変化
警察署内の一室。目の前に座る刑事の男性に、自分が知る限りの三浦瞳に関する全ての事を話した。三浦瞳との関係、何故あの場に居たのか、三浦瞳と交わした会話も全て。
自分でも驚くほどに冷静に話していた。だが体中の力は抜け切り、頭の中は真っ白だ。全てが夢の様で、現実味が無い。ただ目に焼き付いた真っ赤な血が、今も目の前に広がっている。あれは本物の血だったのだろうか、本物の死体だったのだろうか。暑さのせいで、幻覚でも見ていたのではと思ってしまう。
しかし、目の前に座る刑事の一言で、一気に現実へと引き戻されてしまう。
「残念ながら、三浦瞳さんは君が発見した時には、既に亡くなっていた。」
祐一郎の両手が小刻みに震え出すと、うな垂れていた首をゆっくりと上げた。
急に現実が押し寄せて来る。やはりあの死体は、幻覚なんかではなく、本物の死体だったのだ。そう悟ると、急に吐き気が襲ってくる。
「俺じゃ・・・俺じゃないです。」
震えた声で静かに言うと、祐一郎はギュッと震え続ける両手を握り締めた。
「大丈夫。君が犯人だとは思っていないよ。凶器も現場には無かったし、何より君がずっとカフェに居た事を、店員の人が証言している。駐車場内をうろついていた事もね。君は第一発見者と言う事だよ。だからあれこれと聞いていたんだ。」
その言葉を聞き、心為しか祐一郎はホッと安堵する。自分が犯人だと思われていない事が分かっただけでも、少しだけ気が楽になり、震えていた手も、少しだけ震えが止まった。
「あの・・・犯人は・・・。」
恐る恐る尋ねると、刑事は優しい笑顔を見せた。
「大丈夫だよ。ちゃんと捕まえるから。怖い思いをしてしまったね。今日はもう家に帰って、ゆっくり休みなさい。お姉さんが迎えに来てくれているから。」
「え・・・?お姉さん?俺姉なんか・・・。」
一人っ子のはずの祐一郎に、姉が迎えに来ていると言われ、不可解そうな表情を浮かべた。きっと小夏が姉だと間違われているのだろう、と思い、力無く椅子から立ち上がると、扉の前に立っていた警察官の一人に連れられ、部屋を後にした。
警察署の出入口まで向かうが、足が鉛の様に重い。一緒に歩いている警察官の姿を見ると、今自分は間違いなく、現実に居るのだと嫌でも痛感してしまう。今まで見えていた世界が、違う世界の様に見える。まるで長い夢から覚めたみたいだ。
「お待たせしました。」
隣に居た警察官が、誰かに向かって挨拶をする。
あぁ、小夏か。きっと小夏の事だ、小さな子供の様に泣きながら、心配しているのだろう。そう思いながらゆっくりと顔を上げると、目の前に立つ人物に、祐一郎は目を疑った。
「いえ、こちらこそ。お手間をお掛けしました。」
そう言って丁寧にお辞儀をしている女性は、長い茶色の髪をし、見覚えの有るワンピースを着ている。
「アレン・・・何で?」
震えた声で口から零れた名前。目の前には、コードネームアレンと名乗った女性が居る。
「さぁ、行きましょう。お母さんも心配してるわよ。お姉ちゃん車で来たから、祐ちゃんは車の中で、少し寝るといいわ。」
アレンは心配そうな表情を浮かべ、当たり前のような口振りで祐一郎に言って来る。ドームで始めて会った時とは、まるで別人の様だ。
「な・・・お前・・・何言って・・・。」
動揺する祐一郎を余所に、アレンはまた警察官に深くお辞儀をすると、祐一郎の手を引いて、署内から出て行こうとする。そのままグイグイと祐一郎の手を引くと、外へと出て、駐車場へと向かって行った。
「なっ・・・。待てよ!どう言う事だよ!なんでお前が・・・姉って何だよ?」
訳も分からず、半ば無理やりアレンに連れて行かれながらも、祐一郎は必死に尋ねる。だがアレンは、何も答えようとはせず、無言で自分の車まで祐一郎を連れ出した。
車へと到着をすると、アレンは祐一郎の掴んだ手を離し、「乗れ。」と一言だけ言う。その口調は、ドームで会った時の口調に戻っていた。
「何なんだよ。何でお前が・・・。」
「いいからさっさと車に乗れ。話はそれからだ。」
アレンに促され、祐一郎は仕方なく車への中へと乗り込んだ。
アレンは車のエンジンを掛けると、顔を真っ青にさせて隣に座る祐一郎に、「先に言って置くが、家には向かわない。」と言い車を走らせた。
「なっ!家に向かわないって、じゃあどこに向かうんだよ。」
「ここから離れた場所だ。適当に貴様を下ろすから、後は自分で家に帰れ。」
そう言うと、警察署から逃げる様に、車を走らせ始めた。
