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エピローグ〜四木海周という男〜

小さい頃は石橋を叩いて渡らない。

気づけば、石橋を叩かずに渡るようになっていた。


荒天ながらも他者よりもおもしろい人生だ、と自己肯定できる。

父親の仕事の都合で数年ではあるがシンガポールの学校に通い、日本に帰ってきてからはサッカーの名門高校、神奈川のT学院に通い、サッカーに明け暮れていた。

学内での成績も悪くなく、ストレートで名門大学のC大の法学部に通うことになった。

大学ではサッカーはお遊びになった。

学友と集まり、フットサルをする程度にまでなった。

やがて、"メダカ"に出会う。

C大から特待生の称号を得た後、郵送で大手広告代理店のD社からQRコードを受け取った。

偶然、これを受け取った同期の田辺という男と一緒に"メダカ"に入ることになる。

最初はただ"めだか"を放流し、定着させるだけのサークルだと思っていたが、すぐに内部の政治とシステムを理解した。

複雑な内部事情を淡々と見ることで学び、簡単に立ち振る舞うことができた。

体格と顔立ちには恵まれていたし、すぐに女性の先輩の方から擦り寄ってきた。

好気は逃さなかった。

すぐに1人に体を預け、簡単にノウハウを得ることができた。

このノウハウにも種類があることを知り、すぐに他の女性の先輩にも体を預けた。

快楽は得られるし、心地の悪いものではなかった。

男からの誘いは全て断った。男には興味がない。

田辺は全てを受け入れるべく、全ての誘いに乗り、情報のガチャを回し続けていた。

そのおかげで俺も"メダカ"という組織を理解し、"めだか"の放流の効率の良いデータを自分で築き上げ、こちらから発信していくようにできた。

簡単だった。入試での上位10%になることより、このサークルでの上位10%に入ることの方が楽だった。

二回生の頃にはもう上位にいた。

そのため、男も女も俺に擦り寄ってきた。

酒の味と、向き合い方も一回生で理解できた。

そのテクニックのおかげで、この地域の"メダカ"では一通り名を馳せた。

余裕だった。これで就活も楽に終わらせることができる、そう思った。

だからこそ、古本屋でのバイトは楽勝だった。

"メダカ"でのノウハウは様々なところで応用が効いた。

立ち居振る舞いは周囲から「見事」とあっさり評価され、何もかもが自信に繋がっていった。

そこで恋人もできた、アルバイトとしてのランクも学生では到達できないようなランクにまで上がった。

ただ、恋人とはうまくいかなかった。

付き合っては別れ、を繰り返したおかげでやや立ち位置が悪くなってしまった。

それ以外は順調であり、四回生の頃には俺を中心に回っていた。

何もかもが心地よかった。

一つ仮面を被って活動することで、『この人は誠実だ』と思わせることができた。

この支配感と人気は、簡単には味わうことができない。

酔いしれていた。


D社の内定も、ほとんど決まっていたが、記念に、経験として、一般の就職活動もこなした。

志望した会社はどこも最終面接までいき、ふざけた態度をとってみたり、何を聞かれるんだろう、とワクワクしながら面接を受けていた。

10社最終面接までいき、8社受かった。

伝わりそうな奴にだけ"メダカ"の話をした。

すると目の色が変わってすぐに内定を、とその場で採用通告する会社もあった。

チョロい、そう思う他なかった。



まだ精神的にも肉体的にも幼い頃にシンガポールへ連れて行かれた。

学校での周囲との別れを、特に何も感じなかった。

明日にはこの泣いている人たちのことは忘れているだろうな、そう思った。

なぜ泣いているのかわからなかった。

シンガポールでやるべきことは、まずは英語を学び、使いこなすことだった。

当然すぐに話せるわけではなかったので、単語を紡ぎ、さもスマートな英語話者かのように振る舞うことで、英語も簡単に習得することができた。

コミュニケーションとは、ということをここで学ぶことができた。

かなり捨て身で、体当たりで、言語の壁を突破した。

そのあとは楽だった、周囲との差を感じ始めたのはここからだった。

自分ならできる、と意識づけができたのだ。


また、程なくして日本へと帰ってきた。

編入という形ではあったが、日本の高校に入ることができた。

そこでもすぐに周囲と馴染んだ。

馴染むまでに時間がかかる、という人の感覚が全くわからなかった。

サッカーが好きだった。ポジションはどこでもよかった。サッカーがやれるなら、どのポジションでもこなす。

唯一、ゴールキーパーだけはやっていて難しい、と思った。

神奈川のT学院といえば強豪校だ。

簡単にレギュラー入りするのは難しい。

少し苦労したが、体格に恵まれていた上にどのポジションもこなすことができたため、ベンチとレギュラーを往復していた。

後ろのポジションで冷静に、かつスマートに相手からボールを奪うのは心地よかった。得点できると思い込んでいる相手に絶望感を与える、これが快感だった。

中盤のポジションなら、自分が思う通りに周囲を動かして、点に繋げる。

守備をして、ボールを動かして、ゲームの流れを決める、

攻撃のために鋭いパスをフォワードに入れ、点を決めさせる。これは少し不快だった。自分ならもっとうまくやれる、と思いながらフォワードにパスを出し続けた。

自分での得点が生まれるのはとてつもない快楽の一つだった。自分で決めた時は尚更。

一番前のポジションになった時には、ポストプレーや裏抜けでチームになくてはならない存在であると見せつけることができた。

とにかく、勝つことにだけ集中していた。

負けるという感覚もまた、わからなかった。

勝者のメンタリティのある高校だった、更に野心家になれる、勝利に渇望する。

必要であればダーティなプレイだってする。クリーンなプレイだけでは勝つことができない。それを精神に叩き込まれた。

相手にとって脅威であり続けることが、何より興奮で、快感だった。



C大学への入学が早々に決まり、暇が生まれたことで古本屋でのバイトを始めた。

特に理由はない。家から近かった、それだけだ。

それに、給料がランク制というのもおもしろそうだったから入ったのだ。

労働した分だけリターンが大きくなるのであれば、ランクアップを目指す、それだけだった。

簡単だった、大した企業ではない。

