第109話(計)
「うへああああああああっ?」
食べられてる! 僕食べられてるっ? 頭から、思い切り食べられて…
「待って待って待って! 僕! 僕食べるの駄目だから! 美味しくないって!」
(分かっている……お前は実に……不味そうだからな…)
「うわわわわっ! き、牙がっ! 牙が見えるって! 食い込んでる食い込んでるっ!」
視界の端に映るのは、ドラゴンの牙。
遠目から見た時には白いなあ、とか思ってたけど、近くで見ると、ちょっと黄ばんでて、新しい発見が……じゃなくて!
(…飛ぶぞ)
「飛ぶ………この状態でっ?」
(………ああ……)
「あのちょっとその飛ぶのはいいけど僕の心の準備とかというかそもそもこの状態で飛ぶとかおかしくて最近何か皆して僕の扱いひど」
(………)
「わぎゃああああああっ?」
もう自分でも何言ってるのか分からないけど、言いかけてる途中で、力強い羽ばたきの音が聞こえたと思ったら、全身に風が叩きつけてきて。
一瞬にして、闘技場全体が見える場所まで移動してて……ていうか、僕! 今! ドラゴンに加えられた状態で! 空飛んでて!
落ちる! 落ちるっ! 落ちるから!
「あぎゃああああああっ?」
(…暴れるな……)
「空」
「ひいいいいいいっ!」
(大人しく…していろ………落とすぞ……)
「きれい」
「そ、そ、空、だね! ミノア! 怖くないのっ?」
「楽しい」
ドラゴンに乗っかれたミノアは、きっといい風を感じてるんだろう…僕は生暖かい吐息を感じてるんだけどね!
しかも、手足は空に投げ出された状態だから、もう、怖くて怖くて仕方ない。
心臓ばくばくしてるし、血の気も引いてるし、景色楽しむ余裕なんて、あるわけないし!
「僕、怖いんだけど!」
「楽しい」
「良かったね! 僕とっても怖いよ!」
(人間の魔法など………片付ける……目を閉じろ)
「はいっ?」
(…いくぞ)
「え、あ、ちょっと待……」
色々言いたい、この状態に言いたいのでございます。けどまずはドラゴンに言われた通り、きつく目を閉じる。
あ、目閉じると、何もない空間に自分が落ちてくような感じがしてこれは……怖いいいいっ!
「うひいっ?」
背筋どころか、全身凍りつくような体験をしてる間に、突然凄まじい音が周囲に響き渡って、大気が振動する。
何度も、何度も、何度も、何度も。音がしては、空気が振動して。
「うわわわわ!」
気のせいか、焦げ臭い匂いもしてくるし……一体何が起きてるのさ!
とりあえず、落ちないようにお祈りしながら身をすくめて目を瞑ってしばし。
(………降りる…)
ドラゴンの声が聞こえてきたのは、連続する轟音で、僕の耳が完全にやられた頃。
周囲の音は何も聞こえないけど、ドラゴンの声だけは、しっかりと聞き取れる。
「み、耳が……君さ、何、したの?」
「雷」
どうやらもう終わったらしいと、薄っすら目を開くと、上の方から、ミノアのドレスの裾がちらちら。
どうも、ミノアが徐々に近づく地面を指差してるようで…って、そんなに身を乗り出して、怖くないの? 落ちそうじゃない?
僕の心配なんて知らないミノア。その小さな指を辿って、顔を落としてみれば、闘技場のあちこちに焦げ痕があって、いくつもの消し炭が見えマシタ。
消し炭ってそれ…つまり、あれだね……えっと、あれ……アレだ。
(小さき魔法師よ……楽しめたか…)
「とても楽しい」
(そうか…ならばよい…)
「うわおっ?」
ドラゴンは大きな翼を何度も羽ばたかせて、徐々に高度を下げて、丁寧に着地…してくれたのに、僕はぺっ、と投げ出される。なんでっ?
「い、痛い…」
「楽しかった」
突然放り投げられて、受身なんて取れるはずない。肩やら腰やら、地面と激突した場所を擦ってると、ドラゴンは頭を下げて、ミノアが降りやすいようにしてくれてたり。
でもって、ドラゴンに飛び乗った時と同じように、やっぱり軽やかに降りちゃうミノア……えっと、ドラゴンに乗るの、本当に初めてなのかな…?
「ちゃんとした場所にいたら、僕も楽しめたんだろうけど……それにしても、これ」
(…殺意あるものは……全て片付けたぞ……人間よ…)
「う、うん」
改めて近くで見ると、沢山ある消し炭が、襲撃者たちの成れの果てだってことが、よく分かる。それっぽい形してるし、若干生焼けっぽいのもあるし。
雷撃によって焼かれたせいか、なんとも言えない異臭も漂ってきたり。
これぞドラゴンって感じの威力だ。ほんのわずかな時間で、闘技場全体が死の空間と化すほどの、破壊力と範囲。
しばらく観察してから、そのまま顔を動かして、被害を免れた観客席へ。当然、皆避難して、がらんとしてるけど。
「良かったあ。あっちは無事っぽいや」
(……殺意は…我らに向かっていたからな……)
うんうん、良かった良かった。観客席に傷一つなくて。
こっちにはドラゴンと、杖持ったミノアがいたわけで。観客席から謎の襲撃者が現れたら、それこそ闘技場なんて跡形も無く吹き飛びそうだしね。
「そっか。とりあえずお貴族様たちは無事なんだね……って思い出した」
そうだそうだ。そういやさっき…と、しゃがみこんで、地面を指で突いていたミノアに質問。
「ねえミノア…」
「………」
無言のまま、地面を突っつくミノア。何してるんだろと思えば、謎の焦げた物体があって、それが気になってるらしい。
「さっきさ、ドラゴンと会話してなかった?」
「会話」
訊けば、杖抱えたミノアは顔を上げて首を傾げる。指はそのまま焦げた物体を転がしてたり。
「ドラゴンが上出来だな、って言ったときさ、上出来って返してたよね?」
「上出来」
「魔法師だからって、ドラゴンとは会話できないはず…だよね?」
「知らない」
「ええ? ドラゴンの言葉、聞こえてきたんじゃないの?」
「知らない」
知らない? ということは…さっきの、アレって偶然?
でもなあ、ドラゴンとミノア、会話してたような。
「会話してるように見えたんだけどなあ…」
(…会話ではなく…そうだな……意思の…交換……といったところか)
僕も首を傾げてると、楽しそうなドラゴンが、説明してくれたり。なるほど、意思の…
「交換」
「それって会話じゃないの?」
(…別だ)
「別」
「そうかなあ。ほとんど会話だと思うんだけど」
お互い言ってることが伝わってるし、何の違いもないと思うけど。
きっと、二人には何かこだわりがあるんだろう、ということにして。
「まいっか。でさ、ミノアに、もう一つ訊きたいことがあって……」
「シアム! 無事か!」
立ち上がったミノアに問いかけようとした瞬間、すっかり頭から抜け落ちてたフリギアの声が、飛び込んできた。




