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【完結】P.S.推し活に夢中ですので、返信は不要ですわ  作者: 汐瀬うに


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最終話 選ぶのは私 ・エピローグ

「クラリス……!」


 背後から、誰よりも名前を呼ばれたい人の声がする。振り返ればそれは、会った時よりも前髪の崩れたその人で、人々から求められている顔からは随分と歪んだ、人間らしい顔をしていた。


 肩で息をして、ほんの少し汗ばんだ額。一度小さく息を吐いてから、彼はゆっくりとクラリスの方へ歩いてくる。


「殿、下……?」


 珍しくはっきりと驚いた表情をしてしまったクラリスは、少し目を伏せて「お話でしたら明日以降に……」と断りを入れた。


 普段とは違う姿のアルベルトに、動揺を隠しきれない。名前を呼ばれただけでときめいてしまう自分に、叱りすら与えてしまいたい気分だった。


「駄目だ」


 アルベルトはクラリスの返事を良しとせず、そのまま目の前へ歩き続ける。


「君が何も言わなくなった時も、興味を他へ移した時も、本当は気づいていた。だが、行動で示せばいいと、信じていた……いや、逃げていたんだ。言葉を使わずに済む立場に」


 彼の言葉はしっとりと、深い熱を持っている。その言葉の熱に当てられるように、クラリスの体はまたゆっくりと暖かさを募らせ始める。


「君を信じていると、思っていた。だが……己の立場に甘んじているだけだった。君が推し活に夢中なのは、きっと……今まで以上に、自力で前を向いているからだ」


 クラリスの前へたどり着いたアルベルトは足を止めた。そして、そのまま目の前で跪き、ドレスをぎゅっと握っていたクラリスの手を取った。


 「不便はきっと今以上に増えるだろう。今更、遅すぎることもわかっている。けれど肩書きや役割ではなく」


 戸惑った目線が僅かに揺れ動く。一瞬、言葉を探すように息を吸って、彼は言葉を続けた。

 

 「一人の人間として――俺は君を愛している。どうか一生、俺の側にいてほしい」


 クラリスの手を取ったその手は、革の手袋越しでもわかるほどに強く、震えていた。深いエメラルドの瞳は潤み、クラリスをこれでもかというほどに見つめ続けている。そのまっすぐな視線に、嘘の気配は微塵もない。


「……本当に、遅いですわね。言葉にしてくださらない間に、私は私の居場所を見つけましたの。……今更、手放すこともできませんわ」


 それは、魔法競技部とその仲間たち。今まで見つけられなかった多くの友人、仲間。クラリスを必要としてくれる人々を、クラリスは見捨てられない。


「手放さなくていい。一緒に守ろう」


 頬を赤らめながらも、クラリスの言葉を一言一句聞き漏らさないように、クラリスをずっと眺めるアルベルト。内心、滅多に見られない上目遣いには、どこかかわいらしさがあった。それはまるで、幼い頃のいたじら好きだった彼を思い出させる。


「いいんですの? ではもうひとつ……これからはちゃんと、思ったことを口にしてくださいませ。仰々しい贈り物は、もうこれきりに」

「……善処しよう」


 クラリスが彼の方へ伸ばし続けていた手に、薄く熱い唇がゆっくりと近づく。ドレスと同色の布で作られた特注の手袋に、小さく口付ける。それを拒む様子のないクラリスを見たアルベルトはそっと立ち上がり、その逞しい腕でクラリスを思い切り抱きしめた。


「……本当に、いいんだな?」

「はい…………よろしくお願いいたします」


 彼の腕の中にいるせいか、全身の血が沸騰しそうなほどに熱く踊っている。頬も首も、耳までも熱く、真っ赤に染まっているのだろうと思うと途端に恥ずかしく、クラリスは真っ黒な礼服の胸元へそっと顔を埋めた。

 

 柱の影から、くはっ!と苦しそうな声がする。

 咄嗟の警戒で、さっきまで聞こえていた音楽が遠くなる。二人はその声の上がった方向をゆっくりと流し見た。


「さっ……最初から、ちゃんとそう言え〜〜〜っ!!」


 思いもよらぬ大きな声に、クラリスの肩がびくりと揺れる。テラスの柱の影から走ってきた声の主は、涙目で拳を握り締めているイザベルだった。


 プロムへ参加する予定のなかったイザベルは相変わらず制服を着ていて、普段通りの瓶底メガネと赤髪のおさげのまま、会場に忍び込んだ様子だった。


 「一ヶ月!! 一ヶ月ですよ、殿下!! それに、何枚の高級便箋を無駄にしたとお思いですか!!」


 わんわんと声をあげて泣いては、美しいシルクのシャツの袖で涙を拭くイザベルに、二人は思わず顔を見合わせてから、声を上げて笑った。


「……助言には、感謝している」

「ありがとう、イザベル」

「アルベルト様……クラリス……っ!」


 涙も鼻水も拭ききれていない顔のまま、イザベルは二人を抱きしめる。ポケットから美しい刺繍の入ったハンカチを取り出したアルベルトは、それをクラリスに渡し、イザベルの涙を拭くようにアイコンタクトを送った。


