始まり
今時のラノベを目指して書いたつもりですが、どうも駄目だったみたいですw
アドバイス、感想等がありましたら、どしどし書いてやって下さいm(__)m
カタカタとキーボードを叩く音が部屋中に響く、午後十一時四十五分。薄暗い部屋の中、PC画面の灯りだけが浮かび上がる。画面上には部屋の薄暗さに似合う様に、『闇の使者エージェントの集いし部屋』と、真っ黒な背景に真っ赤な字で書かれた、チャットルームが表示されていた。ルーム内のメンバーは五人。皆口ぐちに、『もうすぐ〇時』と書き込みをする。
「そろそろか・・・。」
『全員準備をせよ。』と書き込みをすると、ゆっくりと椅子から立ち上がった。予めPCの両脇に用意をしていた、二本の白いロウソクにライターで火を灯すと、画面右上の、ドクロマークのアイコンをクリックする。すると画面は切り変わり、大きな青紫色をした、円陣が映し出された。円陣の上には、〇時までのカウントダウンをする、数字が表示されている。
盛大に両手を大きく広げると、深呼吸をしながら、ゆっくりと目を閉じた。意識をPC画面上の円陣に集中させ、もう一度目を開いた時、カウントダウンの数字はゼロになる。その瞬間、カッと目を見開き、力強く唱える。
「暗黒の扉よ、今開かん!闇に潜みし住人よ、我が声に導かれよ!我が魂と我が名の元に命ずる!魔界より来たれ!堕天使ルシファーよ!我が名はシャノン!闇の使者シャノンが命ずる!我が元へ来たれええぇぇ―――――!っエホッ!」
最後の方は声を張り上げて言うと、少し咽てしまう。「コホンッ。」と軽く咳を吐くと、画面上の円陣をじっと見つめた。ゴクリと生唾を飲み込み、微かにでも円陣に反応がないかと、じっと窺う。
しかしロウソクの火が、時折ゆらゆらと揺らめくだけで、円陣は何の反応も無い。盛大に広げた腕を、ゆっくりと下ろすと、静かに椅子に座った。
『シャノン』ではなく松田祐一郎が本当の名の、高校三年生十七歳。身長一六三センチと小柄な上、可愛らしい顔をしているせいか、歳上の女性によくモテる。成績はそこそこ優秀。運動神経は普通。そして重度の中二病患者だ。
松田祐一郎は、毎月六が付く日にちに、チャット仲間と共に悪魔召喚をしていた。彼曰く、間もなくラグナロクが訪れるとの事。それに備え、自称闇の使者達は、各大悪魔と契約を果たし、ラグナロクと戦う力を覚醒させなければいけないらしい。話が進むに連れ設定が微妙に変わって行くが、そこは中二設定故だ。
六月二十六日、今宵も仲間達と召喚儀式を行うも、やはり成果はゼロだ。
「今宵もルシファーは現れない・・・か・・・。やはりまだ早過ぎたか。組織がまだ不完全なせいだろう。後二人・・・エージェントが足りないからな。」
両脇のロウソクの火を、フッと息を吹きかけ消すと、画面をまたチャットルーム画面へと変える。画面には早速今夜の儀式の結果が、次々と書き込まれていた。
『反応無し。』『何も起こんないよぉ~!』と各々が書きこんでいる。誰も何も、起こらなかった様だ。
「今回も、全員成果無しか・・・。やはり七人揃わなければいけないのか。後二人・・・六人目と七人目のエージェントは、何処に居る。」
松田祐一郎も素早くタイプし、今夜の結果を報告すると、『やはり残りのエージェントを見付ける事が、先決だ。』と書き込みをした。『同意』『確かに七人揃わないと』とすぐに返事が書き込まれると、『敵組織より先に見付けよ。』と返信をする。
カタカタと再びキーボードを叩き、薄暗い部屋の中チャットをしていると、突然ガチャッと部屋のドアが開く音がした。
「ハッ!」とし慌ててPC画面を閉じると、ドアの方を振り向く。ゆっくりとドアが開き、人影が見えると、椅子をクルリと回し、体をドアの方に向け、両手を前に構えた。
「誰だっ!」
人影に向かい叫ぶと、人影はゆっくりと部屋の中へと入って来る。そしてカチッと言う音と共に、部屋の電気が点けられた。
灯りに照らされた部屋の中は、本棚が沢山置かれ、その中にはギッシリと様々な分野の専門書が納められていた。中でも宇宙理論とオカルト系の本が多い。残りは漫画で埋め尽くされている。PCが置かれた机の上には、何冊ものノートが積み上げられていた。そしてその横の棚の上には、液晶の大型テレビが置かれ、ゲーム機が何台も繋がれている。PS3にWii、Xboxと選取見取だ。
電気の明るさに眩しそうに目を細めると、人影の方から声が聞こえて来た。
「祐ちゃん、また部屋真っ暗にしてパソコンやって。目が悪くなるって、いつもママ言ってるのにぃ。」
甘ったるい声で言いながら姿を現せたのは、松田祐一郎の母親、松田小夏だった。祐一郎と同じく、小さい身長に童顔で、祐一郎とよく似ている。祐一郎の容姿は、母親似だ。
「小夏!いつもノックしてから入れって言ってるだろ!」
祐一郎は未だ両手を構えたまま怒るも、母親小夏は、名前を呼び捨てにされた事等気にせず、ズカズカと部屋の中を突き進む。そして祐一郎の目の前まで来ると、手に持っていた紙を、顔の前に突き出した。
祐一郎はまだ少し眩しそうに、目を細めながら突き出された紙をじっと見つめる。紙には『進路希望書』と書かれていた。
「これぇ!明日には出さないとダメなのに、まだ何にも書いて無い!ママちゃんとサインしたのにぃ。」
ムッと不貞腐れた顔で言うと、また祐一郎の目の前に、進路希望書を突き出した。
祐一郎は構えていた両手を下ろすと、一気に体の力が抜け、「なんだよ・・・。」と文句を言いながら、面倒臭そうに突き出された紙を受け取った。
「また白紙で出したら、パパに帰って来て貰うからね。ママまた学校に呼び出されるの、嫌なんだからぁ。」
そう言って頬を膨らませる小夏に、祐一郎は軽く溜息を吐いた。
