第93話(計)
「座りなさい」
「ハイ…」
クラヴィアさんの有無を言わさない命令に、逆らえるわけもなく。急いで手近な椅子に座って、背筋を伸ばす。
そんな、緊張し過ぎて冷や汗が噴出しそうな僕の対面へ、クラヴィアさんが腰を下ろし…
「貴方、今まで何をしていたの」
下ろしたと同時に口が開いて、冷ややかな声が聞こえてくる。
「ミノアの杖、作ってマシタ!」
「そう」
「ホント、本当だから!」
「そう」
「嘘じゃないって! 完成した杖もあるから!」
「そう」
「…フリギアは、呪いの道具じゃないのかって失礼な感想くれたけど」
「あらそうなの」
「ソウ、デス…」
淡々と、相槌しか打たないクラヴィアさんを前にして、尻すぼみになっていくのは仕方ないと思いマス。
言葉が途切れると、居心地が悪すぎる静寂に包まれる。眼前の、猜疑に満ち溢れた視線が、拍車をかける。
「ところで」
「は、はいっ」
「この数日間、部屋に篭りきりだったわね」
「う、うん」
沈黙を破ったのはクラヴィアさん。その目も、口調も、全身から溢れ出す何からも、僕への敵意がひしひしと感じられる。
お蔭様で手に汗が滲んでくるわ、胃が痛いわ、頭もふらふらするわで、早く開放して欲しい気持ちで一杯デス。
「杖を作るというのに、一度も鍛冶場に立ち寄りもせず、道具さえ揃えずによくもまあ。詐欺だとしても、もう少し工作するでしょうに」
「……うん?」
「貴方、本当に杖を作っていたのかしら」
「う、うん。そうだけど…その…」
んん? なんかクラヴィアさん、変なこと言ってない? 鍛冶場に立ち寄るとか、道具を揃えるとか。
「なにかしら」
「杖の材料は全部買い揃えてたわけだからさ、僕が部屋の外にでる必要はないんだけど…」
「なんですって」
「えっと…」
クラヴィアさんは目を瞬かせて訝しげな表情を浮かべる。多分、僕も同じような顔になってると思う。
「貴方、鍛治に必要な道具を一つも所持してないのでしょう?」
「うん、持ってないよ」
「はあ…私を馬鹿にしているのかしら」
実際、僕の所持品は武器…息子たちと、各種鉱石と精霊石が少々。服は借り物だし、お金は…あるような、ないような。
だから首肯すれば、クラヴィアさんは話にならないとばかり、首を振ってみせる。
「まさか、道具も何もない部屋で、杖を作ったとでも言うのかしら」
「そうだよ」
「そう、ですって? 冗談もいい加減にしなさい」
「じょ、冗談じゃないって! 本当、本当のことだって!」
勢い良く首振りつつも、内心は、ああやっぱりな、と納得納得。
どうやらクラヴィアさん、フリギアから僕のこと聞いてなかったっぽい。
というわけで、眼前で、なんとも言えない表情を浮かべたクラヴィアさんに説明開始…といっても、そんなに説明することないけど。
「実はさ、僕、鍛治だけど、道具無しで武器を作ることができるんだ」
「まさか」
「本当だって。普通の鍛治とは違ってさ、一子相伝の、秘伝の技術があって、フリギアの剣も僕が…」
「まあいいわ…そういうことにしておくわ」
嘘吐いてないのに、僕の話を途中で遮ったクラヴィアさん。そこから、胡散臭いモノでも見るような視線が、ぐさぐさ突き刺さってきたり。
しばらく僕を凝視してたけど、やがて色々諦めたような顔になって、話題を変えてくる。
「ところで貴方、食事はどうしたの」
「もちろん食べてないよ」
「勿論、ですって? 部屋に持ち込んでいたはずでしょう?」
「ううん。あの部屋に持ってきたのは鉱石と精霊石だけで、食べ物はないよ」
「食べ物は、って貴方…」
普通に答えただけなのに、驚いた様子のクラヴィアさん。小声で何かを呟き始めたり。
「私たちの監視を潜り抜けていたのかと思っていたけれども、実際何も…ということはつまり…」
「本当に、僕、杖作ってる間、一度も外に出てないんだけど…」
それがどうかしたんだろ? クラヴィアさんが驚いて、慌ててる理由が、分からない。
最後に信じられないわ、と小さく呟き、クラヴィアさんは真剣な眼差しで身を乗り出す。
「つまり貴方は、私と最初に顔を合わせたあの日から何も食べてない、ということかしら」
「みたいだね」
「まあ! 何を他人事のように」
「杖、作り始めて出来上がったと思ったら、四日経ってたんだってね。シオンさんから聞いて、ちょっとだけ驚いたよ」
でもいつものことだから、と笑えば、クラヴィアさんの眼が戸惑うように揺れる。てっきり鼻で笑われるか、冷たく切り捨てられるかと思ったけど…
でもって、今までの刺々しさはどこへやら、何かおっそろしいモノでも目の当たりにしたって感じで僕を見てくるんだけど…なんで?
「その言い方、まさか、睡眠もとっていないのかしら」
「うん、そうだね。どうやら、武器作る時はそれに集中して、色々忘れちゃうみたいでさ。あ、でもさっき寝た……寝かされたっけ」
食事は摂ってないけど、睡眠は…過激な子守唄で意識が落ちたのが、記憶に新しい。ほろ苦い思い出を反芻してると、なんとなく首が痛いような。
気になって首をさすってると、クラヴィアさんがさらに身を乗り出して、僕を上から下までじろじろと。
「食事も睡眠もとらないなんて、信じられないわ。身体に異常は?」
「ないよ」
「本当に?」
「うん、平気平気。こんなの、いつものことだし慣れてるし」
武器作ってて、時間と心に余裕がある時は大体こんな感じになるし。
「クラヴィアさん、さっきから何か変だけど…どうかした?」
「な、なんでもないわ」
はっ、と何かに気付いた様子のクラヴィアさん。コホンと咳払いしながら、上品に椅子へと戻る。
だけど、見慣れた冷徹な目は伏せられて、溜息吐いちゃったり。
「フリギア様、優しすぎますわ……こんな不審者を迎えてしまうだなんて……」
「だよねえ」
普段はあんな、僕をモノとしか思ってないような態度をとってるのに。
希少金属が埋まってる鉱山に案内するからって、素性も知れない小市民を自分のお屋敷に招待しちゃうわけで。
「なんだかんだ言って、フリギア、色々してくれてるし」
「………」
「すいませんっ!」
なんとなくクラヴィアさんに同意したら、キッツい視線が刺さってきました。
「自覚があるのなら、その態度を改めなさい。当然、改めるのは態度だけではないと、理解しているでしょうね」
「はい…努力シマス」
クラヴィアさんの言うことは尤もでございますです。
だけど、そもそも僕はただの一小市民でして、お貴族様たちと交友を深めようとかそういうアレはなくてですね、つまりその…
「何か言いたそうね」
「いえっ! なんでもありませんっ!」