車は警察署から大分離れた、公園付近で停まった。アレンは車のエンジンを切ると、ぐったりとした様子で座席に座っている祐一郎の姿を見て、車の窓を少し開ける。
「軟弱な奴だ。貴様それでもエージェントか?」
冷たい口調で言うと、祐一郎は勢いよくアレンの方に顔を向けた。
「何言ってんだよ!死体を見たんだぞ!本物の死体を!しかも・・・ちょっと前まで話して、生きてた奴の!お前本物の死体見た事あるのかよ?」
喰い付く様に言うが、アレンは涼しげな顔をして言う。
「三浦瞳の事か。あの女は敵組織の一員だ。貴様が見付け出してくれたお陰で、少し敵組織の全貌が見えて来た。遅くなったが、無事任務成功だ。それと、私のパスワード登録をしておいてくれた様だな。感謝する。」
「お前・・・何言ってんだよ?人が死んでるんだぞ?何寝ぼけた事言ってんだよ。」
アレンの発言に唖然としてしまう祐一郎だったが、アレンは当たり前の様な口調で、更に言って来る。
「私の任務の為に、貴様には少々面倒を掛けてしまったな。心配しなくとも、警察から自宅へは連絡は入っていない。その前に私が姉だと名乗り出たのだ。極秘任務故、他の者に知られたら不味いからな。明日の会合へは、私は姿を現す訳にはまだいかないが、近いうち会議の場には出る。」
「は?何言ってんだよ・・・。お前の任務って・・・何だよ?そう言えば・・・お前どうして、三浦瞳の名前知ってんだよ?俺、掲示板には三浦しか書いて・・・。」
一瞬祐一郎は胸に、嫌な予感を感じた。その予感は気のせいだと思いたかったが、そう都合よくは行かず、次の瞬間、アレンの口から最悪な言葉が出て来る。
「私の任務は、敵組織の全貌を暴き、その中の重要人物の抹殺だ。三浦瞳はその一人だ。」
「は・・・?何言って・・・。じゃあ・・・三浦瞳は・・・。」
「私が殺した。それが任務だ。」
眉ひとつ動かさず、冷めた表情で言うアレン。その顔を見て、祐一郎の血の気は一気に引いてしまう。
「な・・・何・・・言って・・・。」
「心配しなくとも、邪魔な警察は無力だ。何より警察内部に、敵組織が入り込んでいるからな。だから警察署から一刻も早く離れる必要があったのだ。私がスパイだと言う事に気付かれただろうが、それももう不要だ。明日の会合で、我等が組織は完全始動するのだからな。」
「本気で言ってんのかよ・・・?本当に・・・お前が殺したのか?」
祐一郎はゆっくりとアレンから離れると、車のドアに張り付いた。
「なぁ・・・自首しよう。今なら・・・きっとまだ間に合うよ・・・。俺、一緒に行くから。」
するとアレンは、クスリと小さく笑うと、不敵な笑みを浮かべた。
「心配するなと言っただろう。私は特殊エージェントだ。暗殺のプロだぞ。無能な警察は非力だ。貴様は人の心配をする前に、さっさと七人目を見付け出せ。他のエージェント達も、それを待ち望んでいるのだ。」
「お前・・・本当にお前が・・・。ヒィッ!」
「人殺し。」そう言おうとしながら、祐一郎は慌てて車のドアを開けると、そのまま外に横転してしまう。急いで起き上ろうとすると、アレンの顔が視界に入る。その瞳は、冷たく氷の様だ。
顔を真っ青にさせ、祐一郎は起き上ると、その場から全力で走り逃げ出した。後ろを振り返る事なく、全力疾走で公園内を走り抜けると、車のエンジン音が聞こえた。エンジン音が遠ざかって行くのを耳にすると、走っていた足を止め、そっと後ろを振り返る。アレンの乗っていた車は、どうやら自分とは逆方向へと、走り去って行った様だ。
ゼェゼェと息を切らしながら、額に滲む汗を袖で拭うと、祐一郎はホッと肩を撫で下ろす。
「マジかよ・・・あいつ正気じゃねぇよ・・・。」
祐一郎は携帯を取り出すと、すぐに警察に電話をしようとした。しかし『アレン』と言う名前しかしらず、おまけについさっき、自分の姉として迎えに来た事を思い出す。
もし今電話をして、警察に話したとしても、きっと信じては貰えないだろう。それ所か、せっかく犯人では無いと分かって貰えているのに、共犯者だと疑われてしまうかもしれない。そう思うと、電話をする事を躊躇ってしまった。
「そうだっ!貴志!確かあいつに命令したって言ってた。貴志なら知ってるかも!」
祐一郎は、急いで貴志へと電話を掛ける。
数回コールを鳴らすと、受話器からは相変わらず無駄に明るい、「ハッハハ~イッ!」と言う貴志の声が聞こえて来た。
「貴志!貴志かっ?」
叫ぶ様に言うと、受話器からは不思議そうに言う、貴志の声が聞こえる。