「オヤジの話はするな。あいつは全てから逃げ出した臆病者。小夏、お前も早くあんな男の事なんて、忘れろ。」
「パパは単身赴任で、パリに行ってるだけでしょぉ~。来年には帰って来るんだから、その時祐ちゃんがニートなんて事になってたら、ママが困るんだからぁ。」
一瞬祐一郎の口元が引き攣るも、大きく足を組み、椅子に踏ん反り返って座った。手に持った進路希望書の紙をヒラヒラと泳がせると、得意気な表情で言う。
「今頃あの男は、パリジェンヌとよろしくやっているさ。こんな紙切れ一枚で、この俺の何が決まる?否!断じて否!何も決まらないさ。決められるのは、俺自身の魂だけ。それに俺には、大切な使命が有るしな。」
「フンッ!」と鼻で笑うと、進路希望書を床へと落とした。進路希望書はゆらゆらと落下して行くと、小夏の足元に落ちる。小夏は進路希望書を拾い上げると、「祐ちゃんの脳内設定は複雑ねぇ。」と呟きながら、机の上に紙を置いた。
「ちゃんと書いて、明日出さなきゃダメよ。またママが呼び出されたら、今度こそ本っ当にパパに帰って来てもらうからねぇ。」
そう言い残し、小夏は部屋から出て行ってしまう。
祐一郎の顔は一瞬青ざめると、チラリと机に置かれた、進路希望書を見る。小夏のあの口調だと、本当に父親を呼び戻しそうだ。
祐一郎の父親は、三年前から単身赴任でフランスのパリに居る。ちょくちょくと休みを取っては日本に帰って来てはいたが、その度に成績の事やら将来の事で、小言を言われていた。そんな事も有り、勉強だけは一応しっかりとしていたので、成績はそこそこ優秀なのだ。だが高校三年生にもなって、未だに卒業後の進路は決まっていない。本人にはすでに使命が有る為、そんな物はどうでもよかったが、父親からまたぐちぐちと女みたいに文句を言われるのは、ごめんだった。
「仕方がないな。本来なら知られてはならない事だが。」
ペンを手に取ると、進路希望書の第一希望校欄、ではなく、その他の欄に書き込む。
「安心しろ小夏。来年オヤジが帰還したとしても、これで文句も言えまい。」
ニヤリと口元を緩ませると、進路希望書を通学鞄の中へと仕舞った。
次の日の朝、眠たそうに大きな欠伸をして、学校へと向かう祐一郎。昨夜遅くまでチャットをしていたせいで、少し寝不足だ。
学校までは家から歩いて行ける距離だ。そのお陰で、少し位夜更かしをしても、他の電車通学やバス通学の者達よりも、ゆっくりと寝ていられる。地元の高校を選んで正解だ。成績レベルもそこそこ高い高校だし、帰りにそれなりに遊んで行ける場所も在る。遊びに行く場所と言っても、毎回決まってネットカフェか、同じファミレスばかりだが。
学校へと続く長い坂道を歩いていると、後ろから「まっつぁ~ん!」と、元気よく呼ぶ声が聞こえて来た。ふと足を止めると、後ろを振り返った。坂の下から、大きく手を振りながらこちらに向かって来る、一人の男子生徒の姿が見える。
「ん?あれは・・・。」
茶髪に制服を着崩している、一見チャラ付いた容姿の男子生徒は、祐一郎の元まで駆け寄ると、笑顔で「おはよぉ~まっつぁん!」と、朝から元気よく挨拶をする。祐一郎は、そんな彼に呆れ顔で言った。
「その呼び方は止めろと言っているだろう。コードネーム、ジェイド。」
「あれぇ?まだ昨夜の続き?てか俺ジェイドじゃなくて、貴志ね。川島たぁーかぁーしっ!リアルでジェイドとか呼ぶとかってぇ~、恥ずかしくね?」
ヘラヘラと笑いながら言って来るこの男は、川島貴志。祐一郎と同じクラスの同級生で、同じ中学出身であり、チャット仲間の一人だ。と言っても、彼の場合は祐一郎に半ば無理やり、組織の一員とされてしまった。だが呑気な性格上、本人も意外とノリノリで、それなりに便乗して楽しんでいる。しかしそれはネット内の話しだけで、通常生活の場に至っては、普通の今時の男子高校生だ。
コードネームはそれぞれチャット上で名乗っている名前だ。言うならばハンネーと同じ。祐一郎が『シャノン』なら、川島貴志は『ジェイド』だ。もっとも、祐一郎に勝手に決められた名前だが。
「それよかまっつぁんさ~。進路希望書どうすんの?提出期限、明日までっしょお~。俺なんか昨日親と揉めちってさぁ~。結局進学よぉ。フリーターがよかったのになぁ~。」
「アハハハハ。」と笑いながら軽い口調で話して来る貴志に、祐一郎は鼻で笑った。
「下らんな。学生生活はエージェントとして知られない為の、借りの姿。そんな物に拘ってどうする。それよりも早く、残りの二人を見付け出す事が最優先事項だ。」
「それ昨夜の話の続き?てか思ったんだけど~。使者とエージェントって、同じ意味じゃね?使いの使いって名前、変じゃね?」
「使者であり、エージェントでもあるのだ。」
「だからそれぇ、同じ意味だって~。」
ピクリと祐一郎の口元が引き攣ると、鋭い目付きで貴志を睨み付けた。
「これ以上無駄口を叩くな。お前に俺の邪気眼を使わせる気か。」
低く真剣な口調で言うと、「あ、出た~。テンプレ中二病設定。」と可笑しそうに、貴志はケラケラと笑い出してしまう。祐一郎は軽く咳払いをすると、「今日の所は特別に見逃してやる。」と言い、足早に校舎へと向かった。
「待ってよまっつぁ~ん!怒っちゃったぁ~?」
後ろから慌てて祐一郎を追い掛け、貴志も校舎へと向かった。
校舎へと入ると、入口のボードに先週行われた試験の総合成績順位と、補習者の名前が貼り出されていた。周りには沢山の生徒が群がり、それぞれ順位を確認している。二人も群がりに混じると、貼り出された試験の結果を確認する。
「まっつぁん順位に入ってたぁ~?俺補習組に居ないから、後どうでもオッケェー。」
