第26話 黄金級の終焉
崩れた防壁の上で、ラングレイ・ヴァルドは剣を抜いた。
黒煙が空を裂き、赤く染まる街並みが燃えている。
「……あれが、“闇の信徒”ってやつか。」
眼下では、黒いローブの集団がゆっくりと詠唱を続けていた。
その中央、崩れた聖堂の跡地に、禍々しい魔法陣が刻まれている。
地面の血が、光ではなく“影”に吸い込まれていくのが見えた。
「チッ……嫌な感じだな。こいつら、ただの狂信者じゃねぇ」
風が吹き抜け、焦げた石畳の上で火花が散る。
彼の背後には、倒れた冒険者たちがいた。Dランク、Cランク、入り混じって。
誰も立ち上がらない。
ラングレイは唇を噛み、己を叱咤する。
「……俺が、押さえる。黄金等級だろうがよ……!」
黒煙の向こうで雷鳴が鳴った。
その瞬間、彼の脳裏に――あのランク制度の言葉がよぎる。
「俺たちの世界じゃ、冒険者ランクがすべての信用だ。
Fは見習い。荷物運びと雑用だ。
Eでやっと“冒険者”を名乗れる。下級魔物退治、薬草採取……そんなもん。
Dで“熟練”。小隊を率いられる。地方じゃ英雄扱いされる。
Cで国家公認、“銀等級”。都市防衛任務に就ける。
――そして、B。黄金等級。
一人で魔物の群れを殲滅できる真の戦士。
貴族と肩を並べ、国を守る者。
……だった、はずなんだよな。」
炎の粉塵が舞う。
ラングレイは歯を食いしばり、剣を構えた。
「Bランクでも……止められねぇのかよ……!」
彼の視線の先――影の群れが、じわりと動き出した。
「撃てっ! 撃てぇっ!!」
仲間の叫びに反応し、ラングレイは走る。
黒鉄の鎧をまとった“信徒兵”が、無表情でこちらへ向かってくる。
その瞳の奥で、闇が渦巻いていた。
「クソっ、何体出てくるんだ!」
ラングレイの剣が閃く。
《剣閃連撃》――光を三筋描く斬撃が影を断つ。
だが、倒れたはずの信徒兵が、ぬるりと起き上がる。
「不死……だと?」
背後から黒炎が飛ぶ。
ラングレイは反射的に詠唱する。
「――《蒼気障壁》!」
青い盾が弾け、炎を受け止める。
だが、威力が異常だ。腕が痺れる。
「ぐっ……なんだ、この魔力……!」
信徒の一人が前に出た。
金属の仮面をかぶった男――ロウ・グレン。
彼の鎧には、黒い紋章が脈打っていた。
「黄金等級か。哀れだな。闇を知らぬ人間に、何ができる?」
「言ってろよ、化け物が……!」
ラングレイは剣を構えた。
地面を蹴り、全身の筋肉を爆発させる。
「――《竜牙衝》!!」
青白い衝撃波が一直線に走り、ロウの胸を貫く。
だが、男は――笑った。
「俺を倒しても、闇は終わらん。」
次の瞬間、ロウの体から黒い血が噴き出す。
それが地面に落ち、魔法陣に吸い込まれていった。
「……おい、嘘だろ」
魔法陣が、音を立てて輝き始める。
地鳴りが走る。空が、軋むように鳴いた。
「下がれ! 全員退避しろ!!」
ラングレイの声は、咆哮にかき消された。
――天が裂けた。
漆黒の柱が空を貫き、そこから“それ”が現れる。
六本の影腕。炎ではなく、“闇”の黒炎を纏った巨躯。
その存在を見た瞬間、心臓が凍りついた。
「っ……う、動けねぇ……!」
空気が重い。呼吸ができない。
周囲の冒険者たちが、次々に影に呑まれて消えていく。
「なんだよ、これが……暗黒魔獣、アドナイル……?」
影の腕が地面を叩いた。
建物が一瞬で潰れ、空気が爆ぜる。
ラングレイは防御障壁を展開するが――
「ぐっ……ッああああ!」
盾ごと吹き飛び、瓦礫に叩きつけられる。
肺の空気が全部抜けた。視界が霞む。
「……はっ、はぁ……Bランク、だぞ……俺は……」
地面に膝をつきながら、血を吐く。
目の前で仲間の一人が叫び、消える。
「やめろ……っ! まだだ、俺は……黄金等級だ!」
そのとき、光が走った。
ミリア。白銀の髪をなびかせ、瓦礫の上に立つ少女。
彼女の剣が閃き、闇を切り裂く。
「――《ルミナ・ドーム》!」
眩い光の結界が展開し、一瞬だけ空を押し返す。
その光の中で、ラングレイは呆然と見上げた。
(……あの子、何者だ……?)
闇の腕が彼女を薙ぐ。
だが、彼女は光の翼を広げてかわした。
(同じ“冒険者”じゃねぇ。
……いや、同じ人間って感じもしねぇ……)
彼の脳裏に浮かぶのは、あのランク表だった。
F、E、D、C、B――
そしてその先、A、S、SS。
> 「Aは“英雄”。
Sは“勇者候補”。
SSは……神の加護を受けし者たち……」
ラングレイは息を詰める。
自分が“B”という枠にいる現実。
届かない光の天井を見上げるような感覚。
「俺は……黄金。けど……
本物の“英雄”は……違うんだな……」
ミリアが空へ舞い上がる姿を、
彼は焼き付けるように見つめた。
地響き。アドナイルが再び動く。
黒炎の波が押し寄せ、街の中心を飲み込む。
ラングレイは震える足を叩く。
「逃げるな……足、動けぇ!」
崩れた剣を拾い、構える。
身体はもう限界だ。それでも、心は燃えていた。
「俺たちBランクが……下を見ちゃいけねぇんだ。
俺らが盾になる。……英雄が動けるように!」
ミリアが空を翔ける。
その姿を見て、ラングレイは吠えた。
「――黄金等級、ラングレイ・ヴァルド! 行くぞおおお!!」
彼は突撃した。
影の腕が迫る。黒炎が渦巻く。
それでも、止まらなかった。
最後の瞬間、彼の剣が閃いた。
アドナイルの頬に、ひとすじの傷が走る。
「……やった、ぜ……」
影の腕が貫く。
痛みは、なかった。
ただ、光が見えた。
「……悪くねぇな、最後に……英雄の隣で……」
ラングレイの体が光に包まれ、静かに消えていく。
「ラングレイさんが……傷を……!」
生き残った冒険者が叫ぶ。
その“わずかな傷”から、黒炎が揺らいだ。
ミリアが魔法陣を展開する。
「光よ――彼の勇気に応えなさい!」
白い輝きが空を満たし、
アドナイルの動きが一瞬だけ止まる。
「……あの人の剣が、光を繋いだんだ。」
街に、わずかに風が吹いた。
焦げた瓦礫の中で、ラングレイの折れた剣が転がっていた。
黄金色の光を、まだ、微かに放ちながら。