「「あっれれ~?どったの?シャノンっちが俺の事貴志とか呼ぶって、中二以来じゃね?」
「そんな事どうでもいいんだよ!それよりお前、アレンとかって言う名前の女、知ってるか?」
「「アレンたん?あぁ~そりゃ知ってるっしょ~。だって俺っちに、任務命令してきた人だしぃ。それがどったのぉ~?」
呑気に聞いて来る貴志に、祐一郎は怒鳴り気味に言った。
「あの女、人殺しなんだよ!マジ頭おかしくて!お前、あの女の連絡先とか本名とか・・・何でもいいから知らないか?」
「「う~ん・・・ちぃ~っと難しいかも。アレンたん極秘エージェントだしぃ、電話も非通知で掛かって来たからなぁ~。あっ!そう言えば、シャノンっち掲示板見た?スッゲェーの!俺等組織本格始動~ってヤツ!俺もやっとエージェント出来るよぉ~。」
「はぁ?お前何言ってんだよ?」
突然意味の分からない事を言い出す貴志に、祐一郎は戸惑ってしまう。
「そんな事より、あのアレンって女、人殺しなんだよ!俺の姉とか言って、警察に俺の事迎えに来るし・・・。」
「「あぁ~三浦瞳を抹殺ぅ~ってのでしょ?流石アレンたんだよねぇ。敵組織に先手打ってやったぜぃ~って感じでさぁ。でもシャノンっちも大変だったねぇ~。危うく三浦瞳の毒牙に、掛かりそうだったんっしょ?」
「は・・・?お前何言って・・・。何で三浦瞳の事、知ってるんだ?」
思いもよらぬ貴志の発言に、祐一郎の頭の中は、一瞬真っ白になってしまう。
「そう言えば・・・お前さっきから、俺の事シャノンとか呼んで・・・。何だよ急に?リアルじゃ恥ずかしいって嫌がってたんじゃ・・・。」
戸惑いながら言うも、受話器から聞こえて来る貴志の声は、テンションが高く嬉しそうだ。
「「えぇ~?掲示板にアレンたんからの報告が、書かれてるっしょ~。それに本格始動だよぉ~。もう隠す必要なくね?でもスゲェーのなぁ!シャノンっちが敵を見抜き、アレンたんが抹殺っ!ナイスコンビネーションってやつ~?」
「は?お前・・・。」
祐一郎は携帯をギュッと力強く握り締めると、怒りながら大声で叫んだ。
「お前何言ってんだよ!人が死んだんだ!俺はその死体を、この目で見ちまったんだぞ!警察に連れてかれてあれこれ聞かれるし、頭のおかしい殺人鬼に連れて行かれるし!ゲームとかじゃなくて、マジで人が死んだんだよ!」
受話器越しに怒鳴り付けるも、真剣に訴える祐一郎を嘲笑うかの様な事を、貴志は言って来る。
「「シャノンっちこそ、何言ってんの?三浦瞳は敵組織の重要人物の一人だったっしょ?アレンたんは颯爽と任務をこなしたんじゃ~ん。それよか、明日の会合が待ち遠しいなぁ~!他のエージェントも、もうめっちゃ興奮しちゃってさぁ~!あーそうそう、今夜は魔力高める為に、会議室集合は無しって~事だよぉ。」
「な・・・お前・・・。何言ってんだよ?訳分かんねぇーよ・・・。」
貴志の言葉に、祐一郎は混乱してしまう。
今まで散々祐一郎の発言の数々を、『中二病』と言って笑っていた貴志が、今度は正反対の事を言い出して来る。
「なぁ、本当に分かってんのか?死んだんだぞ?三浦瞳は、マジで死んだんだ。」
「「え?分かってるお?だって今ニュースでやってるしぃ~。まぁ~、アレンたんの手に掛かれば、楽勝よぉ。三浦瞳は、敵組織ん中でも誘導チームのリーダだったみたいよ?大物だねぇ~。俺等エージェントに探り入れてたみたいだから、シャノンっちマジ危なかったよぉ~。」
そう言って笑う貴志の声に混じり、受話器越しからは、確かに三浦瞳が殺害されたと言う、ニュースの音声が聞こえて来た。
祐一郎はその場に膝を着くと、愕然としてしまう。本当に貴志は、三浦瞳が死んだと言う事を、理解している上で言っている。それも先程のアレン同様、本気で敵組織等と言って信じている様だった。
「なぁ・・・お前笑ってたじゃん。俺の言う事、中二病とか言って、笑ってただろ?なのに何だよ急に・・・。何急にマジになってんだよ・・・?」
声を震わせながら言うと、受話器からは貴志の大きな溜息が聞こえて来た。
「「もうさぁ~、大変だったんだよぉ~!シャノンっちが所構わず、エージェントの話はするわ、ラグナロクの話はするわで。俺っち必死に隠そうと、シャノンっちは中二病って笑って、みぃ~んなに誤魔化し続けて来たんだからぁ~!普通の男子高校生のフリをするのも、楽じゃなかったよ~。おまけに外で、俺の事コードネームで呼ぶしぃ。」
「は?・・・ハハ・・・。冗談・・・だよな?本気で言ってるんじゃないよな?」