補習者蘭だけを確認した貴志は、自分の名前が載っていない事に安堵すると、祐一郎の方を向いた。すると祐一郎は、険しい顔をして順位表をじっと見つめている。不思議そうに貴志は首を傾げると、「まっつぁんも補習組には居なかったよぉ~?」と言うも、祐一郎はムッと不機嫌そうな顔をして、「下らん!」と言い放った。
「載ってなかったのねぇ~?」
少し困った顔をして貴志が言うと、祐一郎は力強く順位表に向かって指差した。
「載っている。俺を誰だと思っている。」
指で示された方向をずっと目で辿って行くと、確かに祐一郎の名前は載っていた。『四十八位』と言う場所に、松田祐一郎と名前が書かれている。
「ありゃぁ~、また中途半端なこってぇ~。」
貴志の何気ない発言に、祐一郎は更に不機嫌な顔へと変わってしまう。
「下らんな。数字等と言う小さな枠の中に、人の価値を捕えてしまっているせいで、人間の可能性は失われてしまっている。」
「テストしないと可能性も分かんないっしょ~。あ、一位まぁ~た佐久間洋助だぁ~。」
『佐久間洋助』と言う名前を耳にすると、祐一郎の口元は一瞬ピクリと引き攣った。
「ふんっ!佐久間洋助か・・・。俺のライバルとしては、申し分ないな。」
「ライバルだっけぇ~?てか、同じクラスにもなった事無いんじゃね?」
貴志に鋭い指摘をされると、コホンッ、と祐一郎は軽く咳を吐き、「早く教室へ行くぞ。」とそそくさとその場から、去って行ってしまった。
教室へと入り、ホームルームが始まると、早速進路希望書の回収が行われた。祐一郎も貴志も、担任へと提出をする。
「色んな意味で問題児の二人が、期限までに出してくれるなんて・・・。先生嬉しいわ。」
ニッコリと満遍無い笑みで、サラリと酷いが間違ってはいない事を言う担任。もうすぐ結婚を控えた、幸せ一杯の女性教師、林真理恵だ。
「川島君は頭の中空っぽだと思っていたけど、ちゃんと進路の事、考えていたのね。まぁ、成績もそれなりに良いし、馬鹿では無いから、やっぱり進学よねぇ。別の部分では馬鹿だけど。」
少し感激をしながらも、酷い発言を交えて進路希望書を見ながら言うと、貴志は照れ臭そうに頭を掻いた。
「いやぁ~俺本当はフリーターがよかったんだけどぉ~。親に却下されちゃって。で、仕方なく楽そうな大学に進学かなぁ~って。実際俺頭ん中空っぽだしぃ~。」
「そう、でもこの大学なら推薦通るかもしれないから、川島君は今まで通り馬鹿やってればいいと思うわ。」
「マジでぇ?ラッキー!進学にして俺って正解?」
嬉しそうにその場で万歳をすると、「真理恵先生後よろしくねぇ~。」と言い残し、席へと戻って行く。「はいはい。」と真理恵先生はニコヤカに頷くと、次に提出された祐一郎の進路希望書を見た。
「えっと・・・松田君のは・・・。」
進路希望書の第一希望校欄を見るが、何も書かれてはいない。視線を下にズラし、第二希望校欄を見るも、やはり何も書かれていない。恐る恐るその他の蘭を見た瞬間、それまで笑顔だった顔が、一気に引き攣ってしまう。
「えっと・・・松田君?これはご両親と相談して、ちゃんと決めたのかしら?」
口元を引き攣らせながら尋ねると、祐一郎は自信満々に答えて来た。
「俺の行く末は神にすら分からない。だが敢えてそれを教えろと言うのであれば、こう言う事だ。俺の与えられし運命!他言は無用だ!」
真理恵先生が手にする進路希望書を、力強く指差すと、不敵な笑みを浮かべた。そして囁く様な声で、「恐れる事はない。」と言う。
真理恵先生は軽く咳を吐くと、進路希望書を祐一郎に突き返し、「再提出。」と一言だけ言った。
「不服か?」
眉間にシワを寄せ、不確かそうに祐一郎が尋ねると、真理恵先生は怒りに満ちた顔で静かに言う。
「論外です。」
「どう言う意味だ。もしやっ!貴様敵組織の―――――― 。」
「違います!」
祐一郎の言葉を遮り言うと、怒りに満ちた声で、その他欄に書かれている文章を読み上げた。
「何なんですか?この『ラグナロクを引き起こそうとすべく敵組織を暴き、立ち向かうエージェントとし、一刻も早く我が力の覚醒をしなければならない。闇の騎士とし戦うのみ。これからも、そしてこの先も永久に・・・。』って、中学生が書く同人小説の一節の様な物は!まだ小学生の『世界征服』の方がマシです!」
真理恵先生により読み上げられた文書は、クラス中に響き渡ってしまう。あちこちからクスクスと笑う声が聞こえる中、祐一郎は顔を真っ青にし、その場に愕然としてしまった。
「な・・・正気か?この俺がエージェントと言う事を、皆にバラすとは・・・。偽りの学生生活とは言え、緊急出動に備え担任の協力を得ようと、止むを得ず打ち明けたと言うのに・・。近くに敵組織の者が居たらどうする!」
「正気じゃないのは松田君です!明日までにちゃんと書いて提出しなければ、ご両親に連絡しますからね!」
そう言って、その場で愕然としている祐一郎に、進路希望書を叩き付けた。祐一郎は進路希望書を手にすると、ふら付いた足取りで席へと戻る。崩れる様に椅子に座ると、進路希望書を握り締め、プルプルと小刻みに体を震わせた。
「何と言う失態・・・。俺の正体がクラスの奴等にバレてしまった・・・。このままでは、このクラスが危険に晒されてしまう。」
思い詰めた顔でブツブツと言っていると、隣の席に座っている貴志が「今更じゃね?」と呟いた。松田祐一郎が中二病だと言う事は、クラスの誰もが知っている。と言うより、本人の発言の数々に、嫌でも知ってしまう。
昼休みになると、祐一郎は教室の窓辺に凭れ掛り、虚ろ気に外を眺めていた。そんな彼の元に、購買でパンを大量に買い占めて来た貴志が、「お待った~!」とパンの入った袋を抱えやって来る。
「あれぇ?まっつぁん何たそがれてーの?」
不思議そうに首を傾げ尋ねると、祐一郎は空を鋭い目付きで見上げた。
