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レントとリーナは翌日からも毎日書庫にやってきた。
もっとも、ジールの作業が進まないから、手伝いとは名ばかりで、2人でとりとめもない会話をしている時間の方が長かった。よくも飽きずに、とジールは思ったが、2人とも目的は他にあるのだから仕方ないのだろう。
ジールは数日おきにレントから手紙を受け取った。それをディーンに渡し、その返信をレントに受け渡す。現学長一派は、今のところ気持ち悪いくらいに大人しくしているらしい。ハジ教授の票集めも順調で、ディーンからもレントからも、何か問題が起きたという話は聞かなかった。
リーナの方はしきりにディーンに会いたがった。しかし、ディーンが書庫に来ることは考えにくいし、まさか彼女をディーンの執務室に連れて行くわけにはいかないから、ジールは返事を濁して断り続けた。
あまりに熱心でかわいそうだとも思ったが、彼女の存在をディーンに話すわけにもいかない。どう話していいのか分からなかった。ジールの仕事を熱心に手伝ってくれている女性がいる、なんて言ったら、むしろ超絶ブラコンの兄の怒りを買いそうだし、ディーンとのお見合いで有利に立つためにやって来ている、なんて、お見合い相手本人に言うわけにはいかない。ばれてから考えようかと思ったのだが、ばれて欲しいときに限ってばれないものだ。ばれて欲しくないときはすぐにばれたのに。
リヴァはというと、泣いて姿を消して以来、また呼びかけに答えてくれなくなっていた。
今度は気配は近くにあるのは分かる。だが、きっと拗ねているのだ。根負けしたジールが、舞踏会への出席を許可するのを待っているのかも知れない。
ジールは、まだ彼女の涙と泣き声が脳裏から離れなくて、居たたまれなかった。しかし、動作の度に水しぶきを飛ばす姫君など、群衆の前に出せるわけがない。
日にちだけが過ぎていった。
ジールはその日もレントから手紙を受け取って、それを持ってディーンとのティータイムに向かった。
歩いて行くのは面倒だから、翼を使って執務室の窓を叩く。するとカーテンを開けてレイタが顔を出した。やばい、怒られる、と思ったがもう遅い。レイタは呆れながらも窓を開けてくれたので、ジールは中に入った。
中には先客がもう一人いた。ジールは自然と顔を強張らせた。
「全く、王の弟ともあろう者が、窓から出入りするとは。」
ガウロは顎髭をさすりながら息を吐く。
後で言い聞かせますからとレイタが言い訳するのも、ジールは気にくわなかった。
ディーンは机に両肘をついて、何やら考え込むように顔を伏せっていた。
どうやらさっきまで真剣な話し合いがなされていたらしい。ディーンの部屋にレイタとガウロの2人が顔を突き合わせるなど、ジールは過去にあまり見たことがなかった。
「今日はティータイムを取る時間がないかも知れません。」
レイタが言う。じゃあ、とジールは持ってきた手紙を彼女に渡した。途端にレイタの顔色が変わる。レイタがそれをディーンに渡し、ディーンが封を切って中身に目を通すと、手紙はガウロ、レイタと順に手を渡った。
ジールは部屋を辞すこともできなくて、ただその様子を見ていた。
「ジール。他にレントから何か聞いてる?」
ディーンが尋ねる。その口調は、いつもの少し甘えた兄のものだった。
ジールは首をすくめた。
「ごめん、何も。最近、あまりレントとそういう話はできてないんだ・・・、です。」
ガウロに睨まれたので、ジールは口調を敬語に直した。
「ここ最近、書庫にレントの他にもう1人訪ねてきている人がいるんです。
女性、なんですけど。
兄上にお見合いの話を持ち込んだご婦人が、王の目に留まりやすいようにしばらく私の側に置いてやって欲しいと寄越してきたんです。恩ある人のご令嬢らしいのですが、彼女の前ではうかつなことはしゃべれないので・・・。」
ディーンの表情が険しくなる。
「その娘の名前は?」
「リーナ、です。」
ディーンはガウロを振り向き、ガウロは一つ頷いた。
「学長夫妻には妙齢の娘がいたはずです。すぐに調べさせましょう。」
それを聞いた途端、ジールは心臓に氷が触れたような感触を味わった。
考えもしなかった。しかし、学長夫妻はハジ教授の命さえ狙いかねないとレントも言っていたのだ。スパイを送り込んでくる可能性くらい考えておくべきだった。でも、まさかリーナがと思ってしまう。
「あの・・・。」
ジールが声を発すると、気づいたディーンがにこりと微笑んだ。
「ジールはその子の前では何もしゃべってないんでしょ?じゃあ、大丈夫だよ。」
お茶を淹れましょう、とレイタが部屋を出て行く。
ジールはディーンに促され、ぬいぐるみに埋もれたソファーに座った。
ガウロも部屋を出て行く。室内には兄弟だけが残された。
ジールは震える手で口元を覆った。レントと手紙のやり取りをしているところをリーナに見られていなかっただろうか。彼女の前で何か変なことをしゃべったりしなかっただろうか。まだリーナがスパイだと決まったわけではないのに、ジールは不安でいっぱいになっていた。胃の腑が冷たい。
すると、大きな影が現れて、ジールの隣にどかりと座った。顔を上げると、リボンで髪を縛ったディーンが座っていた。
「レイタ、どこまで行ったんだろうねえ。」
「え?」
「ガウロさえいなければ、僕がお茶淹れたのに。ねえ。」
ねえ、と言われても困る。ジールは頷こうとしてそのまま俯いた。
ディーンの指が伸びてきて、俯いたジールの頬をちょんとつつく。ちょんちょんとやられ、ジールはまた顔を上げた。
「何だよ。」
「ハジ教授が、ジールをぜひ王立高等院に欲しいってさ。
本の分類作業、結構ちゃんとがんばってるんだって?子どもが考えたとは思えない画期的な方法だって、感心されてるみたいだよ。」
ジールは顔を背けた。
「・・・子どもで悪かったな。」
「あれ?褒めたのに。」
「褒め言葉になってねえよ。」
難しいなあ、とディーンは息を吐いた。
そのまましばらく無言になる。が、ジールはなぜか、少し気分が楽になったように感じた。
レイタが戻ってくる。どうやら料理長にまで頼んでティーセットを用意させていたらしい。お茶の他に、おやつのアイスが3人分用意されていた。やった、とディーンが立ち上がる。横に感じていたぬくもりが無くなって、ジールは不覚にも、ちょっと残念に思った。
この、ちょうど翌日だった。
ハジ教授が亡くなったというニュースが流れ、レントが姿を消した。




