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第84話(計)

「とりゃあっ! そおれっ! どっこい、せえええいっ!」


 台所ではアザレアさんが料理を温めて直したり、最後の調味をしてるみたいで、色んな音が聞こえてくる。すごく楽しそう。


 というわけで、席に着いたのはいいけど、手持ち無沙汰な僕。

 何か面白い物でもないかなあ、と食堂を見渡してると、入り口に影が二つあることに気づく。


「ただいま戻りました」

「あ! サフォーさん!」

「一人勝手に食べているかと思えば、大人しく待つことも出来るのだな」

「あ。フリギア」


 丁度見計らったかのように、執事服のサフォーさんと、軽鎧から着替えたフリギアがやってきた。

 でもって、顔合わせた途端、呼吸をするように失礼な発言をしてくれるフリギア。

 そんな発言と合致するような、つまり、偉そうな態度がとっても似合う、偉い人が着てるような紺色の豪華な服になってる。


 …本当に偉そうだ。とっても性格悪い、お貴族様にしか見えないや。


「遠慮や謙虚とは無縁のお前が辛抱するなど、珍しい」

「むっ! 僕をなんだと思ってるのさ!」

「落ち着きのない子供のような…落ち着きのない子供か」

「ふんだ!」


 鼻で笑うのは、遠慮や謙虚っていう言葉をどっかに捨ててきたフリギア。しかも、帯剣してたりする。

 酒場でもなんでもない、フリギアにとっては自宅の食堂。そこへ、当然のように剣を二本、持ち込んでたりする。


「………」

「どうした」


 酒場なら乱闘とか起きたりするから分かるけど…まさか、家での食事中に襲撃を警戒しないといけなかったり?

 いやいやまさか! でも、もしかすると、この、ナントカ国ってそこまで物騒だったりするの、かも?


 確かに、眼前のフリギアみたく、何でも暴力や力押しで解決しようとする人がいるわけで。

 しかも、そんな危険人物がお屋敷を持てるぐらいの地位にいるとくれば、同じ地位にいる人たちも皆そんな感じだろうし、警戒して当然。

 …国中に、フリギアが沢山いるって考えれば、自宅の食堂であっても完全武装しないと危険だ。

 だから、フリギアが帯剣してても、おかしくはない。


 お、おお! 我ながら、なんか説得力溢れる結論が出た。


「そうだ、そうに違いない…さすが僕。最近調子が良過ぎて、怖くなってきた」

「相変わらず、碌なことを考えておらんな」

「なっ」


 頭の冴え具合に惚れ惚れしてると、相変わらず誰かさんが水差すように毒舌を振るってくる。


「ちゃんとしっかり考えてるさ!」

「ほう。例えば?」


 反論すると、フリギアは楽しそうに口元を緩める…服装も相まって、物凄い見下されてる感じがするんだけど。

 気分は警備兵に捕らえられた犯罪者って感じだけど、ここで引いたら負けだ。


「例えば、この国、フリギアみたいな人でなしが蔓延ってるから物騒で、だからいつでもどこでも武装し……あ」


 今、勢いで何か言っちゃマズイ事を口に出したような気がするけど、気のせいだ。


「人でなし、と? 聞き間違えか?」


 …フリギアが、冷たい笑みを浮かべてたりするのも、気のせいだ。


「あ、あは、あははは…ナンデモナイデス」

 

 でもって、食堂の気温が一気に下がったのも気のせい。

 そう。つまり、この数秒で起きたことは、全て僕の気のせいだったというわけで。


「…………」


 ゆっくりとフリギアから目を逸らしていく。すると、今度は微笑むサフォーさんと目が合った。


「シアム様、お久しぶりです」

「ど、どうもサフォーさん! ひさ…久しぶり!」

「ええ。お久しぶりでございます」


 サフォーさんは温和な顔で頷くと、台所に近い場所へと腰を下ろす。

 一方、視界の端ではフリギアが適当な席についたのを捉えてたり。きっつい顔して腕を組んで、僕の方を向いて…ないよね?