歪に笑いながら、恐る恐る尋ねるが、貴志の回答は最悪な物だった。
「「はぁ?シャノンっち同様、真剣だけどぉ?」
祐一郎はゆっくりと携帯を耳から離すと、そのまま電話を切ってしまう。最後の貴志の言葉は、嘘でも何でもなく、本気で言っている様に感じた。携帯を持った手の力が抜けると、腕を下へと落とす。頭上から熱い日差しが降り注ぎ、祐一郎の頬を一筋の汗が伝った。
「どうなってんだよ・・・。」
会ったばかりのアレンならまだしも、中学からずっと一緒の貴志までもが、自分が作り設定した世界を信じている。人が死んだと言うにも関わらず、馬鹿みたいにはしゃいで、敵組織だのエージェントだのと、戯言を連発している。
「見ていないからだ・・・。本物の死体を・・・見ていないから・・・。」
茫然とその場に座り込んでいると、ハッと貴志の言っていた言葉を思い出す。
「そうだっ!掲示板!」
慌てて手にした携帯を見ると、メールが届いていた。メールを開くと、緊急連絡用掲示板の、書き込みお知らせメールだ。すぐにサイトにアクセスをして、掲示板に書かれた内容を見ると、更に愕然としてしまう。
「アレン・・・。」
掲示板には『六人目のエージェント。コードネームアレン。』と言う件名で、『敵組織の誘導チームリーダー、三浦瞳をコードネームシャノンと共に抹殺。これより我が組織は、本格始動を開始する。三浦瞳が既に我々を探っていた為、敵組織には我々の存在が知れ渡った。今宵は魔力を高めよ。明日の合同召喚にて、七人目を見付け出せ。』と、本文が書かれていた。
「何だよ・・・これ・・・。俺は何もやってないぞ・・・。俺は・・・殺してない。」
掲示板のコメント蘭には、他のエージェント達の喜びのコメントが書き込まれていた。『流石はシャノン君!』『ついに六人目が現れたか。シャノンに先を越されたな。』『おぉ~本格始動来たよこれぇ~!』と、様々な事が書き込まれている。
「こいつ等・・・本気で信じてんのか?あんな・・・俺が作った妄想話・・・。」
真夏の路上で、愕然と座り込んでいると、「松田君?」と突然誰かに名前を呼ばれた。祐一郎はゆっくりと声のした方に顔を向けると、そこにはショートカットの大人しそうな顔をした、少女が立っていた。
「やっぱり、松田君だ。大丈夫?顔色・・・悪そうだけど・・・。」
真っ青な顔をして座り込んでいる祐一郎を、少女は心配そうな顔で見つめる。祐一郎は呆けた顔で、少女の顔を見上げた。
「誰・・・?」
ボソリと呟くと、少女は少し困った表情を浮かべる。
「あれ?覚えて無いかな?一年の時同じクラスだった、高野美雪だよ。」
「高野・・・?あ・・・。」
祐一郎は、名前を聞きようやく少女の事を思い出す。
高野美雪。祐一郎と同じ高校の同級生で、祐一郎とは一年生の時に同じクラスだった。物静かな子で、祐一郎とは余りまともに話をした事はないが、男子生徒からは結構人気のある子だ。
祐一郎はゆっくりと立ち上がると、「ごめん・・・。」と小さな声で謝る。すると美雪は、不思議そうに首を傾げた。
「え?ごめんって?」
「あ、いや・・・。すぐに思い出せなくて・・・。てか・・・今ちょっと混乱してて・・・。」
顔を沈めながら言うと、携帯をポケットに仕舞い、その場から遠のこうとした。
フラフラと覚束無い足取りで歩き始めると、後ろから「待って!」と慌てて祐一郎を呼び止める、美雪の声がする。しかし祐一郎は、足を止める事なく、その場から離れて行ってしまう。
「待って。コードネーム、シャノンさん。」
後ろから、耳を疑うような言葉が聞こえて来ると、祐一郎の足はピタリと止まった。一瞬で祐一郎の体は凍り付き、顔色は更に真っ青になってしまう。ゆっくりと後ろを振り返ると、ニッコリと微笑む美雪の姿がある。
「やっと止まってくれた。」
そう言うと、美雪はクスリと笑った。
「今・・・何て?」
恐る恐る祐一郎が尋ねると、美雪は祐一郎の側まで歩み寄り、またニコリと微笑む。
「コードネーム、シャノン。初めまして・・・でいいのかな?私はコードネーム、マロンであります。」
「なっ・・・マロンって・・・。高野さんが?」
突然の告白に、祐一郎は驚くを通り越して、硬直してしまう。只でさえ、今日一日訳の分からない事だらけだと言うのに、ここに来てまた、新たな別のエージェントと遭遇してしまった。
「あぁ、驚いたよね。本当は明日、正体がバレてしまう予定だったんだけど・・・。わたくしとした事が、浮かれて先に正体をバラしてしまいましたっ!」
