第2話 魔法競技部との出会い
夜の競技場は熱気を帯びていた。
地面に描かれた魔法陣が淡く光り、結界を張った外側で観覧している生徒たちの声が湧き上がる。笑い声と詠唱、短い指示や応援、魔力が空気を切る音がいくつも重なって、賑やかだ。
「……学院内にこんな場所があったのね」
思わず溢れた言葉に、イザベルは誇らしげに頷いた。
「あの方、なんて楽しそうなのかしら」
「そうそう、そうなんです〜! 美しい火球と弾ける笑顔のカイ・シャクス様! 競技部のエースなんですが、火球の軌道制御がお上手で! 誰より威力も精度も高いのに、それを困難そうに見せない姿勢がまた、いいんです〜」
息継ぎすることなく、イザベルはペラペラと解説を続ける。先月の大会の決勝戦も凄くて……とイザベルが思い出し笑いをした、その時だった。
一際大きな火球が空を切り裂き、夕日のように強い閃光を飛ばす。一直線の放物線はやがて細くなり、空へと吸い込まれていく。クラリスは隣から溢れている言葉の半分以上を聞き漏らしたまま、ただその閃光の美しさに目を奪われた。
(ああ……)
揺れも迷いもない美しい曲線に、胸の奥がスッと静かになる。そこに、怖さはない。ただただ、美しい。綺麗だ、と思った。
「今の、距離は?」
「悪くないね、でも威力はもっと出せるだろ?」
声の先で、放った本人が軽く息を整えている。男女共通で着ているはずの白いジャケットはベンチへ無造作に投げられ、肘まで捲り上げられたシャツから見える逞しい腕が、女子学生たちを沸かせていた。汗に濡れた額が月光に照らされて、彼の集中した横顔を際立たせる。
「すごい、魔法でしたわ」
思わず口をついて出てくる言葉。その青年は一瞬だけ驚いた表情を見せてから、クラリスとイザベルの方を見た。にっと笑った表情は少し幼くて、婚約者がまだいたずら好きだった頃を思わせた。
「ありがとう。でも、まだまだだ」
そう言って、青年はすぐに次の準備へ戻っていく。遠くの方から来た数人にクラリスのことを指摘されたのか、一度振り向いて頭を下げ、またどこかへかけて行った。
青年が離れたその背中に、別の生徒が駆け寄る。
「……カイ、来月の遠征の件なんだけどさ」
「ん? ああ……まだ足りてない。まあ、なんとかなるだろ」
軽い調子の返事に、声をかけた方が困ったように頭を掻く。
「いや、装備も移動費もだぞ? 大会側の補助だけじゃ……」
「わかってるって。あとで考えるよ」
そう言って、彼はまた結界の内側へ戻っていく。クラリスは何も言わずにその背中を見送ってから、もう一度夜空を見上げた。
(あの、胸がスッとする光を、もう一度見たい)
それは誰かに会いたい、恋慕の気持ちではない。ただ自分の中に小さな街灯を灯したような優しくて前向きな気持ちだった。
***
生徒会室の窓からは、夜の競技場が見渡せる。
結界の内側で、見覚えのある魔力の光が一段と弾けている。それは昼に見た時よりも、ずっと鮮やかで力強い。
現役の生徒会長であり、卒業後にはこの国の王位継承権第一位となるアルベルト・エン・ラ・シーマは書類片手に歩き回っていた足を止め、しばらくその光を見つめていた。短く整えられた黒髪の下で、月光を受けて光るエメラルドグリーンの瞳が、険しい表情のまま、その光の先を見つめていた。
「何か、問題が?」
「いや、なんでもない」
カールしたピンクベージュの髪を持つ令嬢は、校内に一人しかいない。その令嬢が、冷え込む夜にわざわざ外出している理由を、アルベルトは、まだ知る由もなかった。