「見ろ、ジェイド。雲行きが怪しい・・・。風が乾いている。これは何かの前兆か・・・。」
貴志は窓から顔を出し、空を覗見上げると、「思いっきし晴天だよぉ~。」と言う。
「それよかお昼~。まっつぁんの好きなクリームパンもゲッツして来たよ~!」
沢山のパンが詰った袋の中から、ガサガサとクリームパンを探して取り出すと、「ほいっ!」と祐一郎に差し出した。祐一郎はクリームパンを受け取ると、早速袋を開け頬張る。貴志も自分の大好物の焼きそばパンを袋から取り出すと、嬉しそうに食べ始めた。
「それよかまっつぁんさぁ~。マジで進路希望書どうすんの?却下されっちったっしょ?」
「そんな些細な事、どうでもいい。重要なのは、クラスの連中に俺の正体がバレてしまった事だ。」
真剣な顔でクリームパンを食べながら言って来る祐一郎に、貴志は不思議そうに首を傾げながら、聞いた。
「そんなのとっくに皆知ってるっしょぉ~。それよか思ったんだけど~。俺等キリスト教の悪魔召喚とかしてんのに、なんで終末論がラグナロクなの?統一性なくねぇ?」
すると祐一郎は、手にしたクリームパンを全て食べ尽くすと、口元にクリームを付け、真剣な眼差しで貴志に説明をした。
「全ての世界は一つの線で繋がれている。平行線に存在するもう一つの世界も、いずれ進むに連れ全ては一つの終着駅へと辿り着くのだ。その時バラバラだった全ての物質が混じり合い、一つの巨大な世界を作り出す。全てはそこに集中し、統一されるのだ。」
「相変わらずまっつぁんの理論は、めちゃくちゃだねぇ~。つか口元にクリーム付いてるお。」
祐一郎は口元に付いたクリームを、ペロリと舌で舐めると、また空を見上げた。
「間もなくその統一が為され様としている。俺の隠されたペルソナを目覚めさせるには、ルシファーの力が必要だと言うのに・・・。」
「あぁ~、まっつぁんメガテン好きだもんねぇ~。」
「このままでは、世界が統一される前に、敵組織によって誘発的にラグナロクが引き起こされてしまう。統一前の世界では、ラグナロクに耐えきれる力を、大地が備わっていない。一度我が組織メンバーで、会合を開くべきかもしれないな。」
「え?何?オフ会すんのぉ?マジ?マッジでぇ~?いいねぇ~!」
嬉しそうにハシャグ貴志の口を、祐一郎は慌てて手で塞いだ。
「馬鹿っ!声がデカいぞ!秘密の会合なんだ!どこに敵組織の者が潜んでいるか分からん。」
口を塞がれ、モゴモゴと何かを言っている貴志に気付くと、祐一郎はそっと手を退かした。「何だ?」と凛々しい顔で尋ねると、貴志は顔をニンマリとさせる。
「それよかぁ~、オフ会もいいけど、合コンしない?隣の女子高の子からぁ~、いい話し貰ったんだぁ~。」
ニヤケ顔で言って来る貴志を、祐一郎は鼻で笑うと、袋の中から生クリームロールを取り出した。
「下らんな。この世界の女等、醜い魔女ばかりだ。俺には祝福の女神が付いている。」
「あぁ~、まっつぁんの二次元嫁の事ねぇ~。」
祐一郎は生クリームロールの袋を開けると、大きな口を開けてかぶりついた。一気に生クリームロールを食べ終えると、口元に付いた生クリームをペロリと舐め、貴志の顔をじっと見つめる。
「どったの?」と首を傾げて貴志が尋ねると、「飲み物が無い。」とぼやいた。
「甘いもんばっか食べてっから、喉渇くんっしょ~。ほいっ!お茶~。」
貴志はパンの入っていた袋の中から、パックのお茶を取り出すと、祐一郎に投げた。祐一郎は投げられたパックのお茶をキャッチすると、素早くストローを差し、ズズズッと一気に飲み干す。
「それで?ジェイド、お前はどう思う?」
突然唐突な質問をして来る祐一郎に、貴志はまた首を傾げる。
「合コンの事?それともオフ会の方~?」
「会合の事だ!一度全員で召喚魔法をしてみようと思う。その方が力も増すだろうしな。」
「あぁ~オフ会の方ねぇ~。いいんでない?可愛いー子居るかもだしぃ~。」
貴志に回答に小さく頷くと、今度は少し悩まし気な表情を浮かべた。
「問題は、場所だな・・・。地下本部には七人揃わなければ入れない。」
真剣な眼差しで悩む祐一郎とは裏腹に、貴志は能天気に話す。
「いつものファミレスでいいんじゃね?あっ!二次会はカラオケっつー事でぇ~!」
「中核本部の事か・・・。まぁそうだな、あそこなら一般人に紛れ込む事も出来る。」
「だからぁ、いつものファミレスの事っしょ?」
「しかし逆に危険かもしれない。敵のスパイが紛れ込んでいたら・・・。」
「んじゃネカフェの個室使う~?」
「東本部か。そうだな、そこが一番安全だろう。よしっ!東本部に集結だ!」
力強く言うと、手に持っていた空のパックのお茶を、グシャッと握り潰した。
「んで、まっつぁん進路希望書はどうすんの?またママさん呼び出されたら、ヤバくね?」
貴志に痛い所を突かれてしまい、握り潰したお茶パックを、乱暴に貴志に向かって投げ付けた。
「わぁっ!何すんのぉ~!」
文句を言う貴志を尻目に、祐一郎はそそくさと自分の机へと向かった。机の中から突き返された進路希望書を取り出すと、筆箱の中からペンを取り出す。その他欄に長ったらしく書かれていた文章全てに、横線を引いて行くと、僅かに余ったスペースに、『就職』と二文字書いた。
進路希望書を持って貴志の元に戻ると、紙を貴志の顔の前に突き出し、自信満々に言う。
「これで文句あるまい!」
目の前に突き出された進路希望書を、貴志はキョトンとした顔で見つめる。
「まっつぁんガチで?」
隅っこに書かれた二文字を見付け、唖然とした顔で尋ねると、祐一郎は大きく頷いた。
「ま、所詮は形だけだがな。」
そう言って鼻で笑うと、紙を貴志の顔の前から退けた。
