第106話(計)
(……期待はせぬぞ)
「えっへへ! 任せといて! あでもちょっとだけ待って! おおい! ミノア! ちょっと来て!」
というわけで、魔法を撃ち続けているミノアを呼ぶ僕。
でも、火炎弾放ったり雷落としたり岩落としたり轟音立ててるから、聞こえるかなあ……と、来た来た!
なんとミノア、あの爆音の中でも僕の声をしっかり識別してくれたみたいで、あっさり魔法展開してた手を止めて、小走りでやってくる。
「………」
そして、当然のように杖を…
「あ、駄目駄目! ドラゴンに魔法向けちゃ駄目だから…って僕にも向けちゃ駄目だから!」
あ、危ない危ない…先に言っておかないと、ミノア絶対ぶちかましてくるし。
幸い、ミノアは杖を持ったままで、とことこと僕の隣にやってくる。
よしよしそれじゃあ、だなんて心の中で頷いてると、立ち止まったミノアは、流れるような動作で杖を僕に向けてですね!
「死ぬの?」
「あの、ドラゴンに杖向けないのに、なんで僕に向け…ってそういう話じゃないから! あのさ、ちょっと杖借りたいんだけど、いい?」
「私の」
分かる、抱きしめて離したくないのは分かるんだけど、どうしてもそれが必要でね、ミノア。
というわけで、両手を合わせてお願いするわけで…実力勝負じゃ、絶対に勝てないし。
「うん、そうだけど、このドラゴン、ちょっと呪われててさ、それで解呪にミノアの、その杖が必要でさ。だから…」
「姉様の服」
「ふ? えっと…?」
服? 服がどうした…って?
「着て」
「………」
きっちり対価を要求する、交渉上手なミノアです。
「着て」
「……………」
たらりと冷や汗が流れる。生命の危機とは別の危機で、顔が引きつってくる。
どうしても答えられない僕と、杖を抱えたまま、じっと見つめてくるミノア。話が進まないことに、ドラゴンが不審そうに音を鳴らす。
(どうした…人間よ…)
「あ、う……」
そ、そうだ、そうだ! 服がどうした! このドラゴンは、今まで嫌々、人間に従って、辛い思いをしてたんだ!
だから、だから、ミノアの、お姉さんの、服ぐらい、服、ぐらい……服……
「…………わ、分かった。分かったよ、ミノア。僕、その…着るから……多分」
「姉様の服」
多分、じゃ駄目だった。薄っすら駄目だと思ってたけど、駄目だった。
「…そもそも、僕、男だからね。なんか髪飾りといい、色々間違ってるけど…そもそも、似合わないから……」
あはははは、と冷や汗だらだらで、朗らかに笑ってみれば、目の前に赤黒い宝玉、杖の宝玉が……って!
「着て」
「着ます! 着させていただきますっ! ミノアさん有難うございますっ!」
完全に焼殺する気満々の魔法が展開しかかってたら、誰だって、どんな無茶な要求を呑まざるを得ないよね!
そう! 例えば! 今!
「喜んで! 全力で! 着させていただきます!」
途端、ミノアと杖から漂ってた魔力が霧散するわけで。
続いて、すすすっと差し出される暗黒の杖。
「はい」
「ありがとうミノア……ありがとう……僕、今、とっても嬉しいよ……ううっ」
無造作に差し出された杖を、霞む視界で受け取る。あ、今、何か冷たいものが流れたかも…雨かな?
(……どうも……無謀な交渉をさせたようだな)
「いいの……男の沽券がなくなるだけだから……どうせもとから無いし……前にもこんなことがあったし……いいよ……うん…僕大丈夫…」
(ううむ…)
「君が自由になれるんだから…よっし」
なんとなく袖で顔を拭って、折れかかった心を持ち…直…直し、て。
杖を構えて、邪悪に輝く宝玉へ手を置く。
「じゃあ、破壊するね」
(…………)
一応お伺いを立ててみれば、期待しているわけでもない、諦観の籠った無言の意識が飛んでくる。
無手になったミノアは、首を傾げてそんなドラゴンを見上げる。
「可愛い可愛い僕の娘、存分に力を見せ付けてやって」
呼びかけに、杖が瘴気を漂わせ始める。視認できるぐらい、黒々とした空気が、淀んだ空気が表層から流れてくる。
(…ほう)
「あ、これミノアには出来ないからね? 危険だから、真似しちゃ駄目だよ」
「うん」
「それじゃあ…」
十分に瘴気を纏った杖を逆手に持って、錐のように尖った石突をドラゴンの逆鱗近くにある宝珠へ向けて…振り下ろす!
「呪術を超える呪い、どんなものか見せてあげるよ!」
大した手ごたえもなく、暗黒の杖が緑の宝珠を突き刺せば、澄んだ音を立てて、宝珠が真っ二つに割れる。
同時に、破壊の衝撃で宝珠に溜められてた大量の呪力が溢れ出して、一番近い位置にいて一番弱い僕を喰らい尽くそうとする。




