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白の王弟と水の姫君2  作者: ユイカ
5.菫色の少女
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 応接室らしい部屋に通される。

 どうやらここは学長夫妻の屋敷らしい。

 エレナに刃物を当てていたのはキロだった。

 キロは部屋に入るなり、エレナに中央に行くよう促すと、扉を閉め、扉の前に陣取った。副学長が部屋中のカーテンを閉めて回る。

 エレナは学長に促され、ソファーに座った。学長は向かいに座る。

 学長はパーティーから付けたままの羽根の髪飾りを取ると、緑のアイシャドーで縁取られた細い目でエレナを睨め付けた。

「あなた、ハジ教授の回し者?」

「だったらどうだっていうんですか。」

 エレナは慎重に答えた。

 老人2人と男1人、普通なら倒して逃げることもできそうだ。しかし。

 ちらりと戸口のキロを見やる。腕を組んで戸口にもたれかかった彼は、エレナの動きを注視していた。格闘技をやっている者なら分かる。奴の身のこなしはプロのものだ。かなり鍛えられている。それを城で会ったときには隠していたのだから相当だ。よほど機を見て攻撃しても、エレナに倒せるかどうか。

 きっとあいつがハジ教授を殺ったんだ。

 エレナは学長をにらみ返した。

「そう。分かったわ。」

 学長ははんはんと頷く。

「ハジの奴、やっぱり生きてるのね。」

「え?」

 エレナは耳を疑った。

「こんな時期に、しかも飼い犬の学生に殺されたなんていうから、不思議に思っていたのよ。きっと学長選まで身を隠すつもりに違いないわ。こざかしい。

 あなたプロでしょ!まだ見つけられないの?!」

 学長はキロを睨む。キロは恭しく頭を下げた。

「申し訳ございません。全力は尽くしております。」

 学長はきいっとハンカチを噛んだ。

 ハジ教授は生きているかも知れない。

 エレナにとっては、それが聞けただけで十分だった。やっぱりレントは犯人じゃない。教授のために動いているだけなのだ。今はきっと2人で身を隠しているのだろう。信じて待たなきゃ。心に決める。

 目をつむっていると、ガタリとテーブルを蹴る音がした。

「むかつく小娘だね。」

 学長が言う。

「知っていることをお話しなさい。そうしたら、命だけは助けてあげましょう。」

 しかしエレナは学長をにらみ返した。

「あなたなんかに話すことは何もありません。」

 学長はきいっと顔を赤らめる。

「キロ!この小娘から知っていることを吐かせなさい。その後は始末するなり何なり、お前に任せます。」

 おいお前、と副学長が慌てて仲裁に入ろうとする。しかし学長は意に介さなかった。

「承知いたしました。」

 キロが動く。

 エレナは立ち上がった。どうにかして逃げ出さなくては。殺されてたまるものか。

 ちらりと後ろの窓を振り返る。殺し屋の隙さえ突ければ、老夫妻など敵ではない。翼を出して空に逃げられれば、外は夜だ。夜闇に紛れれば逃げられるだろう。

 エレナはじりりと後ずさった。キロはゆっくりとやってくる。手が伸びる。もうちょっと。エレナはドレスの裾に手をやった。

「はあ!!」

 エレナは一気にスカートを引き抜くと、布をキロに向かってバサリと投げつけた。何かあった場合に動きやすいようにと、スカートの取り外しのきくドレスにしていたのだ。残ったミニスカートの下にはショートパンツも履いている。

 エレナはすぐに踵を返して窓に走った。副学長がひええっと飛び上がるのなど無視だ。しかし。

「あっ。」

 何かに足首を取られ、エレナは前に倒れ込んだ。すぐに起き上がろうとする。しかし、視界が霞む。煙か雲のようなものがエレナの周りを取り囲んでいた。

「何?!」

「無駄だ小娘。その霧からは逃れられない。」

 霧はふわふわとエレナの周りを回る。絡め取られるようにして、エレナの体はふわりと宙に浮いた。

「きゃっ。」

 体の自由がきかない。足が地面につかない。霧が周囲から離れない。濡らしたぞうきんのように体にまとわりついてくる。翼を出そうにも、ぎゅうぎゅうと締め付けられて身動きが取れなかった。

 不覚だ。こんな力が使えるのは、王宮の兵士くらいだと思っていたのに。唇を噛む。

「連れてお行き。」

 学長が言う。キロの手が今度こそこちらに伸びる。

 エレナは目をつむった。

―――――助けて!レント!

