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ずぶ濡れの死神にまつわる物語

死神と古い仲間

作者: 方舟

私の行きつけのバーには、常に「reserved」のプレートが置かれた席がある。マスターが立つ場所のちょうど正面にあるその席は、端でなく、また真ん中でもなく。いわゆる、「一人で落ち着いて飲むには最適の席」といった所だった。不思議な事に、そこに誰かが座るのを、私は見た事がなかった。


「マスター」私は出されたカクテルを口に含んでから、件の席を指差す。「あの席、いつも予約中だね」 マスターは目を瞠り、それから首をかしげた。「さあ、私も先代のマスターから、こうしておくように言われまして」 「ふうん」不思議な習慣だ。私は眉を顰めて首をかしげ、またカクテルを飲んだ。


「イギリスには幽霊の為に席を空けておくバーもあるそうですし、その手のお呪いかもしれません」 マスターはそう言ってミキシンググラスを取り出す。ウィスキー、ドライベルモット、カンパリを入れてステアすると、「reserved」の席に置いた。ウィスキーベースの定番、「オールド・パル」だ。


「それも、先代マスターからの?」 私が問うと、マスターは苦笑し頷いた。 「ええ、この時間帯になったら、あちらのお客様にオールド・パルを…と」 まるでそこに客がいるような言い方だ。今バーには、私の他には誰もいない。しかし私は見えない客にカクテルグラスを掲げ、美しく輝く酒を一口飲む。


…ふと、「彼」と目があった。 オールド・パルを前にし、カウンターのスツールに座った、黒いスーツの青年だ。髪は濡れたようにぴったり顔に張り付いており、落ち着きなく辺りを見渡している。彼は私と目が合うと、前にあるグラスを掲げ、上目づかいに目礼する。口元に浮かんだ、あれは笑顔だろうか。


彼はそのまま、私がもう一度カクテルを飲むのを見て、見よう見まね、といった手つきでカクテルを口に含む。しかし、彼はバーどころか、そもそも酒の味に慣れていなかったようで、口に含んだ直後に顔を歪め、軽く咳こんでしまった。 ……あれが、先代マスターがわざわざ予約席を用意した、お客?


「マスター、あの席の隣は、別に座って平気だよね?」 私は問いかけ、スツールを立った。もう少し彼を見ていたい気もするが、明日も仕事である。 「ええ、空いております」 「そうか。わかったありがとう、また来るよ」 「はあ、ありがとうございます」 マスターは驚き、私の伝票を受け取った。


言われた金額を払い、それにプラスしてもう一杯分。 「今日の彼への一杯は、僕のおごりで」 マスターはにっこりと笑った。 「ええ、あのお客様も喜ばれると思います」 振り返ってみると、すでに「彼」の姿はない。しかし、そこに置かれたカクテルは、彼の飲んだ一口分、減っているような気がした。

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