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「……なんか、泥沼にはまったような気がする」
案内役の男らに聞こえないようにタケシが「スケベ」と耳打ちする。
「余計なお世話だ。どうせ引き受けるって言うつもりだったんだろ」
こちらもこっそり言い返したものの、冷静になるとちょっと自己嫌悪に陥る。どう考えても、自分らがヴァンパイアなんて倒すなんて無理だ。
……ついつい、可愛い女の子に弱いんだよな。やっぱり、男子校だったから悪いんだよな。日頃女の子に縁がないからついハイになっちゃうんだよな。自分好みの美少女を見ると。
案内役というのは三人の屈強な男たちだ。自分らより強そうだ。案内するというよりは二人が逃げ出さないように見張っているというほうが正しいようだ。
「もしかして、オレたちの考えがばれているんじゃないのか。前金だけ貰って逃げるって訳にはいきそうもないぞ」
「そ~だなぁ。一度はその廃坑とやらに入って、この人らがいなくなったのを見計らって出れば良いんじゃないか」
彼らは道中全くの無口で愛想がない。暇なため二人は思い思いに勝手な想像を言い合う。
「しかし、ヴァンパイアって醜い化け物ってイメージじゃないよな。どっちかって言うと、ヨーロッパ貴族ってイメージだし」
「もしかすると、こっちのヴァンパイアっておれたちの世界での一般的なヴァンパイアとは別モノなのかもしれない」
「じゃあ、ヴァンパイアって十字架を嫌うのか」
「日の光を浴びると灰になるのか」
「にんにくって効くのか」
サリファーの町から三十分ちょっと歩いたところにその廃坑はあった。
案内された場所以外に幾つか穴が開いている。入り口の大きさは三メートル四方で、中は完全な暗闇だ。奥がどうなっているのか外からは分からない。
「どのくらいの大きさあるんですか」
男の一人は少し考え、
「そうなぁ。最も奥まで一キロメートル程だ。枝道を入れれば優にその十倍にはなるだろう。化け物は真っ直ぐ行った突き当りの場所にいるはずだ」
「俺達は化け物が逃げ出さないように見張っているから、さっさと行きな」
一人がそう言って火をつけたたいまつを押し付けてきた。
「どうする?」
「……行くしかないだろ。見張られているなら。来る途中で話した通り、あいつらがいなくなるまで待とう。ヴァンパイアを怖がっているなら夜までにはいなくなるだろ。それまでは中にいないと」
たいまつを片手に廃坑へ足を踏み入れる。坑道の天井と壁は板が打ち付けてあり補強されていたが、既に古いため所々腐っていて、時々パとラパラと土が落ちてくる。雰囲気としては佐渡ヶ島金山の採掘現場跡だ。
近くに温泉の源泉があるのか、硫化水素のにおい──卵の腐ったようなにおい──が薄く辺りに立ち込めていた。場所によっては板の隙間からはぬるま湯も染み出している。
「気味の悪いところだな」
「気味の悪いところだからヴァンパイアとかモンスターなんてのが住み着くんだろ」
「そりゃー、そうだけど。じゃ、なにか雑魚モンスターが出てくるのか」
「そんな気配は全くないけどな。ヴァンパイアどころかコウモリ一匹さえいないな。一番奥まで行かなきゃ会わないですむんじゃないか」
二百メートル入ったところに枝道というか、すぐに行き止まり名なった小部屋のような場所があった。 「ここで時間をつぶすか」
ケンジがぐるりと見渡したとき、たいまつの炎に照らされ、チラッと光ったものをお足元に見つけた。拾い上げてみると白っぽい石だった。
「何だ、ただの石か」
もしかしたら宝石か何かかと思ったが、よく考えたらそんなの落ちているはずない。
「どうかしたのか?」
タケシにそれを見せると、じっくりと覗き込む。そしてたいまつに照らし透かすようにかざす。
「何か価値があるのか? もしかして、ダイヤの原石だとか」
「そんな訳ない。 ……でも、これって。ほかにもあるか? こんな石が」
ケンジは言われて、足元を良く見る。白い小さいかけらが泥にまみれていくつか転がっていた。
「あったぜ」
拾ってタケシに見せる。
すると、タケシはふふふっ、と不気味に笑う。
「逃げなくても、これでヴァンパイアくらい倒せるかもしれないぞ。もっとも、危ないからやらないけど」
「……この石でか?」
ケンジは不思議に思い、じっと見つめるが分からない。石同士をぶつけると簡単に欠けてしまう。硬度は全くなく、何の役に立つのかさっぱり分からない。
ともかく、それ以上奥に進むことはやめて、時間が経つにまかせる。
入り口を時たま覗いて、男らがいなくなるのを待った。男らは意気地がないのか、全然中に入ろうとはしてこなかった。モンスター等も現れず、ぼーっと待つ。
何が楽しいのか、タケシは先程の石を掻き集めていた。
三時間ほど経っただろうか。人の気配がなくなったので辺りを見回しながら外に出てみる。外は夕暮れ時で、すでに男らは帰ってしまったようだ。誰もいなかった。
