第97話(計)
「ミノアちゃん、久しぶりです。前回見た時よりも、大分髪が伸びたようで。とてもお似合いですよ」
「お菓子」
さすがミノアだ。可愛いって褒められたのに、困ったり照れたりしない。
「お菓子は、後のお楽しみです」
「お菓子」
そんなのどうでもいいってばかりに、褒めてくれた男性の手元を、それはもう熱心に探り始めて…そんなにお腹空いてたの?
自由気ままなミノアはおいといて、と。小さな手がうろうろしてる先。突然現われた男性。
まず目に付くのが、見事に輝いてる金髪と、整った顔。
そこに鎮座する透き通った緑の目が、お菓子捜索中のミノアを前にして、穏やかに細まる。
「それから……」
その目が横に動いて。僕に気付いたみたいで、驚いたように目を見開いた男性。
あ、そうだそうだ、自己紹介しないと。ええとフリギアは確か…あれ、もしかして挨拶の仕方、忘れた?
………と、とりあえず頭を下げて下げて。その間に思い出そう。
「えっと、僕は…」
「私としたことが。フリギアの棘に満ちた評価から、男性と思い込んでいましたね…なんという失態」
「………え?」
フリギア、なんだかんだ言って、結局僕のこと散々悪いように……
「まさか、噂の鍛治が女性だとは…」
「ちょっと! ちょっと待った! い、いや! 僕男だよっ?」
……じゃなくて! 今なんて言った、この人っ?
え、この騎士っぽい人はなんなのさ! 突然現われて、さらっと恐ろしいこと言わないで欲しいんだけど!
「いえいえ、ご冗談を…」
「冗談じゃないって! どこ見たらそうなるのさ!」
「しかしですね…」
「ねえミノア、あのさ…」
「死ぬの?」
「なんでそうなるのっ? じゃなくてねミノア」
変な人の目線を辿れば、僕の頭に固定されてたり…うん、どうみても髪型で判断されてるっぽい。
髪型一つで性別が変わるとは思ってないけど、勘違いの主原因を指差して、ミノアへ提案を。
「こうやって迎えの人来てるしさ、もう髪留め外していいよね?」
「いや」
「どわっ? ミ、ミノアっ?」
僕が言い切る前に、ミノアは今までないほど素早く、僕の腕に寄りかかって妨害を始める。
余程、髪留めを外して欲しくなかったみたいで、それはもう、必死に僕の腕に体重をかけて…
「お、重いから! 僕、こう見えても貧弱で! 武器より重いもの持ったこと……あだだだ! だだだ、ミノア重い! あででで!」
「外してはだめ」
「ダメ、って言われても、コレのせいで勘違いされてるんだって!」
「いや」
どこまでも頑固なミノア。無理やり振りほどくことなんて僕に出来るわけもない。
諦めて、迎えの騎士と思しき、なんでか満足げな男性へ目を向ける。
「色々と間違った方向に、勘違いされたままでいいの…?」
「ええ、ええ。清楚さを感じますよ。とてもお似合いです」
「何が良くお似合…あ、答えなくていいから」
「ああ、聞くところによれば、鍛冶の世界は男性優位のようですね。腕が良いという貴方が、ご自身を男性だと主張したい気持ち、私にはとても良く分かり…」
「ち、が、う! どうして、そんな誤解できるのかな!」
そんな訳分からない理解を向けられて、同情されても困るんだけど。
「と、言われましても。私は見たまま、貴方の美しさを率直に…」
「あ、うん、そう」
もうこれはどうにもできない、駄目だ。長年の勘が全力でそう、告げてる。これは、間違いない。
なんか語り始めてる人は放っておいて。しゃがんで、ミノアと視線を合わせる。
「ミノアが僕に髪留めつけたお陰で、なんかちょっと気持ち悪…ええと、こんな感じに不幸な誤解が生じるわけで」
「死にたいの?」
「それ今は関係ないけど僕まだ死にたくないからね」
「そう」
こっちも駄目だった。ミノアは首を傾げるだけで、僕の腕掴んだまま、離れようとしない。
不思議そうに首を傾げてるのは、演技じゃないからなあ………うん、仕方ない。仕方ない…
「分かった。これだけミノア一生懸命だし、髪留めはいいや、このままで。それに、この人、からかってるだけだろうし」
「とんでもない! 貴方のように美しい方を男だと」
「うつく…あのさ、色々、その…大丈夫?」
どっちがとんでもないのか、流石に分かって欲しい。
大仰に驚いてみせる騎士に、からかっている調子は見られない。だからこそ、怖いんだけども。
「ええ。短い間ですが、このカーライル、貴方をあらゆる災厄からお護りいたしましょう」
「………そう」
きっとこの人、どこかで、物の見え方が変わっちゃう魔法でもかけられたんだろう…うん、そういうことにしておこう。
「美しい方」
「ミノア、どうしてそこだけ繰り返すの?」
「その通りです、美しい方」
「…うん、分かった。僕、何が起きても知らないからね?」
「ええ、ええ。何度でもお誓いしましょう…何があろうと、貴方をお守りいたします」
「………」
なんだろ、会話が噛み合ってるようにみせかけて、全然合ってない気がする、この強烈な違和感。いや、多分、噛み合ってないんだろうけど。
「よっ、と」
と、ようやくミノアの拘束がはずれたので、床に置きっ放しにしてた、杖入りの箱を持ち上げる。
なるべくどこかオカシイ騎士と目を合わさないようにして、距離を置いてから質問。
「ところで、フリギアが言ってた迎えの騎士って、君、だよね?」
「はい。申し遅れました、私はカーライルと申します。フリギアに代わり、貴方を迎えに…」
「う、うひっ? ぼ、僕はシアム、で、ってわわわわ! ええとカーライルさんとっとと案内お願いします!」
色々オカシイ騎士、もといカーライルさんとやら。跪いて僕の手を取ろうとしたから、すぐさま引っ込め…全身の鳥肌が一斉に逆立ったんだけど!
どうやらカーライルさん、本気で僕が女性だと思って…いやいやいや!
「カーライルは女たらし」
「…ミノアさ、一体どこから、そんな言葉覚えてくるの?」
背筋が凍るような、トンデモナイ行動をしてくれたカーライルさ…カーライル。
それを指差すミノアの顔には侮蔑も嘲笑もなく、ただ事実を述べてるだけ。
鋭くもなんともない、当然の指摘をしたミノアに向け、指差された当人は大仰に首を振って嘆く。
「ミノアちゃん、女性に眼がないと言って欲しいですね」
「否定しないし」
「さあ、シアムさん、行きましょう。我らが王妃も貴方のことをお待ちしていますよ」
「兄様」
「勿論レガートもいますよ、ミノアちゃん。ああ、それから」
そこで言葉を区切ったカーライルは、一転して目に鋭い光を宿す…そうしていれば、格好いい騎士っぽく見えるのに。
「フォルツァンドの代表として、リヴィトゥム様とクラーレ様の両名が出席していますよ」
「リ、リヴィ…? クラ…?」
「知らない人」
「うん、そうだけどさ」
ミノア、即答してくれたけど、フォルなんとか、って、ミノアの実家だとか聞いたような?
というわけで、嫌々カーライルを見上げると、少しだけ得意そうな顔が…見なきゃ良かった。
「彼らは、フォルツァンド家のご長男とご長女ですよ」
「へえ……えっ?」