 と、とにかく! 今はサフォーさんに意識を集中集中。

 何か話題はないものか、と脳内を検索すると、丁度いいモノが一つ。


「そ、そういえば。さっきアザレアさんから聞いたんだけど…」

「ほう。なんでございましょうか?」

「サフォーさん、一人でお屋敷の戸締りしてたんだって? 大変じゃない?」


 他愛もない質問だけど、サフォーさんは律儀に頷いてくれる。


「そうですなあ。戸締りをしつつも、壁の染みが気になり掃除をし、鍵穴へ挟まった異物を除去し。余計なことで時間をとられてしまい、遅くなりまして」

「へえ。掃除はともかく、鍵穴の方なら僕に言ってくれれば良かったのに」

「とんでもございません」


 さすがに鍵の交換は無理だけど、ゴミを取り除くぐらいなら、僕でもできるし。

 だなんて言ってみれば、凄い勢いで首を振られて、思わず仰け反る。


「客人であるシアム様に、そのようなことをさせるなど」

「でも、僕、サフォーさんたちに迷惑かけてるっぽいし」

「いえいえ」


 サフォーさん、即座に否定するけど、僕が迷惑かけてないってことはないと思うんだよなあ。

 だって、僕、突然このお屋敷に転がり込んで、サフォーさんたちと碌に話もしないで一部屋借りて、そのまま何日か過ごしてたわけで。

 我知らず疑念に満ちた視線を送ってたのか、今度はゆるゆると首を振られる。


「実はですな、フリギア様がご友人を連れてくる、と言われた時、感激し、思わず涙がでてしまいまして」

「ゆ、友人? 僕が? サフォーさんが、涙?」


 予想外の返答に、眉が寄る。今、おかしな言葉が連続して聞こえたんだけど?

 聞き返すと、サフォーさんは神妙な面持ちで頷いてみせる。


「はい。実はぼっちゃ…フリギア様はご友人と呼べる方が大層少なく、お屋敷まで招待なさるほどの方はおらず」

「えっと……」

「ですから、シアム様には快適に過ごせるよう、アザレアと相談し…」

「おいサフォー、平然と作り話をするな」

「おや、私は事実を申しただけですが」


 あ、そうなんだ。やっぱり、僕、色々迷惑をかけてたみたいだ。

 となれば、フリギアはまだしも、サフォーさんたちにお礼をしないっていうのは、きまりが悪いや。


 なんか、いい案ないかなあ……あ。

 いいこと思いついた!


「ところでさ、サフォーさんは拳法の達人って、アザレアさんから聞いたんだけど。それ、本当だったり?」

「はい。事実ですよ」

「ふむふむ。それで、どんな武器、装備してるの?」


 拳法っていうなら、拳を保護するような手甲とかあるし、遠距離攻撃に対応するための武器とか使ってるかもしれないし。

 こういう武器関係なら、僕もお礼できるじゃん! やっぱり冴えてる!


 って、思ったのに。


「武器ですか。私は使用することはありませんね」


 サフォーさんは顎に手を当てながら、さらりと。


「え? でも、ほら、ナックルとか、使う、よね?」

「いえ。私の武器はこの拳一つ、身一つでございます」

「え、えええ、と」


 本当に武器を使わない? て、ことは……もしかして!