そう言って敬礼をして見せると、ニコニコと笑顔を浮かべる。しかし祐一郎は硬直したまま、茫然としているだけだ。
「あれ?ビックリ過ぎた?ドッキリ過ぎた?シャノン大佐を引き止める為に、止むを得ず使った最終兵器であります!」
美雪は敬礼を維持しながら、祐一郎の顔を覗き込む。祐一郎は目の前に迫る美雪の顔に、ハッと気付くと、慌てて後ろへと引いた。
「あっ・・・ごめん。ビックリし過ぎて・・・。って・・・高野さんって、そんなキャラだっけ?なんかイメージ違うね・・・。」
「同士の前では素顔を曝け出す。これは鉄則でありますぞ!」
そう言い、ニッコリと笑う美雪だったが、『同士』と言う言葉を聞いて、祐一郎の顔は沈んでしまう。以前なら喜んだのだろうが、今の祐一郎は、その同士が気味悪くて仕方がなく感じた。
「沈んでるね。日に当てられちゃったかな?じゃーちょっとそこの、設置テントで休憩でもしますかな?」
「設置テント・・・?」
美雪の指差す方を見ると、すぐ近くに喫茶店の看板が見えた。今は余り話したい気分ではなかった祐一郎は、「いや・・・ちょっと・・・。」と言うも、美雪は手に持っていた買い物袋を、ズイッと祐一郎の目の前に出す。
「実は私も、物資の補給の為歩きまわり、疲れていたのであります。お互い休息が必要かと?」
ニッコリと笑顔を見せる美雪の姿を見て、祐一郎は軽く息を吐いた。確かに美雪の言う通り、少し休んだ方がいいのかもしれない―――― 。そう思うと、小さく頷いた。
「それでは、移動しますか。」
美雪は満足そうに微笑むと、祐一郎と一緒に、早速喫茶店へと向かった。
喫茶店の中は、冷房がガンガンに効いていてとても涼しい。外とは別世界の様だ。地獄から天国へとやって来た気分になり、それまで混乱していた頭も、少しスッキリする。
祐一郎は椅子に座り上着を脱ぐと、シャツは汗でびっしょり濡れていた。ズボンの中に入れたシャツを外へと出すと、ネクタイも緩める。絞め付けられていた感覚が無くなり、少し体が楽になると、自然と気持ちも心成しか楽になる。
美雪も祐一郎の前へと座ると、手に持っていた荷物を横に置いた。
「あぁ~生き返る!兵士の束の間の休息でありますね。」
美雪がパタパタと手で煽りながら言うと、祐一郎は可笑しそうに、クスリと小さく笑った。それを見た美雪は、嬉しそうな顔をする。
「あ、やっと笑ったね。ちょっと安心であります!」
そう言ってまた、敬礼をする美雪に、祐一郎は照れ臭そうな表情を浮かべた。
「あぁ・・・ごめん。あんまりイメージとのギャップが凄かったから。一年の時、全然話した事無かったけど、教室ではいつも静かだったし。」
すると今度は、美雪が照れ臭そうな表情をしてしまう。
「あー学校はちょっと苦手でありまして・・・。他兵との接触をどうすればいいのか、分からないのでありますよ。」
「それって、人見知りって事?」
美雪は恥ずかしそうに、小さく頷く。
「そうなんだ。でも俺とは、普通にって・・・普通かどうかはよく分からないけど、話してるじゃん。」
「あぁ、それは!同じ虫の穴、と言う事で。まぁ、チャットで沢山話していたしね。何より同士は平気なのであります!」
「あぁ・・・。」
『同士』と言う言葉を聞き、祐一郎の顔はまた一瞬、曇ってしまう。それを誤魔化す様に、祐一郎は話を切り替えた。
「あっ、そう言えば買い物って、何買って来たの?随分大きな紙袋だよね。」
美雪の隣に置かれた買い物袋を指差すと、美雪は袋をパンパンッと、軽く叩きながら答えて来る。
「これ?主に衣類とか衣類とかかな。セールと言う戦場の帰りなのでありますよ。袋は嵩張ると嫌だったから、一つの大袋に纏めて入れたんだ。」
「へぇ、今日セールやってたんだ。」
「うん。大佐の本日のミッションは?スーツ姿からして、闇取引でありますか?」
美雪に聞かれた瞬間、忘れかけていた三浦瞳の死体が、また脳裏に浮かんだ。再び吐き気に襲われると、手元にあった水を一気に飲み干す。
「どうしたの?」
不思議そうに首を傾げ、聞いて来る美雪に、祐一郎は青白い顔をさせて聞き返した。
「高野さんは、まだ知らないの?」
「へ?知らないって?」
更に首を傾げる美雪の姿を見ると、どうやら美雪はまだ、掲示板を見ていない様子だった。
「いや・・・知らないならいいけど・・・。あのさ、聞いてもいい?」
「なんでありますか?大佐っ!」
ビシッと、凛々しく敬礼をする美雪とは裏腹に、祐一郎は少し戸惑いながら聞いた。
