●第95話(計)
「というわけでさ。僕が余所者だっていうのも差し引いても、この扱い、酷いと思わない?」
「死ぬ?」
「遠慮しときます。遠慮させてクダサイ」
どこか懐かしい鉄壁の無表情が、傾けられる。その、感情が読みづらい目が、じいっと僕に向く。
「いやはや、久しぶりだけど、ミノアはどこでもミノアだよなあ。僕、ちょっと安心…」
「死にましょう」
「だから死にたくないって…ってミノアその手! その手何してるの! うわ、わわわわ!」
安心したと思えば、小さな手が当然のように僕へ向けられる。
ミノア以外ならなんとも思わないけど、そこはミノア。小さく綺麗な指先に、うっすらと魔力っぽい何かが収束してたから、慌ててその手を下げさせる。
「だから! お城の中で魔法展開しちゃ駄目でしょ!」
「焼死がいいの?」
「なんでそうなるのさっ? だ、だからその手! 手!」
冷や汗だらだらで注意しても、この余裕。
…いやはや、本当にミノアさんは相変わらずお変わりなく、僕を抹殺しようとしていらっしゃいますです。
「あのさ、ちょっと前ぐらいから思ってたけど、ミノア、実は僕のこと嫌いなんじゃ…」
「あと少し」
「…へ?」
どこまでも自由なミノア、僕の言うこと遮って、人に向けて魔法展開してたことすらなかったかのような話題転換。
うんまあ、でもミノアだから、その内何の前触れもなく、僕へ向けて火の玉放ってくるんだろうさ、うん…
「少し」
「少し? 何が?」
というわけ色々気にしつつ聞き返せば、さっきまで魔法を展開していた指先が、僕の髪の毛に向かったり。まずは髪の毛から燃やそうって?
「僕の髪がどうしたのさ?」
「姉様…」
「ねえ? 姉さま?」
「きっと似合うわ、シアム」
「ミノア忘れていいから! それは忘れて!」
いつぞやの、お姉サマの服が似合うとか云々かんぬんの話。ミノアにしては珍しくきっちり覚えてて、諦めてなかったみたいで。
「いや」
「いや、じゃないって! 僕が嫌って言いたいんだけど!」
「駄目」
「駄目、じゃないから!」
「そう」
恐ろしいことを無表情で呟いた後は、興味を失ったように、僕の足元に置かれた箱に視線を落とす。こうなると、ミノアに何を言っても無駄だ。
「そんなことしたら、この杖あげな……わ、ちょちょっと! 冗談! 冗談だって!」
再度魔法を展開し始めたミノア。慌てて、装飾過多な箱を盾にすれば、その動きが止まる。
「もちろん、あげるから、その手は下ろそうね。というか、僕魔法、使えないのにさ。コレ持ち込むの大変だったよ。城門でさ…」
「そう」
「うん、ミノアは興味ないよね。ううっ……ぐすん」
心底興味ないといった、適当な相槌を打ってくれたミノア。本当に、杖を城内に持ち込むだけでも一苦労だったんだけど。
一応フリギア『様』が僕の身元を保障してはいるけど、武器の類は全て預かる、とか言われて。
僕が持ち歩いてる短剣っぽい短剣は、刃が潰れてるから使えない、って説明したら、じゃあこの杖はなんだおらおら、とか言われて慌ててフリギアと、クラヴィアさんから渡された手紙を差し出すはめになったり。しかも、信用されてなかったし。何が大丈夫だ、フリギアめ。
でもって、ようやくそれが終わったら、今度は没落貴族っぽい服装らしい僕への、周囲の視線が痛いわ、フリギアは結局僕と別行動で、代わりに妙にかしこまった騎士っぽい人に案内されるわで非常に疲れたり。
「頂戴」
「さっきもいったけど、王妃様の前で渡さないといけないんだって。別に今でもいいと思うけど、フリギアが、何度も何度もくどいぐらい念押ししてたからさ、ミノア、我慢ね」
とはいえ、一度、箱から杖取り出して、ミノアに持ってもらって調整したけど。
その時、表情は変わらなかったけど、ミノアはとっても嬉しそうに杖を抱え込んでたっけ……調整終わったから仕舞おうねって言ったら、魔法展開してきたこともあった気がしたり。
「そう」
心なしか残念そうに呟くミノア。しゃがみこんで、ケースを撫でる。真紅のドレスの裾が床に広がる。
それを見てるのも、すぐに飽きて、なんとなく溜息を吐く。
「フリギアからはさ、ここで大人しく、大人しく待ってろって言われてるし。何も出来なくて、退屈だよなあ」
騎士っぽい案内人から聞いたけど、今、僕らがいるのは、お城の奥にある、王宮の一室っぽい。お城なんて詳しくないから、よく分からないけど。
でも、壁には豪華な幾何学の細工が施されてるし、置かれた調度品も高そうだから、間違いない、と思う。
とはいえ、僕はこの部屋にある物には興味が持てない。というわけで、ただ待たされるだけで詰まらない。
でもって、時間が分からない。一体僕ら、いつまで待てばいいのやら。
「ミノアも暇だよねえ…え?」
同意を求めるようにミノアを探せば、いつの間にか僕の背後に、どこからか取り出した櫛と、それはもう綺麗な髪留めを……って!
「ミノアっ?」
思わず二回確認してから完全に振り返って、今までにない速度でミノアが手にしてた髪留めを握り締める。
「これ何さっ?」
「髪留め」
「そうだけど! それ以外の何物にも見えないけど! 誰に使うつもりっ?」
ミノアの髪の毛は、既にお手入れ済みみたいで、艶々で、髪留めを使うようには見えない。となれば、その、用途不明過ぎる一品は…
嫌な予想通り、ほい、とミノアは無言で、僕へ指を向ける。
「いやいや、さすがに今日遊んじゃまずいって! その遊び心は別の日に! ねっ!」
「大丈夫」
「大丈夫じゃないって! そもそも何が大丈夫…」
「前」
「い、いやだから! その負の好奇心というかなんというかは…」
「向くの」
「………ハイ」
うんそうだ、きっとミノアも暇だから、僕で遊ぼうとしてるんだ。
そう、ミノアだからすぐに飽きるだろうし、後で外せばいいや。
ミノア、結構頑固だから、反抗し続けて、また炎の玉やら氷の塊やらぶつけられても嫌だし…
「どうぞお好きなように……うう」
色々諦めて、ここは一つ、大人しくミノアに従っておこう…うううう……