大人たちも俺を見る目があった、それに尽きるだろう。


大学に入学してすぐ、私学連盟のような機関から"メダカ"の招待状が届いた。

特待生のみ秘密裏に送られるようだった。

口外は禁止、それ以外はシンプルで、大手広告代理店D社への招待状だった。

QRコードを読み取り、応募する。

それだけでよかった。

D社自体には大して興味がなかった。

就活の手間が省ける、入会した理由はそれだけだった。

勝つことには飢えていたが、楽な道があるのならそれでいい。

そう思ったが"メダカ"での競争は熾烈だった。大体が同じ思いで活動を始めているのだ、バイトと並立していくのは難しいかもしれない、と初めて弱気になった。

だがそれが逆に火をつけた。

どちらも上位に登りつめる。それが快楽だと知っていたからだ。

二回生のころ、上位に駆け上がった暁には様々な快楽が待っていた。

肉体的快楽、精神的快楽、周囲を支配できる快楽、いずれもが俺を酩酊させるほどに心地よく仕上げてくれた。

"メダカ"はシステムを理解してしまえばとにかく楽だった。

そう、グループで出会った田辺も手段を選ばない男だった。

田辺が得たノウハウと俺が得たノウハウとを掛け合わせれば、何もかもがうまく進んだ。ツーマンセルで十分だった。

とにかく物事はうまく進んだ。

それと比例して俺の人徳、評価も鰻上りだった。

女にも困ることがなかった。矢継ぎ早に様々な女が手に入った。

古本屋でも、"メダカ"でもどこにでも代わりはいた。

唯一落とすことができなかった、ミナという女は、未だに忘れることができない。

初めて自分の手で得られなかった存在として、よく後輩と酒の席での一つのネタにしていた。

その後輩はよく俺を慕っていた。

純粋過ぎて柔い、そんな印象だった。

そんな彼がある日突然髪型を変えて来た時には腹を抱えて笑った。

あまりにも似合わなさすぎる滑稽さと大学デビューしようともがいている様がユニーク過ぎて俺のツボにハマった。

更にその後輩は下戸で、ビールを半分まで飲んだあと顔が真っ赤になる。

それがおもしろすぎて、酒を煽り煽り、とにかく飲ませた。

それでも後輩は俺を慕った、不思議な奴だ。


"メダカ"も順調だった。育成データも、河川に定着するかも、手に取るようにわかり、近隣の川と隣町の川はテリトリーになっていた。

それに負けじと顔を真っ赤にして活動を続けるグループを嘲笑いし続けていた。

これも心地が良くて仕方なかった。


学内でも簡単に馴染んだ。代返もグループ内でうまく調整し、ノートや過去問を共有することであっさりと単位はとれた。

何もかもが順風満帆だった。

三回生の後半にはもう大学に通わなくていいほどの単位を取得し、バイト内では最高ランクに辿り着き、"メダカ"の活動も終え、D社への内定が出た。

それに加えて遊びで就活生ごっこをした。

内定も8個あり、持て余していた。

まあ、D社に行くのは変わらない。

そう、あの内定後インターンに参加するまでは。



似たような振る舞い、似たような笑い方、誰もがわかってる風で、俺もその一部でしかなかった。

不快だった、自分のコピーが何体もいるのだ。

それでもインターンで結果を残したのは俺だった。当然だ、こんな奴らとは格が違う。俺がオリジナルで、周りはコピーだ。

そう思っている奴がゴロゴロといた。

不快だった。

加えて、デスクワーク。これまでのアクティブな活動から急にデスクに移ったのだ。ジッとしていられるはずがない。

俺はアクティブに活動したい。

ここまでの荒れた道筋の行く末がこんな形になるとは思ってもいなかった。

田辺も同じように思い、不快感と抵抗感しかなかったと言っていた。

体を預けてまで辿り着いてきたこのゴールが、あまりにも薄暗くてイライラした。

そして思い知らされた。"メダカ"で活動してきたことは内申点を上げるだけの行為で、この社内とはほとんど無関係だったからだ。

"めだか"を放流するときのようなゾクゾクは感じられない。インターンの一日目でもう既に飽きが生じてしまった。

一週間のインターンを、ただ惰性で、流れるがままに終わらせた。

こんなにつまらないことはない。

インターンを終えてすぐに俺は内定を蹴り飛ばした。

どこまでもどこまでも遠くへ行くように蹴り飛ばした。

数字よりも演出力、成果はどうでもいい、そんな風に感じた。

勝ちにこだわってきたが故に、この不快感から抜け出したかった。充足感からはかけ離れ、従属や搾取に回されたことがよくわかった。

相手にもならないような奴らと今後仕事をして、何か満足いくことができるだろうか。そんな未来は一週間では見ることができなかった。

勝負事から離れよう、そう決意した。

親からは内定を蹴った話をしたら呆れられた。なんでそんな時間を犠牲にしてまで登りつめたんだ、と冷静に叱られた。

しかし、合わなかったのだ。

どうしようもない、人生は長い。

ほんの4年間くらい、すぐリカバリーが効くと思った。

ミナにも振られ、人生で味わったことのない喪失感を味わった。

インターンからの帰り道、ミナに似た女が広告に映っていた。

別人とはわかっていながら、足を止めた。

もう忘れよう、昔の女だ。

D社は国の半分を握っている、国に搾取されるくらいなら、自分の帝国を作ることのほうが優先順位は高いと思った。

そんな時、古本屋の同僚の仲村からフィリピンの話を聞いた。

コンサルと、銃や薬の密輸と販売をする、そんな話だった。

最初は驚いたが、自分でできる、その危ういラインを攻めることにとても魅力を感じた。

躊躇いはなかった。すぐにその話に乗り、仲村と協定を結んだ。

俺がフィリピンで活動しながら、銃や薬の副業に携わる。これが魅力的だった。

抵抗はなかった、むしろおもしろいとまで思った。

フィリピンなら英語が通じる。

貧困層から、支配層まで混じり合う、特異な国家構造、ここで帝国を築こう。

そう思った後は早かった。

パスポートは持っていた。あとは就労ビザを獲得するだけだった。

それも、アッサリと手に入った。

フィリピンでは日本の善悪が交渉の一手にすぎない。

そこでなら、自由にアクティブに動き続けることができる。そう思った。

仲村は副業で時計の電池交換や時計の転売を行っていた。指先を使う作業が得意なため、解体されて日本に届いた銃を組み立てるのは朝飯前だった。


そして、フィリピンに旅立った。

