第36話 屋上テラスの告白祭り
夕焼けが、街の屋根を金色に染めていた。
領主邸の屋上――そこは、風がよく通る場所だ。
勇者試験を控え、緊張をほぐそうと集まった五人。
紅茶の香り、焼きたてクッキーの甘い匂い。
……そして、微妙に漂う“空気の重さ”。
「……なあ、なんで全員ちょっと落ち着きないんだ?」
悠真は、テーブルを囲むメンバーを見渡した。
セレナは珍しく真剣そのもの。
リサは腕を組んでふてくされ気味。
クリスティアはいつも通り笑顔……というか、優雅すぎて逆に怖い。
ミリアはというと、紅茶を注ぎながらニヤニヤしている。
「気のせいよ」
ミリアがさらりと言いながら、ティーポットを俺の前に差し出した。
「ほら、ユウマ。砂糖多めでしょ?」
「ありがと……って、いや気のせいじゃないだろ絶対」
「はぁ……誰よ“試験前夜祭”なんて言い出したの」
リサがため息をつく。
「もちろん私」
ミリアは胸を張る。
「だってさ、今夜は嵐の前の静けさって感じでしょ?」
「……いや、“嵐の前”って言い方やめてくれない?」
俺は思わずツッコミを入れる。嫌な予感しかしない。
セレナはそんなやり取りを無言で聞いていた。
夕陽の光が、彼女の横顔を照らす。
その瞳の奥に、何かを決意したような光があった。
「悠真さん」
唐突に呼ばれ、俺はびくりと肩を揺らした。
「え、なに?」
セレナは椅子から立ち上がり、真っ直ぐに俺を見る。
その姿勢のまま、淡い笑みを浮かべて――。
「……雨の日のこと、覚えていますか?」
(――ッ!)
昨日の記憶が一瞬で蘇る。
雨の音、濡れた制服、距離ゼロの橋の下。
そして、あの瞬間。
(……やばい、思い出しただけで心臓が暴走する)
「……えっと、あれは……事故、だよね?」
「いいえ」
セレナは首を振った。
「ちゃんと、伝えたくて。だから……言います」
一拍置いて、深呼吸。
彼女の頬が少し赤い。
けれど、その瞳は真剣だった。
「悠真さん。――わたし、あなたのことを愛してます」
風が吹き抜けた。
紅茶の香りが一瞬消える。
誰も息をしていないような静寂。
「っ!?」
悠真の脳が完全にフリーズする。
(ちょ、直球すぎるだろ! 心臓止まるわ!)
「トップバッターから大砲撃ったわね」
ミリアが口笛を鳴らす。
リサ「……は?」
クリスティア「まぁまぁ♡」
「昨日のこと……誤解じゃありません。
あのときの気持ちは、本物です」
セレナは顔を真っ赤にしても逃げなかった。
悠真は何も言えず、ただ頷くことしかできなかった。
胸の中で何かが、確かに温かく鳴った。
「ふふ……素敵ですわね、セレナ様」
優雅な声が重なった。
クリスティアがゆったりと立ち上がり、風に髪をなびかせる。
「ですが――その勝負、わたくしも降りませんわ」
「勝負……?」
悠真が聞き返す前に、彼女は軽くスカートを摘んでお辞儀する。
「悠真様。あなたには、誰よりもお似合いになる覚悟がありますの」
「え、ちょ、ちょっと待て!? “お似合いになる”ってどの立場で!?」
「婚約者の立場、ですわ♡」
リサ「婚約者とか言い出した!?」
ミリア「うわー、戦線拡大だー」
クリスティアは一歩も引かない。
紅茶を注ぐその動作まで完璧で、やけに眩しい。
「あなたが“脇役”だというのなら――その脇で輝かせるのが、わたくしの役目ですもの」
(この人、なんで台詞が全部ポエムなんだ!?)
「はぁ!? なによそれ! みんなで告白大会でもする気!?」
椅子を鳴らして立ち上がるリサ。
顔は真っ赤、耳まで染まってる。
「いや、もうしてるだろ!」
俺が突っ込むと、彼女は目を逸らす。
「……別に、あんたのことなんか……っ」
「なんか?」
「なんかって言ったでしょ!?」
(お約束すぎる流れだ!)
ミリアが口の端を上げる。
「がんばれリサ、素直になったら負けな戦い?」
「うっさい! ……でも」
リサの声が小さくなる。
「……あんたが他の子と仲良くしてるの、やっぱムカつくのよ」
一瞬、夕焼けの光が強くなる。
照れながらも、リサはまっすぐだった。
(こういう時だけ真正面とか反則だろ……)
「はぁ……まったく、青春ってやつはさぁ」
ミリアがため息をつきつつ、カップを置いた。
「告白フェスするなら先に言ってよ。撮影許可出すのに」
「出してどうすんの!?」
「記録だよ、歴史の。……でも、私も“ちょっと”くらいは気になるし」
さらっと爆弾。
リサ「ちょっと!?」
クリスティア「“くらい”の破壊力が大きすぎますわ!」
セレナ「……観察対象ってそういう意味じゃなかったんですか!?」
「んー? 定義は変わるのよ」
「頼む、誰か止めてくれぇぇ!」
全員の好意が交錯して、屋上の空気が沸騰していた。
俺の脳も、もうオーバーヒート寸前だ。
「ま、待って!? 俺、ただの脇役なんだってば!?」
リサ「その“脇役”に全員惚れてる現実をどう説明するのよ!」
セレナ「……それでも、私は譲りません」
クリスティア「わたくしも同感ですわ」
ミリア「仲間としても、恋愛対象としても、外せないのよね〜」
「それもう逃げ道ゼロだよ!?
助けて神様ァァァァァァァ!」
悠真は両手を広げて天を仰いだ。
夕風が吹き抜け、遠くで鳥が鳴く。
沈む太陽の光が、全員の顔を赤く染めた。
(……これ、夢だと思いたい。けどたぶん現実だ)
しばらくして、沈黙。
誰も何も言わない。
ただ、風の音だけが流れていた。
セレナは俯いたまま、でも瞳だけは強い光を宿して、
「……言えてよかった。雨の日からずっと、胸の中にあったから」
リサは照れ隠しの笑いを浮かべて、
「……まあ、勇者の試験のために、スッキリしただけよ。別に、ほんのちょっとよ?」
クリスティアは髪を整え、いつもの余裕の笑みを浮かべながら、
「恋も戦いも、最後に勝つのは一人ですわ。ふふ、覚悟なさいませ」
ミリアは肩をすくめて笑い、
「青春って、忙しいね。……でも、嫌いじゃないよ」
俺は皆を見渡して、苦笑するしかなかった。
「……俺なんかに、こんな気持ち向けられて……どうすりゃいいんだよ」
風が頬を撫でた。
金色の空の向こうに、小さな星がひとつ瞬く。
「ま、誰を選ぶにしても――勇者試験より難易度高そうね」
ミリアの軽口が落ちる。
「それ試験より重いわ!」
全員が笑った。
その笑い声が、夕空へと溶けていく。
勇者試験は、それぞれが“勇気”を試される日。
けれど今だけは、確かに心がひとつだった。




