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暗くなる前にレントとリーナを追い出し、ジールは残業をしていた。悩みを拭い去るように、普段はあまり使わないランプまで灯して作業に没頭する。
やっとタケノコは4本になったが、先は長い。
次の本を取る。古代文字の本だった。また時間がかかるな、とジールはため息を吐いた。
リストを見ると、リーナの丁寧な字で表題が写し取られている。ジールはその訳と注釈を隣に書き込んだ。『王位継承戦争・下』、黒い表紙の方だ。数ページめくって副題を確認すると、『炎のソールスベリー』とあった。炎派はフリエルダについて書いてあって欲しいという、レントの期待を含んだ予想は外れたわけだ。もっとも、炎派の大将はソールスベリーで、彼は後に黒の王となった人物でもあるのに対し、フリエルダはその部下にすぎなかったのだから、順当なところだろう。
ジールは『王位継承戦争』のシリーズを、『歴史書』の中でも『伝記』のカテゴリーに割り振ることにした。今まで見つかった他の古代文字の本も『伝記』の中に入れる。全て特定の人物の生涯を記述したものだったからだ。こういう風に、ちょっとずつ改良を加えて割り振ろうとするから、作業に余計に時間がかかるのだ。
ジールは、その本の中身が表題と合っているかの確認作業を今からすべきか、疲れたので明日にするべきか迷って、リストにちらりと目をやった。
「ん?」
眉根を寄せる。
数冊下に、古代文字の本が2冊固まっていた。その題名が、2冊とも『王位継承戦争・下』なのだ。黒い本の下巻の他に白い本の下巻があるなら分かる。が、3冊目があるとはどういうことだ。
ジールはタケノコの中からその2冊を探し出した。そして眉間のしわをますます深める。見つかった2冊は、どちらも黒い表装の本だった。
同じ本が複数見つかったのは初めてだ。写本だろうか。印刷技術など無いのだから本の複製は大変な作業だろうが、有名な本なら写しがあってもおかしくはない。それらが書庫内に複数収められることだってあるだろう。
しかし、見つかった2冊の副題を確認して、ジールは眉間に指を置いた。
もう訳が分からない。
2冊の副題はそれぞれ、『炎のフリエルダ』と『炎のレーウェンタッド』だった。
「何で下巻が3冊、しかもそれぞれ副題が違うんだよ。
待てよ。3人とも炎の天使だってことは共通なのか?
っていうか、レーウェンタッドって・・・・。」
「王位継承戦争を黒の国に飛び火させた王子様よ。」
久しぶりに聞く声に、ジールははっと空を振り返った。気配が戻っている。ジールはパチンと指を鳴らした。
石の床に水しぶきがたち、すみれ色の少女の頭が姿を現した。
「リヴァ、どこ行ってたんだ!」
「ふふふ。ちょっとね。」
ジールは姿を現した水の姫君に近寄ろうとして歩みを止めた。
姫君は床から首だけを生やした状態のまま、ぺろっと舌を出していた。
「・・・生首やめてちゃんと出てこいよ。」
「生首?!
えーい、ゴホゴホ。ちゃんと私のナイスバディーは後で見せてあげるわよ。
聞きたいのはレーウェンタッドのことでしょう?」
別に体が見たいわけじゃない、とか、ナイスバディーだったっけ?、とか言いたいのを飲み込んで、ジールは頷いた。
リヴァの生首がしゃべり出す。
「王位継承戦争は、そもそもは白の国で始まったものだったの。
当時、白の国では、水の王家と風の王家が、三百年にわたって主導権争いをしていたのね。両家が順に白の王を出すことで、争いが表面化するのは押さえてたんだけど、あるとき、風の王家が、二代続けて白の王を出そうとしたの。水の王家には、次期白の王になれるような跡継ぎがいなくて、風の王家には、ちょうど水の天使の娘がいたからよ。もちろん、水の王家は反発して戦争になったってわけ。」
「だろうな。
でも、それが何で黒の国に飛び火したんだ?」
「黒の国の王子様が姿を消しちゃったのよ。
黒の国では、ずっと炎の王家が土の天使たちを支配してきていたのね。王子がいなくなった隙を狙って、黒の国では土の天使たちの反乱が起こったの。
その王子様っていうのが、炎のレーウェンタッドだったってわけ。」
「姿を消した?何で。」
「駆け落ちよ、駆・け・落・ち。」
「駆け落ち?!」
リヴァの首は頷く。
「そ。
黒の王子様は、白の天使のお姫様と2人で遁走しちゃったの。風の王家に生まれた、水の天使の娘・イーラとね。」
「ちょっと待て。その娘って、白の国の戦争のきっかけになった?!」
「禁断の恋だったのよー。」
リヴァの目線はどこか遠くを見ている。
ジールは、はん、と息を吐いて椅子に腰を下ろした。
「迷惑な話だな。」
「ちょっと、そこのガキ、お黙りなさい!
