第103話(計)
「えっと……?」
僕に質問してきたんだよね? よく、聞こえなかったけど。
クラ…なんとか様が微笑みながら僕の答えを待ってるっぽい…けど、食い殺されそうな、魔物や鬼のフリギアを前にした圧力を感じるのはこれいかに?
しかも、お貴族様たちの声が一瞬止んだと思ったら、すぐさま下世話な声と失笑がですね…えっと、一体どんな質問したら、こうなるのでございましょうか?
「どなたかいらっしゃるのかしら? それとも、お独りかしら?」
「……と…その…」
止めとばかり上目遣いで、僕を見てくるクラなんとか様。
……うん、駄目だ。
もう一度、質問内容聞いてもよろしいでございますか? とか言ったら、背後にいるフリギアが殺人光線どころか剣、投げてきそうだし…
「まあ、照れているのかしら?」
「………うう…む? むむっ」
ひ、閃いた! そ、そうだ! こういう時こそ…!
余計なことを言うよりマシでしょう、とおっそろしい笑顔したクラヴィアさんから教わった、必殺の言葉を思い出した!
今こそ、それを実践する時!
「モウシワケアリマセン、オコタエシカネマス」
「あら、減るものではないでしょう?」
「スイマセン、オコタエシカネマス」
これが、どんな困難も乗り越えることが出来る、必殺の呪文! オコタエシカネマス!
これで……どうだっ!
「いいわ。いてもいなくても、私には関係ないもの」
「………」
…の、乗り切った? 僕、乗り切った?
心臓バクバクしてる僕の耳に、誰かが男狂いめ、と吐き捨てるように呟いたのが飛び込んで…って男狂い? なにそれ?
侮蔑するような言い方だったけど、クラなんとか様は、それがどうしたと言わんばかりに、胸を張って身を翻せば、お貴族様たちの声が大きくなっていく。
「シアムさん、ごめんなさいね。杖とは全く関係ないことを聞いてしまって」
「いえとんでもございませんっ!」
…で、一体クラなんとか様は何を質問してきたんだろ? 気になるけど、今は杖だ、杖。
王妃様の声に、一つ、思い出す。
「最後に一つだけよろしいでしょうか、王妃様」
「ええ。どうぞ」
僕の声に、お貴族様たちがなんだ、と口を閉ざして、少しずつ静かになっていく。
「こちらの杖に、外部から細工をしようとしても無駄ですので」
そう、これだ。
可愛い娘が気を利かせて教えてくれた情報。誰かが、ここにいる誰かが、魔法を使って自分に細工しようとしてる、と。
僕の娘にとっては気にする必要もない干渉だけど、僕のことを気遣ってくれたその心はとっても優しくて、嬉しい。
「特殊な加工を施してあるため、外からの魔法、特に呪術に関しては一切を受け付けませんので悪しからず」
それも当然、なにせ、負の吸引力も放出力も凄まじい呪鉱石を使っているのだ。
魔法の中でも、特に呪いに関する呪術系統は全部無効化して当然当然。
それどころか、吸い込んで力とするぐらいで…ふっふっふ…さすが、僕の最高に近い傑作…ふっふっふ…実は偶然そんな特性が付加されただけなんだけど…ふっふっふ…
「以上になります」
とまあ言ってみたけど、さすが数々の闇を潜り抜けてるはずのお貴族様たちだけあって、皆様面の皮が厚いでございます。
誰もが疑問の表情を浮かべるだけで、動揺する人は当然いない。
ただ、この中の誰かが妨害しているのは確実なんだけど。それが誰だか、僕には分からないんだよなあ…まあ、大したことないから、いいけどさ。
「外からの干渉をも受け付けないのね。面白い杖ねえ」
「いえそれほどでもございませんっ!」
小声で褒めてくれたカトレア様に、小声ではっきり返す。
僕の言葉を受けてか、フリギアが犯人を馬鹿にしたように鼻で笑い、カーライルも爽やかな笑顔の中に嘲弄を潜ませた目を観客席へ向ける。
「では一通り質問も終わったことですし、模擬戦に入りましょう」
どこまでも穏やかなままのカトレア様は、声だけ弾ませてミノアに目を向ける。
その言葉を受けて、お貴族様たちは興奮したように声を交わし合い、フリギアとカーライルはカトレア様を連れて観客席へ……って、僕は?
えっと、フリギアたちに付いて行けばいいのかな…? それとも、もう用無しだから退場した方が…? ええと、ええと…?