「おお、もう大丈夫。これでもう、後はとんずらするだけだ。ざまーみろ、あのブサイク中年。へへへっ……」
黒いローブをなびかせ、悪の魔道士さながらにタケシは笑う。
「これからどうするんだ? もう、あの町には戻れないぞ」
タケシの提案で二人は廃坑の近くに放置されていたボロい小屋で一泊することにした。鉱物が採れた時はここに寝泊りしていたのだろうが、中はクモの巣がはびこっており、ほこりっぽい。
「あ~あ~。温泉入りたいなぁ」
「入りたいなら入れば。源泉が向こうにあったぞ」
「入れるか!」
タケシの言う源泉はここへ来る途中に見かけたものだ。しかし、熱湯でとても入れたものではなかった。
タケシは今度はそこで湯の花──黄色っぽい温泉の沈殿物──を集めていた。
翌朝、背中への衝撃で目が覚めた。
「痛っっ。……何だ?」
寝ぼけつつ起き上がろうとするが、身体の自由が効かない。もがいてみたが、全く動けないよう身体は縄でぐるぐるに縛られていた。
横を見るとタケシも同様に縛られて転がっている。そして、縛られている二人を見下ろしていたのはボウジィと昨日の三人の男たちだった。
「……げっ、なんでここに?」
「お前らこそ、何でここにいる。廃坑の中に入ったんじゃないのか」
「オレたちは……、え~と、そう! 忘れ物があったんだ。忘れ物が……」
だが、ボウジィは疑いの目で睨む。
「ほ~、忘れ物か。じゃあ、その忘れ物はどうしたんだ?」
当然のことだが、全くこちらの言葉を信じていない。 「前金を持ち逃げする気だったんじゃないだろうな」
──ギクッ
「まさか。そ、そんなことするはずないだろう。いや、ないですよ。それより、……縄を解いてもらえませんかねぇ」
下手に出てみたが、逆に横っ腹を蹴られた。
「くそ~、やりやがったな。今に見てろ~」
「少し黙れ」さらに蹴られた。
怒りをあらわにしながら、横にいる相棒のタケシを見る。タケシは目をつぶっていて、さっきから一言も喋っていなかった。
もしかして、寝ているのか? こら~、起きろ。タケシ! 目を覚ませ~。オレがひどい目にあっているのにのーのーと寝てるな。
また蹴られると嫌なので、声には出さず、必死で念を送る。
そんな無言の訴えは届かず、タケシは目を覚まさなかった。
「さて、廃坑に入る用意はもう良いかな?」
皮肉をこめてボウジィは言葉を放つ。
「……できたら、朝食が食べたいんだけど」
言った途端、再び脇腹に蹴りがとんだ。
「用意は良いな」
もう一度、ボウジィは訊いた。
「…………」
無言でうなずく。こちらに反論の余地はない。
「ふむ。異論がなければ早速行ってもらおうか。 お前ら、こいつらを途中まで引っ張っていけ。そして、今度こそ逃がさないように見張っていろよ」
ボウジィは盗賊の親分のように男らに命令した。
「え~、俺達が、ですか」
男らは露骨に不満の声を空けたが、結局言われた通りに従う。
彼らはタケシをたたき起こすと、足の縄だけ解き、渋々廃坑の中へ引っ張っていく。そして、廃坑の半ばまで引きずっていくと、ケンジらを放り出し、一本のたいまつを地面に置き、逃げるように去っていった。
「今度出て来たら殺すからな」と言い残して。
「お~い、せめて手の縄くらい解いていけー!」
しかし、彼らはケンジの叫びなど気にも留めずに行ってしまった。けれども律儀に二人の荷物は持ってきてくれていた。
「……言っても無駄だ。自分で解くしかないだろ。ケンジ、ちょっと座ってくれ。結び目に手が届かないから」 タケシは落ち着いた様子で芋虫のように後ろに回りこむ。
「……タケシ。お前、冷静だな。もっとブチギレるかと思った」
「めちゃめちゃキレてるに決まっている。くそ~、あのブサイク中年め。戻ったら絶対復讐してやる」
タケシは心外とばかりに毒づく。
「しかし、馬鹿だな、ケンジは。『入ったけど奥には何もいなかった』とでも言っておけば良かったのに」
「だったらタケシが言ってくれれば良いだろ! オレがボコボコ蹴られていたときにぐっすり眠っていたくせに」
こちらも若干キレ気味で八つ当たりする。
「寝ていたんじゃなくて、気絶してたんだ。ケンジの下手な言い訳の途中で息を吹き返したんだ。……いや~、起き抜けにあのブサイクな顔を見ただろ。正直な思いを述べたら、有無を言わさずふんじばられた」
「……アホだろ」
「ケンジの方がアホだろ。縄で縛られている最中も寝ていたんだから」
たっぷり一時間かけて縄を解いた。
「……それより、タケシ。妙じゃないか」
「妙って、何が?」
「あいつらの行動だよ。あれはどう考えてもヴァンパイア退治を頼んでいる感じじゃなかった」
言っていて、確信が強まる。これじゃぁ、罪人の扱いだ。
「どっちかっていうと、生け贄の扱いだろ」
内心を見抜いたようにタケシが指摘する。
「ま、もう選択の余地はないんだけど」
引きずれて来た道を戻ってみるが駄目だ。入り口は板のようなものでふさがれている。その先には人の気配がある。