ボロアパートの一室を拠点とした。

コンサルもやりがいがあった。我ながら上手な立ち回りができたと思う。

銃、薬、それも簡単に送ることができた。

それだけでは物足りなかった。

サッカー教室を開いた。孤児向け、貧困層向けのサッカー教室を。

それも順調だった。好きだったサッカーに携わることができて嬉しいとまで感じた。


同時に、仲村から臓器販売の話もあった。

貧困層は金が入るから、と嬉々として臓器を提供してきた。

どうせ誰かがやるなら俺が合理的に最適化するほうがマシ、とまで思った。

買う側を支配すれば、救われる命もある。


サッカースクールでも、その話が上がった。

ただ子どもたちにそういったことをやらせるのは抵抗があった。児童売春の話も上がったが、それも遠慮した。さすがに良心が痛んだ。


フィリピンで、ミナによく似た少女がいた。

その子には手を出さなかった、他者に触れされることはなかった。

「この子だけは趣味で付き合わせてもらう」そう思った。


また、フィリピンにまで古本屋の女の後輩がきた。"メダカ"に関心があるようで、わざわざこちらまで出向いてきたとのことだった。

一晩泊め、ワンナイトがあった。

対価として"メダカ"の情報を提供した。

やりたいならやればいい、わざわざ俺に頼まなくてもいい、と思った。


スラム街でサッカーを教えている時は、英雄扱いされた。

これが最善だ、銃も薬も、正直どうでもよかった。


銃は国内でも売ることができた。

自分が手を引けば多くが死ぬ。

酔いしれていた。

自分が支配している感覚に。


フィリピンは満喫した。

豚の脳を食べたり、羽化する前の鳥の卵を食べたり、銃を撃った。

銃を撃った時、鼻で笑ってしまった。

こんな簡単なものなのかと。

ある日、臓器売買としてのドナーが倒れ、死んだと教えられた。

俺が一人殺めてしまったのだ、そう思った。

手を下した、汚した。

自分のやるべきことが一つ明確な理由として否定されたような感覚だった。

この手を直接下さずに殺してしまった。

儲かったが、なにより罪悪感が残った。


そう思った矢先に、田辺から連絡があった。

「"メダカ"はもうダメだ。対抗勢力を作ろうと思う」

「何すんだ対抗勢力で」

「銃を使うことで、抑止力になるし、何より報道されたときのインパクトがすごいはずだ、今、銃の販売してるんだよな?こっちに加勢してほしい」

おもしろいな、と思った。

フィリピンでやれることはやった。

悪いことをした自覚もある。

"メダカ"にもD社にも関心はなかった。

金になればいい、そう思い、日本へ帰国した。



2年半ぶりに帰国し、サッカーをやるには少し歳を重ねすぎてしまった。

今からJリーグを目指す、というのは現実的ではないので断念した。

だが、代わりに、ビーチサッカーというものを知れた。

競技人口も少なく、プロになれた。

ただ、都内ではあまりに壁が厚すぎた。

もう少し、競技人口が少ない地域を探しているうちに、宮城県のクラブと出会った。

そこから斡旋してもらい、クラフトビールの法人に勤めることになった。

ビール好きとしては願ってもない、好都合だった。

宮城までの移住費が問題だった。

そのため、元いた古本屋にアプローチをかけてみたところ、即採用された。

1からの出戻りだが、そこで、ビールを半分で顔を真っ赤にする慕ってくれる後輩と再会した。

もちろん、ミナもいた。

こちらに興味がないような素振りを続け、次第には二回目の告白も断られていた。

流石に落ち込んで、公園のベンチで座り込んで酒を飲んだ。

金が稼げればいい、そう思いビーチと職場を往復した。

仲村とも、未だに銃のルート探しを行いながら計画を進めていた。

充分に金が貯まったので、すぐに移住を決めた。

田辺からは宮城での"タガメ"の統括を任された。

特に抵抗する理由もないので、おとなしく受け入れた。ただ、本腰を入れるつもりはなかった。銃を"タガメ"に販売する、それだけのつもりだった。

しかし、田辺はもう既に自分を見失っており、盲目的に俺が"タガメ"に入会したと思い込んでいた。

このまま泳がせておこう。ドンパチに巻き込まれるのはごめんだ。


宮城に移住した。

震災の被害はいたるところに残っており、どこか感傷的になってしまった。

そんな中で、明るくビールを作ろう、という心意気は心地よく感じた。

勝負の世界から離れることができるのだ、マイペースにできる。これでいいんだ。

宮城での復興の一助に、俺という人間の再帰を重ねながら、また軽快に働こう。

そう思った。

何度も何度も瓶詰めと、樽の洗浄、発送、県内での営業、半袖ハーフパンツで働いても文句を言われない。

給与の話をしてしまえばそこまでなのだが、それでも楽しく続けることができた。

それでいて、"タガメ"へ銃を提供し続けるサイクルは回り続け、副業の方が稼ぎになっていた。

全国各地の"タガメ"に銃を提供するのだから、膨大なマージンを得ることができた。

仲村との折半だったが、それでも千丁以上用意したのだから、手元は暖かかった。

ビールを作り始めてから半年が過ぎた頃、ビール屋はいよいよフェスや地ビールのイベントに行く回数も増えた。

東京へ戻る機会もあった。

実家に顔を出すべく、帰省も兼ねて、東京まで出張した。

そのことを田辺に話すと、ぜひ会って話そう、と声をかけられた。

まあ悪い話じゃない。断る理由もなかったので再会を果たした。


田辺の身長は2m近くある。遠くから見ただけで田辺だとよくわかる。

田辺に「おう」と挨拶すると、酷いクマと、刻み込まれたかのようなシワが増えていた。

「おいおい、同い年なのになんでそんな急に老けちゃうんだよ」

「俺、老けたか?自分じゃわかんねえよ」

「着実におじさんに近づいてる、間違いないね」

「それにしてもお前も肌焼けたな」

「ビーチの上で何時間も練習してて美白な肌の方が不気味だろ」

そう小突きあいながらコックテイルまで歩みを進めた。



乾杯はいつもビールで、オリーブをつまみに食べていた。

「やっぱ大手のビールだよな」

そう呟いた。

音のない店でゴクゴクとビールを飲む音が響き渡る。

俺が誰よりもうまそうにビールを飲む、そう自負していた。

田辺からは"タガメ"の活動について語られた。

やはり興味の湧く内容ではなかった。

辟易とした。柄の部分でガラスを軽く砕いてから撃つ?

