第6話 婚約者としての矜持
噂が落ち着き、クラリスの名が囁かれなくなって数日後。更なる事件はカフェテリアで起きた。
クラリスは支援をした魔法競技部の部員とすっかり打ち解け、ランチを共になる仲になっていた。貴族も平民からの奨学生でも平等に接するクラリスに、崇拝に近い敬意を払っているものすらいる。
ざわざわとしたカフェテラスの中央、一際広い通路に革靴のカツカツとした音がして、学生たちの声が段々と小さくなる。その目線を一挙に集めているのは、他でもないアルベルト・デ・ラ・シーマだった。
「……プロムには、来るんだよな」
競技部のメンバーが集まっているダイニングテーブルには、まだ十名ほどが座って談笑したり、遅めの食事をしている。その端に座るクラリスに向かって、アルベルトは小さく質問を投げかけた。
「ええ。その日は空けておりますわ」
――感情を見透かされないように。いつでも隙を突かれないように。
それはアルベルトの妻となり得る可能性が生まれた日から、王妃教育の中で幾重にもかけられた鎖。
(まさかあなたに対してこの言葉を思い出す日が来るなんて)
クラリスは全ての感情を閉じ込めた笑顔で、アルベルトに微笑み返す。
「……わかった。ドレスとジュエリーを用意させる」
「ありがとう存じます」
素直に頭を下げれば、アルベルトはこれ以上何も返してはこない。クラリスは小さく一礼して、その場を後にした。
「…………は? 今ので終わり? いや、良くねぇだろ」
向かいの席に座って話を聞いていたカイが立ち上がり、アルベルトに詰め寄る。アルベルトはあからさまに不機嫌そうにカイの方をギロリと睨んだ。
「何をしてるんですかアルベルト様! あっいやカイもですけど!」
遠くの方からイザベルが目玉を大きくして、真っ青な顔をして駆け寄る。一触即発の状態に見えたアルベルトとカイは、近くで見ればただお互いに気まずそうな顔をしていた。
「カイは一旦落ち着いて」
「……はい」
「アルベルト様は反省して早く行動に移してください」
「……俺が、反省?」
「何を言っているんだ」という顔をしたアルベルトに、カイは一瞬下を向いて前髪で表情を隠し、必死に下唇を噛みながら顔を上げた。
「ああいう子には、ちゃんとした"言葉と行動"が必要なんです! ドレスの話じゃありませんよ? 殿下の心の中の声を、ちゃんと言葉にしてください!!」
「……言葉にはしたつもりなんだが。これ以上、なんと言えばいいのか分からなくてだな」
アルベルトは気まずそうに目線を逸らし、頭を掻く。そんな姿を見てイザベルは一層深いため息をついて、肩を落とした。
「素直に! 思っていることを言う! それだけです」
「だから、こられるのかと確認を……」
「婚約者だから空けているに決まってるではありませんか! 自分のためにドレスを着てくれるかとか、ジュエリーを贈ってもいいだろうかと聞けばいいものを……なんで……どうして」
最近ハマっている喜劇のように、イザベルは大袈裟なくらいに悲しそうに顔を覆い、アルベルトの様子を指の間から伺う。アルベルトはといえば露骨に落ち込んだ様子で、頭を抱えては小さなため息をついていた。
「殿下……クラリスは弱いんじゃありません。傷を負ってもなお殿下を思っている、優しい子なんです」
「わかっている」
「それなら行動してください! 私たちも手伝いますから、在学中……いえ、今すぐに!」
アルベルトの顔へ唾が飛びそうな剣幕で近づき、早くしろと迫る。半ば強引に「あ、あぁ分かった……」と引き気味なアルベルトの返事を聞いたところで、事の収集を図ろうとやってきた副会長に後ろから肩を叩かれ、イザベルは急に我に帰った。