 意外すぎる回答を受けて、気付けばサフォーさんに向けて身を乗り出してたり。


「あ、あのさ! ちょ、ちょっと手! 手、見せてもらってもいい?」

「ええ。どうぞ」


 慌てて、席を立ってサフォーさんの元に急ぐ。

 笑顔と共に差し出された手を触ってみれば…


「ほ、ほおおおおおおっ! か、硬っ!」

「ほほ、そうですかな?」


 手が筋肉で覆われてるような、表面の皮膚も分厚いのか、とにかく硬い。

 そして、大きい。腕も、太くて逞しい。


「うわあ! 腕もだ! 腕も硬い!」

「ほっほっほ」

「す、凄すぎる…こんな鍛えた手、始めて見た……うわあ…すごい…」


 手に触れたまま、唸る。まさか、ここまで拳を鍛えていたとは。

 いやはや、執事をしてると、こんなに強くなるんだ……凄い過酷な職業だ。


「…どおりゃあっ! おんどりゃあっ!」


 ちょっと感動してると、台所から再度物音が響き渡る。

 そっちに目を向けると、サフォーさんが椅子から立ち上がる。


「さて。私もアザレアを手伝いにいきますか」

「あ、うん。有難う、サフォーさん!」

「いえいえ」


 笑顔のまま、サフォーさんは食堂の奥へと姿を消す。


「…はあ、凄いなあ。武器が全く必要ないって人、始めて見たや」


 一体どこで鍛えたんだろう。サフォーさんは執事だし、このお屋敷で鍛えてるのかな?

 いや、もしかすると、僕が知らないだけで、執事とか女中になるのは、このぐらい戦闘力がないと駄目なのかもしれない。


「うんそうだ、そうに違いない」

「………」

「あ、そういえば…」


 ふと、魔法と拳法を合わせた魔法拳っていう技術があること、思い出した。

 専用の魔法具を使って、拳や蹴りに魔法を乗せて戦うんだけど、普通は攻撃魔法の威力に体が耐えられない。

 けど、もしかすると、サフォーさんなら出来ちゃうかもしれない。涼しい顔してやってくれるかもしれない。


 ふうむ。武器は使わないみたいだけど、今度サフォーさんにそれ専用の武器、作ってみようかな。

 軽くて、丈夫で、手足の動きが制限されないような、魔法具に近い武器……となれば……


「やっぱり材質は革かなあ。それに精霊石と、宝玉を…あ、それだと、重くなっちゃうか。でも、威力をとると、それなりに精霊石、必要だし…」

「余計なことを考える暇があるなら、休め」

「……うん?」

「休め、と言っている。お前、四日も飲まず食わず休まずだろうが」


 うんうん悩んでると、フリギアがやたら機嫌悪そうに声を掛けてくる。

 折角集中したのに、と睨むと、どうしようもないモノを見るかのような視線がざっくりと突き刺さってきて、慌てて目を逸らす。

 …僕、何もしてないのに。なのに、どうしてこう、毎回おっかない視線を向けてくるんだろ?


「まだ大丈夫なのに…」

「どこがだ」

「僕が大丈夫って言ってるんだから大丈夫!」

「そうだな。言うのは簡単だな」

「なんか疑い深くない? ずっと前に七日ぐらい飲まず食わずで平気だったし、まだ大丈夫だよ」


 ほら、って胸を張ってみせると、フリギアは眩暈でもしたのか、額を押さえる。

 溜息ばっかだし、眩暈までして、フリギアの方が、大丈夫じゃなさそうなんだけど。


「…お前な。今までどのような生活をしていたのだ」

「どのような、って。普通に武器作って売って、そのお金で旅してただけだよ?」


 そうやって町から町へ行く途中、ちょくちょく山賊っぽい人たちに絡まれたりしてたけど。

 その度に通りすがりの人に助けられたり、山賊っぽい人たちと一緒になって秘境探索してみたり、色々したっけ。


 街道とか山道に出没するオッチャン、お兄さんたち。実は、その地域に密着してるから、鉱石とか樹木、魔物の巣がある場所とかに詳しかったりする。

 僕も色々と案内してもらって、最後には絶対改心して見返してやるからな! と涙のお別れをしたのも何回かあって……ああ、あの時のお兄さんたち、元気にやってるかなあ。


「普通に、か」

「うん」

「…普通に生活していたとは思えんが」


 しっかし、やたらとフリギアは僕を不健康人間にしたがってるけど、本当に、体調は悪くないんだよなあ。

 杖を完成させた後、ちょっと前まで作りかけてた銀剣に手を入れる余裕もあったし、頭も冴え切ってるし。

 まだまだ元気一杯、有り余ってたり。何がそこまで気になってるんだろ?


