまでも食べれそうだ。
この機会だし、折角だから食い溜めておこうっと。
だなんて考えつつ、お代わりがこんもり盛られたお皿を受け取ってると、うな垂れてるフリギアがちらりと見えたり。
「フリギア? 調子でも悪いの?」
「…散々、杖の話をし、カトレア様の名を出したというのに、その反応か」
「へっ?」
「シアム、頼むから、もう少し頭を働かせてくれ」
「え、ええっと…もしかして、お代わり、あまりするんじゃないって?」
「…………」
他人の家なんだから、もう少し遠慮しろ、とか?
フリギアならそう言いそうだけど、アザレアさんとサフォーさんは遠慮しないでって言ってたし…
「む? むむむむむ…?」
「………」
全っ然分からない。フリギアが言いたいことが全く分からない。
悩みすぎてお皿を持ったまま困ってると、アザレアさんが勢い良く手を挙げる。
「はいはいっ! 私、分かりました!」
何が?
「私も」
続いて、サフォーさんも静かに手を…って二人とも、一体、何が分かったっていうんだろ?
「よろしい」
でもって、フリギアはうな垂れたまま、何にも理解できてない僕を指差す。
「ではアザレアよ、この、絶望的に察しが悪い男に言ってやれ」
「はいっ!」
指名を受けたアザレアさんは、両手でテーブルを叩いて僕の方へと身を乗り出す。
「ぼっちゃ…フリギア様が言いたいことは…」
「言いたいことは?」
「シアム君も、その杖の実演に参加するってことですよん!」
「なっ」
ななななんですとっ?