第7話 クラリスの味方
翌日、王城の一室では宝石商と仕立て屋が並んで立っていた。
どちらも王室御用達の顔馴染み。緊張と誇りを同時に纏った表情でアルベルトを見つめていた。
「さて、クラリス様のお好みのお色は……」
色とりどりの宝石が並んだ革のケースを取り出した宝石商の問いに、アルベルトは一瞬言葉を失う。
(白……いや、水色だったか)
すぐに答えが出そうな質問だというのに、言葉が喉で引っかかる。最後に色の話をしたのは、幾つの時だっただろう。思い出そうとすればするほど、記憶の中の彼女の姿がぼんやりと霞んでいく。
「……格式に合わせよ」
聞き覚えのある言葉を聞いた宝石商は、恰幅のいい腹を僅かに揺らして小さく一礼した。そのまま少し考えてから「では殿下の瞳と同じエメラルドにいたしましょう」と答えた。
王家の色でもあり、アルベルト自身の象徴でもある色。父の青い瞳と母の黄色い瞳を混ぜたようなその色は、光を受けて幾重にも輝く。
「では……ドレスの形はどういたしますか? プリンセスライン? マーメイドライン? パフスリーブやリボンをおつけしても可愛らしくお召しいただけるかと――」
(プリンセスは……幼く見えるだろうな。だが、マーメイドは肌を見せすぎる恐れもある)
頭の中で、否定ばかりが浮かぶ。この場には男性ばかりが集まっていて、彼女の一番の正解は見つかりそうにもない。
「……格式に合わせよ」
同じ言葉を繰り返す自分に、微かな苛立ちが募る。簡単に組んでいた足を逆の足に組み直し、はらりと落ちた前髪をかきあげて誤魔化す。
「では、ドレスのお色味は……」
(髪色に合わせた淡いピンクは……可愛すぎるか。白も美しいが……それは結婚式で着せてやりたい)
腕を組み指先でトントンと肘を叩く。そんなことをしても答えが出るわけがないということくらいは、アルベルトにもわかっている。けれどそうでもしないと、湧き上がる苛立ちを抑えられそうになかった。
「……私の正装に合っていれば良い」
「承知いたしました」
アルベルトから期待した答えが返ってこないと踏んだ宝石商と仕立て屋は、鏡の前であれやこれやと二、三回議論を交わし、その後静かに退出していった。
完璧な準備。だが、胸の奥には何も残らない。
(――俺は、今の彼女を何も知らない)
どんなものを好み、どんな時に笑うのか。何を悲しいと思うのか。なんでも知っていると思い込んでいたはずの彼女の姿が、言葉にしようとするほど遠ざかっていく。
アルベルトは立ち上がり、窓辺へと歩いた。天井まで続く高い窓を押し開け、周囲を見回す。
「ノワゼ! ノワゼット! ……いないのか」
名前を呼んでも、返事がない。いつもなら部屋か木陰で丸くなっているはずの、愛猫の姿がない。探せば探すほど、焦りが募る。けれどいつまで経っても黒猫は現れず、諦めたアルベルトは書斎へと戻った。
ため息をついて、机に向かう。
そこには、少し書いては丸玉にされた便箋が、山のように積まれていた。
『愛するクラリスへ』
『親愛なるクラリスへ』
その先が、どうしても続かない。悩んでいるうちにペン先から垂れた黒い雫がシミになり、くしゃりと丸めては後悔する。
(何を、どう書けばいいんだ)
謝罪か、弁明か。
それとも――今更好意を伝えるべきか。
答えは、どれも彼女の顔を思い浮かべるほどに遠ざかっていく。恋文に悩んでいるとは誰にも打ち明けられず、アルベルトは一人大きなため息をついた。
しばらくして、扉の向こう側からヒタヒタと小さな足音が近づいてきた。ドアの隙間から闇を広げるように帰ってきたノワゼットの全身には、ほのかに光る火花の名残がまだキラキラと輝いていた。
(……火球の、残り火花)
それは数週間前に生徒会室から覗き見ていた光と、同じもの。
「お前も……クラリスの味方か」
小さくつぶやいて手を伸ばすが、ノワゼットはアルベルトを一瞥したままベッドへ飛び乗り、一度も鳴かずに背を向けて丸くなった。
拒絶すらない、無関心。それがどんなに辛いのか、アルベルトは今更になって理解した己の心の醜さに、また幻滅するのだった。