『大丈夫よ。』

 どこからか、少女の声が聞こえた。

「え?」

 目を開ける。その瞬間、エレナの体にまとわりついていた霧がふと動きを止めた。直後に逆の方向に動き出す。水滴が集まって玉になっていく。

 ビー玉ほどの大きさに育った無数の水の玉が、キロに向かって飛んでいった。

「ぐっ!!」

 霧がなくなり、エレナの体は床に落ちる。また少女の声が言った。

『今よ!』

 エレナは窓に向かって走った。翼を出す。カーテンを、鍵を、窓を開け、外に飛び出そうとした。

「逃がすか!」

 背後で剣を抜く音がした。エレナは窓枠を蹴る。次の瞬間、風切り音と共に液体が散らばった。

 水はエレナの体にもかかった。一瞬、自分が切られたのだと思った。風に乗り損ね、庭に不時着する。直後に、再び刃物の気配を感じた。

 振り返りざまに体を反らす。剣の切っ先は、さっきまでエレナの鼻先があった場所を掠めた。キロは再び剣を振り上げる。

「ああああ!!」

 エレナは振り下ろされた剣を体を捻って躱すと、その勢いで追跡者に回し蹴りを食らわせた。まな板の3枚くらいはへし折れる蹴りだ。その蹴りは確かにキロの軸足に当たったはずだった。

 しかし。

「あっ。」

 キロの軸足の周りには、あの霧が渦巻いていた。エレナの蹴りはその霧のクッションに捉えられ、届かなかったのだ。

 再び剣が振り下ろされる。霧に足を取られ、エレナは動けなかった。とっさに両手で顔を庇う。そのとき、エレナの眼前に菫色の髪の少女の姿が現れた。

 エレナの頭上に振り下ろされた剣は何かに弾かれる。また液体が散らばった。まさか少女が身代わりになったのか。エレナはドキリとしたが、散らばったのは血液ではなかった。エレナの体にもかかったのは、おそらくただの水だ。

 霧から足が抜ける。エレナは立ち上がった。

「うっ。くそ・・・。」

 キロは目を押さえて蹲っていた。何者かの攻撃を受けたらしい。

 エレナは周囲を探した。先ほどの少女は誰なのか。助けてくれたのなら、置いて逃げることはできない。

「何をやっているの!逃がしたら承知しませんよ!」

 窓から顔を出した学長が叫ぶ。

 エレナは後ずさった。少女の姿は見えない。気のせいだったのかも知れない。逃げなければ。

 翼を動かそうとしたそのときだった。

「そこまでだ!」

 大きな声がして、カッと周囲が明るくなった。無数のライトがエレナに、キロに、窓から覗く学長夫妻に投げかけられる。

 目を眇めて空を見上げると、白の王の軍勢が、ずらりと空に並んでいた。

 兵士たちは屋敷とエレナたちを囲むように降りてくる。

「剣を捨てろ。少女から離れるんだ。」

 兵士たちの先頭に立った男が命令した。キロは無言のまま、剣を地面に突き立てる。両手を挙げ、エレナの側から後ずさっていった。

「セイラ学長、カスロ副学長。出てきていただきましょうか。」

 窓から見ていた学長は、きいっと男を睨んだ。

「やはり生きていたんですのね。ハジ。」

 え?

 エレナはハジと呼ばれた男を見た。白髪交じりの栗色の髪の、細身で小柄なおじさんだった。いつも話には聞いていたけれど、ハジ教授の実物を見たのは初めてだった。

 学長夫妻は玄関から外に出てくる。

 ハジ教授は2通の書類を取りだして、夫妻に掲げた。

「セイラ王立高等院学長、カスロ同副学長。両名を、業務上横領の容疑で告発します。

 詳しいことは、これから城で取調べがなされるでしょう。」

「おのれ・・・。」

 きいっと学長はハンカチを握りしめる。

 しかし観念したのだろう。気弱そうな副学長が、そっと妻の肩に手をやった。

 夫妻は兵士たちに引っ立てられていく。キロも捕まったはずだ。しかし、エレナはそんなことは眼中になかった。

 ハジ教授がいるということは、彼もいるはずだ。周囲を探す。

 そして。

 エレナは教授の後ろの方にその姿を見つけた。堪えられずに走り寄る。

「レント!」

「あらー?エレナ、どしてこんげなとごに。」

 惚けた声は彼のものだ。

 よかった。涙が込み上げる。その瞬間、エレナは足を振り上げていた。

「今まで何してたのよ!」

「ゲフ!!」

 クリーンヒットの回し蹴りは、レントの体を数メートルも吹っ飛ばしていた。

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