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廃坑の外でもさっきの爆発音と振動は届いていた。
ボウジィは帰ってしまっていたが、見張りの三人の男らがいた。彼らは異変に気づき、気になっていたが中に入る勇気はなかった。
異変を感じた当初は身構えていたが、夜半を過ぎても何もないので日が昇ったら帰ろうと相談していた。
「──何か来るぞ!」
「まさか、ヴァンパイアか?」
ふさいだ板の隙間から細い光が知たびたび漏れる。この光はたいまつのような炎の光ではない。
「……判らん」
いつでも逃げられるように、恐々遠巻きに見守る。板を蹴り破り、泥だらけの少年らが飛び出てきた。
「あー! お前らは生け贄のガキ!」
「驚かせんな!」
「何で戻ってきた!」
三人は口々に怒鳴る。
「え~~い、黙れ~!」
タケシは声のあらん限りに叫ぶ。
「ヴァンパイアはおれがぶっ殺してきた! 文句あっか!」
その言葉の内容に男らは驚愕の声を上げた。
図体ばかりでかくても、肝っ玉の小さい奴らだ。
「くそ~、おれたちが死ぬ思いをして来たっていうのに。……こいつらも爆発させたろか」
「いや、ホントに死ぬ思いをしたのはお前じゃなくてオレだろ!」
ケンジは怒りが再発し、タケシの首に手を掛ける。
「うぉっ、抑えろ~」
一方その頃、廃坑の中、ブルートは土砂の中から這い出した。
いきなりの爆発の後、落盤に巻き込まれヴァンパイアといえども無傷ではなかった。幾つか深い傷がある。しかし、あの生意気な人間を殺すのに支障のある範囲ではない。
「くそ~、油断した。あの人間め! ……しかし、我の生命力を見くびっていたようだな。まだまだ、こんなものでは死なんぞ。
ふははははははは…… げほっ、げほっ」
高笑いをしたが、土煙でむせた。
通路の壁に打ちつけてある板はゆがみ、隙間から土砂が流れ出ており、天井も所々崩れてきた。もう、完全崩壊は免れないだろう。
「ふむ。この迷宮も長くないようだな。住処を変えねばならんか。されど、あの者らめ! すぐに追って、殺してくれる! この我のプライドを傷つけた報いを受けさせてやろう。 ふはははははははは……」
ブルートは頭のネジが抜けてしまったように馬鹿笑いを続けながら出口に向かった。
一歩一歩、ゆっくりとあの者らへの復讐心を描きたてながら進む。
しばらくすると、人の気配。さらに出口に近づくと人の声が聞こえてくる。
「愚か者どもめ。すぐに逃げもせずに我に殺されるのを待っているとは。ふっ、やはり天は我に味方しているようだな。ふははははは……」
外の人間はなにやら言い争いをしているようだった。
「それなら、証拠にここを爆破してやるかわ見ていろ!」
真っ先に逃げ出した人間の声だ。
声の主は喋るのを止めると、何かを廃坑の中に投げ込んできた。そして足早に離れる気配がした。
「何だ? これは」
ブルートはそれを拾い上げた。麻袋に細長い紐が伸びており先には火種がついている。中は黒い粉が満載で、きな臭いにおいがする。
しげしげと見つめ、観察するが意味がわからない。
「何かのまじないか? はて……」
その間にも紐は短くなり、燃え尽きた。
「まあ、良い。ふは…………」
ブルートの笑い声は唐突に止まる。
麻袋はさっきとは比べ物にならない大爆発を起こし、手に持っていたブルートは言うに及ばず、なすすべもなく廃坑は崩れ落ちた。
ブルートは薄れ行く意識の中で、いったい何が起こったのか考えた。しかし、理解できない。
馬鹿な! 死ぬのか? この我が……。この不死身の我が! まだ、あの人間を殺していないのに!!!!
「吹っ飛ぶぞ~! 三…、二…、一……、……」
ドカーン!