「殿下はもう二度と! クラリス様を悲しませないでくださいませ!私の心臓が持ちませんので!」

「心配をかけてすまなかった」


 ヒックヒックと嗚咽を上げながら、イザベルは次々と要求を通していく。その様子を、クラリスはどこか他人事のように眺めていた。

 

「謝るならこの先ずっと、クラリス様を溺愛してください!」

「……もちろん」

 

「もう、絶対ですからね」と言いながら、しょぼしょぼと泣き続けるイザベルをゆっくりと剥がし、アルベルトはクラリスを改めて抱きしめた。

 

 

「クラリス。一生、君だけを愛すると誓おう」

「はい、アルベルト様」


挿絵(By みてみん)


【エピローグ】


 プロムの後、アルベルトが学院を卒業してから、半年が過ぎていた。


 アルカナ学院の生徒会室には、相変わらず忙しない空気が満ちている。ただ一つ違うのは、その中央に立つ人物だった。


「では、次の議題に参りますわ」


 落ち着いた声で会議を進めるのは、生徒会長となったクラリス・ド・ベル。その隣では、分厚い眼鏡を押し上げながら資料を確認する副会長、イザベル・マラントが忙しくペンを走らせていた。


 討論すべき議題も、決めるべき議題もすんなりと終わる。二人は驚くほど息が合っていて、生徒会に所属する学生の負担は驚くほど軽くなった。


 ――あるひとつの懸念点を除いては。


「会長! 魔法競技部の大会初日、火球・飛距離部門、カイ・シャクスが――暫定一位だと知らせが」

 

 ドアを急いで開け、駆け込んできた男子学生の声を聞いたイザベルのペン先が、ぴたりと止まる。

 

「神回を……見逃した、ですと……」

「今からでも遅くはありません、これから参りましょうイザベル」

「ええ、すぐに参りましょう」


 がたんと立ち上がり、まだ話していない議題の書類をまとめる二人を書記と会計の学生が止める。


「会議は始まったばかりですよね、会長」

「副会長も、会長を止めてください」

「そんな……私を会場へ……」

「推しの活躍を見られないなんて、実質死刑宣告なんですよ」


 おいおいと泣いたふりをしたところで、生徒会の学生たちには通用しない。すぐに話を流されて、ふたりは仕方なく会議を続けた。


「では代わりに魔法競技部の予算を10倍にいたしましょう」

「だめです」

「ではカイの健闘を称える横断幕を玄関口に」

「……だめです」

「それでは、競技部のメンバー募集を廊下に」

「まぁ……そのくらいなら」


「布教は許されるんですのね」

「まぁ興味のある学生のためにもなりますし」


 なるほどと納得した様子のクラリスはイザベルに「すぐやろう」とアイコンタクトを送った。


 そんな風に、とにかく魔法競技部の素晴らしさを全面に押し出したいクラリス&イザベルの二人と、書記&会計の二人のコントのような会話が――生徒会室ではほぼ毎日行われている。


***


 王城の執務室で、アルベルトはクラリスのところからやって来たリリーから一通の手紙を受け取っていた。手紙を持ち込んだ本人は、綺麗に整えられたベッドで丸くなったノワゼットの背をステージ代わりに、楽しそうに跳ねていた。


 うっとおしいのではと初めは気にしていたアルベルトだったが、リリーの跳ねるテンポに合わせてノワゼットがしっぽをゆらゆらと動かしているのを見て、迂闊に止めることはしなくなった。


 整った文面に柔らかな筆跡。

 たとえリリーが姿を見せていなくても、それがどこからの手紙であるかは、アルベルトの表情を見れば誰もが一目で分かった。

 

『親愛なるアルベルト様

 私は大変忙しく、けれどとても充実した日々を過ごしております。次の休日、お茶会でお会いできることを楽しみにしております。是非聞いていただきたいお話があります。

 

 P.S. 放課後は推し活に夢中ですので、返信は不要ですわ』


 最後の一文を読み終えたところで、アルベルトは小さく声を漏らした。困ったようで、どこか誇らしい気持ちにもなる。


 言葉を尽くさなくても、伝わる思い。

 言葉があるからこそ、伝えられる思い。


 それを、彼女が自分に教えてくれた。


「少し、出てくる」


 そう告げて立ち上がると、執事は何も言わずに主人のジャケットを用意し、静かに頭を下げた。

 

 ――主人の向かう先など、とうに決まっているのだから。


END.

※今作品はこちらで完結です。


最後までお読みいただきありがとうございました!

楽しんでいただけていたら嬉しいです*( ᵕ̤ᴗᵕ̤ )*


12月24日より、企画に合わせた新作を公開しています。

今度は少し毛色の違うお話になりますが、

もし気になりましたら、そちらも覗いていただけたら幸いです。

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