派手にやると言っていた癖にはコツコツと地道にやってるじゃないか、そう思った。

「マガジン代も安くないだろ、それに、銃を使ってやることが何よりも効果があるんだ」

「ハンマーとかでもいいじゃねえか」

「話題性に欠けるだろ、派手に、派手にやらなきゃこの国は動かないんだよ」

「そういうもんかねえ」

と、ビールを平らげた。

ギネスがあるのか、ギネスを飲もう。

ギネスをオーダーし、待った。

「宮城の"タガメ"はどうだ、ちゃんと機能しているか?」

「銃は渡してるし、ビールも提供してる、問題ないだろ」

「銃送るたびに自社のビールとセットで送ってくるなって、足がつくだろ」

「それがつかないのが海周さんのすごいところでしょ」

とギネスをグイッと飲んだ。

「"メダカ"にダメージはちゃんと与えられてるのか?」

「ああ、間違いない。河川放流も、"めだか"の作成もどんどんと遅らせることができてる」

もう特段"メダカ"にもD社にも、田辺ほどの熱い気持ちは持ち合わせていなかった。

田辺は搾取された側の人間だ、リベンジに燃えているのもあるだろう。

そうか、と適当に相槌し、話を合わせ続けた。

話を合わせることは特に問題なかった。

田辺も酔いが回り、俺の適当な相槌にもどんどん力が入っていった。

そして俺の手を握り、こう言った。

「お前抜きじゃ"タガメ"は回らない、かけがえのない存在になりつつあるんだ、それをもっと自負してくれ」と熱く語られた。

手を握るな、不快だ。

「ああ、そうだな。"メダカ"がある以上は俺たちが動くしかない、そういうものだよな」

また適当に相槌をうった。

田辺は満足そうに、ウイスキーを飲み干した。


帰りに仲村から連絡があった。

「銃のルートを変えた方がいいかもしれない、一つどこかの国を挟んでからこちらに来るようにしよう」

千丁も用意したのだ、そりゃマークされるか。

そのため、フィリピン直送ではなく、別のルートを用意し、また銃について関わって行った。


宮城からの出張は、もう4日経過していた。

明日には宮城に戻る。一人で店を回すのはやや大変だったため疲れた。

そんな時にまた田辺から連絡があった。

19時、コックテイルで、とだけ書いてあった。業務連絡が過ぎるだろう。

もう少し感情を込めて書けよ、そう思った。

片付けが長引き、19時半を少し回ってしまったところで合流した。

田辺は会わせたい人がいる、"タガメ"に入れたい奴がいるんだ、そう語った。

20時になればそいつがやってくる。

勧誘の補助をしてほしい、とのことだった。

19:55には田辺が店の前で立っていた。

丁寧な奴だよな、そう思った。

20時を回ると田辺が入店してきた。

カウンターじゃなくてテーブルで、と移動をし、また懐かしい顔に会った。

「こちらが会わせたいとお話しした四木さんです」

田辺の後ろからひょいと顔を出した。

「海周さん…?」

馴染みのある声だった。

古本屋で働いていた後輩だ。

社会人サークルなのだからこいつがいてもおかしくない、そう思った。

この優しくて柔い奴を"タガメ"に入れるのか、悪いことを考えるもんだ、と田辺に少し引いた。

「おっ、久しぶりじゃん、何?"タガメ"に入ろうとしてんの?」

と、問うと、歯切れ悪く、そんなところかな、と言い、視線を逸らした。

「あれ、お知り合いなのですか?」

「そうそう、バイトで一緒だったんだよ。コイツの大学デビューの話から失恋の話まで全部知ってるよ」

緊迫した表情で、硬直しているのかよくわかった。これは簡単に勧誘できるな、と確信に至った。


とにかく、会話が弾んだ。

何度も擦ってきたミナの話をし、こいつが二股かけられていたことをいじり、赤面させたり、おもしろおかしく笑ったりした。

いつ"タガメ"の話題になるのだろう、そう思い何度か田辺に視線を送ったが、酔っているのかリアクションがなかった。

"タガメ"参加祝いとして、とこの店で3番目に高い、スモーキーなウイスキーが田辺から奢られた。

奢られた酒は悪いもんじゃない。

美味しくいただいた。

こいつは顔をしかめていた。

そろそろ頃合いだろう、と思い"タガメ"を口にした。

「んで、"タガメ"についてどこまで知ってんの?"メダカ"の話は聞いた?

「おおよそは話したよ。それでいて、多分だけど"メダカ"の詳細ももうわかったと思う」

「はい、"メダカ"についてはもうとことん。頭にきています。後輩が被害にあった、なんとか報復したい、とまで思っています」

ああ、かなりの熱量を持ってここに来たんだな、とよくわかった。

「相変わらずアツいねえ、もうちょい冷静になった方がいいんじゃないの」

なだめる必要もあっただろう。

銃を持つようになるということだ。

「"メダカ"のせいで貞操の危機に陥れられそうになって、彼氏と別れて、あの子は涙を流した、それだけが理由じゃダメですか」

単純でアツくて優しい奴だ、だから搾取されるんだ。

「そもそも、あんたは"メダカ"に入ってなかったでしょ」

"タガメ"に入る理由が軽薄すぎる。

"メダカ"に入ってた奴がこっちに来るのはわかる。だけどこいつの理由としては他者が傷つけられたからリベンジしに入ってくる?納得のつけようがなかった。

「入ってなかった…海周さん入ってたの?」

「俺は入ってたよ、入ってたし、D社まで行った」

話してなかったか、と思ったが口外禁止のサークルだ、俺はそれをまっとうしたと思う…いや、フィリピンにきたあの女は別か。

「そう、いざ入社前のインターンで、座り仕事ばっかりだったから耐えられなくてね、蹴っちゃったけど。周りからは色々言われたから、うんざりしてフィリピンまで行ってコンサルしてた。そっちはあんま座り仕事なかったから相性良かったなあ」

それっぽいことを言った、事実ももちろん取り入れているが、それがこいつにとっては驚きだったようだ。

ジジジとタバコが燃える音、飲んでいたウイスキーの中の球体状の氷がカランと回る音がした。

付け加えよう、銃を扱っている、と言えばこの熱血正義漢は食い下がるだろう。

「だから今、フィリピンでやれることやりきって、宮城でビールお兄さんとして働いて、フィリピンから"タガメ"まで銃を提供するお仕事をしてるってわけ」

「銃…?」

やはり引っかかった。

「うん、ピストル、鉄砲、なんて言えば通じる?火縄銃?」

「いやいや、伝わるよ。そんなことしてるの?」

顔が青ざめていく様は、また滑稽で、笑いそうになってしまった。

「人を殺そうというわけではありません…」と田辺が語った。

「ハンマーなどで代用できないのですか?」

明らかに焦っている様子だった。

銃が良いのだ、と田辺は口にした。

「ま、こうは言ってるけどさ、俺はハンマーでもいいと思ってるよ」

「そこが甘いんだよ…」と田辺は俺を制止した。

まあ、なんにせよ、だ。

「俺は儲かるからいいんだよ、それでまた美味い酒が飲める」

ウイスキーを飲み干し、マスターにギネスを注文した。

まあ、ようはこの熱血漢を陥れれば良いわけだ。

「俺も、"メダカ"は正直言っていい思い出はない。それによくないことをした覚えもある。ラッキーと思うこともあれば、これは良くないなあ、と思うこともあった。できることなら、必ずあの会社は痛い目にあわなければならない、と思う」

