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エレナは塔を後にすると、城の庭に敷き詰められた白いタイルの上を大股で歩きながら、金髪のかつらを取り去った。焦げ茶の長い髪がバサリと肩に落ちる。それを手櫛でなでつけ、城の表に回った。
まだ日は高いにもかかわらず、白の城の入り口には、少しずつ舞踏会の客たちが集まり始めていた。2頭立ての馬車が次々と庭に舞い降りては、着飾った娘とその両親が出てきて城に入っていく。
レディーたるもの、天馬の牽く馬車に乗ってくるものだ。エレナの両親もこの日のために奮発して、馬車をレンタルしてくれていた。その心遣いはうれしかったし、期待に応えられないのは心苦しい。しかしエレナは心を決めていた。ドレスの裾を握り込む。
両親は城の入り口の階段を上った横で、おろおろとして衛兵に詰め寄っていた。城に着くやいなや娘が姿を消したのだから、それはもう大慌てで捜していたのだろう。
エレナが戻ると、母親などは半狂乱で飛びついてきた。
「あ、あなたどこへ行ってたの?!その髪はどうしたの?!」
驚いて当然だ。王様は金髪がお好きらしい、なんて嘘を言って、朝から時間を掛けてかつらのままセットしてもらったのだ。それにも関わらず、戻ってきた娘はそれらを全部取り去って、しかも地毛を振り乱していたのだから。
エレナはしれっとして言った。
「お母様。私、いろいろ悩んだんですけれど、やっぱりありのままの姿で勝負しようと思いましたの。」
そう言って微笑めば、母は何も言えなくなる。
さすがに見かねた衛兵が、鏡のある控え室に案内しましょうと言ってくれた。
エレナは一呼吸おいて、城の中に足を踏み入れた。
髪のセットはそこそこに、エレナは白のホールに向かった。母の手ではたいしたことはできないと分かっていたし、時間がかかっては早く城に来た意味が無くなる。
ホールにはもうすでに多数の親子が集まろうとしていた。
まだ時間はありますから、急がなくてもいいんです。そんなに大股ではしたない。そう言う母親を無視して、ホールに飛び込む。
エレナは言葉を失った。
舞踏会用に飾られたホールは、こんな場合でなければしばし見とれてしまうほど美しかった。
壁も柱も真っ白な石でできていて、そこかしこに繊細な彫刻が施されている。窓から掛けられた幕と、ホール前方を覆い隠した垂れ幕だけが青い。その幕にはキラキラ輝く銀糸で、それは見事な刺繍が施されていた。描き出された白銀の天馬は、白の国の王者の紋章だ。
ホールの天井には、国中の空にも浮いている光球が豪奢なシャンデリアになって浮いている。
エレナは一瞬目的を忘れそうになって、大きく頭を振った。
きょろきょろするものじゃありません、という母の忠告を無視して、参加者を一人一人確認する。入り口も同時に見張る。
そして、やっと見つけた。
学長夫妻だ。
王立高等院の学長の顔など数度しか見たことがない。しかし間違えるわけがない。副学長である夫の顔も見覚えがある。
学長は、金のドレスに包んだふくよかな体を揺らしながらホールに入ってきた。髪飾りの鳥の羽が床に付きそうなほどに伸びている。将来は母親に似るであろう娘も、これでもかというほどにフリルの付いたピンクのドレスを着ていたが、母親はそれ以上に目立っていた。
エレナは拳を握りしめた。
学長夫妻は満面の笑みを浮かべていた。ハジ教授というライバルがいなくなり、憂いが無くなったからだろう。自分たちで仕込んだに違いないのに、疑いの目は全く関係のないレントに向いている。今夜は娘が王に見初められ、4日後の学長選で再選されると思い込んでいる顔だ。そしてゆくゆくは、この国ごと牛耳るつもりでいるに違いない。
「はん!そんなことできるわけないでしょうが。
ていうか、させないわよ。」
エレナは学長親子の背後を取れる位置にそれとなく移動を開始した。
もっと前に行かないと王様に気付いてもらえないわよ、と母親はおろおろしながら付いてくる。母の影のような父親はそのさらに後ろからやって来ているに違いない。しかしそんなことなんてまるっきり無視して、エレナは人混みをかき分けた。
学長親子はエレナのことなんて知らないはずだ。第一、これだけ人が多ければ、その中に紛れることなんて簡単だ。絶対言質をとってやる。
ちょうど学長親子の会話が聞き取れそうな位置までやって来たときだった。突然ホールの灯りが落ちた。
「え!何?」
騒然となったところに、逆に目映いばかりの灯りが点る。
周囲の人々の視線はホール前方に集中していた。
前方に設けられた段差の上に、お見合いおばさんが立っていた。おばさんは満面の笑みで、お静かに、と手を振ると、一つ咳払いをした。
「今日はようこそ、舞踏会にお集まりいただきました。
このようなすばらしい場を設けられたこと、光栄に思いますわ。
どうぞ皆さん、緊張なさらないで。
では。
私の挨拶になど誰もご興味無いでしょうから、さっそく、主役においでいただきましょう。」
「こんな忘年会みたいな始まり方でよろしいのですかしら。」
学長が副学長の耳に囁く。
学長の尻に敷かれているらしい副学長は、禿げた頭を何度も細かに頷かせた。
大きな拍手が起こった。
ホール前方に掛かっていた幕が開いたのだ。
幕の奥には玉座が安置されていた。
母親がエレナの袖を引く。
白の王が、そこにお座りになっていた。
素敵なお姿ねえ。興奮気味に言う母親に生返事をして、エレナはまた学長夫妻に目をやった。