「いや・・・その。高野さんはさ・・・本気で信じてるの?その・・・闇の使者とか・・・そう言うの。」
「へ?」
唐突な祐一郎の質問に、美雪の顔はキョトンとしてしまう。ゆっくりと敬礼をした手を下ろすと、少し真剣な眼差しに変えて言って来た。
「もしかして・・・三浦瞳の事言ってるの?」
美雪の口から、『三浦瞳』と言う名前が出て来た瞬間、祐一郎の眉間には一気にシワが寄った。歪に顔を歪めると、少し後退りをする。
「知ってるんだ・・・。」
少し震えた声で言うと、美雪はニコリと微笑んだ。
「掲示板、見たからね。ニュースも見た。触れられたく無いかなって思ったから、知らないフリしたんだけど・・・。思い詰めている様でありますね。」
「じゃぁ・・・エージェントとか、敵組織とか―――― 。」
と言い掛けている途中、美雪は祐一郎の前に、メニューを差し出した。
「その前に、何か発注するであります。支給ドリンクがなければ、喉が癒されないので。」
ニッコリ笑う美雪の笑顔に、祐一郎は拍子抜けしてしまい、小さく頷きながらメニューを受け取ると、飲み物を注文した。
テーブルの上に、コーラが二つ置かれると、美雪は可笑しそうにクスクスと笑う。
「いやいや、二人揃ってコーラとは。やはり炭酸には互いに弱いでありますな~。」
嬉しそうにストローからコーラを啜ると、美雪は満足そうな表情を浮かべる。祐一郎は「あのさ・・・。」と、先程の話の続きをしようとするが、中々言い出せずにいた。すると美雪の方から、話しの続きを持ち出して来た。
「先程の話しでありますが、あれは遊技場であります。」
祐一郎は不安そうな表情を浮かべながら、美雪に聞く。
「遊技場って事は、本気で信じてる訳じゃないって事?」
「皆の話し。皆は面白がってるんじゃないかな?松田君が偶々知りあった人が、書き込みをした後に殺されちゃって。その事をネタにして、また書き込みされて、盛り上がっちゃってるって感じだと思うのでありますよ。」
「盛り上がるって・・・。人が殺されて、死んでるって言うのに・・・。」
眉間にシワを寄せる祐一郎に、「酷い奴等って思う?」と美雪が聞いて来た。
「当然だろ。だって・・・三浦瞳はどこにでも居る、普通に恋とかに憧れる、女の子で・・・。俺話したから分かるんだ。なのに貴志も、敵組織だから死んで当然みたいな事いきなり言い出すし。他の皆だって・・・。」
「それは、松田君しか三浦瞳に会っていないからであります。会ってない者達からすれば、それは最高のネタでしかないのであります。」
「は?何だよそれ。」
祐一郎は美雪を睨み付けると、「何が最高のネタだよ。」と低い声で言う。すると美雪は、クスクスと笑いながら淡々と話して来た。
「大佐だって、皆と同じ事をしているでありますよ?ニュースで知らない人が殺されたと聞くと、『俺の邪気眼を使い抹殺した。』って言うじゃん?それと同じ事だよ。ネットの中では日常茶飯事であります。特に中二病を患っている人達は。自分の身近な人物等では無い限り、全てはネタとして活用されるのでありますよ。」
「それは・・・。」
美雪の言う事は強ち間違っていないと思うと、何も言い返す事が出来ない。確かに自分にも、心当たりが有るから余計にだ。
「じゃぁ・・・アレンとか名乗ってるあの女も・・・。」
ポツリと言うも、あの時のアレンの顔を思い出すと、とてもネタとして言っていた様には思えなかった。貴志だって、急に掌を返したようにノリノリで話していた。貴志の性格を考えると、能天気な奴だが、人の死をネタにして喜ぶ様な奴ではないように思える。他の二人は会った事も無いし、本当の心意等分からない。
あれこれと考えていると、また頭の中が混乱して来てしまう。そんな祐一郎に、美雪は更に混乱をさせるような事を言って来た。
「しかしがなら大佐!これは松田祐一郎と、高野美雪としての会話であります。シャノンとマロンとしての会話となると、また話は別。」
「は?どう言う意味だよ・・・。」
不安げな祐一郎とは裏腹に、美雪は得意気な表情をさせる。
「宣戦布告が為されました。こちらからの先手と言う形で。我々は随時、戦闘態勢でいなければならないのであります!」
そう言うと、凛々しく敬礼をした。
「何言いだすんだよ?高野さんも、本気で信じてるのか?」
「マロンとしては、当然の事ながら?」
首を傾げ、ニコリと微笑む美雪に、祐一郎の血の気は引いてしまう。せっかくまともに話せるメンバーに出会ったと思いきや、美雪もまた、貴志みたいな事を言い出す。
