18
階段の上には、深紅のドレスを着たリーナが立っていた。
「お姉様!」
深紅のリーナは、水色のリーナをそう呼んだ。
「・・・え?お姉様?」
ジールは2人のリーナを見比べた。
水色と深紅の2人は、まさにうり二つだった。しかし、よく見比べれば細部が少し違うような気がする。雰囲気はずいぶん違う。
深紅のリーナが階段を駆け下りて来る。これでもかという内股や乙女っぽい身のこなしは、いつものリーナのものだった。
水色のリーナは唇を噛みしめている。深紅のリーナは水色に詰め寄った。
「お姉様、何でここにいるんですの?それに、その格好・・・。」
「ゴメン!」
水色のリーナはそう言い放ち、不意に振り返ってジールを突き飛ばした。ジールはテーブルに背中をぶつけ、彼女自身もテーブルに突進する。何をする気かと思ったら、水色のリーナはすぐにターンした。深紅のリーナの横をすり抜け、書庫の入り口の階段を駆け上がっていった。
不意打ちのうえ、おそらくとばっちりで突き飛ばされたジールは、呆気にとられてその様子を見ていた。
「ごめんなさい!でも、こうするしかないの!」
「お姉様、何を!」
「本当に、ごめん!!」
下手な小芝居のようなやり取りの後、書庫の扉が閉まる。
それから、ガチャリという音がした。
ガチャリ???
ジールはテーブルの上を確認した。そこに置いてあったはずの書庫の鍵がない。
「ごめんなさい!舞踏会が終わったら開けに来るから!」
「お姉様!!」
ヒールの音が遠ざかっていく。
すっかり音が聞こえなくなってから、ジールはようやく我に返った。
「お、おい・・・!」
入り口の階段を駆け上がる。扉にはしっかり鍵がかかっていた。押しても、体当たりしても、びくともしない。
「嘘だろ・・・。」
「ちょっと退いていただけます?」
深紅のリーナが階段を上がってくる。
リーナはヒールを脱ぎ捨て、ドレスのスカートをたくし上げた。ふうっと息をためる。「ああああー。」という雄叫びを上げ始めた。
次の瞬間、渾身の回し蹴りが扉にめり込んだ。
しかしそれだけだった。木製の部分に傷は付いたが、金属製の鍵や番部分は軋みすらしなかった。
「そんな!私の蹴りでも開かないなんて!」
「・・・・。
いや、呼べば誰か気付いてくれるかも。」
2人揃って扉を叩く。喉を枯らすまで叫んで助けを呼んだが、書庫があるのは普段からあまり人の寄りつかない城の片隅だ。しかも今日は、みんな舞踏会のことで頭がいっぱいなのだ。ちなみに書庫から会場の白のホールまでは、直線距離でも数百メートルはある。助けが来るのは絶望的だった。
「舞踏会・・・、夢だったのに・・・。」
深紅のリーナが崩れ落ちる。
ジールは声を掛けることができず、階段を下りた。小声でリヴァを呼ぶ。反応はない。ちっと舌打ちする。
「答えろよ、リヴァ。舞踏会出てもいいから。」
そう言い添えたが、同じだった。
ジールは途方に暮れて、空を見上げた。あっと息を漏らす。
「そうか。天窓。」
なぜ真っ先に気付かなかったのか。なんて後悔はどうでもいい。
ジールは翼を出し、飛び上がった。
天窓は塔の天井に一個だけ開いている。四角い窓枠に格子が4つ割になっていて、それぞれにガラスがはめ込まれていた。窓から見える空は少しずつ暗み始めている。白の国の太陽である光球たちの光量が落ちてきているのだ。舞踏会の開始時刻が近づいている。
天窓は昔は開いたらしく、蝶つがいが付いていた。しかし、ずいぶん前から開かずの窓になっているらしい。今まで何度か開けようとして失敗した経験があったから、ジールは覚悟を決めた。窓ガラスに手を触れ、感触を確かめる。
リーナも翼を出して飛んでくる。
ジールは彼女に退いているよう言って、一度階下に戻った。椅子を一つ運んでくる。
椅子の背を持ち、ガラスの一枚の横に立つ。息を整える。ジールは椅子を振り上げた。
木製の椅子を窓ガラスにぶつける。
その瞬間、ガシャンとか、パリンとかいう音がするはずだった。
ジールの腕に痺れが走った。
ガンっという音と共に砕けたのはガラスではなく、椅子の方だった。もげた椅子の脚が塔の底に落下していく。
ジールはまだ感覚の薄い腕を庇いながらも、椅子の残骸を取り落とさないように抱えた。窓ガラスを確認し、目を疑う。肉眼にも、指で触れた感触上も、傷一つ付いていなかった。
「嘘だろ?」
リーナは落胆して降りていく。
ジールは最後の手段に拳を握りしめた。こぽりと水滴がわき出す。が、やはり覚悟が付かず、降下した。