「いやぁ~でも流石に不味いっしょぉ~。将来の事だしさぁ~。まぁ俺もぉ?人の事言えた義理じゃないけどさぁ~。フリーター!とか言ってたし。でも昨日親と揉めて、流石に不味いかなぁ~何て思った訳よ。んで、進学にしたんだしさぁ~。ママさん知ってんの?」
流石の貴志も、普段の能天気さを忘れ、真面目に心配をしてしまう。しかし祐一郎は、全く気にしていない様子だ。
「小夏は関係無い。好きにすればいいと言っていたからな。俺の使命を知る上での言葉だ。」
「いやいやぁ~。でもパパさんが黙っちゃいないっしょぉ~。」
「ヤツはもっと関係無い!あの男の話はするな!使命を放り投げて逃げた、臆病者だ。」
ムッと不貞腐れた表情で言うと、貴志は少し困った様子で、頭をポリポリと掻いた。
「あぁ~そう言えば、パパさんそんな設定だっけぇ?まぁ~まっつぁんがいいんなら、いいんでない?」
ハハハ―――― 。苦笑いをするも、祐一郎の中二病具合に、少しの不安が過る。このままでは、確実に祐一郎の将来は、引籠りオタクニート確定だろう。今でもギリギリ、危うい所に居ると言うのに。学校に真面目に登校をしているのは、エージェントとバレぬよう、仮面生活を送る擬装、と言う設定のお陰だからだ。
「あれ?仮面生活と擬装って、同じ意味じゃね?」
何気に心の声に突っ込むが、気にしない事にし、残りのパンを頬張った。
「所でまっつぁん。オフ会ふんなら、ふぃつ頃すんのぉ~?」
パンを食べながら聞くと、祐一郎は少し首を傾げ考え込んだ。
「そうだな・・・。成るべく動きやすい時期がいい。仮の生活に縛られていては、戦いの場となった時に不利になる。すぐに全員集結出来る状態に、待機していなくては。」
貴志は口の中のパンをゴクリと飲み込むと、嬉しそうな顔で言って来た。
「って事はぁ~、夏休みっつー事っしょ?いいねぇ~!夏と言えば海っ!海と言えば水着っ!水着と言えばぁ~?」
「ポロリだっ!」
思わず貴志に釣られ、最後のオチを力強く言ってしまい、顔が真っ赤に染まってしまう。コホンッ、とワザとらしく咳を吐くと、誤魔化す様に言った。
「夏休みの時期は、エージェントとしての活動が活発的に出来るからな。だが敵の動きも活発になる。気を抜くなよ、ジェイド!」
貴志は嬉しそうに右手を頭に翳すと、「了解でありまぁーす~!」と元気よく返事をした。
「んじゃ、オフ会の段取りは俺っちがするって事でぇ~。いいかなあ?」
「あぁ、任せたぞ。俺は敵組織について、少し調べたい事が有るからな。」
祐一郎はその場から離れると、教卓の前へと行き、手にしていた進路希望書を、バンッと乱暴に教卓の上に叩き付けた。
「所でまっつぁんは、誰と戦ってんのかねぇ~?」
貴志は首を傾げクスリと笑うと、不機嫌そうに教卓を蹴飛ばしている、祐一郎を見つめた。
七月になり、夏休みに入ると、祐一郎は毎日夜中までチャットをする様になっていた。しかし、夜から明け方に掛けネットをし、朝方眠る、と言う昼夜逆転の生活かと思いきや、意外にも、規則正しい生活だ。
夜中と言っても、午前二時頃までしかネットはせずに、朝は最低でも九時に起きる。午前中は夏休みの宿題をすると、昼に二・三時間仮眠を取って、午後からはPSPを方手に出掛ける。いつもの待ち合わせ場所に行き、モンスターハンターの狩り仲間と夕方までは狩りをする。(これは戦闘のシュミレーション練習として、大事らしい。)家に帰り夕食を食べ終えると、沢山の本棚の中から本を選び読書。(これは知識を得る為の、大事な時間らしい。)そして夜九時になると、チャットルームへと入る。
今夜も『闇の使者エージェントの集いし部屋』へと入室すると、早速チャットを始める。この部屋の入室者数限度は、七人。そしてパスワードを入力しなければ、入室する事が出来ない。
サイトは登録制で、好きな様にチャットルームをカスタムする事が出来る。チャットメインのプチHPと言った感じで、建設された様々なチャットルームには、それぞれパスワードが掛けられていた。親しい仲間同士が心置きなく語り合う為だったが、この『闇の使者エージェントの集いし部屋』だけは少し仕様が変わっている。
通常パスワードは一つだけだが、この『闇の使者エージェントの集いし部屋』だけは、八つのパスワードが有る。パスワードは五ケタの数字と、それぞれの『コードネーム』だ。入室許可を得た後、コードネームがパスワードとして登録される仕様だ。祐一郎が考え出し作った特別な部屋だが、どこかの企業会社のPC起動方法と、同じ様な仕組みだ。
部屋にはまだ祐一郎を含め、三人しか入室していなかった。発言をする吹き出し口の横のアイコンに、コードネームが表示されている。今部屋の中に居るのは、コードネーム『ジェイド』、『マロン』、『シャノン』の三人だ。ジェイドは知っての通り、川島貴志だ。
「なんだ、今日は集まりが悪いな・・・。」
不満気な顔をして呟くと、カタカタとキーボードを叩き文字を入力する。
シャノン:{他の二人はどうした?
ジェイド:{知りまっしぇ~ん。
マロン :{まだバイト中でしょうか?
順番に返事が返されると、祐一郎はチラリと時計の針を見る。もう午後十時ちょっと過ぎ。学校がある日は、いつも午後十時前には全員集まっていたが、やはり夏休みに入ってからは、全員が集まる時間帯がバラバラだ。時には集まらない日も有る。
「偽りの生活に現を抜かしているのか。情けない。」
軽く舌打ちをすると、またキーボードを叩く。
シャノン:{次の六の日は、偉大な召喚魔法を行う。魔力を無駄に使うな。
ジェイド:{さっきまでマロンたんと、オフ会の話ししてたお~!
「だから会合だ!」
PC画面に向かって、思わず叫んでしまうと、恥ずかしそうに一瞬周りを見渡し、コホンッと軽く咳を吐いた。
シャノン:{会合の話は、どれだけ進んだ?