「シャノンさんも当然の事ながら、ラグナロクの到来を信じてエージェントになったのでは?」
「止めろよそのシャノンとかって呼ぶのは!」
不気味さからか、祐一郎は思わず声を張り上げて言った。一瞬周りの視線を浴びると、祐一郎はコホンッ、と軽く咳を吐き、今度は少し声を小さくして話す。
「マロンとしてって、どう言う意味だよ?信じてるのか、信じていないのか、どっちなんだ?」
美雪は不思議そうに首を傾げると、「そのままの意味でありますが?」と言う。祐一郎は段々と訳が分からなくなり、再び頭の中は混乱をし始めてしまう。
「そのままって・・・。じゃあ、高野美雪としては信じていないって事か?」
「高野美雪としては、楽しんでいるだけだよ?信じてるかどうかは・・・マロンが信じているので、信じているのではないでしょうかっ!大佐!」
そう言ってニッコリと笑うと、また敬礼をする。祐一郎はガックシと首をうな垂れると、力無く言った。
「それって結局・・・信じてるって事じゃん。」
そのまま顔をテーブルに伏せると、両手で頭を抱えた。
何だか頭痛がして来る。美雪はまだ少し常識が有るようだが、それでも自分の妄想話を信じている。貴志は突然人が変わったように敵組織がどうとか話し始めるし、アレンとか言う訳の分からない女まで、真剣な顔で自分の事を特殊エージェントだと言う。おまけに三浦瞳を殺したのは、自分だと言っていた。他の二人も真に受けてかネタかは知らないが、大喜びをしている。まるで世界が突然変わったかの様だ。自分の妄想が、現実化でもしたように、昨日とは別の世界に居る気分だ。
「俺はどうすればいんだ・・・。」
今にも泣きそうな声でボヤクと、頭の上から美雪の明るい声が聞こえて来た。
「楽しめばいいんだよ。」
「楽しむ・・・?」
祐一郎はゆっくりと顔を上げると、美雪はニコニコと笑っていた。
「高野美雪が楽しんでいる様に、松田祐一郎も楽しめばいいと思うのであります。」
「楽しむって・・・。楽しめるかよ・・・。俺は三浦瞳の死体を見たんだ・・・。」
「う~ん・・・。でも明日の会合で、松田君が今日みたいな発言をするのは、非常に不味いかと・・・。」
悩まし気な顔をする美雪に、祐一郎は不思議そうに尋ねた。
「不味いって・・・どう言う意味だよ?」
「だって、アリスさんとギルドさんも本気で信じていたら、松田君はスパイと思われちゃうかもよ?そうしたら、危険だと思うけどな。」
「危険って・・・。」
祐一郎は口元を引き攣らせると、確かにそれも一理有ると思ってしまう。
「じゃあ、俺はどうしたらいいんだよ?」
美雪はニッコリと笑うと、人差し指を翳した。
「ズバリ!今まで通りにするのみであります!」
「今まで通りって・・・。まぁ・・・確かに明日はそうした方が・・・いいかもしれないけど・・・。」
ズズズッと、美雪はストローでコーラを一気に吸い上げると、「これは高野美雪としての、アドバイスであります。」と言い、買い物袋を持ち、席を立った。
「それじゃあ、わたくしはこれにて帰還します!まだ買い物の途中だしね。」
そう言うと、レシートを持ってテーブルから離れて行ってしまう。
「なっ!ちょっと待てよ!」
慌てて祐一郎も立ち上がるが、美雪は祐一郎に向け手を翳す。
「ここは奢るから、ゆっくり休んでいきなよ。」
そしてレジへと向かうと、素早く支払いを済ませ、店から出て行ってしまった。
重い足取りで家へ戻って来た祐一郎は、ネクタイを外し、上着を片手に抱え玄関の前に突っ立っていた。
もうすっかり日も暮れている。このまま家へは帰らず、どこか別の場所にでも行こうかとも考えたが、警察が家に連絡を入れていたら、帰りの遅い祐一郎を小夏は余計心配してしまうだろう。下手をしたら、捜索願でも出し兼ねない。
喫茶店に一人ずっと居ても仕方がないと思い、仕方なく家へと帰って来たはいいが、小夏まで変な事を言い出したらどうしようと思うと、怖くて中々玄関のドアを開ける事が出来なかった。だからと言って、このまま玄関先に突っ立っていても、結局は時間ばかりが経つだけだと思い、意を決し玄関のドアを開けた。
「ただいま・・・。」
ゆっくりと家の中へと入ると、パタパタとこちらに向かう足音が聞こえて来る。リビングから小夏が姿を現せると、膨れた顔をしていた。
「祐ちゃん遅い!もうママ心配したんだからぁ!」
案の定、帰りの遅い祐一郎を心配していた様だ。
「あぁ、ちょっと寄り道したから・・・。」
