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SCARLET

無感動多才少年・裏

作者: 九条 隼

SCARLETシリーズをお読みになってからご覧ください。

手渡されたトロフィー。賞状。メダル。数え切れない「名誉の証」が詰め込まれた部屋に、また一つガラクタを投げ込んだ。


ヴァイオリン型のクリスタル。クリーム色の紙。がしゃんと音を立てて割れたそれを一瞥して、また扉を閉めた。



部屋を出ればあきれ顔の養父がいた。

またか、と言った彼は私の顔を見て少し怯えたように目を逸らす。

そんなに酷い顔をしていただろうか。窓ガラスを見ても、そこに映るのは柔らかい微笑を浮かべる、少女の様な少年。……なんだ、いつも通りじゃないか。


「何位だったんだ?」

一位だよ、と笑いかければ、居心地が悪そうに、そうか、と返す。



「次も、頑張れよ」

「うん、ありがとう」

そうだね、また君に賞を捧げてあげよう。次は何が良いかな。手当たり次第賞をかっさらってきたから、そろそろネタが尽きてきたよ。

でも頑張るよ。君の為だよ。

……なんて、ああほんと、めんどくさ。あほくさい。勿論この顔ではそんな言葉さえ吐けないけれど。



功績だけを置く家に今日も別れを告げて、帰り路を歩く。道行く人の視線を攫って、話しかけられて。朗らかに笑いかけて話して。



――ああ、もう、感じない。感じない。何も感じないよ。

嬉しいのも哀しいのも苦しいのも楽しいのもわからないよ。

私は今、退屈なの? それとも、楽しんでるの?

わからない。……分からないから。だからせめて、……。なんて、くだらない。ただのお遊びだ。


……ああまた、悟ったふりのグレたふり。今さら誰も気付きはしないなんてさ。本当は気づいてほしいんですか、私は。いくつだっての。どれだけ人生生きてると思ってんの?

そうですよ、そうでしょう?

数えられないくらい、何度も生き死に繰り返してんだろ?

自分すら見失っちゃうくらいにさ。

疑心暗鬼も過ぎるよなぁ。せめて自分のことくらいは信じてやれば良かったんだ。ただそれだけなのになぁ。

後悔しても、もう、遅いけどね。


ああほんと、馬鹿みたい。つまらない奴だよな。

でもこうなったものは仕方がない。ま、笑えるようになっただけマシだよ、なんて。また勝手に価値をつけて自己満足するんだよ。

ほんと、一回全部水に流してまっさらになりたいもんだよ。


まあそれも、結局は無理な話なんだけれど。



さてはて、そろそろ閉幕のお時間です。



 **



紅葉は自宅のソファに腰掛け、紅茶を啜っていた。

その両隣りにはぴたりとくっついたユイとのりかがおり、緩んだ顔を隠しもせずににやけていた。


午後五時三十八分。荒々しい音を立てて扉が開いた。優雅に紅茶を楽しんでいる紅葉とそれを見て興奮するユイとのりかにはどうやら聞こえていないようだ。

やがて二組の足音がリビングへと近づいて、ぼろぼろの服を着た二人組が入ってきた。

――政彦と琥珀である。

政彦はやたらと光り輝いている三人の空気に青筋が浮かぶのを感じた。気付けば政彦はガキ大将の様に紅葉の持っていた紅茶を奪い取り飲み干し、凄んだ。

「てめえええっ今までどこにいたんだよ!」

「開口一番にそれ? ただいま、でしょう。政彦ったらいつの間にこんな悪い子に……紅葉さん、哀しい……っ」

美少女顔が哀しそうに目を伏せる。何も悪い事をしていないというのになけなしの良心が痛むのを感じて、政彦は顔をひきつらせた。

流石である。会ったこともない人に天性の女狐だ悪女だと言われるだけある。しかもそう言った次の日彼らは見事に彼の信者と化していた。好奇心に負けず彼に近寄り、当てられたのだろう。……最近の若者はろくな奴がいない。まあ昔の奴もそうだけど。政彦は舌打ちをしたくなった。しかし舌打ちをすると悪女(♂)の両隣から手厳しい視線とおまけの手刀が繰り出されるため我慢である。こいつらは狂信者どころじゃないのだ。