おろおろする僕と、三人がすれ違う。その瞬間、フリギアが囁く。
「シアム、ミノアの傍にいろ」
「…どうしてさ」
「そこが安全だから、だ」
「はい? 安全?」
一体何のことさ? と振り返れば、すでにその姿は遠い…っていうか見向きもされてない。フリギアだから当然だけど、なんか傷つく。
僕とすれ違ったカトレア様ご一行、客席で最も豪華な場所まで、魔法で浮遊して席につく。
おお凄い凄い! カトレア様の魔法だけど、フリギアとカーライルも含めて三人を宙に浮かせるなんて、凄いや!
他人に影響するような魔法は、難易度高いって話だけど、カトレア様見てると、とっても簡単に見える。
「……んあっと!」
僕も空飛んでみたいかも…だなんて思ってると、袖を勢い良く引っ張られて。
危うく転びそうになりつつ、振り返れば…
「杖」
「あ」
「杖」
「あ、ごめんねミノア。もうこの子、ミノアのだからね。大切にしてね」
待ちきれなかったミノアは、僕が言い切る前に、箱の前にしゃがみこんで、漆黒の杖を取り上げる。
そのまま、絞め殺しそうな勢いで抱きしめて、自分の物だと自己主張するミノア。
僕はといえば、空になった箱を閉じてから、それを持ってフリギアに言われた通り、ミノアの横に立つ。
「ありがとう」
「……えっ?」
「ありがとう」
「…おお」
なんとっ! 普段から僕を燃やそうとしてる、あのミノアがお礼言った! しかも、ちょっと恥ずかしそうに!
杖を抱きしめたミノアは、本当に嬉しそうで、僕までほっこりしてくる。
「いえいえどういたしまして。ミノアが満足してくれて、僕も嬉しいよ」
「うん」
「うん……うん? 僕の頭がどうかし…」
何故かミノアは僕の頭を指差す。照れ隠しかな、とか思いつつ、何気なく頭に手を当てると、硬い感触が。
…………そうだった! 僕、髪留めしてた! 思いっきり忘れてた!
「姉様」
「ねえさ…?」
あたふたしてる僕を横目に、ミノアは暗黒の杖を客席に向ける。はて、そんな大雑把に方向示されても何がなんだか………
「ああ、あの人。あの人がどうかしたの?」
「姉さま」
「…ミノアのお姉さん? お姉さんなの?」
大人しく場を見守ってるお貴族様たちを他所に、一人席を立って、飛び跳ねている女の人を発見。
その横に苦笑しながら宥めてるレガートさんがいて、ミノアがお姉様と言ってるから、あの人が噂のレティシアさんで確実だろう。
元気一杯なレティシアさんは、僕らが気付いたことに気付いたらしく、より一層大きな仕草で両手…両腕を振ってみせる。
魔法師には珍しく、魔法具の腕輪を嵌めている。一個や二個なら珍しくもないけど、その量が尋常じゃないというか。
腕輪型の魔法具は一個一個、各々対応する魔法にしか反応しない仕様で、普通は苦手な魔法を展開するときの補助代わりに一、二個だけ嵌めるものだけど…あの数は明らかにおかしい。
「姉様の髪留め」
「へえ、お姉さんの髪留め…ってじゃあ僕、あの人の髪留め使ってるってことじゃ!」
「うん」
「うん、じゃないって! うああああっ!」
何をのんびり鑑賞していたのだ僕! ていうかミノア! 何を衝撃的な発言しちゃってるのさっ?
思い出せば、恥ずかしくなってきた。
「……僕の沽券が……ていうか僕髪留めつけたまま説明してたあ……! なんで誰もおかしいとか思わなかったのさあ…!」
「姉様、喜んでる」
「そ、そう」
うう…後で謝らないと。
絶対さ、ミノアが使うと思って髪留め貸したんだろうにさ、名も知れない小市民が自分の髪留め使ってるっていうこの状況さ。
「に、あ、って、る。か、わ、い、い」
「あのミノア、読唇術使わなくていいからね…」
妙な小技を披露してくれたミノア。今披露しなくてもいいと思いマス。
知らなくてもいい情報で凹んだ僕の耳に、威圧を伴った声が飛び込んでくる。
「準備も出来たようですし、ミノアちゃんは杖を構えて頂戴…さあ、召喚魔獣と対峙してもらいましょう」
そうだ、お披露目会の途中だった。
……すっかり忘れてた。




