第8話 役割は守ります
気づけば『在学中になんとかして』と叱られてから、数週間が経っていた。けれどアルベルトはまだ、直接クラリスに何も言えていない。
変わったことといえば、イザベルと作戦会議に近い手紙をやりとりすることになったくらいだ。
生徒会の執務が終わり、会議室の人数もまばらになると、アルベルトは机に向かい、羽ペンを走らせる。
『今日も会議が長引いた。来週の予算案は修正が必要だろう』
『明日は晴れるらしい。競技場が賑わいそうだ』
整いすぎていて清書の手本のような美しい文字で綴られたそれは、手紙というよりも近況報告や日記のよう。
それを受け取ったイザベルは、額に手を当てて深いため息をついた。
『殿下。宛先の人物以外は、この手紙を読めません』
『今日起きた「事実」ではなく、素直な「感情」を書いてください』
『思ったことをそのままでいいんですから』
赤字で添削された返信が、何度も送り返されてくる。何度も呼び出されるノワゼットは、ベッドの上で丸くなったままアルベルトを睨んでいた。
「思ったことを、そのまま書いているんだがな……」
アルベルトはその真っ赤になった紙を見つめ、ペンを握り直しては、結局二行目からそのペンを止めてしまうのだった。
***
翌日、クラリスの住む寮では小さな騒ぎが起きた。
部屋の床一面を埋め尽くす箱、箱、箱。大小様々な箱には王家の紋章が刻まれており、ドレスにヘアピース、リボン、宝石など様々な贈り物がまるで展示会のように、そこかしこに積まれていた。
「これは……少し、いえ……かなりですわね」
クラリスは言葉を失いながら、一際大きな箱に刺さった一通の封筒を手に取った。赤く染められた蜜蝋には、箱と同じ王家の紋章が押されており、それがアルベルトからの手紙なのだということが嫌でもわかる。
『明日、身につけてくるように』
二つ折りにされた便箋には、たったそれだけ。理由も、差出人の名前もない。
「いただいたドレス以外に着ていくものなんて、ありませんのに」
ぽつりと呟いて、苦笑する。たった一人の部屋で、そのつぶやきは小さく消えた。
***
アルカナ学院に在学している王子は、アルベルト一人。それは紛れもない事実で、クラリスの元へ贈られた数々の品は、国内外でも有数の貴族と比べても、段違いの贈り物だったらしい。
周囲の寮生たちは目を輝かせ、クラリスの部屋を訪れては口々にアルベルトとクラリスを羨ましがった。
「さすが、第一王子殿下ですわね」
「変な噂もありましたけれど……やはりアルベルト様はクラリス様を何よりも大事にされていらっしゃるのですね」
「こんなにも素敵な贈り物、愛されている証拠ですわね」
右から左へ、言葉が交わされるたび、クラリスは笑顔でありがとうと返す。それが、今できる精一杯でもあった。
(そう見えているのならきっと、それが事実)
あの方に並ぶなら、このくらい格の高いものが必要。それは喜びでも、誇りでもなく、当然の義務で準備でしかない。
愛されているからなどではなく、王太子の婚約者らしくあるために必要なものに思えてくる。
クラリスは大きな鏡の前でそっとドレスをあて、静かに息を整えた。
(私は大丈夫……きっと、大丈夫)
そう、自分に言い聞かせながら。




