第101話(計)
挨拶を終わらせて、颯爽と立ち去っていたローブ姿の男女。ミノアの…家族、だとかなんとか。
「カーライル、彼女はどうだ」
「フリギア、分かりきった質問はしないで下さい。流石の私も、アレには手を出しませんよ」
なんとなく二人を見送る僕の後ろから、フリギアとカーライルの声が聞こえてくる…はて、何の話してるんだろ?
気になって、振り返ると…
「シアムさん、よろしいかしら?」
「は、はいっ? はいっ!」
「大分待たせてごめんなさい。準備が終わったようだから、こちらへ来て頂戴」
「あ、はい……………へっ?」
反射的に身構える僕を気にすることなく、カトレア様は優雅に身を翻して。それは、別にいいんだけど、いいんだけど…
カトレア様の腰、風になびくドレスには不釣合いな、無骨な感じの茶色のベルトに目が向かう。
特に、その…やけに実用的なベルトに収納されてた一品に、視線が、全神経が集まる。
「うああああああおおあああっ?」
「シアムさん、どうされました?」
「そそそそそそ…っ?」
目が離れない、二度、三度、四度、五度、と見直しても、現実は変わらない。
「まあまあ、シアムさん?」
「カトレア様、気にすることはありません。こいつ、いえ、このシアムは、普段より、ここ一番となれば、こうして奇声を上げて自身を鼓舞する習性がありまして」
「まあそうだったの。本当に面白い方ね」
「ええ、本当に面白い男です」
全身から一斉に血の気が引いた。一瞬、目の前が暗くなって立ちくらみまでしてきたり。
「…あの…杖………」
声が出たのは数十秒後。
「…ミノア……杖……うっそ……」
カトレア様が引き下げていたのは杖。陽光を浴びて、燦々と輝く杖。
ミノアが今まで使ってて、僕が遠慮なく手を加えた、あの杖が、そこにあった。
どう見ても、ナントカ国の王妃様の所有物、って感じな感じで。
「ということは……? 僕もしかしなくても…………」
「シアム、いつまで阿呆面を晒している。早く来い」
「フリギア、彼女がどれほど緊張しているのか分かっているのですか? 相変わらず、そういう機微に疎いですね」
「おいカーライル、お前、まだこいつを女だと…」
「いけませんよ、フリギア。シアムさんのことを『こいつ』などと言っては。先程から、私たちの品性が疑われるような発言を繰り返して…まったく困ったものです」
「……カーライル、後で顔を、いや、頭を貸せ」
「突然どうしたのですか? まあ、顔を出せというのは構いませんが」
あああどうしようどうしよう! 今すぐカトレア様の前に飛び出して謝り倒したい!
スイマセンその杖僕が自信満々に改造して、色々満足いく調整したけどきっとあの状態にしてたのは理由があるんだろうから元に戻したいんで貸して下さい、けど一旦その杖に組み込まれてる精霊石を取り出して再調整すればもっと良くなるから僕に貸してくれると嬉しくてついでにその杖の出所とか製作方法とか教えてくれるともっと嬉しくてたまらない…
「杖」
「…あ…? う、うん?」
「杖」
「そう、だね。あ、杖だったね、ミノア」
ミノアの一言で現実に返る僕。うん、さすがミノア、杖とお菓子に対しては気迫が違う。
「杖」
「うん、分かってる……けどね杖は……ああううううう」
折角現実に戻って来たけど、あの衝撃から立ち直れない。
ふらふらと、我ながら覚束無い足取りで、死刑台にあがる心地で訓練場の中央へ…このままカトレア様の、王妃様の所有物に手を加えた罪で処刑されてもおかしくないよなあ、だなんて。あはは。
あああああ! 笑えないっ! 笑えないぞっ!
カトレア様の背中を見ているだけで、心拍数が上がっていく。寿命がどんどん縮んでいく。
なんてことっ! 僕の考えなしっ! あ、いやでもあの杖の秘められた可能性というか性能というかをそのままにしておいてもアレがアレだから手を加えないと勿体無いとか…
「っと。ごめん……ごめんなさいミノアっ! だから僕にその手向けないでっ?」
と、先行くカトレア様の動きが、止まる。突然の急停止に、先行ってたミノアにぶつかって、更なる命の危険を感じたり。
「シアムよ、少しの間でよい、その喧しい口を閉じていろ…流石に、出来るな?」
「あのフリギアさ……僕にあのさ…労わりの…なんでもないや」
労わりの声なんて掛けるわけがないフリギアが、呆れ果てた目を向けてくる。
けども、一瞬で精悍な顔つきになると、周囲へ向けて声を張り上げる。
「静粛にせよ! カトレア様の御前である!」
フリギアの声が、響き渡る。冷たい声に、ざわめきが囁きぐらいに落ちていく。
なんか流れとか良く分かってないけど、これはどうみても、『お披露目会』の始まりだろう。
「カトレア様」
「有難う、フリギア」
「いえ」
色んな緊張が混ざりに混ざって、杖入れた箱を握ってたが汗ばむ。全身が固まって動かしづらいことこの上ない。
どうにもならない僕とは対照的に、こういうことに慣れてるっぽい王妃様、カトレア様はゆっくりと顔を左から右へと動かしてから、口を開く。
「今日は私の我侭に付き合わせて、ごめんなさいね。けれど、とても楽しみにしていた今日を、こんな晴天の中、何事もなく無事に迎えることが出来て嬉しいわ」
それほどの声量ではないのに、隅々まで通る声。
言い方はどこかお茶目な感じだっていうのに、色んなところで控えてた騎士様達が姿勢をさらに正すほどの威厳がある。
囁き合ってた観客席の声も完全になくなってるし。
「事の次第は皆さん理解しているでしょうから、難しい話はしなくていいでしょう。それでは、始めましょう」
周囲の、様々な反応を気にすることなく、カトレア様は、そりゃあもう、大層嬉しそうに僕に顔を向けてくるわけで…
「それでは、杖を」
「は、はい! ただいま!」
何度も首を縦に振りつつ、地面に箱を置いて。
その蓋に手をかけ、ゆっくりと開いて。中に入れた杖をカトレア様へと見せる。
「こちらとなります」
「まあ」
…これも、最初は箱に杖だけ入れてたら、フリギアが小馬鹿にしてきた。曰く、頭が残念なのは分かっていたが、もう少し見せ方を考えろ、と。失敬な!