誤魔化すように言うと、小夏は祐一郎のボロボロの姿を見て、驚いてしまう。
「どうしたの?汗びっしょりぃ!早く脱いでお風呂に入らないと、夏風邪引いちゃうよぉ!」
「あぁ・・・。糞暑い日にスーツ着てたせいだよ。」
「お風呂沸いてるから、先に入って。そしたらすぐに夕飯にするからねぇ。サラリーマンは、毎日暑くてもスーツなんだよぉ。ほら、上着貸して。」
そう言うと、小夏はニッコリと微笑んだ。いつも通りの小夏の姿に、祐一郎はホッと安堵する。
小夏に上着を渡すと、祐一郎は恐る恐る聞いてみた。
「あのさ・・・。今日家に、変な電話とか・・・なかった?」
「変な電話?今日はご近所の佐藤さんからしか、電話なかったよぉ?」
不思議そうに首を傾げる小夏の姿を見て、祐一郎は息を漏らすと、一安心をし、一気に緊張の糸が切れたかのように気が抜けてしまう。
「そう、ならいいんだ。」
「誰かからの電話、待ってたのぉ?」
「あー別にそう言うんじゃないから。じゃー俺風呂入って来るから、夕飯は砂糖たっぷりのオムレツにしろよ!」
そう言うと、そそくさとお風呂場へと向かった。
湯船に浸かると、ハァ~と息を吐いた。汗がベタ付いて気持ちの悪かった体が、綺麗に流されサッパリとする。
「小夏はいつも通りだったな・・・。やっぱりおかしいのは、メンバーだけなのかな?」
そっと目を閉じると、今日一日に起きた様々な事が、走馬灯の様に頭の中をグルグル回る。本当に濃い一日だった―――― 。と改めて思いながら、マッタリ浸かっていると、ハッと我に返ったように、突然浴槽から出た。
シャワーの水を出し、頭から浴びせると、少し逆上せていた頭を冷やす。冷たい水で、一気に目が覚める。蛇口を閉め、水を止めると、鏡に映る自分の姿を、目を大きく見開いて見つめた。
「俺・・・スゲェ重大な事に気付いた・・・。俺って別にそこまで酷い、中二病じゃないじゃん!普通じゃん!」
祐一郎は急いでお風呂から上がると、台所で夕食の支度をしている、小夏の元まで駆け付けた。
「小夏っ!」
勢いよく台所へと入ると、大声で小夏の名前を呼ぶ。
「祐ちゃん?どうしたの?お砂糖ならちゃんと沢山入れてるよぉ?」
驚きながら尋ねる小夏に、祐一郎は真剣な眼差しをして、ガッシリと小夏の両肩を掴んだ。
「小夏!俺、そこまで酷い中二病じゃないから!ちゃんと常識あるから!安心しろっ!」
真面目な顔をして突然言って来る祐一郎に、小夏はニッコリと微笑んだ。
「大丈夫。ちゃんとそれ位、ママ知ってるからぁ。祐ちゃんは只、捻くれ者さんなだけなのよねぇ。」
「捻くれ者とは聞き捨てならんな・・・。」
ピクリと祐一郎の口元が引き攣る。
「とにかく!俺はちょっとオタクってだけで、普通だから!他の奴等が、おかしいんだ!俺が目を覚まさせてやる!」
「あれ?祐ちゃん今度は、友情物設定に変えたのぉ?」
「違うよ!もういいよ馬鹿小夏!」
祐一郎は大声で怒鳴り付けると、そのまま不貞腐れた顔をして、部屋へと戻って行ってしまう。
自室に戻ると、携帯の画面をじっと見続ける。確か今日は、チャットルームには誰も居ないはずだ。サイトにアクセスしても、無意味だろう。掲示板書き込みの、お知らせメールも届いて無い。
「さて、どうしたものか・・・。突然解散宣言をしても、納得しないだろうしな・・・。」
惟一連絡先の分かる、貴志にもう一度電話をしてみよかとも思った。だがいつもなら、こちらが一方的に電話を切った時、すぐに掛け直して来る貴志が、今日は掛け直して来なかった事を思い出す。普段とは違う行動を取られると、妙に気味が悪く感じてしまう物だ。
「それより、やっぱ明日の集まりの時に、話しをした方がいいかな?他の二人の心意も知らないんだし・・・。なんせ会った事もないからな。」
両腕を組み、悩まし気な表情をさせ悩んでいると、ふと美雪が言っていた言葉を思い出す。
「高野さん・・・今まで通りに振る舞った方がいいって言ってたな。高野さんは、常識ある癖に、ガチで信じてるみたいで訳分かんないし、やっぱ今まで通りのフリした方がいいのかも。」
首を右へ左へと傾げながら、延々と悩んでいると、いい事を思い付き、ポンッと手を叩いた。
「そうだ。取りあえずは今まで通り振舞って、話しを合わせて様子を見よう。俺が敢えて誰もが引く様な発言をして、その反応を見ればいいんだ!それで引かれたら、そいつは大丈夫って事だ!引かなかったら・・・その時は・・・また別に考えよう。」
うんうん、と何度も頷くと、明日の計画が決定する。