こう言えば揺らぐだろう。

ギネスはすぐに来た。ナイススピード!と親指を立てマスターに礼を述べた。

そろそろ畳み掛けるか、と思い発した。

「好きな人が泣かされた、それだけで動くのも悪くないと、俺は思うよ。動機がどうあれ、俺はお前がこっちにいるのは心強い。その分、活動しやすくなる、冷静でホットな奴がいるってのはチームに必ずよく作用する」

チームには一人いて欲しいタイプだ、嘘は言っていない。


それからは彼の身の回りの話をした。

石鹸、マイク、それにこいつが傾倒している女への出来事。

少し苦い顔をした。俺らにもあったな。

と、田辺と話した。

だが俺はそれとは縁がなかった。

そこだけは徹底しようと思っていたからだ。

「では、あなたは"タガメ"の一員として今後我々の活動に参加していただく、それで良いですね」

「はい、それで結構です。お力添えができれば、と思います」

すると、田辺はカバンをごそごそと漁り、書類をテーブルの上に載せ、見せた。

名前と指印が押してあり、傘連判状のような体裁になっていた。

それをしちゃうと、元に戻れなくなるぞ。

と思ったが言わなかった、こいつの人生だ、こいつが決めなければ意味がない。

もう、言われるがままだった。

固い決意があるわけでもなさそうだった。

巻き込まれている、そのように見えた。

その後彼はよろよろと歩き、代金を置いて帰ろうとしていた。

代金はいらない、と田辺が断り、俺も金を出すのか、と思った。


「うんうん、有望株が入った」

田辺は満足そうに残ったウイスキーと、彼が残して行ったウイスキーを平らげた。

「俺は知らねえからな、そのウイスキー代も払わねえぞ」

「ケチなこと言うなって、儲かってんだからほんの3000円くらい出せるだろ」

タバコに火をつけ、田辺は煙を吐き出した。

「一応スポーツ選手なんで、タバコはお控えいただけますか?」

と冗談まじりに言うと田辺は確かに、とすぐに火を消した。

コイツも真面目なんだよな、と思い出した。

明日にはまた宮城へ発つ、深酒はやめようと思い、勘定するように促した。

外は変わらず寒かった、宮城より寒いんじゃないか?そう思った。


一人沼に沈めた、マージンもきちんと出るそうだ。少し気の毒に思ったが、優しすぎるのがいけない、優しすぎるというのは罪深いものだ。

そこにつけこまれる。簡単に、情に絆される。

ある意味では、また人を殺したのか、とも思った。

今回は直接的に手を下した。

用意していた銃をビールと一緒に送ってやらないといけない。仕事がまた増えた。



宮城に帰るなり、雪に出迎えられた。

迷惑な話だ、小さい頃は降ったらすぐに外に飛び出していた、あんなに嬉しかった雪が、今じゃ早く溶けてほしい、と願うほどに面倒なものになっていった。

これが、大人になっていく、ということなのだろうか。冬のビーチは寒い。


田辺から、一度彼を試す、といい活動に参加させたという連絡が来た。

もう元には戻れないね、と残酷にも思った。自分が落としたというのに。


何日も経ってようやく田辺から彼に銃を送るよう、指示があった。

だが、まだ迷いがあるようなのでマガジンは送るな、とも指示された。

手書きのメモを添えて送った。

『一つ、彼女を傷つけた復讐の第一歩を贈らせてもらった。マガジンはまだ渡すには早い、と田辺と相談したので、これだけ贈る。くれぐれも使い方は誤らないように。宮城のビールお兄さんより』


これであいつが躊躇えば、俺は人を沼に沈めたことにはならない。

どこか、贖罪になればいい、と考えていた。

ただ、あいつのことだ。その場の空気に飲まれて銃を使うだろう。

使ったらそれまでだ、形がどうあれ、"タガメ"の破壊行為に参加したことになる。

そうなってしまったら、俺はもう関係ない。

瓶詰めを終え、宅配に周りがてら"タガメ"の方に顔を出さないといけない。

これが億劫だった、これだけサークルの規模を拡大させたんだからいいだろう。と、思った。


宮城にも"メダカ"の連中がいる。いるからこそ"タガメ"もいる。

俺は面倒だったので、東北の"タガメ"はリーダー制を導入し、活動プランや実際の破壊行為を全て任せきり、報告だけもらうようにし、アイデアをくれ、と言われれば適当なことを伝えた。

