第82話(計)
※あらすじはイメージであり、実際の内容と異なる場合がございます。
※また、あらすじ、本文、後書きは予告なく変更する場合があります。
日が沈み、辺りに闇の帳が落ちていく。
一人道行くフリギアは、周囲の喧騒とは無縁の無表情で歩き続けている。
「…形振り構わず、か」
城から家までの、短くはない帰路。
内外で『魔王』の異名が響くフリギアの姿は目立ち、随所からその挙動に視線が集まる。
城を出てから暫くが経ち、フリギアを注視する視線の中に剣呑なものが含まれ始め。
徐々に隠密に、もしくは堂々とフリギアを尾行していく人数が増え。
フリギアの足は建物に挟まれた脇道へ向かい、その姿は路地裏へ消えていく。
「いけっ!」
「もらった!」
途端、薄暗い路地に風を切る音が複数重なる。
「分かり易いことだ」
溜息を吐きながらも、フリギアは背後から放たれた必殺の一撃を難なくかわすと、擦れ違い様、一刀のもとに切り伏せる。
即席の戦場となった路地裏に現れた襲撃者たちを次々に切り捨て。
幾人目の攻撃を、切り伏せ倒れ掛かってきた人間を使い捨ての盾にすることで防ぎ、その胸を切り裂く。
「こンのヤロウ!」
「素直に首出せや!」
わざわざフリギアが狭い路地に足を踏み入れたのは、複数対一となる状況を避け、一対一、もしくは二対一、三対一…と相手にする人間を制限するため。
加えて、面倒事に慣れており、少々の騒いでも首を突っ込む人間がいない地域まで誘導した。
「せめて作戦を…いや、元々協調性など持ち合わせておらんのだったな」
そういうものが少しでもあれば、冷静な思考もあるだろうし、この路地裏への誘いが罠と理解し、襲撃をかけることはしないだろう。
刀身に付着した血糊を払い落とし、白銀の剣を鞘へ戻したフリギアは、狭く暗い道を抜けるために足を持ち上げ。
「死に、やがれえええっ!」
「………」
頭上から剣を上段に構え、落下してきた人間を最低限の動きで避けてみせる。
標的を捕捉し損ねた襲撃者が次の動作に移る前に、フリギアは近くの樽に置かれていた重石を掴み、その脳天へ容赦なく叩き下ろす。
「うぐっ…な、に…」
鈍い音と共に、襲撃者は地面へと崩れ落ちる。
「すまんな」
重石に血糊が付着していないことを確認し、丹念に汚れを拭ってから謝罪するフリギア。
丁寧な動作でそれを樽へと戻し。
振り向く。
「こ、こいつ…本当に人間かっ?」
「さ、さすが『魔王』……あ、有り得ねえ…」
「こ、こんなモノに勝てるワケ…!」
口々に叫びつつも、誰一人として前進しようと、フリギアへ攻撃を仕掛けようとしない。
幾人かは、顔色一つ変えず一人で十数人を片付けた『魔王』との実力差を目の当たりにして、背中を見せながら遠ざかっていく。
対して、フリギアは怯える襲撃者たちに悠然と背を向け、動きを止めた者たちを避けながら前進する。
「片っ端から潰しているというのに、次から次へと」
前の襲撃に関与し、許婚が特定していた新興貴族三家は、既にフリギアの名で襲撃犯として処分されている。
「それで終われば…よかったものを」
目つきを鋭くし、前方を睨み付ける。
脇道で待ち伏せしていたらしい新たな襲撃者たちがフリギアの眼前へと飛び出す。
「テメエの命、もらったああっ!」
「くたばり、やがれっ!」
けれど、『魔王』の視線はその奥へ固定されていた。
各々獲物を振り上げる襲撃者たちの背後、路地裏から表通りに出る道が不穏な光で満ち。
「お、おい……うああああっ?」
「なっ?」
間を置かずに無数の赤い線が路地の上を走り抜ける。
「あ、あちいっ、な、なんだっ?」
「ど、どうし……あああああああっ?」
それはフリギアに飛び掛ろうとしていた襲撃者たちを貫き、炎上させる。
知らず盾となった襲撃者たち。彼らを抜けた赤い線、炎で出来た線がフリギアへ襲い掛かる。
「自分以外は、全て敵というわけか」
やはり平静なままフリギアは吐き棄て、何も考えてなさそうな鍛治から渡された剣を引き抜き、地面へ向け無造作に払う。
大して力を込めることなく振られた青い剣は、放たれた魔法の炎を切断してのける。
「愚か者めが」
路上に臥した襲撃者たちの武器を蹴り上げて手に取ると、次々に前方へ投擲する。
「………っ」
「………の……」
間を置いて聞こえてきたのは、驚愕と怨嗟が入り混じった呻き声。共に、何かが路地へ落下する音が連続して響く。
「これで、どう……っ?」
「賞金はもらったああああっ!」
その光景を確認することもなく、フリギアは左右の屋根に待機していたらしい襲撃者たちの胸板を貫き、ため息をつく。
「どおおおうりゃあああっ!」
「俺の名を知って、なお向かってくるとは。余程腕に覚えがあるのか、考えなしか」
空気を切り裂く音と共に振り下ろされた斧を青い剣が受ける。
力比べかと、自信と欲に満ちた襲撃者の強い視線と、フリギアの冷徹な視線が交差する。
それも一瞬。
青い刀身の、精霊石のみで構成された剣は、易々と分厚い刃に食い込み、武器を切断する。
「んなっ……あぐっ」
刃が半分となった斧を手に、それでも追撃を回避せんと後ろへ飛んだ襲撃者の首元に、フリギアが食い付く。青い軌跡が襲撃者の首元に走る。
武器を捨て、切られた箇所を押さえる襲撃者を壁へと蹴り付け、歩きだす。