マロン :{もう概ね決まりました。殆どジェイドさんが、集合場所やら時間を決めてくれましたが。
ジェイド:{シャノンっちには後程メールすっね~ん!所で進路希望書、あの後どうなったのぉ?
マロン :{進路希望書?
「くっ・・・!おのれジェイドのヤツ・・・。」
祐一郎は唇を噛み締めると、顔を真っ赤にさせながら力強くタイプした。
夏休みに入ってからは、メールはたまにする物の、貴志とは会って居なかった。その為貴志は、あの後結局母親小夏が担任に呼び出された事は、知らない。何とか小夏を説得し、父親の帰還と言う事だけは免れたが、進学も考えつつ就職、と言う方向へと一応決まったのだ。
シャノン:{仮の生活の話だ。怪しまれない為にも、ワザと揉め事を起こした。
マロン :{流石シャノンさんですね!私は仮の生活が居心地悪くて、上手く出来ません。
シャノン:{マロンはまだ習得魔術も少ないし、仕方ない。
ジェイド:{俺っちどっちも完璧じゃね?
と、三人が会話をしていると、途中もう一人が入室をして来た。アイコンには『アリス』と書かれている。
アリス :{お待たせでぇーす!バイトがちょっと長引いてー、遅れちゃいましたぁ!
「アリスか・・・。ったく、何がバイトだ。」
祐一郎は文句を言いながらも、カタカタとキーボードを叩き、文字を打ち込む。
シャノン:{使命を忘れるな。まだ残りの二人も見付かっていないのだぞ。
アリス :{了解ニャのですー!そうそう、ギルド君がまだ極秘任務遂行中の為、今宵は参上できないとの事!ニャのでアリスが代わりに、会合の事伝達しまぁーす!
シャノン:{了解した。詳しい話はジェイドから聞くといい。
ジェイド:{アリスたんハロォ~!
アリス :{ジェイド君ハニャロォ~!マロンちゃんもニャロォ~!
マロン :{こんばんは、アリスさん。バイトお疲れ様です。
残り二人のメンバーのコードネームは、『アリス』と『ギルド』だ。アリスとギルドは、話しによれば顔見知りらしい。
次々と書き込まれる文章を見て、祐一郎は軽く溜息を吐いた。召喚を行う日以外のチャットは、大抵慣れ合いの会話が多い。その事に少しの不満を感じる。だが皆思いは同じと言う事だけは、少なからず祐一郎は信じていた。
「だがギルドは今日も来ないのか。昨夜も来なかったし、極秘任務とは言え、欠席が多過ぎるな。警戒態勢が緩くなっている。今敵に攻め込まれれば、勝ち目は無いぞ。」
祐一郎は、もっと強く意識を持て、自分達の使命がどれ程重要なのか自覚しろ、等と言った数々の言葉を、メンバーに投げ掛ける。
気付けばあっと言う間に時間が経っており、時計の針は午前二時近くを指していた。
「もうこんな時間か・・・。明日も朝から修行が有るしな。そろそろ深い眠りが訪れる。」
シャノン:{間もなく暗闇に導かれ、深い眠りが訪れる。
そう打ち込むと、他のメンバーも次々と同じ様な発言をし始めた。
アリス :{本当ですー!もう魔の時間帯が終わってしまうー!眠りの時刻は酷ニャのだぁ!
マロン :{深き眠りに入る仕度を整えなければなりませんね。
ジェイド:{え?もうお開きの時間~?あぁ~、魔の二時間て~のが過ぎちゃうからね~。お開きッスかぁ~!
アリス :{闇の力を最高に発揮出来るのは、〇時から二時の間だけニャのだぁ!それ以上は干乾びてしまうのー!
ジェイド:{んじゃぁ~シャノンっちは、後でコールするねぇ~!
シャノン:{全員目覚めの時を待て。
最後にそう打ち込むと、そのまま部屋から退室をした。
大きく腕を上へと伸ばし、座ったまま背を伸ばすと、目頭を指先で摘んだ。長時間座り続けていたせいで、目が疲れ、体が少し固まってしまっている。椅子からゆっくりと立ち上がると、今度は体全体を伸ばす様に、天上に向けて大きく両腕を挙げ背伸びをした。フウッと息を吐ながら腕を下ろすと、部屋の電気を点け、PCの電源を切る。
「さてと・・・。」
PCの横に置いてあった携帯を手に取ると、そのままベッドへと移動をする。本棚に囲まれたベッドの上へと座ると、携帯を横に置き、手元に置いてあった読み掛けの本を開いた。パラパラとページを捲り読んでいると、一時間、また一時間と時間は過ぎて行く。気付くと時計の針は、午前四時前を指している。
うつらうつらとする中、いい加減痺れを切らし、乱暴に携帯を手に取ると、貴志に電話を掛けた。何度かコールを鳴らすが、中々電話に出ず、段々と苛立って来る。右足をガタガタと揺すると、一度電話を切り、もう一度掛け直した。
再び長いコールを鳴らすが、一向に出る気配は無い。睡魔と苛立ちの両方に襲われ、余計に怒りが込み上げる。電話を切ると、乱暴に携帯をベッドの隅に投げ捨てた。
「おのれジェイドめ・・・。任務を放棄したな・・・。」
祐一郎は湧き上がる怒りを、全身全霊を込め枕にぶつけ始める。
ドスドスと、サンドバックの様に枕を殴り続けていると、カーテンの隙間からは朝日が差し込み、チュンチュンとスズメの可愛らしい鳴き声が聞こえて来た。気付けば朝まで、枕を殴り続けていた。
ハァハァ――― 。息を切らせ、額に滲む汗を袖で拭うと、「俺の恐ろしさが分かったか・・・フフ・・・フフフ・・・。」と顔をニヤリとさせ、不敵に笑う。そしてそのまま、眠気と疲れから、その名の通り深い眠りについてしまった。