因みに琥珀は既に死んだようにソファに倒れ眠り始めている。すかさず毛布をかけたのは何処からか現れたミズキだ。繊細だったはずの琥珀の神経は、この四年弱で見事に図太く進化した。

「白々しいよ、泣きたいのはこっちだボケ! おまっお前、お前の所為でこっちは大変だったんだぞオイ! お前の幼馴染って言っただけで出刃包丁ですけどっ何あれ、病み過ぎだよ怖すぎだよあんなに温厚だったお姉さんをヤンデレにビフォーアフターさせたお前が! 行く先々で信者を作るのやめていただけません!?」

「あっそうだこれ、お土産ね。もみじまんじゅう」

「聞けよ! てかこれ賞味期限今日なんですけど!?」

「我儘だなあ……じゃあほら、エッフェル塔の写真あげるよ。これで我慢しなさい、まったく」

差し出された美しい景色に、政彦は泣きたくなった。

エッフェル塔の写真とはいうが、その塔は一センチも満たない。違うものを撮ろうとしてたまたま映ったのだろう。その通りと言わんばかりに、写真の中心部には見知らぬ外国人二人が熱い抱擁を交わしながらこちらを見ている。

「もうなんなのお前……! 何処行ってきたの!? てか誰だよこのカップル!」

「福井県だよ。因みに男の方はジョンで、女の方は小川早苗です。行き別れた兄妹だったんだけどたまたま会って惹かれ合ったら近親相姦でしたっていうストーリーを教えてくれてさ」

「エッフェル塔関係ねーじゃん! つか何その一昔前のコテコテな設定! しかもお前、妹日本名かよ!? いっ……いや、それはいい。話さなくていいから。それはまあ置いておこう。お前何で福井? てか何で福井でもみじ饅頭と記念撮影の写真が土産? 何がしたいのお前」

「まったく……少しは自分で考えなさい。ろくな大人にならないよ」

「考えてもてめーの狂った思考回路に追いつけねえから聞いてんだよボケ! お前の相手するくらいだったら殺人鬼云々の精神異常者と二十四時間三百六十五日、一生涯お付き合いした方がわかりあえるわ!」

結局、聞きたいことは聞けず仕舞いである。

同情の目をミズキから送られた政彦は取り敢えず諦めることを決めた。……何度目か数えられないほどした決意である。

こいつの放浪癖はどうしようもない。そしてこのトチ狂った思考回路も。どうせまたおちょくって遊んでるだけなんだろう。その割に全く楽しそうじゃないのは気に食わないがいつものことである。


「っつうかさ、紅葉さん。報告あんだけど」

甲斐甲斐しく新しいカップに注がれた紅茶をのりかから受け取った紅葉は、相も変わらず嫌味な位綺麗な目をこちらに向けた。

青みがかった瞳。……能力者の証である。

「埼玉の刑事。碓氷っつうヤツさぁ、あれぜってえ俺らのこと感づいてんぜ。だって怪しいもん俺ら」

「怪しいのはお前だけだよ」

「お願い紅葉さん。こういうときは真面目にしよう」

しょうがないな、なんてため息をついた紅葉に、政彦はどっと疲れた。この人より手がかかる奴なんて全世界の何処をさがしてもいないだろう。

「碓氷道彦。三十八歳の金髪ロリ妻持ちだな」

「……」

これ真面目なのだろうか。何処でその情報仕入れたし。口には出さずに政彦はソファに座った。苦しげな悲鳴が聞こえた気がするが気のせいだろう。これはソファだ。毛布がかかっているただのソファだ。まあ紅葉さんが貢がれた物だけど。