反乱も戦争も2人のせいじゃないわ。2人のことが無くても、いつかは起こっていたことよ。
それに、あの戦争で白の天使と黒の天使が交わる機会があったからこそ、翼を持たない人間たちが生まれたのよ。なかなか壮大なラブストーリーなのよ!」
「・・・へえ。」
ぶつぶつ文句を言っているリヴァを無視して、ジールは3冊の『王位継承戦争・下』・黒の本に向き合った。ぱらぱらとめくっているうちに、章立てからいって3冊の順番は、レーウェンタッド、ソールスベリー、フリエルダであることに気づく。リストにその旨を注記した。
と、何か冷たいものが頬にかかった。手で拭ってみて水だと気づく。ジールは総毛立って振り返った。
「何するんだリヴァ!本にかかったらどうするんだ!」
「ふん。嫌ならちゃんと私の話を聞きなさいよ。」
リヴァの首はすっかり拗ねてそっぽを向く。
ふざけるなら水を返してもらうぞ。リヴァの体を構成しているのはジールが与えた水だから、そう言うのは簡単だった。しかし、リヴァの声が聞こえず不安だった数日が頭をよぎる。
ジールは仕方なくペンを置き、彼女に向き直った。
「で、昨日からどこに行ってたんだって?」
「そうなのよ!
ね、これ見て!」
途端に元気になったリヴァの首が、少しずつ宙に上がり始めた。床から体が生えてくる。ジールは再び眉間にしわを寄せた。
リヴァの衣装が、ピンクのフリフリドレスに替わっていた。これでもか、というくらいふんわりと広がったスカートに、リボンとスパンコールが散らばっている。
リヴァは手に持った扇を広げて、ポーズを決めた。
「ジャーン!似合う?」
「・・・・・。」
「何か言いなさい!」
扇子が飛んでくる。ジールが受け止めると、感触でそれは水でできていると分かった。
何となく意味を理解して、ジールは扇子を手の中に握りつぶした。水の固まりに戻った扇子は手のひらの上で波打つ。水をリヴァに投げ返してやると、水はリヴァの手の中でまた扇になった。
「金のかからないショッピングだな。」
「あら、ご名答。でも、ここまで再現できるようになるまでには、結構がんばったのよ。」
つまりリヴァは、昨日からどこかでウィンドウショッピングを楽しみ、気に入ったドレスを水で再現する練習をしていたわけだ。
普段のリヴァは水の神殿に横たわる本体と同じ姿で出てきていたが、体ごと水でできているのだから、服だって好きに形作ればいい。ずいぶん経済的で、合理的だ。
「他にも、ほら。どれがいいと思う?」
リヴァはくるりとターンし、衣装を替えた。深紅のタイトドレス、青のイブニングドレス、クリーム色のシフトドレス。黒のサンドレスは背中全体が大きく開いている上に、リヴァが長いスリットからちらりと太股まで出しやがるので、ジールは思わずゲホゲホとむせ込んだ。
「お前、何のためにこんな・・・。まさか!」
ジールははっと気づいてしまった。リヴァが姿を消した昨日の昼頃といえば、レイタがディーンにお見合いパーティーの話を持ち込んだ頃だ。
リヴァは、白いミニスカートのカクテルドレスになって、えへっと舌を出した。
「だって、お城の舞踏会ってステキじゃない。」
お前もか!
ジールは大きく息を吐いた。
「出られるわけないだろ。招待状とか無いんだから。」
「ええっ!それくらいジールが何とかしてくれるでしょ?それに、そんなもの無くても、私にとっては会場に潜り込むのくらい簡単だもの!」
「やめろよ。
万が一うちの兄貴や、高位の水の天使に触れられたら、正体ばれるだろ。お前は水でできた化け物なんだから。」
ジールはあっと口をつぐんだ。が、遅かった。
少女のすみれ色の大きな瞳から、涙がぽろぽろとこぼれていた。
「化け物だって、パーティーに憧れたっていいじゃない。」
リヴァはそう言い残して書庫から消えた。
「待て!リヴァ!」
耳に痛い泣き声だけが、しばらくジールの脳裏に残った。




