表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
IN THE PALM OF DRAGN  作者: 堀江ヒロ
サルファーの町
32/33

32




 タケシは肩をすくめて、あきらめたように言った。

「そのヴァンパイアがいうって所に行ってみるしかないんじゃないか」

「こっちで合っているのか」

 昨日より奥へ進むと幾筋かの枝道があった。

「さあ? 適当に進んでいけば何とかなるだろ。今のところ酸欠でたいまつが消える様子もないし、ゆっくり行こう」

 タケシはこんな目にあいながらも全くめげず歩を進める。


 言葉通り、適当に行ってみた。──そんなに、世の中甘くなかった。散々迷って、やっとそれらしい部屋にたどり着いた。学校の教室の半分ほどの広さだ。

 それまでに結構な時間がたっている。

「もう、外は夜なんじゃないか」

 言って、周りを見渡す。

 この部屋だけは壁と天井が今までの通路とは違う。手の込んだ漆喰で出来ている。なのに、ぼんやりと明るい。だが、光が入ってくるような隙間はない。

 そして中央には細長い木箱が置いてあった。タケシはその気箱の上に腰を下ろすと、

「ヴァンパイアどころか、モンスターの一匹さえもまないな。……そういえば、腹が減った」

 休めるような場所がなかったので、飲み物だけで食事を取っていなかった。

 荷物は没収されていなかったのでタケシは背負っていたリュックを開ける。

 開けた途端、卵の腐った強烈なにおいが充満する。

「うげっ、何入れているんだよ」

「食料は別にして密封しているから平気だよ。死にはしない…と思う」

 平気じゃないだろ。明らかににおいが移っている。

 木箱の上にタケシと並んで座り、微妙なにおいのするビスケットをかじる。腹が減っていなければ、絶対食べたくない代物だった。


 食べ終わった後、ぼ~と休んでいると振動を感じる。

「タケシ、揺らすなよ」

「揺らしてない」

 タケシは反論するが、揺れていることは間違いない。よく観察するとお尻の下の木箱が小刻みに触れている。

「何だ、これは?」

 木箱をバンバンたたく。それに合わせ、揺れが大きくなっていく。

「なんじゃ~~」

中から叫び声が発される。

 驚いて飛び退くと、ガタガタ揺れた後、ふたがはじけ飛ぶ。

 箱の中に人がいたようだ。こわごわと見守っていると、そいつはゆっくりと身体を起こした。

 黒いマントに白い肌。隙さすような目にとがった牙。──これがボウジィの言っていたヴァンパイアだろうか。

「いや、ただの物好きな変態かもしれない」

 タケシのたわ言は無視する。

 そいつはゆっくりと木箱(どうやらこの汚い木箱は棺桶だったらしい)から出ると、呆然としているこちらを視界に留める。


「ふっ、あまりの恐怖に声も出ないか。ふはははははははっは……」

 一人で言って一人で笑っていた。明らかに頭がおかしい。

 馬鹿笑いを止めないそいつを観察する。身長はケンジの三分の二しかなく、マントは大きすぎて地面に引きずっている。

「我が名はブルート。この迷宮の主にして、高貴なる闇の血を引き継ぐ者。畏怖の象徴、ヴァンパイア。どうだ! 我の恐ろしさにひれ伏すが良い。愚かな人間どもよ! ふはははははははは……

 おや? 我が下僕たちはどこへ行った? まだ戻ってきておらぬか。……まあ良い。ふはははははははは……」

「アホだ。このチビは」

 タケシがつぶやいたが、全く同感だ。

「まだ我の恐ろしさが分からないのか」

「そんなもん分るか。このアホ!」

 あまりの変人度数に逆の意味で恐ろしさは感じるが、ヴァンパイアとしての畏怖は全く感じない。

「我の十分の一も生きていないような人間のガキにアホ扱いにされる謂れはない。我の実力を見せてやる!

 いでよ、我が下僕!」

 その変態アホ──ブルートはいきりたって、指をパチンと鳴らした。すると、目の前の突如地面を押し退け、一体のゾンビが出現する。

「何だ、こいつ? ケンジ頼む」

 無責任に言い放ってタケシは後ろに避難する。

「オレだって嫌だよ。こんなの」

 ケンジは仕方なく腰の剣を抜き、ゾンビと対峙する。


 ブルートは二人の表情に満足して、 「ふはははははははは……。生け贄の分際で我に楯突くからだ」

 その言葉の意味にケンジは驚愕する。ケンジの顔を読み取って、ブルートはうれしそうに説明を始める。

「良いことを教えてやろう。我は二ヶ月ほど前、個々を我が住処と決め、近くの町へ生け贄を出すように要求した。だが、我の偉大な力を目の当たりにしたというのに、そいつらは生け贄を出すことを渋った。そこで、我は知恵を貸してやった。我の生け贄は町の者である必要はない、とな」

