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その日、ジールは久しぶりに自分の部屋に戻った。
いつもは書庫の中でいつの間にか寝てしまっていることの方が多かったのだが、今日は久々に疲れたから、ほどほどに作業を切り上げて戻ってきた。昨日眠れなかったからでも、急ピッチで作業をしたからでもない。最後にレントに聞かされた話によって受けたダメージが大きかった。
バカ兄貴を褒められてショックを受けるというのもおかしいのかも知れないが、彼の言ったことはジールの認識を根本から覆すのに十分だった。明日、兄に話をすると約束したものの、どんな顔で会ったらいいのか分からない。14年間築いた印象は、そう簡単には消せないのだ。
ジールの部屋は、城を構成する無数の塔の一つにあった。その塔は高くも太くもなく、部屋の広さも、子どもが一人寝起きするのに十分な以上のものではない。豪華絢爛な白の城にあっては、どちらかというと質素すぎる部屋だ。しかしディーンの居所がある塔からは、何の障害もなく見渡せる場所に位置していた。
そこはジールがこの城に来てからずっと使っている部屋だった。
初めディーンは、もっと立派な部屋を用意したのだという。しかし、まだ赤ん坊だったジールが泣き叫いたため、ジールの気に入る部屋を探し回ったら、そこになったのだそうだ。もとは物置だったという屋根裏部屋だったから、ディーンは今でも、「まだしゃべれもしない赤ちゃんだったくせに、とんだ貧乏根性だよね。」と文句を言う。もっとも、ジールはその部屋が気に入っていて、少し手狭になった今でも他に移る気はなかった。
幼いときは、ジールは一人で寝るのが寂しくて、よくベッド横の窓を開け、兄のいる塔を見ていた。兄が気づいて手を振って切れると、それで安心して眠ったものだ。少し大きくなって、窓から手を振る兄の姿が鬱陶しくなってからも、カーテンは閉めても、窓は開けて寝るのが癖になっていた。
今はどうなんだろう。
今、あの部屋の窓から兄の手を振る姿を見たとき自分がどう感じるのか、ジールには想像がつかなかった。ちょっと前までは、絶対むかつくに決まっていると思っていたのだが、今は分からない。
ため息を吐く。
いつの間にか自室の前に着いていた。
昼間からリヴァの声が一切聞こえないことにも気になりながら、ジールはポケットから鍵を取り出した。鍵穴に突っ込み、首をかしげる。開いている。
ノブをひねろうとすると、その瞬間、何やら大きいものが中から飛び出してきた。
上からガバッと抱きつかれる。ジールはその何者かに押し倒されるように廊下に倒れ込んだ。
「痛ってえ!」
「ジールう!!」
「ああ?!」
乗っかかっているのはディーンだった。ジールに縋りついて、何やらめそめそと泣いている。
大の大人のくせに。
ジールは途端にどす黒い気分に襲われたが、何とか思いとどまって体を起こした。レントから真実を聞いていなかったら、突き飛ばして、この先にある階段から投げ落としていたかも知れない。思いとどまれたのは、今日だから特別だ。
「何があったんだよ。」
ジールが問うと、ディーンは涙と鼻水でぐしゃぐしゃにはなっていない顔を上げた。
嘘泣きか?!
ジールは頬を引きつらせたが、落ち着けと自分に言い聞かせる。ディーンは鼻をすする素振りだけして言った。
「話聞いてくれる?」
「はいはい。聞くから退けよ。重いんだよ、お前。」
ディーンは素直に体を退ける。ジールはやっと起き上がって部屋に入った。