ユサユサと誰かに、体を揺らされている感覚がする。遠くからは、名前を呼ぶ声が聞こえて来た。その声は次第に大きくなり、やがてハッキリと聞こえて来る。「祐ちゃん!祐ちゃん!」と呼ぶ声に気付くと、ゆっくりと目を覚ました。
「う・・・何だよ・・・。」
眠そうに目を擦ると、目の前には呆れた顔をして立っている小夏の姿が、ぼんやりと見える。「何だよ、小夏・・・。」まだ半分寝ぼけながらも言うと、「祐ちゃんっ!」と耳元で、小夏は大声で怒鳴った。余りの大音量に、祐一郎は思わずベッドから飛び起きてしまう。
「なっ!何だよ!」
慌てて起き上ると、小夏は両手を腰に置き、頬を膨らませ怒っている様子だ。
「もうっ!何時まで寝てるの?ちゃ~んと毎日九時までには起きてたのにぃ!昨夜は夜更かししたでしょ。電気も点けっぱなしぃ!」
「なっ!それは・・・俺は報告を待っていただけだぞ!」
自分でも知らない間に眠ってしまっていた事に気付くと、慌てて時計を見た。時計の針は、午後三時を指している。
「なっ!もう三時?昼の?いつの間にこんな時間に!」
すっかり三時のおやつの時間帯になってしまっている事に驚くと、慌てて枕元に転がっていた携帯を拾い上げた。
「ヤバい!今日も狩りに行く約束してたのに!」
急いで携帯画面を見ると、数件のメールと着信履歴が一件表示されている。カチカチと携帯ボタンを操作し、届いているメールを開くと、狩り仲間からの物ばかりだ。
「マジかよ・・・。今日俺抜きで、もう始めてるのかよ。」
急いでメールを返信しようと、文章を作成していると、再び小夏の怒鳴り声が部屋中に響き渡った。
「祐ちゃん!今日はもう外出禁止っぃ!」
「なっ!」
小夏の発言に驚き、思わず手元からは、携帯電話が転げ落ちてしまう。
「何でだよ!一日寝坊しただけだろ!」
慌てて反論をするも、小夏の怒りは収まらない。
「一日でも、約束破ったから外出禁止!嫌ならパパに電話するからねぇ!」
「マジかよ!一日位いいだろ!これは敵の陰謀で起きた失態だ!」
「一日でも駄目です!約束は約束!」
断固として言動を変えようとはしない小夏に、祐一郎は愕然としてしまう。
実の所、祐一郎が夏休み中も規則正しい生活を送っていたのには、理由が有った。それは進路希望書の件。父親を呼び出さない変わりに、夏休みは毎朝最低九時までには起き、午前中は宿題をやると言う約束を、小夏としていた。万が一約束を破った場合は、その日は外出禁止で一日宿題に取り組む事。もしくは、父親に電話をし、説教を受けるとの事だった。
これまで順調に任務をこなして来たが、本日初の任務失敗に終わる。祐一郎は転げ落ちた携帯を拾い上げると、作り掛けのメール文章を削除した。そして力無く、ゆっくりと頷くと、肩を落とす。
「分かったよ・・・。今日はラボで研究するよ。」
その言葉を聞いた小夏は、満足そうな顔を浮かべた。祐一郎はゆっくりと顔を上げると、満足そうにしている小夏に、真剣な眼差しで言う。
「分かったから、取りあえず物資のおやつくれ。」
小夏の口元が一瞬ピクリと引き攣ると、「自分で取りに来なさい。」と一言だけ言い、部屋から出て行ってしまった。
祐一郎は渋々階段を下りて台所に向かい、おやつのシュークリームを取りに行くと、着信履歴が一件あった事を思い出す。急いで冷蔵庫からシュークリームを取り出すと、慌しく食べながら部屋へと戻った。
部屋に戻ると、ベッドの上に転がっている携帯を手にし、着信履歴を開く。すると画面には、『七月二十四日・午後十二時三分:ジェイド』と表示されている。それを見た祐一郎の顔は、一気に引き攣る。
「午後十二時三分・・・。」
ムシャムシャとシュークリームを全部口の中に詰め込むと、ムッと不機嫌な顔で、貴志に電話を掛けた。数回コールを鳴らすと、受話器の向こうからは、貴志の無駄に元気な声が聞こえて来る。「ハッハハ~イッ!」能天気な声を耳にすると、祐一郎は更にムッと不機嫌な表情をさせ、低い声で「ひんむほほうひひはは!」と言う。
「「はぁ?何~?何言ってんのか分かんないよぉ、まっつぁ~ん!」
口に含んだシュークリームを飲み込むと、改めて低い声で怒り気味に言った。
「任務を放棄したな!」
「「あぁ~昨日の~?ごめんめんご~!アリスたんと遅くまぁ~でチャットしててさぁ。そのまま寝ちゃったのよぉ~。でー起きてから電話したんだけど、まっつぁん出ないんだもん!」
呑気に話して来る貴志に、心底ムカついてしまうと、今度は叫ぶように言った。
「四時過ぎに俺から電話しただろ!」
「「四時過ぎ?あぁ~、もうそん時寝てたやぁ~。」
ハハハ、と笑い声が受話器から聞こえて来ると、更にムカついて来てしまう。だからと言って、ここで怒ったとしても、元々腑抜けた性格の奴に、これ以上は何を言っても無駄だと思い、気持ちを落ち着かせようと深呼吸をした。数回ゆっくりと深呼吸をし、気持ちを落ち着かせると、毅然とした態度で話す。
「今回は特別に見逃してやるが、これからは報告義務を怠るな。お前の失態で、今日俺は身動きが取れない。監視の目が厳しくてな。」
「「あれぇ?ママさん怒らせちったのぉ?