それに納得するかのようにこいつらは活動を続けた。

「馬鹿だなあ」

と、車内で一言呟いた。

どんな奴にも一つしか人生はない。

そこを踏み違えた連中には何か必ず制裁が下される。

フィリピンでの俺の行いから、そんなことは百も承知していた。

ドナーが死んだ、もう手を汚しているのだ。

それをまた、自分以外の手を、血の入ったボウルに入れさせ、汚した。

罪の意識はあった。こんなことをするのは馬鹿げている。

一つの人生という大きな川の流れの中で流される奴は流されて、角が取れて丸みを帯びて行けばいい。

帝国を築いた俺としては支配する側にいることに今も変わりはない。

実際、"タガメ"の大願成就の一助をしているのだから、俺次第ではどのようにも動かすことができる。


田辺から、あいつに銃が届いたと同時に退会を求められた、と言われた。

おお、そうか、良心が痛んだか、と納得したが、田辺の詭弁に流され、次の活動で実際にマガジンを渡す、と報告された。

やはり田辺はあいつを手放さなかった。

それはそうだ、あんな扱いやすいコマはそうそういないだろう。

あいつがマガジンを手にするのだ、終わったな、あいつ。

やはり、沼に沈めたのだ。

支配してしまった世界の中で純粋な人間一人を確実に、かつ残酷に、闇の世界に引き摺り込んだ。


女を抱きたいな、と思った。

快楽で脳を支配したい、そう思った。

ただ行動には移さなかった。

面倒で、億劫だったからだ。

やることなすこと全てが血とホップの匂いでやる気を削がれているのだ。

そう思った。


それから数日も経たないうちに、あいつが銃を撃ち、大笑いしていた、と報告があった。

あいつというおもちゃを沼に沈めて、壊した。

あれだけ慕ってくれた後輩を。

俺の贖罪としての銃が、あいつの人格を変えたのだ、少しやるせない気持ちになった。


いつも通り、樽に材料を入れ、水を入れ、作ったビールを瓶に詰め、全国各地に配送したり、営業先に届けたり、地元でのボランティアに励んだりした。

支配も搾取もない、ただの円環の中にいた。

そこにアクセントとして銃がある、薬がある。

そんな日々を、淡々とノルマのようにこなしていった。


またいつも通りにビールを作っていると、仲村から電話が来た。



「ルートの変更に、他の雑務までやってもらって悪いね」

「いいよそんなこと、簡単だし、金になるし。何一つ問題はないはずよ、どしたの」

「それがね、ちょっと深刻な話なんだ」

「情報が漏れたとか?あ、それともクソでも漏らした?」

「俺にオムツは必要ないよ、大人なのでね」

「大人だっていずれはオムツ履く時がまた来るだろう」

「そんなのはどうだっていいんだよ」

と、仲村は間を置き、続けた。

「"メダカ"…というかD社から接触があった。銃を提供してほしい、ってさ」

"タガメ"の行為にようやく抵抗をしようというのだ、これはこちらの動きに気づいてのことなのか?だとすると厄介だ。

「俺らが"タガメ"に銃を流してることがバレたってこと?」

「いや、どうやらそうじゃないらしい。フィリピンからの輸送ルートで辿ってここまで来た、"タガメ"からじゃない」

思っていたよりヤバい方から辿られていたらしい。D社のことだ、俺にも監視を未だにつけていたのだろうか、抜け目ない。

「そんで、かなりいい条件でオーダーが来てる。"タガメ"の3倍は儲かる。"タガメ"のお兄さん次第だけど、どうする?」

D社に悪い形で目をつけられてしまっては、おそらくだがこの国ではもう悠々自適に生きることは不可能になるだろう。

また支配下に置かれるのか?

いや、そんなことはさせない。俺たちがD社を手玉に取って、何もかもが馬鹿げた行為だったのだ、と思い知らせてやろう、と思った。

「その話、乗ろう。だけど、それで終わりにしよう。仲さんは住所変えて、今まで通り古本屋で働いていてほしい。多分俺の方に国かD社が絡んでくるから俺は今回のマージンで海外飛ぶわ」

簡単にプランが思いついた。

この国の警察も公安も、足が遅い。

俺に追いついてくるには少し物足りないだろう。

スピード感が大事だ。どうにかして振り切れれば、"メダカ"と"タガメ"の両者を沈めることができる。

「すぐに銃を用意するよ、何丁必要なの?」

「300くらいって言ってたかな、それくらいなら俺もすぐ組み立てられるし」

「いや、400にして色をつけてもらおう。そんで、こっからは二人の話。俺は正直言って"タガメ"も"メダカ"にも辟易してる。うんざりだ、両者を同時に表の世界に引き摺り出す。そんでD社のことも暴露、"タガメ"と"メダカの両方をメディアで取り上げてもらってトドメを刺す」

「過激だねえ、まあ俺も金さえ手に入れば、なんだっていいんだけどさ、俺も足跡つかないようにしないとね」

「そう、だから出来上がった銃を宮城から"メダカ"の本部まで直送する、って伝えてほしい。それで本部の住所を聞き出して、両方ともぶつけ合う」

カオスを巻き起こして、こちとらトンズラすればいいのだ。楽勝だ。勝ち筋は見えたが、あと一歩が思いつかない。

「ビールのお兄さんは過激だねえ」と仲村は笑った。

「まあなんにせよ、交渉は俺が終わらせて、銃を用意すればいいだけってことね」

「そう、仲さんはそれでいいよ」

「わかった、じゃあそんな感じで、よろしくね〜」

手筈が整った。

田辺は"メダカ"を地上に釣り上げたい、ならその手伝いをしよう。お前という闇と一緒に、表に晒されればいい。

俺の知ったことじゃない。この汚れさせてきた手で、もう一度自分の手を真っ黒な血溜まりに漬けて、この国にいることも終わりにしよう。

このカオスを俺の支配下に置けば、金が入るし、何より鬱陶しい二つを同時に排除できる。

どうしたものか、と考えているうちに仲村から、"メダカ"の本拠地の住所が送られてきた。

H市に本拠地はなかったのだ、驚きだ。

そして計画を思いついた。

"メダカ"の連中に、"タガメ"の襲撃がある日を伝える。

それまで、田辺たちが乗る車の特徴を告げ、周辺を注意するように促し、それを見つけたらなんとかしてそいつらに事故を装って車をぶつけさせる。

きっと田辺たちは衝突後"メダカ"の本拠地に向かうだろう。

そこには、聞いていた襲撃とは違うタイミングで"タガメ"が突入してきて"メダカ"側は困惑する。

聞いていた話よりも早く襲撃が起きたぞ、と混乱に陥る。

こうするときっと発砲の応酬になるだろう。

それでいて、それでいてどうする?