「この人の奥さんが私のもろタイプなのは置いておいて、どうでもいい話だけどお前こいつと親戚関係にあるよね」

ぱっと無表情になった紅葉に、置いとくなら言うなという言葉は誰も言えなかった。

隣で射殺さんばかりにパソコンを睨みつけるユイはまさに嫉妬に狂う女の如く恐ろしい顔をしている。パソコンを操作するのりかは紅葉の顔が近い今の状態にご満悦だ。

「……は? シンセキ? 何それ」

「血縁は婚姻によって結びつきがある人たちのことだよ。まあ随分遠縁だけど、調べれば分かるだろうな。……お前のことも」

「……フーン、そうなんだ?」

政彦は、笑った。

心の奥底から何かが冷めていくような感覚がした。へえ、親戚。なんだまだ居たんだ。とっくに死んだのかと思ってた。呆れたような顔をした紅葉が視界に入って、ごまかすように笑う。

政彦だけでなく、ここにいる全員にとって過去はタブーだ。特に何とも思っていないのは紅葉くらいだが、紅葉の過去は政彦の過去と密接しており、やはり誰もそのことについて話す者はいない。

――いなかった、わけだが。



「よし、決めた」

紅葉はにこりと慈悲に満ちた笑みを浮かべた。勿論彼がこうして笑ったからと言って慈悲に満ちた行動をとるわけじゃない。

むしろ、逆だ。


「お前ら、ちょっと一週間実家戻れ。リッカとミズキはまあしょうがないけど、ユイとマサは実家戻れ」

「ええっやだよ紅葉さんん……っ」

ぱっと縋りついたユイをすぐさま紅葉が引きはがす。油断も隙もない奴だ。これくらい図太いんだから大丈夫だね、なんて情け容赦ない笑みを寄越されたユイはふてくされた顔をして、まあ紅葉さんが言うならと小さくうなずいた。

どうせ一週間だとでも思っているのだろう。昔は一時も離れたがらなかったが、随分成長したらしい。

「待った、紅葉さん。俺、実家焼け野原になってるんですけど」

「え? ああ、そう言えばそうだったね。じゃあ碓氷道彦のとこに行けよ、奥さんに話は通してあるから」

ソファにもたれかかって、紅葉は小さく笑った。脳裏に浮かぶのは噂の婦人である。見たことはないが。

その淡い笑みに、政彦は血の気がさっと引いたのを感じた。まさかコイツ、コイツやりやがったのか……?

「どんなつながりだよ。奥さんって、おま、人妻に手ぇ出したの? 用意周到だなおい!」

「見た目はいい感じだったけど性格はタイプじゃなかったから手は出してない。……残念だわ、あと少しだったんだけど」

舌打ちする姿もそれはそれはお美しいが、言っていることは残念もいいところだ。まあ大方そうやって自分の貞操を守ってきたわけだが。

政彦は喚くように叫んだ。

「おい! ……オイ!! 俺やだよ、お前が手ぇ出そうとした人と一週間一緒に過ごすとか! 死んじゃうよ! しかもあの刑事いるんだろ!? なんで俺が……!」

「お前ら、最近あれだよ、あれ」

「どれですか!?」

既に意を唱えているのは政彦のみである。ユイは身支度に部屋に戻り、のりかは夕食の支度にキッチンに行ってしまった。政彦の下で死にかけていた琥珀はミズキが回収して部屋に放り投げ、ミズキはそのままのりかの手伝いへ。

リビングで騒ぐのは、幼馴染の二人だけとなった。


「現代風に言うと、お前ら最近ちょーうざい」

「……」

言い慣れてない感がやたら可愛いが、それはさておき。政彦はソファに改まって腰掛けた。落ちつこう、こういう時は。

深呼吸して肩の力を抜いて、紅葉を見た。その目に映っているのはやはり、昔と変わらず無表情なのにどこか情けない自分だった。


依存してんなよ、と。大方、紅葉はこう言いたいのだろう。

昔から放浪癖はあるが、昔は三日程度で気付けば家で本を読んでいた。だが最近は、半月なんてのもざらにある。単位云々はいつの間に出席していたのか問題ない様だし、失踪と騒がれることもない。つまり会ってないのは、自分たちだけだったのだ。


気付いていたのは、恐らくのりかくらいだろう。

あれは俺やユイより自分を持ってるし、それなりに客観視ができる。だから紅葉にもそれなりに可愛がられているのだ。厄介なのはその恐怖症のみ。まったく女というのは随分強いらしい。あんなにビビっていた奴が、今や数人といえど友人を作りつつあるのだから。