「はいはい! アザレアさんの料理、完成ですよっと」


 首を傾げてると、いつの間にか静かになってた台所からアザレアさんとサフォーさんが現れて、目がそっちに向かう。


「シアム君はこっち。お代わり自由だけど、ほどほどにね」

「うわあ…美味しそう! アザレアさん、ありがとう!」


 お皿を腕に乗せて運んでくるアザレアさんと、お盆に乗せて持ってくるサフォーさん。

 僕の所まで来て、お皿をテーブルに並べ始めたアザレアさん。ふと、思い出したように…ニンマリと笑う。


「そういえば、クラヴィア様がシアム君のこと、とっても心配してましたよん」

「心配? クラ…クラヴィアさん、が?」


 突然言われて、誰のことかと思ったけど、すぐさま思い出した。

 そういや、クラヴィアさんが毎日、ここに来るってフリギアが言ってたような、いないような…


「ええ、そうでございますです」


 いただきます! といつの間にか席についてたアザレアさん。さっそく料理を口に運んでいく。


「よしよし、美味しく出来てる出来てる」

「相変わらず一人勝手に食べ始めて」

「だってお腹空いたんですもの」

「クラヴィアさんが、僕を? 心配してたの?」

「そりゃもう! とっても心配してましたよん」


 笑顔のまま頷かれても、なんだろう、まったく信じられないというか…


「そういやクラヴィアさん、いたんだっけ…すっかり忘れてた」

「あらま。シアム君は集中すると、周りのことが気にならなくなる人かな?」

「うん、そうみたい。それでさ、どうしてクラヴィアさんが僕のこと心配するの? すんごく嫌われてたっぽいのに」

「いえいえ。嫌われてはいませんよ」

「えっ?」


 声がした方を向けば、上品に野菜を切り分け、口に運ぶサフォーさんの姿が。


「でも…」


 あの氷点下の視線、床に落ちてるゴミや壁の染みを見るのと同じような視線をもらってた僕としては、嫌われないって言われても困る。

 僕の疑問を察してくれたのか、サフォーさんは頷きながら続ける。


「実はですね、クラヴィア様は大層人見知りが激しいお方でして」

「人見知り…そうなの?」

「はい。シアム様とどう接すれば良いのか分からず、あのような態度をとってしまったと。大層後悔しておりましたな」

「へえ…そうだったの?」


 なんとなくフリギアに聞いてみると、そうだな、と頷かれる。


「クラヴィアはお前のことを嫌ってはおらんだろう」

「本当に? なんか信じられないんだけど」

「本当に嫌悪していれば…いや…大体においてサフォーの言う通りだろう」

「ふうん…」


 なるほどなるほど。

 クラヴィアさんが僕にだけ、あんなキツイ態度だったのには、色々ワケがあったのか。


「この、単純過ぎるところは扱いやすいな」

「ですが実際、クラヴィア様はシアム様のことを特段嫌悪してはいませんが」

「クラヴィア様は誰であっても、坊ちゃんと仲良くしてるしてるのを見ちゃうと、嫉妬しちゃうから」

「確かに。私共も、時折その被害に遭うぐらいですから、相当なものですな」

「坊ちゃん一途だ、か、ら、ねえ」

「アザレア、だから坊ちゃんと呼ぶなと再三…」


 フリギアたちが三人で会話してる間に、結論が出た。


「じゃあさ、クラヴィアさんって本当はすんごく良い人なんだね!」

「ほほ、そうでございますなあ」

「うんうん、そうですとも」

「……ああ、そうだな」


 同意してくれたけど、皆僕に生暖かい視線を向けたのは……なんで?

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