それだけでは簡単に暴力団同士の衝突だった、のような形での報道になるだろう。

それは田辺の望んでいる形ではない。

田辺の計画に寄り添った形で、彼の最期を迎えさせてやろうと思った。

国だ、国を動かそう。そう思い、警察・公安への匿名通報をした。

お互いがおっ始める時間の1時間後を、襲撃と衝突の発生後を、公安の突入で全て終わらせる。


シナリオは整った。

あとは田辺に本拠地の所在を告げ、周辺の"タガメ"の連中を集めさせて一斉にトドメを刺す。

これでハッピーエンドだ、潰しあえ、殺しあえ、終わらせろ。


"メダカ"、"タガメ"そして公安、全てに誤った情報を流した。

これで大団円だ、それがあと一週間後にある。それまでに、俺の支度も済ませなければならない。

再起として、安寧の地としていた宮城を発つのはやや抵抗があったが、管理下として追われ続けるのは不快だ。

どこか遠くへ、行かねばならない。


田辺からはすぐに連絡が来た。

チャットではあったが、嬉々としてチャットしていることがよくわかった。

これで終わりにできる、と一文にあった。

ああ、そうだ、これで歪んだ形のものが二つ同時に消え去る。

お前の望んだ通りだろう。と、思った。



全ての情報を流し、"メダカ"も"タガメ"も公安も所定のスタートラインに立ってもらった。


俺の身支度は簡単に済んだ。

持っていくものは少ししかなかった。

車に詰め込んでしまえば、あとは終わりだ。


最期は見送ろう、と思い、荷物を全て車に詰め込んで東京へ向かった。

ついでに実家に顔を出した。

また海外行ってくるわ、と告げると家族は納得してくれた。

禊は済ませた。

あとはM市まで行き、ドンパチを遠くから眺めて終わりにしよう。そう思った。


また、ミナに似た女の広告があった。

どうしてもよぎってしまうなと思った。

これともすぐにお別れだ。


後輩のあいつは、このドンパチに参加するのだろうか。伝えるべきか悩んだが、自らで選んだ堕ち方をした。俺がこれ以上何かに干渉する必要はない、必要はないのだ。

銃を撃って、自らの手を汚すだろう。

哀れだが、どうしようもない。

一人の女のリベンジのために銃を取ったのだ、そこが瓦解してしまえば、もう元の日常に、『いつもの』日常には決して戻れないだろう。

あの熱血正義漢はここで命を落とすのだろう。気の毒なものだ。


少し迷ったが、余っていた薬を混ぜ込んだタバコを吸った。

最初は咽せたが、すぐに慣れた。

確かにこれは慣れてしまえば気持ちの良いものになるな、と思い二本目を吸った。

新しい快楽を手に入れたな。

確実に体へ悪影響があるこのタバコは、確かに中毒性がある。

フィリピンから送られてきて、これを堪能する奴がいるのだ。

贅沢な奴らだな、と思った。


結局俺が用意したこの国の箱庭はよりリアルで、実体的で、特撮モノに出てくるジオラマのようだった。

これを覗き込むように支配していたのだ、そう思うとやはり愉悦感に浸ることができた。


"メダカ"と"タガメ"の衝突の時間が迫ってきた。そろそろ動くか、と思い車を出した。

古本屋の横を通り抜け、感傷的な気持ちに浸った。青春だったなあ、と。

また一つ大人になったのだ、こればかりは仕方ない。


M市に着き、教わった住所に向かう途中だった。パーキングエリアでぐしゃぐしゃになった鉄塊二つを見た。

血が流れており、周囲はそれを眺めていた。

傍観者たちにはいつも呆れる。

どのような人生を歩んできたら、自分の人生を主人公として歩むことができないのだろう。

あの鉄塊はもう"メダカ"と"タガメ"の衝突であることはわかっていた。

ここまではプラン通りだ。

他の出来事も順調に進んでいてくれよ、と車を走らせた。


すると、音楽をかけた車内でもわかるほどの銃声が聞こえてきた。

予定通りに物事は進んでいるのだ、よかったよかった。

これなら公安より先に警察が来るかな?

そう思うほど雑多な銃声が鳴り響いていた。

近くで見ておこうか、とも思ったが、玄関も開きっぱなし、雨戸は壊され、割れた窓と倒れているかつて人だったモノ、怒声のマリアージュ、近寄ったら巻き込まれるかもな、と思ったので目的地からは少し離れたところで車を停め、自分が産み出した戦場を眺めていた。

30分も経つと、一人、血まみれの奴が叫びながら走って行った。

その後ろ姿は、よく見たことがあるあの後輩であることがわかった。

耐えられなくなって逃げ出したか、そう思い、呆れた。

お前の大義名分はその程度のものだったのか?チンケな奴だ。

そんなところで優しさを見せたところで、もう誰も手を差し出さないぞ、馬鹿だな。


4〜5分経って、警察と公安が到着した様子だったので、俺も車を出した。

遅いよなあ、遅い。シナリオ通りに全部が終わりそうだ。安心した。

そうして少し車を走らせると、デカい公園があったのでそこで一服しようと思い、車を降りてみた。

すると、項垂れた頭と薄着の小さな小さな生き物を見つけた。

野良猫の方が綺麗なほど、汚れたあいつだった。

生き残ってしまったのか、哀れだな、と思い彼に近寄って行った。


コイツはびしょ濡れだった。

あの小さな蛇口で血を洗い落としていたのだろう。

近づくにつれ、血の臭いがした。

不快な臭いだ、哀れな汚れたコイツを部屋まで戻してやるのも味かな、と思ったので声をかけた。


「おう、乗ってけよ」

「…んで、なんで海周さんが?」

あの団体の中に俺がいなかったことを不思議がっているのだろう。汚れのない俺を見て、こいつは口がポカンと開いていた。

間抜けヅラだな、惨めさまで感じた。

「あんなのには参加はしないさ、俺はたまたま宮城から戻ってきてるだけだし、こうなることはわかってたからね」

ここまで堕としてやったのだ、少し優しくしてやってもいいだろう。

胴に腕を回し、立ち上がらせた。

さて、なんて言うかな、本当のことも言ってしまおうか。

「公安もこのタイミングを狙ってたんだろうな、"メダカ"にも"タガメ"にも内通者がいたんだよ」

ただでさえ顔が歪み、青白くなっていたのにも関わらず、さらに青ざめ、絶望した表情で言った。

「まさかアンタ、どっちにも付いていたってこと…」

気づいた気づいた。あれだけの状況下にいたのに頭を回転させたのだ、褒めてやりたいくらいだ。

「そうだよ、どっちにいたって俺は儲かる。俺に損はない。それでいて"メダカ"から接触してきたんだ。"タガメ"なんかよりいい条件で売れたしな」

死んでいた表情に、怒りに満ちた表情を重ねて浮かべていた。

すると、体を止め、立ちながら嘔吐した。

あーあ、また汚れちまうよ。

汚えな。

「拭いてから車に乗れよ?って言ってもタオルなんか持ってないか、このティッシュで拭くんだぞ。大人はポケットティッシュの一つくらい持ってるもんだ」

キッと睨みつけられた。

なんだよ、そんな表情もできるのか。

そんなになるなら、簡単に反社会勢力に参加なんかするなよ。

「おお、怖い怖い。まあまあ、いいから車乗れよ、部屋まで送ってってやるよ」

背中を押し、無理やり助手席に押し込んだ。

シートベルトをする余裕すらなさそうなのでそこまで面倒を見てやった。

そうして、車をコイツの部屋まで走らせることにした。


「D社に頼まれて銃を送ったとはいえ、俺のケツなんか拭ってくれないだろうな。騙したし。今後はどうするかなあ、次はベトナムでビールでも作るかな。それがいいな」

適当に口を動かした。

コイツの顔はいつまでも青ざめたままで、また今にも吐き出しそうな顔だった。

ガタガタと音が聞こえるくらい体を震わせ、カチカチと歯を鳴らし、手を強く握りしめ、血が流れていた。強く爪が立っていたのだろう。

膝はダッシュボードを揺らし続け、ナビ代わりに置いていた携帯が落ちた。

それを元に直しながら、話をしてやろうと思った。

「おーおー、そんな震えんなって。タバコ吸っていいよ、窓開けな」

もう一度この車の中で喫煙したのだ、今さら気にすることもないだろう。

助手席の窓を開けてやった。

ショルダーバッグからタバコを取り出し、火をつけようと難儀していた。

なかなか火はつかず、苛立ったのかライターを足元に投げつけていた。

滑稽すぎて笑ってしまった。

自分のしたことに罪の意識があったのだろう。何をしたかはわからなかったが、大体は想像がつく。

「ほらほら、はい」

とポケットからライターを取り出し、火をつけてやった。

一息吸うと、窓の外へまた吐瀉していた。

コイツからはすごく嫌な臭いが染み付いている。汗に、血に、硝煙の臭い。そこにタバコが加わったらそりゃ吐くか。

また笑った。この小さな生き物はあまりにも無力で、惨めだった。

優しさにつけこまれたのだ、気の毒さも感じたが、説教するように言った。

「お前みたいな冷静でホットな奴がいると、こちらとしては扱いやすいんだよ。簡単に情に絆される。ははっ、誰にでも優しくしてたら上手く利用されるだけだろ。そうならないための手段を取らなきゃ」