別に杖見せるだけだからいいじゃん、耐久力も桁違いだから傷なんてつかないし…だなんて言ってみたけど、結局押し切られて、アザレアさんたちと、特にクラヴィアさんと綿密な相談をした結果。
箱自体を豪奢にして、中も緩衝材を敷いたものに変更。この箱だけで、相当なお金が掛かってる、らしい。
うん、クラヴィアさんの怒りは本当に凄かった。フリギアの顔に何回泥を塗れば気が済むのか、ミノアちゃんの晴れ舞台を台無しにするつもりなのか…って。
あの圧力を前にして、良く心臓が持ったなあ……だなんて思い返してると、おおお、と控えめな感嘆の声が聞こえてきて、現実に返る。
「杖」
「あちょっと待った。ミノア、ちょっと待とうね。待たないと、フリギアとかクラヴィアさんから、容赦ない仕打ち受けるから……僕が」
「杖」
「だ、だからちょ、ちょちょま…」
慌てて、箱に手を伸ばしかけたミノアを引き寄せる。だけども、杖を前にしたミノアが、止まるわけがない。
当然、実力行使だなんて恐ろしいことは出来ない。けども、止めないと僕の寿命が更に縮むこと請け合いで。
悩む僕に助けを出してくれたのは…カトレア様だ。僕自慢の一品を手に取った、カトレア様しかいない。
「ミノアちゃん、もう少し待ちましょうね。こういう催し物には、面倒な手順があるのよ。だから我慢、ね?」
「うん」
「ミノアちゃんは本当に素直で、良い子ね。後でお菓子あげるから、我慢我慢」
「うん」
カトレア様はいつになく素直なミノアに微笑んで…って、僕の時も、それぐらい素直だと嬉しいんだけども。
黙ったミノアから離れ、カトレア様は僕渾身の一品をうっとりと眺めてくれる。
「とても綺麗な杖ね。見たことがない色合いね」
「うんうん! そりゃもう、フリギアが色々気にしないで作っていいって言ったし!」
「まあ。本当に、フリギアがそんなことを?」
「本当本当! 材料も作る場所も、全部自分で持つから遠慮せずにって言って…言ってゴザイマシタノデ」
全体が漆黒の、ミノアの胸辺りまである長さをした杖。
自分で言うのもなんだけど、黒々とした光沢とやや細身のその姿はとても魅力的な一品だ。ドワーフのオッチャンが売ってくれた呪鉱石が圧倒的な存在感を出してくれて、個人的に満足。
先端は半月のような台座にして、黒味が強い深紅の宝玉を嵌め込んでいる。宝玉の色は、それに組み込んだ精霊石の色になるから、自分で決められる。
というわけで、ミノアは燃やすの大好きだから、火の精霊石の色を宝玉の色にした具合で。
その宝玉が、陽光を受けてうっとりするぐらい不吉な輝きを放ってくれる。杖全体との調整もうまい具合に出来たし、ホントに僕満足。
「やっぱり、お金って大事だなあ。もっとお金もっとこ」
「ええ、本当に大事ね」
今回、フリギアが全部負担してくれたから、これだけの物が出来たワケで。総額確認しなかったけど、改めてお金大事と、強く思いマシタ。
ほのぼの、しみじみ出た言葉が聞こえていたのか、カトレア様が微笑む…って聞こえてたっ?
「あ、いえっ! なんでもございませんでっす!」
「シアムさんは、本当に正直で嬉しいわ」
「う、嬉しい? でございますでしょうか?」
「ええ」
お世辞とかナントカじゃなくて、本当に嬉しそうに笑うカトレア様。
だけど、杖やらなにやらに釘付けなお貴族様たちを見上げた時には、もうその笑顔は消えてたり。
いつも以上に大変お待たせしまして、申し訳ありません。
割としょうもない理由で滞っていたのですが、一応開き直ってみたので、この期間以上間隔が開くことはないと、思います。
更新を楽しみにしていた方等、いましたら、申し訳ありません、ようやく更新いたしまいた。待ち侘びていた方がいましたら、嬉しい限りです。
以上。
~追記
感想で一点指摘がありましたので、本文のうち、該当する箇所を訂正しました。これで違和感はなくなるかと思われます。ご指摘の方、有難うございました。
追加で一点、誤字がありました。修正いたしました。