祐一郎はコホンッ、と一つ咳を吐くと、「取りあえず!」と誤魔化す様に話を切り変える。
「取りあえず、お前は会合の事に集中していればいい。日にちが迫っているからな。」
「「あぁ~オフ会ねぇ~。あそうそうっ!取りあ・え・ずぅ~。夜八時に駅集合ね。んで、カラオケ最初にしてぇ、それからネカフェって事になったから、よろしく~。ギルドっちとアリスたんは、その日バイト休みにして有るからぁ、オッケェーだってぇ~。まっつぁん遅れない様に来てねん。」
「八時だな。分かった。敵に覚られるなよ。」
「「あっ!それからぁ!」
突然貴志は思い出したかのように言うと、祐一郎は「どうした?」と、慌てて聞いた。
「「それから、宿題やったとこだけでいいから、見せてねん。まっつぁんやってるっしょ~?」
祐一郎は口元がピクリと引き攣ると、グッと怒りを抑える様に拳を握り込んだ。今日一日、今から家で宿題をさせられると言う時に、宿題を見せてと言う言葉を聞くと、無性に腹が立って来る。
「断る。」
只一言言うと、受話器越しから貴志の嘆く声が聞こえて来た。
「「なぁ~んでぇ~!ちょっと位いいっしょ~!協力し合おうぜぃ!同じメンバーなんだしさぁ~!エージェント仲間じゃぁ~ん!」
調子の良い時にだけ、エージェント仲間と言って来るその言葉もまた、無性に腹が立つ。
「だが断る!否!断じて否だ!」
叫ぶように吐き捨てると、そのまま電話を切り、携帯をまたベッドへと投げ付けた。すると投げ付けた携帯からは、すぐに呼び出しの着信音が鳴る。そっと光る携帯画面を覗き込むと、やはり『ジェイド』と表示されていた。
「誰が取るか!」
鳴り続ける呼び出し音を無視するも、中々切れる事が無く、しつこく呼び出し音は鳴り続ける。余りにしつこい為、祐一郎は仕方なく電話に出ると、受話器からはまた元気な貴志の声が聞こえて来た。
「「まっつぁん勝手に切んなぁ~!まだ話は途中っしょぉ~!」
「話しなら終わった。」
不機嫌そうに答えると、貴志から意外な言葉が出て来た。
「「いやぁ~宿題見せては、流石に不味かったかなぁ~って思ってさ。俺ちょっと反省~。ごめんめんご~。」
予想外に素直に謝って来る貴志に、少し驚きながらも、祐一郎は思わず感心をしてしまう。
「珍しいな、お前が素直に過ちを認めるとは・・・。まぁいい。反省しているなら、俺はもう気にしない。だからお前も気にするな。」
「「いやぁ~、流石まっつぁん!あーそいでさぁ、実は明日お願いが有る事思い出してねぇ~。いやっ、対した事じゃないんだけどさ。さっきはその事言おうとしてた訳よぉ~。」
「なんだ、だったら早く言え。無駄な時間を取らせるな。俺は忙しいんだ。」
実の所全く忙しくは無いが、取りあえず暇でも、忙しいと言わずにはいられない。しかしよくよく考えれば、この電話を切った後は、宿題を始めなければいけないと言う事実に気付く。いつ小夏が様子を見に来るか分からない。そう思うと、このまま貴志と長電話をしていた方が、いい様な気がして来た。
「よし、遠慮なく話せ。特別に俺の邪気眼を発動させ、時間を一時的に止めておいた。ゆっくりと話せる。」
凛々しい声で言うも、「あぁ~そう?」と受話器からは、どうでもよさそうな返事が聞こえる。祐一郎はコホンッ、と軽く咳を吐くと「さっさと話せ。」と不機嫌そうに言った。
「「いやねぇ~明日ちぃ~っと付き合って欲しい所があってさぁ。暇なら一緒に来てくんない?」
「付き合って欲しい場所だと?どこだ?」
「「えっとぉー、買い物かなぁ~?」
何だかハッキリとしない貴志の話しに、祐一郎は不満を覚える。
「おい。もしかしてその為に、さっき謝ったのか?」
「「え?いやいやぁ~まさか~。流石にそれは無いっしょぉ~!」
痛い所を突かれてしまった貴志は、慌てて否定するも、どうやら図星の様だ。だが謝った事に変わりはないと思い、祐一郎は仕方なさそうに溜息を吐いた。
「まぁいい。過ぎた事だ。何かのミッションならば、付き合ってやろう。」
すると受話器からは、貴志の喜びの雄叫びが聞こえて来る。
「「マジでー?やっほぉ~!よかったぁ~!俺っちこれで任務コンプリーツッ?」
「任務?」
「「あぁ~、何でも無い何でも無いよぉ~。」
誤魔化す様に言う貴志だったが、祐一郎は気付く事なく、「それで?」と話しの続きを促す。
「「あぁ~、明日ドームの方で、ちっとした買い出ししたいから。えっと~時間は時間は・・・。あっ十時にドーム前集合って事で、よろしく~。」
「十時だな。分かった。五分前集合原則を忘れるなよ。」
「「オッケェーオッケェー!あぁ~それと、スーツ着用でよろしくお願いしまっすぅ~!」
「はぁ?スーツ?」
突拍子もない事を言い出す貴志に、祐一郎は思わず素で驚いてしまう。
「何で買い物行くのにスーツなんだよ?」
「「ええとぉ~・・・あぁっ!スーツじゃないと入れない、ちぃ~っと高級店な訳よぉ~。」
又も誤魔化す様に言う貴志だったが、祐一郎はすんなりと納得をした。
「あぁ、そうか。なら仕方ないな。シークレットショップと言う訳か。」
「「そうそう!そなんだよ!だ・か・ら、スーツでよろしく~。ママさんにでも選んで貰えばいいっしょ~。」
「何で小夏に・・・。」
小さな子供でもないのに、高校生にもなって母親に洋服を選んで貰う等、恥ずかしくて仕方がない。
「不服だ。」とぼやくも、「大人のアドバイスは大事っしょ~。」と言って来る貴志の言葉を聞くと、確かにスーツなんて物は、従兄の結婚式の時に一度しか着た事がない事を思い出す。実際に自分で選ぶとなると、どんな物を着て行けばいいのか分からない。
「仕方がないな。仕立屋を召喚しよう。」
不本意ながらも貴志の意見に賛同すると、「決定ねぇー!」と受話器からは、喜びの声が聞こえて来た。
「「んじゃぁ~明日十時って事でぇ、よろしく~!あ、見慣れない姿で分かんないかもしれないからぁ、写メもよろしく~!」
そう言うと、祐一郎の返事も待たずに、貴志は早々に電話を切ってしまう。
「なっ!写メって何だよ!」
慌てて言うも、既に電話は切られ、受話器からはツーツーと、通話が途絶えた音しか聞こえない。
「おのれジェイドめ・・・。仲間でなければ、今頃血祭にしている所を。仲間で有る事に、感謝しろっ!」
通話ボタンを切ると、そのまま携帯をやはりベッドの上に投げ捨て、不貞腐れた顔で椅子に座った。机の棚に納めて有った、夏休みの宿題を取り出すと、腹立つ事を忘れ様と、黙々と宿題をやり始めた。