と、俺もタバコを吸おうと窓を開け、タバコに火をつけた。

この臭いで吐かれてもまた迷惑だな、と思ったが続けた。

無言が続くのは避けようと思い、適当に喋り出した。

「悩むなー、ベトナムでも行ってビール作るか?それともマフィア相手に銃売るか、悩ましいよな、どっちがいいと思う?」

するとこの小さな生き物はカバンを漁り、銃を取り出し、こちらに向けた。

「…死ね」

また笑ってしまった。運転手を撃ったらどうなるかとか、少しは考えられないのか?

「おいおい、こっちは善意でそれをあげて、お前の言う『報復』の手伝いをしてやったんだぜ?その恩を仇で返すのか?お前の語る正義ってなんだよ」

コイツにはそもそもこの場で俺を撃てるような度胸がないのはわかっていた。

弱々しく、銃口を下げた。

「ほら、撃てない。弱虫、意気地なし、卑怯者」

もう口をダラリと開け、ヨダレは口から垂れていた。

目は明後日の方向を向いており、今にも泣き出しそうな表情だった。

タバコを蒸し、表情を見て笑い、タバコを投げ捨て、窓を閉めた。


田辺がどうなったのか聞いた。

顔だったものは形を変え、地獄まで道案内してやったと言う。

そうか、コイツは田辺を撃ったのか。

おそらく、意図していない発砲だったのだろう。そうでなければさっき俺に銃口を向けた時みたいに銃を下ろしただろう。

この小さな生き物は、その程度の人間なのだ。


部屋の前まで送ってやり、車から降ろした。

「お前がこの先どう生きようと、もう何も言わねえ。けど一つだけ、お前はもう、"あっち"の人間じゃねえ。誰がなんと言おうと、それだけは俺が保証するよ、公安にも掛け合ってある」

フラフラと、ヨロヨロと、階段を登って行った。

さて、この後はどうしたものかな、とまた車を走らせながら考えた。

パスポートも用意してきたし、明日の朝一番に飛行機に乗るのもいいだろう。

問題はビザである。フィリピンでは楽だったが、ベトナムとなるとアテがない。

困ったもんだ、と思い携帯をいじった。

部屋に残してきた防犯用のカメラを覗いてみようとアプリを開くと、部屋の中にはもう複数人がいた。

それでいて、俺のダミーとして置いてきた"タガメ"の人間を取り押さえているのが見えた。

もうそこまで来てるのか、と笑った。

足が遅いと言ったのは撤回しよう。

キチンと仕事をするじゃないか、なかなかやるな。


空港へ向かうにはまたあいつの部屋の方まで行かなくちゃならない。

仕方がないか、とUターンをし、車を走らせた。

車内は酷い臭いで充満していた。

消臭剤を振ったが、効果は望めないだろう。

窓を開け、冷たい空気を受けながら一直線の道をただ走った。

いよいよあいつの部屋が近づいてきたところで、乗用車が一台、あいつのいるマンションに停めてあった。

ドアも開けてあり、県外ナンバーだった。

警察か?公安か?

いずれにせよ気になったので車を別のところに停め、階段を登った。

玄関の扉が開けっぱなしで、中から女の泣き声が聞こえた。

散らかった玄関だった。汚えな、と一蹴し、中に入ると、膝をついて女が泣いていた。

そこには、抜け殻の如く、あいつがさっきまで着ていた血まみれの服があった。

それを見て、あいつが話していた橘という女なのだろうと推測ができた。

腫れた目で、髪も乱れて、スウェットだった。

橘は立ち上がり、泣きながら俺の顔に平手打ちをした。

ピシャリと叩かれた。

「アンタが、四木でしょ」

よく知ってるな、話したんだろうな。

「先輩ともうずっと連絡取れないから、来てみたら、鍵は開いてるし、シャツは血まみれだし、どうなってるの?アンタがここまで追い込んだんじゃないの?」

と言われた。

「追い込んじゃいないさ、自分で堕ちていった。何回か止めようとしたさ」

と告げた。

「あの人、銃を持ってた、変な気を起こしてるのかもしれない、止めに行かなきゃ、止めに行かなきゃ、どこ?あの人はどこ?」

コイツが巻き込んだんだろう、自分勝手な奴だな、と思った。

「さあね、この街好きだったっぽいし思い出の公園でも行ってるんじゃないの?」

「ここから近くて、歩いて行けて、この街を見下ろせる場所、どこ?」

自分で探せよ、とは思ったが情けをかけてやるのも悪くない。

あいつの一部始終を知っているなら、きっとあいつがどんな行動をとるか、お互いわかるはずだ。

「着いてきなよ、多分あそこだよ」

と部屋から動かせた。

ここもじきに公安が乗り込んでくるだろう。あんまり長くはいられない。

わかった、と素直に着いてきた。

疑うこともせずに。だから、支配する側に、トップに立てないんだ。そう思った。

車を10分ほど走らせ、目的地の公園に着いた。

彼女は駆け出し、あいつを探した。

俺にできるのはここまでだな、と思ったので一服し、車に戻ろうとした。

ワッと泣き声がした。

生きていたのか、死んでいたのか、その泣き声ではわからなかった。

俺は、どちらでもいい。


ネットで、ベトナム行きの航空券をおさえた。

あとは空港で一晩を過ごす…と言ってもあと数時間だが。


ベトナム語でカメ(cá mè)は"メダカ"を表しているらしい。

ベトナムでカメのシステムを作って、日本に行きたい技能実習生の育成でもやるか、と思い、残りの数時間を車で過ごした。

箱庭は壊した。また一つ、食物連鎖の上に立つだけだ。


朝陽がのぼった。

じゃあ、行くかな。

この辛気臭い国ともおさらばだ、あばよ、じゃあな。

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