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「お見合いですかー。王様って大変なんですねー。」
レントは平坦で間延びした声で言った。
「全然同情的に聞こえないぞ。」
「そりゃあもう、私ども今、それどころじゃないんで。」
「そうだろうけど・・・。」
ジールは息を吐く。
2人はどこかの不良少年よろしく書庫の裏にしゃがみこんで話していた。もっとも、城を照らす光球はあらゆる角度から光を発しているから、2人のいるところが陰になっているわけではない。周りに草木が生えているわけでもない。思いっきり陽光の下での会話だ。
ジールは周囲に人の目がないのを確かめると、上着の内ポケットから王の親書を取り出し、レントに手渡した。レントはちょっと驚いたように茶金の目でシールの印を確かめ、それをローブの中にしまう。それから人が変わったようにあっけらかんとして手を振った。
「まあ、いいじゃないですかー。
暗い書庫に一輪の花が咲いたと思って!」
「・・・お前、そういうキャラだったのか?」
「ジール様は、神聖な書庫に女なんか入れられるか、って感じですか?」
「いや、そういう訳じゃ・・・。」
実際前科があるから、ジールは言葉を濁した。
じゃあ、何も問題ない、とレントは立ち上がる。
「さあ、作業を始めましょう。」
一番問題なのは、すっかりペースを乱されていることだとジールは思った。
「へえ、リーナちゃん17歳なんだあ。お見合いなんてまだ早いんじゃないの?」
「でもお、王様とお見合いなんてえ、一生に一度あるかないかの玉の輿の大チャンスじゃないですかあ。だからあ、パパもママもすっかり気合い入れちゃっててえ、リーナもがんばらなきゃって思ってるんですう。」
「確かに、ライバル多そうだねえ。
でも大丈夫。リーナちゃんなら可愛いから、王様がダメでも、他の男どもから引く手数多だよ。私も立候補しちゃおうかなあ。」
「やだあ。レントさんったらあ。」
「いい加減にしろよ。」
ジールはガタンと大きな椅子の音を立てて立ち上がった。テーブルの向かい側で談笑中の2人を指さす。
「お前らやること無いなら帰れ・・・っ!!」
出口を差し示そうとして動かしたジールの腕が、周囲に積み上げてられていた本の山に当たった。崩れそうになった山を慌てて支える。どうにか崩壊を免れてジールが息を吐くと、レントとリーナはパチパチと手を叩いていた。
「いやー、セーフですねえ。」
「おい。」
「あっ、危ない。」
「え?・・・痛てっ!」
山の最上部の一冊が落ちてきて、ジールの頭に当たった。本の山はジールの背丈より高く積み上げられていた。リーナは顎下に拳を当てる。
「私たち、お手伝いしたいんですけどお、ジール様の作業が進まないとお手伝いできないじゃないですかあ。」
「そうそう。それに、少し休んでてくれって仰ったのはジール様じゃないですか。ねえ。」
ジールは床に落ちた本を拾って元に戻しながら舌打った。
書庫内の作業員が3人に増えた中、レントは昨日同様、本の運搬作業を申し出た。ジールが記録し終わった本を元の棚に戻し、新たな本を運んでくる作業だ。リーナにはタイトルと著者の記録作業を割り振った。ジールの作業の前に、リストの一部を彼女に作成しておいてもらう。
しかし、もっとも時間のかかる作業は本の内容の把握と分類で、それは依然としてジールが1人でやっていた。必然的に作業ペースに差ができてくる。特に、一冊丸ごと読まないと分類しづらい本や、古代文字でかかれた本、分類表を改定しなければならなくなるような本が混じっていると、ジールの作業速度はほとんどストップする。分類表ごと改定した場合は、過去に記録した本に遡って見直し作業も必要になってくるからなおさらだ。
その間にもレントはどんどん本を運んでくるし、リーナは次々とリストを作る。周囲に巨大な本のタケノコが5本ほど生えたところで、ジールは2人にストップを掛けたのだった。
「休んでていいから、静かにするか、外で話せよ。
もしくは、今日は帰って明日・・・いや、明後日以降にまた来い。」
タケノコ5本は今日明日中に記録し終わるのは無理だ。ジールがそう言うと、2人は静かに休憩することを誓った。
もっとも、ひそひそ話であっても、他に音のない狭い空間内のことだからよく聞こえる。リーナが話す言葉に、ジールは自然とペンを止めて聞き入っていた。
おばさまは本当に悪気のない人なんですう。けどお、王様のお見合いっていったら、いろいろうるさい人がいるじゃないですかあ。政略結婚とかあ、姻戚関係を利用して出世しようとか考えてるみたいな。かくいううちの両親も、おばさまに頼み込んで私のパーティー出席権を得たんですけどお。
それに、ディーン様ってかっこいいからあ、そのお妃様になれるなんて、国中の女の子が憧れてると思うんですよお。どうにかしてパーティーに潜り込めたら、良いところのお嬢さんじゃなくても、見初められるかも知れないじゃないですかあ。
だからあ、今、そういう人たちがおばさまに群がってて、おばさまは天狗になっちゃってるんですう。
でも、おばさまに貢いだところの娘が王様に選ばれるとは限らないじゃないですかあ。おばさまは、頼まれた人はみんな引き受けようとかって思ってるみたいですけどお、ホールに入れる人数って限られますしい。
だから、おばさまは今のままで大丈夫かしらって、私は心配してるんですう。
確かにその通りだと、ジールは思った。
白の王は世襲ではないから、ディーンが誰と結婚しようとあまり問題はないとジールは思っていた。お世継ぎを待ち望むとか、外戚たちが発言力を増すとか、そういう宮中でよくありそうなごたごたとは無縁だと。レイタやガウロなどの重臣たちが今まで何も言ってこなかったのもきっとそのためだろう。女っ気もなく弟ばかり構っている、ディーンのあの性格のせいもあったのかも知れないが。
しかし、政権の中枢から離れたところにいる者にとっては、王とお近づきになることは何よりの望みなのだろう。王に認められさえすれば、一気に政権の中枢部に潜り込めるかも知れないのだから。
ディーン自身があまり乗り気でないこともあって、ジールは他人事のように渦中の兄にばかり同情していた。むしろ、あのぬいぐるみだらけの部屋や弟に甘える姿を知られたら、婿のもらい手が無いのではないかと心配さえしていた。
しかし、問題はもっと別にあったのではないか。
もしディーンが一目惚れでもして、その相手や親が野心を持ってこの国を牛耳ろうとしてきたら。妻の尻に敷かれたディーンが、そいつらの言うことを聞いてしまったら。
ジールは頭を振る。
最近、ジールは、ディーンのことを見直し始めたところだったはずだ。あいつは意外とバカ兄貴ではないのかも知れないと。というより、バカでは困る。少なくとも、誰の意見を聞けばいいのかくらいは判断できる奴であってくれなくては。
「あれ?ジール様、手が止まってますよ。」
レントの言葉で我に返り、再びペンを走らせる。が、ジールは段々、気が重くなってきた。
一体、自分は、兄にどうあって欲しいのだろう。分からなくなっていた。




