第110話(計)
「フリギア! 無事だよ! ちょっと服に穴が開いたような気がしたけど無事!」
声が聞こえたほうに振り向けば、丁度客席から飛び降りてきたフリギアが、ってあれ?
観客席って、相当な高さがあるんだけど、そっから飛び降りてって……
駆け寄ってきたフリギアの背後じゃあ、カトレア様が優雅に魔法を展開して、カーライルと一緒に、ふよふよ宙浮きながら降りてるし…
「フリギア…やっぱり人間じゃないんじゃ…」
なんだかんだで、色々おかしいフリギアも、まだ遠くにいるカーライルも、カトレア様も。
三人共、平然とした顔で、消し炭になった襲撃者たちの間を縫ってやってくる。
「ああ、お前が無事なのは当然か」
「………へっ?」
でもって、僕を間近にしたフリギアの、第一声がコレ。すんごい適当な言い方。
「問う必要もなかったな。シアムよ、心配してすまなかった。先程の言葉は、全て忘れてくれ」
「はいっ? 忘れてくれって…少しは僕のさ、心配しようよ! さっきだって、僕ただの小市民なのに、変な襲撃者たちに絡まれるわ、ドラゴンに食べられるかと思ったら空飛んでて…」
「ミノア、無事だな」
「うん」
「…あのさ、フリギア」
「どうした」
「………なんでもないよ、うん、なんでもない」
「相変わらずおかしな奴だな、お前は」
「………」
一体、フリギアの中で、僕はどういう存在なのでございましょうか! 心配して損したって雰囲気が、びしびし伝わってくるんですけど!
頭下げてまで僕の心配をしたことを謝ってきたフリギアは、ミノアの心配はしっかりしてから、大人しく鎮座してるドラゴンを見上げる。
…もう、完全に僕のこと、どうでもいいとか思ってるよね! コレ!
「ドラゴン」
「そうだな。しかし実物を出してくるとは…フォルツァンドめが」
「あ! ちょっと待って! このドラゴン、悪いドラゴンじゃないからね!」
「分かっている」
「……本当に?」
「何を疑うことがある。先程、お前を庇っていただろうが」
「う、うん…そうだけどさあ…」
今にも切りかかりそうなフリギアの前に、慌てて立てば、馬鹿にするなと苦笑される。
いやだって、一瞬フリギア、凄い目してたし。一歩でも近づけば叩き切る! みたいな感じで、殺気っぽい何かを全開にした目でさ、ドラゴン見ててさ。
「しかし、シアムよ、お前はドラゴンとも会話できるのだな」
「え、うん、ほどほど、だけどね」
一転して、物珍しそうに僕を見てくるフリギアに、うんうん、と頷く。
「ほどほど、か」
「うん。たまに意味が分からない言葉もあるけ………うへあっ!」
更に頷いてると、全身に凄まじい衝撃が走って…痛い!
「シアムさん! ご無事でしたか!」
「ぎゃあああああっ!」
でもって、気付けば、カーライルの顔が近くにあって………って!
「お怪我は、お怪我はありませんか!」
「ない! 近い! 邪魔!」
「ああ! こんなにも汚れてしまって……なんという…!」
「カーライル離して! 気持ち悪い! だから、僕は男だよ! いい加減理解してよ!」
どこまでも色々勘違いしたまま、僕に抱きついてくるカーライルに、恐怖以外の感情を持てだなんて、無理!
全力で押し返そうにも、騎士じゃないと思いたいけど騎士だろうカーライルとは、腕力諸々の差が天地ほどあって、びくともしない。
「貴方がドラゴンたちに襲われたとき、私は心臓が止まる思いで…」
「心臓止まるのは僕だよ! そろそろ現実直視して! 勘弁してよ!」
「ああ、こんなにも貴方を不安にさせて……私としたことが!」
「ああもう! 何をどう勘違いしたらそうなるのさ! フリギアああっ!」
「……待っていろ」
呆れたような声、が聞こえたと思えば、カーライルが僕から剥がされて…おお、助かった!