「……どういうことだ?」

「つまり、お前らが生け贄ということだ。弱そうで頭の足りない冒険者が来たら、だまして我の元へ来るよう仕向けろ、とな」

「くそ~、やっぱりか。あのブサイク中年め! 顔だけじゃなく、心まで腐ってる」

 タケシの方も前金だけもらってとんずらしようとしていたのだから、どっちもどっちなのだろうがそんなことは今のタケシには関係ないようだ。

「驚いたようだな。ふははははははは……。絶望に打ちひしがれながら死ね。自分の愚かさを呪いながら。ふはははははは……」

 ブルートはまたひときしり馬鹿笑いを続ける。しかも、ケンジが必死にゾンビと戦っているというのにこの馬鹿笑いは耳に残ってめちゃくちゃムカつく。しかも、タケシは全く手伝おうとしないし。

 ゾンビは切りつけても切りつけても、ダメージを受けた様子もなく無表情で不気味に(ゾンビに表情があったら、それはそれで不気味だが)向かってくる。

「くそ~、あんなチビに苦しめられるとは」

 タケシは悔しそうに地団太を踏む。

 ……だけど、そう言うお前は何にもしてないだろ。

「フンッ。確かに我は多の者よりほんの少しだけ身長が低いかもしれん。だが、我には貴様らひ弱な人間には及びもつかぬ魔力がある」

 ブルートはそう言葉を切り、パチンと指を鳴らす。

 すると、タケシの手にあったたいまつが一瞬にして消えた。もう一度指を鳴らすと、今度は消える前以上の炎が燃え上がった。

「ふはははははは……。どうだ! 後ろの貴様は魔道士の格好をしているが、何か一つでも魔術の心得があるのか? 何の魔力も感じぬぞ」

 テンションは最高潮でブルートの馬鹿笑いは止まることを知らない。

「……じゃあ、おれの真の力を見せてやるよ」

 タケシはそう宣言すると、部屋の隅、入り口まで逃げる。


 ……おい……?


 ブルートだけでなく、ケンジもあっけにとられる。

「ちょっと待てって……」

 距離をとると、リュックの中をごそごそとあさる。

「ちゃららっちゃら~ん」

 効果音を自分でつけながらタケシは紙袋を出す。そこには『小麦粉』という文字が見える。

 そしてその袋をブルートに向かって投げつける。が、あっさり撃墜される。それでもかまわず、ゾンビ、ケンジへ二つ,三つと投げつける。

「ちょっと待て。相手が違う!」

 抗議するが、タケシは取り合わない。またたく間に部屋いっぱいに白い粉が舞う。煙幕となり、視界がふさがれる。

「ケンジ、戦略的撤退だ!」

言うなり、タケシが部屋を走り去る音がする。

「…………」

 予想外の行動にケンジは呆気にとられてしまうが、一足遅れて逃げ出す。

「ふははははは! 愚か者め! 逃がすわけなかろう!」

 怒りに駆られ、ブルートは部屋の外へ向かって火炎魔術を放つ。


 ──その刹那   ドカーン!


 爆発音が鳴り響き、部屋の中で爆発が起こる。部屋の中だけでなく部屋から完全に出ていたタケシでさえ爆風で壁にたたきつけられた。

 この爆発は粉塵爆発といって、密閉された空間に可燃性の粉塵で満たされている状態で火をつけると、連鎖的に燃焼し爆発を起こす現象だ。

 本当は部屋から出た後に火を投げ込む予定だったのだが、ブルートが火炎魔術なんか使うから巻き込まれてしまった。

「ふ~、もう少しで死ぬところだった」

 タケシがあちこち売った身体を起こすと、部屋の天井、壁が崩れ落ちるとこだった。

「ケンジ~! 大丈夫か~」

 返事は聞こえない。たいまつは吹っ飛んでしまったので代わりに懐中電灯を出し照らす。

 部屋は落盤し、土煙でケンジの姿は見えない。


「逃げ遅れて死んだか。……まあ、しょうがない。ケンジの分まで生きてやるから成仏しろ」

 タケシは今は亡き(勝手に決めつけ)友人の冥福をおざなりに祈った後、自分の置かれた状況を鑑みた。

「さて、ケンジが死んだのは構わないが、どうするかな」

 死体を確認するのは骨が折れそうだ。もともと古かったせいか、さっきの爆発でさらに脆くなっている。このままぐずぐずしていたらケンジのように生き埋めになる可能性もある。

「ケンジ~。死んでるよな~。おれは帰るぞ~」

 タケシの言葉が聞こえたのか、引き止めるように右手が土の中から這い出る。ゾンビの手ではない。人間のものだ。

「おっ、マドハンドだ」

 ドラクエのモンスターの名前を思い出し突っつく。盛んに手を振っていたが、徐々に弱くなりに力尽きてパタリと倒れる。

「やべえ、遊びすぎたか」

 掘り出すと、ぐったりしたケンジが出てきた。泥まみれだが何とか生きている。

「……タケシ、オレまで殺す気か」

 それだけ振り絞るように言うと、首を絞めようと手を伸ばす。タケシはあっさりとかわし、

「それだけ元気があれば大丈夫だ」

「……いつか、必ず殺す」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