……ユイや俺とは、違う。政彦は、小さく息をついた。


痛い、と思う。それに、これくらい良いじゃないかとも。

神様とやらはいつだって俺達に手厳しい。人に惹かれるのを好まない人に厄介な力を与える。それを抜きにしてこの人に惚れこんでも、この人は寄りかかられて己を放棄する奴を好まない。

じゃあどうしろというのだ。

気付けば知り合いの小説の設定に組み込まれた、俺達に。あの、超能力者の戦争以来、ずっと生死を繰り返す俺に。……なんて、気付いてる奴はいないんだろうけど。


やけに凛とした紅葉をみて、政彦は泣きたくなった。

この人と初めて会ったのは、ずっと昔の話になる。それは政彦が「千歳遠矢」という少年だった時。彼は男ではなく女で、「赤桐楓」という名前だった。そのつぎは、自分が「小川祐哉」で彼女が彼になり「十字院ナナシ」で。それから「小野翔太」と「白井朱音」で。それから、それから。……今では、「近藤政彦」と「山崎紅葉」で。そうやって何度も何度も持っていたものを失くしまた積み上げ、また失くしてきた。

それでも、容姿や名前は変わっても性格は全く変わらないこの人だけが、政彦が自分らしくいるための支えだったのだ。

今更人間関係を築いたところで、どうせ死ねばなくなる。やり直しになる。そんな子供の様な考えを、彼はいつだって捨てろと言ってきた。


これで一体何度目だ? 政彦は、力なく笑った。

何でか一生のうちで彼に必ず出会うのだ。何でなのかわからなくて、でもやっぱりこの人に惹かれる。別人じゃないかと最初は思うが、傍にいるうちにああやっぱりこの人なんだと実感するのだ。その証拠に、ユイも傍にいる。

……ユイは、きっと覚えていない。たまに覚えている様な仕草をするけれど、たまたまなのだろう。まあ覚えていたって良い事はひとつもないのだけど。

だって結局は、この人が先に死んでしまうのだ。

きっと今回だってそう。

だからせめてと傍にいようとするのに、この人はそれも許してくれない。だったら長生きしてくれよ。俺より先に死なないでくれよ。俺達に守らせてくれよ。……なんて思っても、原因不明らしいこの人の体に巣食う病はいつもこの人を殺すのだけど。


「なあ、依存ってさあ、そんなに悪いもんなの?」

悪あがきのように、政彦は紅葉に聞いた。紅葉はやはり、いつものように澄まし顔で、何でもないように残酷に答えるのだ。




「鬱陶しい」

あーあ、ほんとにもう。

この人が男で俺が女で。そしたら、傍に居させてくれんのかな。俺が金髪美少女だったら傍に居させてくれるわけ?

あのクソアマみてーにさ、何も知らずにあんたの隣に甘んじられるわけ?


……ああ、そういやアイツ、今回は男だったみたいだけど。




「お前には口に出さなきゃ伝わらないから言っておくけど」

感情の抜けおちた顔のその人は、やっぱり言うんだ。




「“未来”っていうのは、今があってこそだよ」

分かってる、分かってるよ。


こう言いたいんだろ。



「依存ばかりの弱い奴の未来なんて」



――たかが知れてる、って、そうだろ?



このままじゃ、あんたの傍にいることすら叶わない。

でも俺は。それでも俺達は、あんたのそのまっすぐな目に惹かれて傍に張り付くんだよ。




因みにこの計画は、翌日になって近日コンサートがあることでまた今度になった。

特に気にしたふうでもない紅葉に政彦がまたきれたのはどうでも良い話である。

ここまでお付き合いありがとうございました。

SCARLETシリーズはここでいったんお終いです。謎ばかりの意味不明な話の詰め合わせではありましたが、次は短編ではなく連載のほうでSCARLETを続けたいと考えています。

最近は文字を綴ることも減り文章から離れた生活をしていたからか、言葉が可笑しい点や理解できない点が多くあったかと思います。

連載のほうではより気を付けてやっていこうと思います。

よろしくお願い致します。


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