火薬満載の麻袋を投げ込んだ廃坑がタケシの合図とちょっとずれたものの、大爆発を起こし、崩壊した。地盤が崩壊したことで辺りの地形も変わってしまった。
男たちは爆発の迫力に飲まれて目が点だ。
「恐れ入ったか。おれ様の実力に。ふはははははは」
ポーズをつけ、ブルートさながらに馬鹿笑いをあげる。
男らがタケシらに向ける視線は驚きから畏怖に変化している。今朝方、縛り付けていた時のような見下した態度はもう微塵もない。
「なあ、タケシ。あの爆弾、どこで入手したんだ?」
サフファーの町へ帰る途中、気になったことを尋ねる。
「自分で作ったに決まってるだろ」
昨日廃坑の中でせっせと拾っていた白い石のかけらを見せた。
男らの一人に見せると、
「ああ、この石ね。そういえば、他の坑道にも落ちてたな。だけど、これはただのくず石ですよ。力を入れるとすぐに欠けるし。その石がどうかしたんですか」
「いや、なんでもない。中で拾ったから、ただ聞いてみただけ」
そう言い繕って、タケシは説明する。
「この白いのは硝石といって、これに温泉の沈殿物の硫黄と木炭の粉を一定の割合で混ぜると火薬の出来上がり。一般には黒色火薬って言って花火なんかにも使われているものだよ」
「それで、もう全部使っちゃったか」
「後ちょっとだけならあるよ。必要ならまた作るよ。材料さえあれば小学生にも作れるものだから、気にしなくていい」
サルファーの町に戻ると、まだ夜が明けていないというのに知らせを聞いたボウジィが満面の笑顔で出迎える。そして、自分の屋敷に招き入れる。
「お前ら二人ならやってくれると思っていたぞ」
白々しく褒め、早速成功報酬を握らせてきた。受け取って中身を確認すると、予想よりも多い。
「少し金額が多いようですけど」
「ふむ。まあ、……なんだ。よくやってくれたお前らへの感謝の気持ちを足しておいた。それと、昨日の朝のちょっとした行き違いのお詫びだ。ちょっと手違いがあったようなのでな」
ほ~、ちょっとした行き違いでぐるぐるに縄で縛られたわけか。
二人してボウジィを見据える。タケシの視線にいたってはそれだけで殺しそうだ。
「……ところで、その化け物は何か言っていなかったかね?」
落ち着きをなくしつつ、身を乗り出してボウジィは尋ねた。
「すぐにぶっ倒したから聞かなかった。何かあったのか」
ケンジが文句を言おうとしたのを押しとどめタケシは逆に聞き返す。
「いや……、何も聞かなかったのならそれで良いのだ。気にしないでくれ。
……それと、この事は他の観光客には内密にな」
ケンジははらわたが煮えくり返る。そのまま足取りも怒らせ、ドスドスと効果音が鳴るほどの足音で早々に屋敷をでる。空は自分の気持ちとは裏腹に気持ちの良さそうな朝日が昇っている。
くそ~、あのオヤジ。すっげ~ムカつく。タケシじゃないけど殺したくなったぜ。
そんなケンジの心の内を考えもせず、タケシは周りを見回す。
「朝市みたいなもんが出ている。何か食べよう。その後ゆっくり温泉にでも浸かって、よごれた体をさっぱりさせよう」
怒りが収まらないケンジは釈然としない。
「どうしたんだ…? いつもなら『そのブサイクな顔をさらに変形させてやろうか!』くらい言いそうなのに」
「……ケンジがおれのことどう思ってるか良く分かった。けど、約束より多くもらったんだから、結果オーライとしとこう。これだけあれば豪遊できる。……そんなことを気にしてるなんて、漢らしくないぞ」
屋敷の中では殺しそうな殺気を漂わせていたのに。いつものタケシじゃない。
「いいから、いいから。行こうぜ」
その後も終始ご機嫌で。温泉に漬かっている時など「極楽、極楽」とオヤジのように独り言を言い、鼻歌まで口ずさんだ。
ケンジは首をひねった。
タケシはそんな簡単に恨みを忘れるような人間ではない。今までの経験からいっても、人一倍根に持つタイプだ。
そんなタケシが気にしていないということは、既に何かしらの報復を完了したということに他ならない。しかし、屋敷ではボウジィは何事も起こらなかった。
……考えすぎだろうか。
「次はどこへ向かおうか。さっき聞いたんだけど、南に結構でっかい町があるみたいだからそこへ行ってもいいな~」
日も高くなると、町も賑わいを見せる。
──それにしても五月蝿すぎないだろうか。観光客とは毛色の違う人間が走り回っている。この騒がしさは町の賑わいとは別の種類のようだ。 タケシは喧騒も気にせず、今度は昼食を取る場所を物色する。
ケンジはタケシをほっといて、近くの人に聞いてみる。
聞かれた人は少し興奮して、
「あっちに大きな屋敷があるの知ってる? 知ってるなら話が早い。なんでも、その屋敷がいきなり火の手が上がって吹っ飛んだらしいよ」
その人が指差したのはケンジたちが朝お邪魔したボウジィの屋敷の方角だ。
「……ぶっそうですね。原因は火の不始末とかですか」
「いや。原因は不明らしい。全く火の気がなかったところからいきなり火を噴いたっているんだからってんだから。まぁ~、屋敷は全壊らしいが、死人が出なかった不幸中の幸いだな」
ケンジの顔が凍りつく。蒼白な表情のままタケシを探す。
本人は涼しい顔をして近寄ってきた。明らかに今までの会話は耳に入ったはずだ。
「タケシ。……持っていた火薬はどうした?」
さっきは『後ちょっとだけならあるよ』と言っていた。
「そういえば無いな。もしかしたらどっかに忘れてきたかもしれないな」
しっれっとした口調でタケシは答えた。
これがタケシの報復か……。恐ろしい奴。
「おれたち二人共爆発のあった時間、温泉に浸かってた。他の観光客も見ていたし、後ろ暗いことは全くない」
アリバイ計算済みかよ。
「死人も出なかったみたいだし、あのオッサンにはいい薬だ。そんなことより、飯食いに行こうぜ」
ヴァンパイア退治という大きな任務を図らずも成し遂げてしまった二人。この町へ来る前よりも確実にレベルアップした。(主に財布の中身が)
一回りも二回りも、さらには人間的にも成長……
「ああっ、オレが最後にとっておいた肉を~! そいつ寄越せ」
「なにを~。このやろ~」
……成長したに違いない。
その後、ここから南に位置する町を中心にサルファーの悪評が何者かによってばらまかれた。風のうわさではそのせいで観光客が減少したそうだ。
──だが、それはケンジらとは全く関係のないことなのだ。……きっと。