辺りは嘘のように静まり返り、フリギアの足音だけが不気味に響き渡る。
その背にあるのは、自らの血の海に沈んだ者か、体を燃やされ、事切れた者のみ。
「表立って襲撃をかける」
路地裏の出口近くでは、短剣や剣などが突き刺さったローブ姿の人間たちが血を流して倒れていた。
完全に事切れている魔法師たち、襲撃者たちを一瞥せず、精霊石の剣を鞘に戻しながら通り抜ける。
「裏で引き摺り下ろそうとする」
…日増しに増える襲撃。
成り上がりとは言え、一応は貴族であった三家に押さえられていた不届き者たち。
日が経つほど不利になる、という焦りからか、はたまた、フリギアたちが疲労し討ち取り易くなる、という打算からか、彼らの動きが活発になってきている。
「…どちらが良いのやら」
面倒臭そうに呟き、フリギアは路地裏を抜け、表通りに出る。
今までの物々しさが嘘のように賑やか街路を、何事もなかったように歩き始める。
小さな公園に目を向け、屋敷への襲撃も活発になっているために庭掃除が出来ない、と女中が嘆いていたことを思い出す。
「それもこれも、フォルツァンドとシグムントのお陰だな。礼をせねばな」
あの二家のせいで、ミノアへ杖を送ること、その杖を作るのが凄腕らしい鍛冶であること、そしてフリギアがそれらに関係していることが公になってしまった。
その上、王妃が『披露会』に対して大層興味を示していることも、フリギアは知ってしまった。
「………」
後者に関しては、王妃の近衛兵でもあるカーライルより、もたらされた情報。
そして、レガートたちが先日、フリギアに敢えて教えようとしなかった情報。
「………」
全ては、その身に嫉妬と羨望と、恨み嫉みを受けた結果。
けれど、フリギアは平然と前に進んでいく。
「カーライルに頼んだのは、正解だったな」
フリギアの予想通り、カーライルは今回の事態に対して面白そうだと興味を持ち、その顔を使って思う存分介入している。
そのために、女系の家からは監視を含め、フリギアに対する介入が一切ない。
「しかし…」
こうして、貴族の『家』自体がフリギアへの介入を避けるように指示したとしても、その兄弟、傍系は命令を無視する可能性がある。
実際、クラヴィアの家であるアンスリムの名を持ってしても、フリギアに手を出してくる貴族が出てきている。
アンスリムの令を無視することは、商いをしている家にとっては非常に大きな痛手となるのだが、躊躇なくフリギアを排除する方に動いている家も何家か存在している。
つまり、アンスリムの意向に従う以上に、フリギアを叩き落とした場合の恩恵が大きい…ということ。
「ただ、襲撃の手段が限られているのは助かる」
フリギアの物理的な痛みを覚えるほどの視線が、少しだけ和らぐ。
先日、レガートから借り受けた結界石を設置してからは、屋敷に魔法を撃ち込むことがなくなった。
幸いなことに、襲撃者たちは魔法による攻撃に意味がない、と学習できる程度の能力はあったようで、その点だけは安心できる。
が。
「面倒に過ぎるぞ」
連日の襲撃により、おちおち眠ることもできない、と疲労した様子もないフリギアは呟く。
実際、昼夜関係なく襲撃をかけてくるために、屋敷では毎日が騒がしいと聞いている。
とはいえ、執事と女中は揃って戦闘狂いであり、この事態を大いに満喫し充実した日々を過ごしているらしい。
一方で、数えるのも面倒になる襲撃回数の多さに、フリギアは辟易した表情を浮かべる。
「クラヴィアに迷惑をかけているのもな…」
許婚は何故かやる気を出し、毎日諜報活動をしつつも敵を潰しては、フリギアにその旨を詳細に報告している。
初対面の時より、武器のこと以外、何一つ取り柄がない青年のことを憎悪していた割には、一生懸命なその姿に疑問を覚えるが。
…など思考している間に、屋敷へ到着する。
掃除しきれないと女中たちが嘆く通り、月夜に照らされた庭の至る所が黒ずんでいる。
木々に新しい傷がつき、遠くに見える木の中には、武器が突き刺さったままのものもある。
庭の惨状については割り切っているため、フリギアは特段気に留めることなく進んでいく。
「……ん?」
日課になりつつある、二階の確認。と、明かりが落ちていることに気付き、その眉が持ち上がる。
普段なら、明かりが灯っている時間帯である…にも関わらず、青年に宛がわれている部屋は暗くなっていた。
「完成したのか、寝たのか」
疑問を口に出しながら、フリギアは屋敷の扉の前へ立つ。
半分ほど切断されている取っ手を前に、さすがに苦笑しつつもフリギアは扉に手をかけ、声をかける。
「帰ったぞ」
「あ、フリギア! お帰り!」
「っ?」
普段では有り得ない対応に、フリギアは思わず身を引く。同時に、その手が鞘に伸び…動きが止まる。
「ほらほら! 見てよ僕の大傑作! ふふふんどうだ! 見直したでしょ!」
警戒を解いたフリギアの前にいたのは、満面の笑みを浮かべた青年。
数日間引き篭もっていた鍛治が、フリギアの帰還を待ち構えていた。
ということで、続きとなります。
かつてないほど粗筋に気合を入れたので、少々燃え尽きたような気がします。
謎の達成感を味わっている今日この頃。
引き続き、お時間とお暇があり、尚且つこの「小説のような何か」に興味をお持ちいただいている希少な方々、お付き合い宜しくお願いいたします。
以上。