「なんか疲れた…」
「フリギア…」
どことなく汚れたような気がしたから、服の埃を落としてると、引き剥がされたカーライルは不満そうにフリギアを睨みつけてたり。
「シアムさんを心配していた私に対して…」
「…カーライル、それ以上喋るな、頭を貸せ。一度矯正した方がよいと、常々思っていたが…よもやこれほどとは」
「矯正、ですか? 意味が分かりませんが…それは、どういうことでしょうか」
「ふん。そうだな、今から…俺が貴様の頭をかち割るということだ」
「ははは、剣まで抜いて、私をどうしよう、とっ!」
楽しそうに、闘技場でちゃんばらごっこを始めた二人…よし、放っておこう。あ、一応フリギアが勝ちますように、とお願いしとこうそうしよう。
「はあ、やれやれ…なんで僕ばっかり…」
「シアムさん…」
「はい……はいっ!」
カーライルに抱きつかれた箇所を、念入りに払っていると、ふと、王妃様と眼が合って、慌てて姿勢を正す。
「そのっ! これはでございましてっ!」
「シアムさん、お怪我は? もしあるようでしたら、私が治療しますよ」
「いえっ! このドラゴンとミノアがいたので、大丈夫でございますですっ! 僕は元気でございますです!」
精神的なアレコレは、計り知れないけどね!
とりあえず無事でございますです、というのは伝わったみたいで、カトレア様は優しい笑顔で頷くと、ドラゴンを見上げる。
「それにしても…申し訳ありません。どうやら、貴方を不当に拘束していたようですね」
(……構わん…忌々しい宝珠は破壊された…)
「一体、どのような手段を用いて、貴方ほどのドラゴンを拘束していたのか…」
んん? はて、話がすれ違ってるような、食い違ってるような……あ、そっか。
カトレア様には、ドラゴンの言葉が聞こえないんだ、なるほどなるほど……じゃなくて!
「えっとでございまして! 王妃様! ドラゴンは、自分を拘束してた宝珠を壊してもらったから、気にしてないそうでございます!」
「まあ、そうなの」
「はいそうでございますです!」
僕の通訳に、カトレア様は得心したように頷くと、ドラゴンを見上げて話しかける。
「それもありますが、本来ならばこちらで処分しなければならない、不届き者たちまで排除していただいて。国として、詫びなければなりません……何か、望むものはありますか?」
「えっ? それはまず…ミノア?」
「………」
ドラゴンに対価なんて要求したら、って言いかければ、袖を、ミノアが結構強く引っ張ってくる。
ううむ、これ、黙れってこと、かな? 黙らないと、漆黒の杖の先で展開しかけてる、炎の魔法で僕を丸焼きにしようという所存、でございましょうか?
「………」
「………」
「………」
どこまでも優雅に答えを待つカトレア様と、どこまでも平然と魔法を展開寸前まで構築してるミノアと、どこまでも命の危険に晒されてる僕と。
三人の沈黙を前に、ドラゴンは小馬鹿にしたようにふ、と息を吐く。
(………そうだな…では…この人間の命を…捧げよ…)
「はいっ? ぼ、僕っ?」
(…ただの人間一人の…命よ……安い対価であろう…?)
「ええっ? だからってなんで僕っ?」
「シアムさん、ドラゴンはなんと?」
「………」
困ったように聞いてくるカトレア様に、そりゃあ伝えなきゃ駄目なんだけどさ、その、僕を殺したいらしいですよあはは、とか言えないし!
…なんだろう、最近、僕の扱いどころか、僕の命すら、軽く見積もられてるような気がするんだけど!
(……『通訳』しないのか?)
「シアムさん、通訳をお願いできるかしら?」
「えっと…その…で…ございます…ね…その…」
ドラゴンの楽しげな声と、カトレア様の困ったような視線が僕に向けられる。
以上、鈍足更新でした。
…遅くなり、申し訳ないです。




