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深紅のリーナは残り三脚となった椅子に座り、テーブルに突っ伏していた。
一ヶ月待ち望んだ舞踏会に出られなくなったのだから落ち込むのは当然だろう。
しかし、分からない。
「さっきのは、お前の姉さんなのか?」
ジールは尋ねた。
リーナは頷く。
「じゃあ、なんでこんなこと。
わざわざ妹を閉じ込めなくても、舞踏会には2人で出席すればいいじゃないか。それとも1人しか出れないものなのか?」
「うちは、そうなのですわ。」
リーナはやっと顔を上げてそう言うと、髪を飾った羽根飾りに手をやった。
もう不要になったヘアセットを解くのかと思いきや、リーナは束ねられた髪ごと鷲掴みにした。金色の髪が頭から取れる。下から焦げ茶のショートヘアが現れた。ジールは一瞬言葉を失った。
「驚くことはありませんわ。ただのかつらです。
ちなみに、姉の髪も本当は私と同じ色ですわ。さっきは、変装していた私に変装するためにかつらを被っていたんだと思います。」
「変装?何でそんなこと。」
「姉は、私を装ってジール様とお話しするためでしょう。
私の方は、レントさんに近づくためですわ。」
ジールは眉をひそめた。
やっぱり、この姉妹は王立高等院の学長夫妻の・・・。
「姉とレントさんはお付き合いしているのですわ。」
「・・・・。
はあ?!」
リーナはジールの叫びを無視して、息を吐いた。
「姉とレントさんは幼馴染みで、結婚も約束した仲なのですわ。
でも、レントさんが王立高等院に入り、ハジ教授の下に付いてから、連絡が途切れがちになりましたの。特にここ数ヶ月は一切連絡が取れなかったんですわ。
そうしたら一ヶ月前、城で働いている子からの情報で、レントさんが少し前から城によく顔を出して、メイドたちに声を掛けまくっていると聞きましたの。
レントさんって、ほら、ちょっと軟派な方でしょう?姉はずいぶん気を揉んだのですけれど。でもどうやら、レントさんは、王の弟君のことを探っているらしいと分かりましたの。だったらどうしてそんなことをしているのか、気になりますでしょう?
そうしたら、ちょうどその頃、お城での舞踏会の話が姉の元に来たのですわ。
姉はさっきも言いましたとおり、レントさん一筋なので、断ろうとしたんです。でも、これを機に城に潜り込んで、レントさんの様子を探れるのではないかと思い立ったのですわ。それでおばさまに頼み込んで、ジール様に近づこうとしたんですの。
ただ、姉本人が行ってはレントさんにばれてしまいますでしょ?だから、姉は私に頼んできたのですわ。舞踏会に出る権利を私に譲るから、しばらくレントさんのことを探ってくれって。
私も姉と結構似ているので、ばれないように少々変装を。でもまさか、書庫でレントさんに会ったときには、少し肝を冷やしました。ばれなかったようで安心しましたけれど。」
「・・・はあ。」
リーナの言っていることは、よく分かるようで分からない。ジールは頭を掻いた。
「一つ確認するけど、お前たちは王立高等院の学長夫妻の娘ではない?」
ジールの問いに、リーナは目を瞬いた。
「どうしてそうお思いになったのか分かりませんが、全く関係ありませんわ。」
「あ、そう。」
この一週間の互いの沈黙は何だったんだ。
ジールは気が抜けて、リーナの向かいの椅子に座った。
「つまり、お前の姉さんは、お前の代わりにやっぱり舞踏会に出たくなって、お前をここに閉じ込めたのか?」
「そういうことになりますわね。
とんだとばっちりで、ジール様には悪いと思っておりますわ。」
「俺はいいよ。どうせ元々、舞踏会の間はここにいようと思ってたし。
でも、お前は・・・。」
「私も、もう諦めました。だって、元々招待状は姉に届いたものなのですもの。仕方ないですわ。」
そう言っている様子は、とても諦めが付いたようには見えなかった。
交換条件とはいえ、一ヶ月も書庫にやって来ていた情熱は本物だったのだろう。
相手が自分の兄だと思うと不思議だが、女の子がお城の舞踏会に憧れるという感情は理解できなくもない。姉に招待状が届いているくらいだから、その妹一人くらい飛び入り参加させても問題ないだろうに。
そろそろ本格的に日は沈もうとしている。外は静かだが、舞踏会の招待客たちが集まり始めている頃だろう。
ジールはまた、拳を握りしめた。
ここを出る最後の手段、水の力を使って扉を破るという手はまだ残っていた。しかし、書庫内で水を使うなんて抵抗がありすぎる。扉の厚さは10センチくらいはあっただろうか。本に飛沫を掛けないように気遣いながら、その扉を破るほどの水圧を出せるだろうか。
何でこんなときにリヴァと喧嘩したんだと、本当に悔やまれる。というより、何でこんなに長く無視されなければならないのか。段々むかついてくる。彼女なら、少量の水を媒介にジールとリーナを外に運ぶことができるのに。
リーナのため息が聞こえた。
「それにしても、姉の身が心配ですわ。
あの姉がレントさんを諦めて王様に乗り換えようとしてるとは考えにくいんです。
きっと、今夜の舞踏会に学長夫妻が娘を連れて出席すると知って、奴らのことを探ろうとしているのですわ。無茶をしないといいんですけれど。」
「それは・・・。」
ジールの反応が深刻に聞こえたのか、リーナは否定するように首を振った。
「でも、大丈夫なのですわ。きっと。
姉は私より強いですから。」
「・・・あ、そう。」
ジールは浮かしかけていた腰を椅子に戻した。
厚い扉にめり込んだ回し蹴りを思い出し、身震いする。いくら木製の部分とはいえ、扉にはまだリーナのかかとの跡が残っている。何の格闘技か分からないが、あれより強いのなら大丈夫かも知れない。
「じゃあ、ちょっと早いけど、食事にするか?
一人分しかないけど、半分ずつで。」
ジールはそう言って、夕食のプレートに被せられた蓋を取ろうとした。するとリーナの手も伸びてくる。ジールの手に重なった。ジールは反射的に手をひいた。
眉根を寄せてリーナを見ると、彼女はテーブルに肘をつき、拳を顎下に当てるいつものポーズをしていた。上目遣いに睫を瞬く。
「ジール様。私、舞踏会は諦めましたけれど、玉の輿は諦めてませんのよ。」
「?」
「相手は弟君でもいいんですのよ?」
リーナからばっちんとウインクをもらって、ジールは椅子から飛び退いた。
「やだぁ!恥ずかしがる姿も可愛い!」
急にブリッ子さを増した声を出して、リーナも立ち上がる。テーブルに沿ってずずずっと間合いを詰めて来た。
ジールはじりじりと反対方向に進んだ。
「お、落ち着け、リーナ。な。」
テーブルに積み上げられたままの本のタケノコに隠れながら言う。
リーナは、「あら。」と黄色い声を出した。
「リーナは偽名ですわ。本名だと、さすがにレント様にばれてしまいますでしょ?
姉の名前はエレナ。
私は、エドって言います。」
「え、エド?」
「それから。
私、エレナの妹じゃないんです。」
「?」
立ち止まったエドはまた拳を二つ顎下に置いて、上目遣いに増毛された睫を瞬いた。
「弟なんです!
きゃっ、言っちゃった!」
ええーーーー。
ジールは目の前のタケノコごと、全てを水で流し去りたい気分に陥った。




